11話
こうして、奇妙な生活が始まった。
爽は自分の性別を隠しての生活。
慎司は全く興味のない女をあてがわれずに済む上に、わざわざ気を
使わなくていい女子を手に入れたのだった。
「ねぇ〜、その後どうなの?婚約者とはどこまで進んだのよ〜」
「それは今、関係ありますか?」
「ないわね…でも、私の好奇心を埋めるのには大いに関係あるわ」
生徒会長の篠原百合子は面白そうに聞いて来たのだった。
あの堅物の長谷川慎司が気にいる子など、気になって仕方がない
のだ。
どうしたらこんなに興味を持たせれたのだろうか?
いつも、誰にも興味を持たないと言うのに。
その婚約者に対しては違う気がする。
どうでもいい。
そんな態度には見えないからだ。
「あ、これ、今日中に返事もらって来てね」
「またですか…いつも遅い奴らだ…」
ぶつぶつと文句を言いながらでも仕事はこなす。
やっぱり一目見て生徒会の仕事をさせるいい人材だと思ったが。
間違いなかったと篠原は思った。
来年は会長の座を是非とも譲り渡したい…と。
無口で愛想のない長谷川の横にはよく、会長がいた。
もちろん、わざと見かけると声をかけるようにしているからでも
あった。
そのおかげか、だいぶんと普通に会話ができるようになった気が
する。
初めの時は返事しか聞いた事がなかった。
何をするにも「はい」「そうですね」の二択。
それ以外に言えないのか?
こいつは顔のいいロボットか?
とも思ったほどだった。
「最近では人間っぽくなったよね〜」
「なんですか?人間ぽくって…」
「なんでもないわ。」
「なら、もう行きますね」
書類整理が終わったのか、すぐに出ていく。
彼の心を射止めた相手が羨ましかった。
篠原財閥の長女としては何がなんでも落としたかった。
自分で彼を変えたかった。
そう思うと、いきなり現れた婚約者には少なからず嫉妬してしま
うのだった。
大学の学友と飲みにいくと言うのは当たり前らしいが、長谷川は
誘われた事はなかった。
正確には誘われる前に、完全に人をシャットダウンしているせい
で声すらかけられないのだ。
珍しく、会長自ら誘ったおかげか今、バーのカウンターに座って
いる。
「どう?楽しんでる?」
「楽しむ?何を楽しむんですか?」
「あちゃー、そうなるか〜。ここにカクテル美味しいでしょ?」
勝手に注文すると目の前に青い透き通った色のカクテルが出てき
た。
「これね、私のオススメよ?飲んでみて」
頷くと口に運ぶ。
ほんのり甘い、そして爽やかな味だった。
「悪くはないです」
「言い方〜、もっと美味しそうに飲んでよ〜。ここの結構自慢な
んだよ〜」
会長はよく喋る。
長谷川としても、どこが楽しいのかいつも笑っている。
自分にはうまく話せるスキルなんて持ち合わせていないし、女性
にどう接したらいいか分からない。
この前だって、キス一つできなかった。
婚約者なのだから…そう理由付けて試したが反撃にあって撃沈した。
あの時は、確かに頬を染めていたのに、近づいた瞬間明らかに嫌が
っていた気もする。
女性とは何を考えているか分からない生き物だ。
いっそ男のが…
それも無理だろう。
なぜなら長谷川には男の友人が一人もいないからだった。
友人と呼べるほど近しい人間は…会長くらいだろう。
これには自分でも呆れるほどだ。
なぜうまく話せないのだろう?
たわいもない、くだらない話に華を咲かせて盛り上がれるのが理解
できない。
婚約者の彩さんは何を考えているのだろう?
長谷川に好かれたいのか?
それは何か違う気がする。
では、何が目的なのだろう?
カードも渡したが、使った形跡がない。
やっぱり女を理解するのはまだまだ先のようだった。