その爆弾は、我が家のリビングに落とされた
「ねぇ、羽紡」
その日もまた、まさに麗らかな春の日だった。維澄が無事に大学を卒業し、第一希望の会社に就職すると同時に、2駅先にあるマンションで一人暮らしを始めるようになってから、約3ヶ月。離れて暮らす寂しさもあれど、「無事に維澄を育て切った」という満足感の元、心情的にも風景的にも、穏やかで満たされた、奇跡のような幸福の日々として、いつも通り緩やかに過ぎて行くーーーはずだった。
「んー?どしたー?」
1週間振りに共にした夕食の席。大分慣れて落ち着いてきた職場の話や、初めてのひとり暮らしの近況を聞き終えたあと。今回の食事は私が振舞ったから、その洗い物は維澄がするといういつものルーティンを終え、ふたりソファで寛いでいる最中――
改めて「うちの子ったらとっても優秀!なんかもう新入社員なのに新しいプロジェクトに参加させてもらってるらしいし?景子さん指導のもと、私が一緒に暮らし始めた時にはもう既に料理も掃除も家事全般私より完璧にこなせちゃってたし?多少、こうと決めたら中々変えない頑固なとこや計画犯なとこはあれど、まぁそこはご愛嬌といったもの。真面目で努力家で、きちんと他人を想いやることのできる、とーーっても良い子に育ってくれたわ!」と涙ぐみながら子育ての感動を味わっていたところでーーー
その爆弾は、我が家のリビングに落とされたのである。
「集中したら周りの音が聞こえなくなっちゃうとこも、すぐに脈略すっ飛ばすとこも、爪切るのが恐ろしく下手なとこも、俺と7歳差なことも、ちょっと気抜いたらすぐ食器溜めちゃうとこも、緊張しないくせにわりとよく失敗するとこも、その他諸々全部、一旦忘れてくれない?」
「ーーーまった、待った待った。急になに??」
この子はいきなり何を言い出したのだ。
「ていうか、よくそんな私の気にしてるところとかダメな所把握してるね…?嬉しいやら嬉しくないやら複雑な気持ちなんだけど。しかも途中になんか訳わかんないこと言ってなかった?7歳差を忘れるって、なに??」
「いいから。これから話すことを聴いてもらうのに、必要なんだよ。だから頑張って一旦全部忘れて」
「えぇーー???……いや、まぁ、心底訳わかんないけど。維澄が必要って言うんだったらまぁ、一旦忘れるくらい、いいよ」
その日、私は感動と充足感に浸るあまり、忘れ去ってしまっていたのだーーー
『相手を油断させたり隙をついたりして、回りくどく相手の動揺を誘い出し、その最中で悟られないよう自分の望みを叶えるってのは、1番確実で、間違いのない方法よ。覚えときなさい』と、まだ12歳の子供に悪役顔で語ってしまうような景子さんから、生まれ、育ってきた子だと言うことを――
「ありがと。じゃあ、言うね」
「うん」
「羽紡。俺と付き合ってください」
「………………は?」
「目が点になる」とはまさにこの事かと、どこか真っ白になった頭の中で、そう思ったーーー