第2話 B級映画のジャケット詐欺
主人公の名前はキリトですが、作者は某ラノベは読んだことも興味もありません。
これだけははっきりと真実を伝えたかった。
依頼から数時間後
集合団地の築数十年が経過したコンクリートの壁は、黒く変色していた。
最近は夕方でも明るいのだが、薄暗い夕闇に照らされた団地は人気も少なく、異様な雰囲気を醸し出している。
化け物や幽霊が出ると言われれば、そのまま信じてしまいそうなほどに。
(き、気味悪いな。俺様の住んでた団地も、傍から見れば不気味だったのかもしれねぇが)
情報収集を効率よく済ませるべく、二手に分かれたシャーコは別棟の団地に向かった。
毒舌だが口数が多く快活な彼女を、これほど恋しいと感じたことはない。
あちこちに蜘蛛の巣が張られていて、人一人がギリギリ通れる階段を登る最中、他人の靴の音が鳴ると嫌でも心臓が高鳴る。
足音の主は、本当に生きた人間なのか……と。
この近辺は特に犠牲者が多いので、手を抜くわけにもいかない。
最初こそ見ず知らずの男が訪問してきたことに遺族は戸惑っていたが、ある人物からの依頼で怪物退治をするので、情報提供してほしいと言うと、彼らは快く応じてくれた。
突然の死を受け入れられない彼らにとって、自分はどう映ったのだろうか。
(あなたは私たちの希望です、か。ただ利害のためにやってるだけなんだがね。正義だの希望だの、鬱陶しい重荷まで背負わせようとすんな)
用事を済ませると、情報提供者からかけられた言葉を反芻しながら、彼は電話片手にシャーコのいる別棟に向かっていく。
「今ついた。4‐2号棟で合ってるよな」
「うん。斬人、4階だヨー! 怖いからはよこーい!」
シャーコは団地から身を乗り出した彼女は、叫びながら彼を呼んだ。
携帯があるんだから、あまり騒がしくするなという文句を飲み込むと
「そうか。すぐいくから、待っててくれ」
彼女に返事する。
その時ふと視線を感じて、そちらに目を遣ると短パン姿の少年が誰もいない公園で独り、何もない虚空をを殴り続けていた。
ボクシングの練習だろうか。
その光景を奇妙に感じたが
(あの坊主、何やってんだ? まぁ、俺様には関係ねぇし、どうでもいいがな)
結局、斬人は少年を無視してシャーコの所に急ごうと歩き出す。
すると
「おにいさん。腰に刀なんかぶらさげて、その年でヒーローごっこ? 本物だったら見せてよ」
少年は斬人に、小馬鹿にしたように声を掛けてきた。
突然のことに面食らったが、赤の他人の子供に構う暇はない。
「本物なわけないだろ。本物なら銃刀法違反で捕まるんだから。俺様は用事があるんだ。この辺は危ないから、さっさと帰れよ。クソガキ」
そう返すと振り返ることなく、灰色の階段を足早に登っていく。
団地の4階にて
「シャーコ、そっちはどうだった?」
「言われた通り、被害者の人たちに話を聞いたヨ。はい、取ったメモ」
「ありがとう……ってお前、また菓子買ったのか?」
「違うヨ。貰ったノ。欲しいならあげるヨ!」
そう言われ、斬人はポリ袋の清涼飲料水を手に取った。
「好意に甘えさせてもらうか、サンキュー。しかし最近は暑くなってきたな」
「まだ6月だヨ? 7月になったらもっと暑いだろうし、夏は何もしたくないネ」
Tシャツにホットパンツという目のやり場に困るシャーコの横で、斬人はメモを見比べる。
被害者は計11名で、そのほとんどは女子供や老人だといった、力が弱く抵抗できない相手を徹底して襲っている。
しかし人間もシ・シャークも、生きていく上で、何かの命を喰らわねばならない。
SNSに投稿するための写真を撮影して食べ物を食べずに捨てる、命を粗末に扱う人間よりも、シ・シャークの方がよほど命を大事にしている。
メモの中で特に目に留まったのが、ある2つの被害だった。
「……なんか引っかかるな。被害は夕方から夜に発生してるから、このまま近辺を見回りするぞ。お前は戦えないんだから、俺様の元から離れるなよ」
「OK!」
「あ、あのっ……おにいさんたち、何してるの?」
「……お前は」
斬人とシャーコの会話を遮ったのは、先ほど会った少年だった。
どうやら斬人の後をつけてきたらしい。
依頼人との守秘義務は守らねばならないが、事件の調査に来たことまで隠す必要もない。
「この団地で、人間が動物に喰い殺される事件があんだろ? 俺様たちはその動物をやっつけるために、いろいろ動いてんだよ」
斬人がそういうと
「頼むよ、俺にも協力させて」
少年は必死の形相で、二人に懇願してきた。
その瞳には、ただならぬ覚悟が現れていた。
だが、子供一人にどうこう出来る問題ではない。
役に立ちたいという気持ちがどれだけ大きくても、足手まといになるだけだ。
「ガキに何ができるんだよ。クソして遊んで寝るのが、ガキの仕事だろ。とっとと家に帰って、ゲームでもしてろ。不用意に首つっこんでくるんじゃねぇよ、ガキなんだから」
「口が悪くて危ないからネ、変なおじさんと関わったらダメだヨ。オネーサンに話してミテ?」
「誰が変なおじさんだ! 眉目秀麗の天才おにいさんだろうが!」
「ガキガキうるさいな。だ、だって化け物に殺されたんだろ? ネコちゃんの仇、取りたいんだよ」
「飼い猫がいなくなったノ?」
シャーコの一言に、少年は首を振って否定する。
「猫田って苗字の男の子。だから、ネコちゃん」
「仇? もしかしてお前、最初に亡くなった猫田勇くんの友達か?」
「それは……悲しいネ。友達が急にいなくなるナンテ」
喜怒哀楽が素直なシャーコは、意気消沈する少年と同じように肩を落とす。
強情な少年を、強引に引き剥がしても無意味だ。
第一、彼に大声を出されたら犯罪を疑われかねない。
斬人はシャーコの持つポリ袋から菓子を取り出すと、少年に向かって投げた。
「おにいさん、これは……」
「それでも食って辛いことは忘れろ。あと説教は無視していいが、忠告は素直に聞け。大人が注意することってのは、それなりに意味があるんだ。いいな?」
「……うん、わかったよ」
斬人に諭されて、少年はとぼとぼと歩き出す。
これで観念しただろうか。
「あれ好きだったのに、あの子にあげちゃったカ」
「……帰りに箱で買ってやるから、それで勘弁しろ」
「珍しく太っ腹だネ。あの子、心配?」
「……出会ったばっかのクソガキだぞ? なわけねーだろ」
「……素直じゃないネ」
「きゃああああっ」
二人が喋っていると、突如として甲高い悲鳴が団地に轟いた。
(シ・シャークか? いや、不審者とか他の可能性もあるが、そんなこと考えてる暇ねーな)
歩いて階段を降りていたのでは、間に合わない。
咄嗟にそう判断した彼は―――団地から飛び降りた。
「シャーコ、お前も飛び降りろ」
「ハイハイ」
「ちょっ、おにいさんもおねえさんも何してんの?! 人生いいことなしかもしれないけど、早まるのはやめて!」
無茶苦茶な要求にシャーコが手慣れた様子で答えると、勘違いした少年が絶叫し、彼女のシャツを掴む。
そしてそのまま、少年も巻き添えを食って身を投げた。
「サメよ。時に天を舞って人々を恐怖に陥れよ―――ギャガー!」
風の抵抗で髪の毛が逆立った斬人が腰にある刀身のない刀を鞘から抜くと、半身が機械になったサメが姿を現れる。
その奇妙なサメは斬人とシャーコ、少年を背に乗せて滑空しながら、悲鳴を上げた人間の元へと向かっていく。
「スカイ・ジョーズ、安全運転ごくろうさん」
「あぁ、化け物が二匹も……もう終わりよぉ……」
顔面を蒼白させた女は泣き叫びながら、地面にへたりこむ。
確かに赤の他人からすれば、スカイ・ジョーズもシ・シャークも化け物だ。
斬人は苦笑交じりに
「あんたはさっさと下がってな。俺様が解決してやるよ」
と告げると、化け物に視線を戻す。
「シ・シャーク、お前と戦りたかった。かかってきな」
相対したシ・シャークは、なかなかの威圧感があった。
百獣の王ライオンと海の猛者サメ。
この組み合わせ、弱いわけがない。
弱かったら、B級映画のジャケット詐欺並みに酷いのだ。
「グルルルル……」
歯茎を剥き出しにしたシシサメが、獅子のたてがみをなびかせた。
本能のままに目の前の獲物を食らおうとする姿は、アフリカを統べる百獣の王にふさわしい。
視線を外さずに四つ足でジリジリと距離をつめ、こちらの隙を窺うシ・シャークは、獅子は兎を狩るにも全力という四文字熟語を体現していた。
「安心しな、生き物を痛めつける趣味はねぇ。一瞬で始末してやる。サメ映画界の始祖よ。海の生きとし生けるもの、蹂躙せよ」
彼が瞳を閉じて呪文を唱えると、刀にサメの歯を模したような三角の歯が浮かび上がった。
刹那、猛ダッシュで斬人に近寄ったシ・シャークの爪が、斬人の肉体を貫こうとした。
「―――グレートホワイト・ジョーズ。鮫の一噛み」
瞬間、彼が二つの刀を歯を嚙み合わせるが如く、ぶつかり合わせる。
すると、コンクリートで舗装された道路は地割れでも起きたかのようにひび割れ、辺り一帯は天災に見舞われたかのような惨状へと変わり果てた。
当然シ・シャークも斬人の攻撃を受けて無事では済まず、彼の宣言通り、勝負は一瞬で片がついた。
「……チ、やっぱりサメ映画界の名作じゃ、たいした力がでねぇか」
「な、なんだよ。あああ、あの化け物が一瞬で……」
腰を抜かす少年の姿が、そこにはあった。
化け物に怯えているのか―――それとも斬人に恐怖を感じているのか。
「斬人、あいかわらずすごいネ! 周囲の迷惑なんて、まったく省みないんダ!」
「……お前に言われたかねぇよ」
「私は愛嬌があるから、コジキしても許されるんダヨ! 口も性格も悪い、斬人とは違うノ!」
「うるせぇぞ、シャーコ。グアダルーペ島のサメさんの排泄物にでもなるか?」
悪態をつきながら、斬人は証拠の写真を撮ると
「用事は終わったし、帰るぞ」
シャーコと共に、そそくさと白鰐団地を後にするのだった。
幼少期は団地に住んでたので、団地の描写だけ無駄に長くなりました。