表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

君がいたら

作者: 侑梨江

朝、目が覚めたらまずはカーテンを開ける。隣で寝ている彼女を起こさないようにそっとベッドを出たら、顔を洗い歯を磨く。まだ重たい瞼を擦りながら、2人分の朝ごはんを用意する。今日は少しオシャレにトーストとベーコンエッグ。そして熱々のコーヒーを淹れたら、冷めないうちに彼女を起こしに一旦寝室へ。気持ち良さそうな彼女の寝顔を見てると自分もまたベッドに潜りたくなるのを我慢しながら彼女に肩を揺する。いつも通り、返事はするけどなかなか起きない。

「朝ごはん冷めちゃうから僕先に食べちゃうね。今日はちょっとオシャレにしたから一緒に食べたかったのに。」

彼女に聞こえるように、わざと少し大きな声で呟いてみると、

「オシャレ?」

と小さな声で応えてくる。彼女がオシャレという言葉に惹かれて一緒に食べたいという言葉に反応がないことに少し落ち込む。

「そ。今日はベーコンエッグ。」

「冷めたら美味しくないじゃん。」

「起きる気になった?」

「ん。」

大きなあくびをしながらのそのそと寝室を出て行く彼女の後ろ姿に、自然と口元が緩む。

「ずっとこのままで居たいなあ。」

「何か言った?」

「ううん、なんでも。それより早く食べよ。お腹空いちゃった。」

目が覚めたのか足取りが軽くなった彼女の後ろを、僕も浮かれ気味に歩く。2人で向かい合って小さな食卓を囲む。この時間がなによりも幸せだ。

「いただきます。」

何も言わなくても自然と声が合うことに2人で少し照れながらトーストを一口かじる。完璧な焼き加減に思わず

「うま。」

と自画自賛していると、彼女はクスッと笑いながらトーストにいちごジャムを塗り一口かじり、コーヒーを啜る。

「今日はキリマンジャロ?」

「うん。」

「80点かな。ちょっと苦い。」

そう言われて飲んでみると確かに少し苦い。コーヒーショップでNo.1バリスタとして働く彼女の判定はかなり厳しいが、おかげで僕のコーヒーの腕はどんどん上達しているし知識も日々増える。会社でコーヒー博士なんて呼ばれるようになったほどだ。少し失敗したコーヒーを飲みながら完璧な焼き加減のトーストとまだ少し温かさの残るベーコンエッグを頬張りながら、今日は何をしようか、何を食べようか、なんて他愛もない話をしていると、あっという間に皿が空っぽだ。

「ごちそうさま。」

またしても声が揃い照れ笑いしながら、食器を洗いに席を立ち上がる。自分の使った食器は自分で洗うのが僕らのルールだ。2人並ぶには少し狭いシンクで洗い物を済ませたら、出掛ける準備をする。今日はショッピングに行った後、家でゆっくり映画を見ることにしたので、動きやすい服装にしてみた。彼女が化粧をしている間に戸締りを済ませ、あとは家を出るだけの状態にする。彼女の準備が終わったらいよいよ出発だ。たくさん買っても大丈夫なように車で少し遠くのショッピングモールへ向かう。車の中では僕らの大好きなバンドの曲を流し熱唱するのがお約束だ。

モールに着くとまずは彼女の服を買いにアパレルショップを何軒も見て回る。だが、今日は気に入った服がなかったらしい。その後は書店で小説と漫画を何冊か買い、雑貨屋さんでキャンドルを買ってみる。彼女曰く癒されそうというのだが、実際どうかはまだ分からない。今日寝る前にでも使ってみよう。買い物袋を抱えて歩いていると彼女のお腹が大きな音を鳴らしたのでフードコートに向かう。僕がうどんにしようかと呟いたのを聞き逃さなかったらしい彼女は、黙って僕の手を引きそこそこ長いうどん屋の列に並ぼうとする。僕は慌ててハンカチをテーブルに置いて席取りをしつつ彼女を追う。僕がぶっかけうどんと少し贅沢に天ぷらを2つ頼むと、彼女はひと口分けてと言わんばかりの目をこちらに向けつつサラダうどんを頼む。食べたいなら頼めばいいのに、と言いかけたが最近ダイエットを始めたという彼女の言葉を思い出し慌てて飲み込む。会計を済ませさっき慌てて撮った席が誰かに座られてないか心配になりながら、目印のハンカチを探すと誰も座っていなかったのでホッとする。少し遅れてサラダうどんと2人分の水を彼女がやってくる。

「お水有難う。」

と一言言うと

「そっちこそ席有難う。」

とお礼が続いたので本日3度目の照れ笑いをしてしまった。買い物中の出来事を話しながらうどんを食べているとやはりあっという間に完食してしまった。食器をお店に戻し、フードコートを出たら、今度は食品売り場に向かう。この後見る映画のお供を買うのだ。コーラとポップコーン、ポテトチップス、お惣菜の唐揚げ。かなりジャンキーなラインナップに怖気付いて、コーラをやめてウーロン茶をカゴに入れ、レジに並ぶ。会計を済ませたら今日に買い物は終わりだ。彼女が服を買わなかったので想像より荷物は少なく済んだ。再び車でお気に入りの歌を熱唱しながら帰路に着く。家に着いたらまずは買ったものを整理する。キャンドルは寝室に、本は本棚にしまう。そしたら冷めてしまった唐揚げを温め、ポップコーンとポテトチップスの袋を広げ、コップにウーロン茶を注ぐ。サブスクでどの映画を見るか決める。今日は海外のアクション映画シリーズに決めた。アツアツになった唐揚げを電子レンジから取り出す。電気を消し、カーテンを閉め、部屋を暗くしたら、準備完了。机の上に広げた食べ物を順調に消費しながら映画を見ているとあっという間に日が暮れてしまった。さっきまでダラダラ飲み食いしてたのもあってか夕食を食べる気にはならなかったので、いつもより少し早い時間ではあるが風呂を沸かして入る。僕はシャワー派、彼女は湯船に浸かる派なので先に彼女が風呂に入る。その間に散らかった机の上を綺麗にし、残りのシリーズを見るための準備をする。夜なのでガッツリした食べ物ではなく、温かい紅茶をお供にしよう。アールグレイにしようか、ダージリンにしようか、それともウバ、キーマン、アッサム、と悩み始めたらきりがないので彼女に決めてもらおう。バリスタの彼女には申し訳ないが、僕はコーヒーよりも紅茶が好きなので、うちはコーヒー豆より茶葉のレパートリーが豊富だ。風呂から出た彼女に紅茶のセレクトを頼み、僕も風呂に入る。と言ってもシャワーで全てを済ませるため10分程度で風呂から出る。髪を乾かしリビングに戻ると2種類の茶葉を前に彼女が頭を抱えていた。ならばどちらも淹れてしまえ、とウバとアッサムをそれぞれ淹れる。さあ、ここからさらに映画を観ようと少し気合いを入れると、彼女は黙って続きを見始めた。映画を見ている最中は2人とも真剣なのであまり会話はない。が、その空気が僕は好きだ。一本見終わり隣を見ると彼女が眠そうに瞼を擦っていた。

「今日はここまでにして寝るか。」

コクリと頷く彼女はいつもより少し幼く見える。今にもソファで寝てしまいそうだったので無理やりおぶって寝室へ向かう。ダイエットの成果なのか少し軽くなった彼女をそっとベッドに寝かせ、僕は飲みっぱなしの紅茶を片付ける。寝室に戻りすうすうと寝息をたてて寝ていたる彼女を起こさないように僕もベッドに潜る。結局キャンドルは使わなかったな、と思いながら微かに部屋を漂う少し甘い香りの中で目を閉じる。


目が覚めると重い体を無理やり起こして洗面所に向かい顔を洗い、歯を磨く。キッチンに向かいお湯を沸かし、寝室に戻るがそこには抜け殻のようなベッドだけがある。どうやら昨日の出来事だと思っていたのは夢だったということに気がつくと、頬を一滴の涙が伝う。もしあの時彼女ではなく僕が買い物に向かっていたら、という後悔が脳を埋め尽くす。寝室を出てキッチンに戻った僕は、声も出さずただ1人涙を流す。


これは僕が彼女と過ごしたかった日常の物語。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ