一班と初出動
ピリピリピリ!
明け方に召集の笛が鳴り響いた。
ベッドから飛び出して、素早く着替え、鞄をひっつかむと居間に出る。
オスカーはマルクを引きずり出していた。
フェリクス班長が私の頭にぽんと手を乗せた。
「さ、今日からは一緒だね」
ホールで出動要請の概略が伝えられ、亀裂が大き目のため一班が出ることになった。
「初出動だね。気負いすぎず、みんなのやる事を見ておいてね」
扉の外には馬が4頭用意されていた。中に私をいつも乗せてくれるメリー号も見えたので、駆け寄る。
「今日はお願いね!」
ぽんぽんと馬の首を叩いてから、手綱を持ち、左足を鐙に掛けて右足を強く蹴ってひらりと跨った。
隣についていてくれたフェリクス班長も自分の馬に跨る。
マルクはオスカーに無理やり馬に乗せられていた。まだ半分寝ぼけているように見える。マルクを乗せ終わったオスカーは自分の馬に軽快に跨った。
「今日は第2、第3騎馬隊と一緒だ。亀裂は中サイズで直線形。魔物が少しずつ通り抜けているらしい。亀裂がこれ以上拡がる前に塞ぐぞ」
そして私たちは出発した。夜明けが近い。辺りが白み始めている。
「夜道でなくて助かったね」
「夜の時は、どうするんですか?」
フェリクスに尋ねると、苦笑された。
「そうだねぇ、夜にも亀裂は出来るんだろうけど、余程の大きさじゃなきゃ発見されないんだよ。夜は出歩かないだろう?朝起きて、魔獣や亀裂を見つけて慌てて連絡が来ることが多いから、明け方の出動は割とあるかな」
後ろからオスカーが口をはさむ。
「もし夜なら松明だ。この馬たちはキチンと訓練されているので、松明におびえず夜道も走れる……寝るな、マルク!」
マルクは器用に馬を走らせながら半目になっている。
「寝てない……」
「当たり前だ!落ちたら捨てていく!」
前方に村が見えてきた。私の住んでいたペトラ村よりは近い距離にある。私はまた皮膚が粟立つ感覚を覚える。次元の裂け目が近いのだ。村に近づくと亀裂を知らせる笛の音がピーピーと聞こえてきた。
日はもう昇って、辺りが良く見える。騎馬隊が展開し、辺りをうろつく魔獣を探して切り捨てていく。畑と森のちょうど境目の辺りに亀裂はあった。
中型魔獣が1頭通れる位の大きさである。四班と一緒に修復した亀裂の倍の大きさはある。斜めに走っていて、中央部分が口のように開き、向こう側の景色が少し見える。魔獣の住む世界の景色である。そこだけ周りの風景とは溶け込まず、妙に暗い。鬱蒼とした森の様だ。その向こうの気配に私は怖気立った。
あれが向こうの世界。
あれがこの怖気立つ感覚の原因。
半ば納得していると、フェリクスが指示を出した。
「オスカー君、マルク君を連れて塞ぎに行って。僕はリリーちゃんとここに待機しているから」
オスカーがまた目を剥いた。
「班長!リリーには騎士を付けときゃいいでしょうが!」
「年寄りは労わらなきゃ」
「まだ四十前でしょう!働き盛りって言うんですよ、普通は!」
「ほら、マルク君を連れて行って。また寝ちゃうよ、彼」
亀裂の方から「出て来ている魔物は粗方片付けました!修復に掛かってください!」との騎士の呼び声が聞こえた。
オスカーは舌打ちをして、マルクの馬の手綱をひっぱり、亀裂へ向かう。
私はおろおろとしてしまった。
「班長、私、騎士さんと待ってますから」
「大丈夫大丈夫、オスカー君もマルク君もとっても修復上手いから。まあ見てなさいよ」
亀裂の少し手前に陣取った二人は馬を降りる。次々に亀裂を通って出てくる魔獣は騎士たちが次々に切り捨てていく。
「マルク!起きろ!」
「ふぁい」
マルクはのそのそと手を広げる。その手にぽわっと光る弓と矢が現れた。
「術具だ」
私が呟くと班長が頷いた。
「矢にリボンが繋がっているのが見えるかい?」
私は頷く。
マルクは弓を構えて亀裂に撃った。矢はリボンに繋がった状態で亀裂ほぼ中央部分、拡がった場所のすぐ外側に突き刺さった。リボンはマルクの手迄繋がっている。
オスカーが亀裂に取り付いた。
「曲げろ!」
オスカーがマルクに叫ぶ。すると矢が釣り針のようにぐにゃりと変形した。
その釣り針のようになったリボン付きの矢をまるで皮膚縫合の様に扱ってオスカーが亀裂を縫い合わせていく。開いた口のように広がっていた亀裂が無理やり閉じられていく。
作業中は騎士がずっと出て来ようとしている魔獣を剣で突いて追い返していた。
「ほええ、すごい。マルク先輩の術具をオスカー先輩が触れるんですね」
「オスカー君は器用だからね。本来は、マルク君が縫い合わせるところまでやるんだけど、まだ眠そうだからねぇ」
粗方縫い終わると、オスカーは剣を取り出した。見る間に剣に白く光る炎が纏う。
その剣を縫い合わせた亀裂に添わせていくと、亀裂は溶けて繋がっていき、最後に白く煌めいて跡形もなく消えた。消えてしまうと、一体どこに亀裂があったのかさっぱり分からない。
「はい、終了。出来る部下を持って僕は幸せだなぁ」
フェリクス班長が笑う。
オスカー達が戻って来た。私は思わず拍手で迎えてしまった。
「凄いです!あんな大きな裂け目をあっという間に修復してしまうなんて!」
オスカーは苦虫を嚙み潰したような表情だ。
「マルクのリボンのお陰だ。大きな亀裂には向いている。問題はヤツが自分で縫わないところだ」
「面倒くさい……」
マルクが欠伸をした。
私はオスカーの腰に差された剣を見る。
「オスカー先輩の術具は剣と炎なんですね」
「使い勝手が悪いが、今更変更できない」
「いやいや、オスカー君あっての一班だよぉ」
フェリクス班長の言葉にオスカーがまた喰いついた。
「最近の班長の丸投げは、目に余ります!」
その時、また皮膚が粟立った。
「え、また?」
私だけでなくオスカーもフェリクスも顔を上げた。だが、私に付いてくれている隣の騎士は、何の事か分からないようだ。修復師だけが感じ取れるのかな、と私は理解した。
「どうかされましたか」
騎士の問いに班長が答える。
「新しい亀裂が開いたみたいだよ。ここら辺は異界との境界が薄くなってるのかもしれないね」
見ると、先ほどの修復箇所の少し先にまた裂け目が出来つつあった。
いち早くそれを見つけた騎士が笛を吹き鳴らす。
「私も行きます!」と走り出した。
裂け目が小さいうちに塞いでしまえ!
フェリクス班長が叫んだ。
「オスカー君、頼むねー」
「班長!また丸投げですか!」
そう言いながらもオスカーは私が走る後を駆けてきてくれた。
私は付いてくれる騎士と一緒に走って、裂け目に着くと術具の布を目一杯の大きさに出す。
両手をいっぱいに広げたくらいの大きさの白く光る布が出来た。それを裂け目に押し当てる。
向こう側から魔獣が出ようとしているのか、布がぼこぼこと押されて蠢く。
「あわわ」
「よし!そのまま固めるぞ!」
後ろからオスカーが白い炎を纏わせた剣で、まるで布にコテを当てて皺を伸ばすようにするりと撫でた。
すると白い光が輝いて、布も亀裂もあっという間に消え失せた。
「おおー、早かったね!」
フェリクス班長が拍手しながらやって来た。
オスカーは剣を鞘に納める。
「あの、ありがとうございました」
お礼は言っとかなきゃ。私一人だともたもたしているうちに魔獣が出てきてしまったかもしれない。
オスカーは表情を変えずに私を見た。
「結構な広さの布を出せたな。お前の術具は広範囲を一度に覆えるのが長所だ。広く、厚く、丈夫な布をイメージするのも大事だが、粘着力もあるともっと良くなる」
「はいっ。頑張ります!」
「オスカー君、君の術具とリリーちゃんの術布は相性がよさそうだねぇ。リリーちゃんの布をオスカー君が瞬時に固定する、完璧じゃない?」
「非常に不本意ですが、仰る通りですね」
「じゃあ、ボクはこれからは寝てていいかな?」
後ろからのんびりとしたマルクの声が聞こえてきたが、オスカーの雷が落ちたのは言うまでもない。