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特別扱い

「よお、良いご身分だなぁ。班が出動しているのに一人留守番で楽ちんだな」


 一班のみんなは昨日出動していった。少し遠くの森で亀裂が発生したらしく、早くても帰るまでに三日は掛かると聞いていた。私は例によって部屋で修復術具の布を出す練習や、騎士団の朝練、夕練、そして勉強(泣くほどの量の課題を出された)をしていた。

 絡まれたのは、食堂で夕食を食べている時の事だった。

 食べる手を止めて見上げると、見覚えのあるゴリマッチョ、ゲラルトが私を見下ろしている。


「お前みたいなのを給料泥棒って言うんだぞ。なあ、みんな。どうかしていると思わないか?こんなチビに何ができるって言うんだ」


 食堂中に轟く大きな声だった。ここには修復師だけでは無くて、騎士も、魔術師も、事務官も食事をしているのだ。皆が一斉に注目する。


 私は椅子ごと少し後ずさった。


「なんでこんな出動もしないチビが俺より給金が高いんだ?ええ?知ってるか?一班は四班の二倍は給金貰えるんだぞ!見習いは見習いらしく研修所へ行けよ、あぁ?」

 そんな事言われても私知らないよ!

「私じゃなくて班長に言ってください!」

「口答えする気か!」

「私が班を決めたわけじゃないです!」

 ダン!とゲラルトが私の前のテーブルを拳固で叩いた。

 ひいっと私は竦み上がった。


 すると、ゲラルトの隣にいたヒョロ眼鏡がまあまあ、とゲラルトを宥めた。

「子供を威嚇したと告げ口されても困るだろう?穏やかにいこうじゃないか」

 穏やか、賛成。もっと言って。


 だが、ヒョロ眼鏡の視線も冷たいものだった。


「君、どうやってフェリクス班長に取り入ったの?」

「取り入ったりしてません!」

「かわいい顔してるからかな?一班のマスコットかな?」

 マスコット?マスコットと言うのは何もせずに可愛がられていればいい奴ですか?

「そんな良い扱いされてません!」


 ああ、夕食が冷めていく。食べてしまいたい。


「お前、一班に入るのを皆がどれだけ目標にしているのか分かってるのか?」

 ゲラルトが私の目の前にドン、と両手を突いた。

「知りません。給金が違うのも初めて聞きました」

「はぁぁっ有り得んだろう!一班は危険な場所に修復に行く場合が多いから危険手当込みで給金が高いんだ!なのにお前は出動もせずに同じだけ貰っているのだろうが!」


 ……

 うん、それはそうだろう。私は出動していないんだから、給金が同じなのは不合理だ。

 腹立つが、ゴリマッチョが文句を言うのもちょっとは理解できる。

 ええと、村で一番の文句言いのおっちゃんが怒った時は、どう対処したっけ?

 とりあえず、ハイハイ言っとくんだったっけ?


「そうですね。ごもっともですね。ですが、私はまだ一度もお給金頂いていないので、実際にいくら頂けるのか知らないんです」


 後ろからゴホンと咳払いが聞こえてきた。


「ええと、君たち、子供に向かって大人げないね。確かに彼女は出動していないから出動手当は引かれるよ」

 ゲラルトが振り向いた。

 

「あ、事務さん」

 ゲラルト達は少し狼狽えていた。

「それに班の人事は班長権限だろう?彼女に言っても仕方あるまい」


 私は助け舟を出してくれた事務の人にペコリと頭を下げた。

 ヒョロ眼鏡に手を引かれて、ゲラルトは忌々しそうに向こうに去った。

 けれど、私はさっき聞いた新事実に内心、愕然としていた。


 え?マジですか?わたし出動手当分の給金減るの?それ困るんですけど!

 私の肩には両親と弟たちの生活が掛かってるんだよ!


 ちょっと目を泳がせながら、目の前にまだ夕食が残っているのに気付いた。


 ……冷めてる。

 

 私は涙目になりながら残りの夕食を掻き込んだ。


***


 翌朝の事だった。

 ピリピリピリピリー!

 緊急招集の笛が建物に鳴り響き、私は部屋から飛び出した。班員がまだ帰って来ていなくて、私一人だろうと、召集には応じなければならないと言われていた。

 同時に肌が粟立つ。亀裂を感じる。


 これ、亀裂は近いんじゃないの?それにかなり大きそうな気がする。


 ホールに入るとゲラルト達も居た。一班、二班は出動中で出払っているので、三班、四班、五班と私が集合した。


 修復師団長が指示を出す。

「町のすぐ外に亀裂発生。縦に1.2メルの亀裂二カ所が認められた。三班、四班共に出動。三班は門を出て西の亀裂へ、四班は門を出て東の亀裂へ向かえ」

 ゴリマッチョのゲラルトが私をちらりと見て挙手した。

「一班のチビが残っているようですが、馬を使わないのなら出動可能ではないですか。見習いや研修中ではないと聞いています。ただ馬に乗れないだけだと。なら修復に出てもいいのではないでしょうか?」

 師団長がちらりと私を見る。

「班長が不在ゆえ……」

「はい!行きます!修復します!」

 私は勢いよく手を挙げた。

「行きますから出動手当ください!」

 師団長が目を剥いた。

 私は畳みかけた。

「出動しないとお給金が減るんですよね!それ困ります!出ます!」

「給金……」

 師団長は一つ息を吐いて、頷いた。

「分かった。四班と一緒に行くように」


 四班の所に走っていくと、四班の班長が私を見下ろした。

「噂の一班の新人君か。私はヘンドリックと言う。お手並み拝見しよう」

 

 うん、この班長さんは、私に悪感情を持ってるわけではなさそうだ。

 でも、残りの三人は……


 班長の隣でゲラルトが私に憎々し気な視線を寄越していた。

「実際の修復がどれだけ大変か思い知るがいい」

「お給金に見合うだけ働いて貰わなくちゃねぇ」

 ヒョロ眼鏡がにたにた笑う。

「泣いても誰も慰めてやらないわよ」

 最後の一人はキツネ目のお姉さんだった。


「行くぞ!」

 ヘンドリック班長の掛け声とともに、四班と私は走り出した。


 門を出て東、左側だ。農地の左前方に先行の騎士たちが刀を振るって魔獣を倒していた。中型魔獣が次々に倒されていく。

 うわぁ、みんな強い。


 目につく魔獣は殆ど倒された。

「修復師さん!お願いします!」


 見ると、亀裂は縦に人が通れるほどの長さに開いていた。

「お、大きい」

 ヒョロ眼鏡が呟いたのが聞こえた。

「私の針と糸ではあのサイズは時間が掛かりすぎるわ」

 キツネ目お姉さんが及び腰になっている。


 すると、ゴリマッチョが前に進み出た。

「えい、情けない、俺の修復技術を見せてやる」

 私にそう言うと、鞄から糊と刷毛を取り出した。


 糊はうっすら発光している。その糊を刷毛で亀裂の周りにちまちまと塗り始めた。


 だが、縫っている間にまた向こう側から魔獣が現れて、せっかく塗った箇所を押し広げてこちらへ出て来てしまった。

 待ち構えていた騎士がその魔獣を刀で突きさして向こうへ押し返す。

「早く、お願いします!」

「分かっている!」

 ゴリマッチョが再び刷毛で糊をちまちま塗り広げていくが、再び向こうから魔獣が出てきた。

「くそっ穴が大きすぎる!」


 ヘンドリック班長が肩をすくめてから私を見た。

「やってみるかい?」

「はい!」


 私は亀裂に近づいた。

 ゲラルトが私を睨みつけた。

「交替します」

「やれるもんならやってみろ!」


 また出てきた魔獣を騎士が屠ってくれている間に、私は手を大きく広げて術布を出した。

 白く煌めいて私の手に術布が拡がる。かなり大きなサイズを出せるようになった、と自分でも思う。


「まさか、術具を生み出せるのか??」

 ヘンドリック班長が瞠目した。


 私は術布を拡げて亀裂を覆った。

「えいっ!」

 先ほどのゲラルトが塗った糊にうまく私の布が貼り付いた。

 

 術布がきらり、と光って、亀裂ともども消え失せた。


「やった」


 ゲラルト達は三人揃ってあんぐりと口を開けている。


「初任務、終わりました!出動手当貰えますね!」

 嬉々としている私に、ヘンドリック班長が頷いた。

「勿論だとも。流石、フェリクスが引き抜くだけある。大したものだ」

「ありがとうございます!」


 ゲラルト達はまだ呆然としていた。ヘンドリック班長が一瞥して肩をすくめた。

「お前たち、一班と四班の給金の差はもっと必要だと思わないか?」


***


 翌日、騎士団の朝練を終えて朝食を取っていると、四班の三人が怖い顔でやって来た。


 何の用だろう?

「……おはようございます。昨日はお疲れさまでした」

 私が恐る恐る声をかけると、ゲラルトが小さな声を出した。


「その、昨日は済まなかった。あんたの実力も知らずに文句をつけて申し訳ない」

 そう言うと、三人一斉に頭を下げた。

「「「申し訳ありませんでした!!」」」


「そ、その、頭上げてください、私の力だけで修復したわけじゃないですし、糊があったからすぐに布が貼り付いたから早かっただけで」

 ゲラルトが頭を振る。

「術具を出せる時点で我々とは格が違う。何も知らずに文句を垂れて、穴があったら入りたい」

「昨日はあたし何もしなかったわ。私の方こそ給金泥棒と言われても仕方が無かったの」

「僕もです」

 キツネ目のお姉さんとヒョロ眼鏡も続いた。

「これはお詫び」

 そう言って私の前に何やら包みがポンと置かれた。


「最近出来た店の流行りのスイーツなの。気持ちだけだけど」


 スイーツ!

 嬉しい!

「え、嬉しいです!ありがとうございます!遠慮なく頂きます!」

 弟に分けなくていい私だけのスイーツ!

 気分が一度に上がった。


 その日の午後、オスカーに出された課題を何とか終わらせて、一班の部屋の居間に出る。お茶を入れて、朝貰ったスイーツの包みを開ける。

 中には焼き菓子が何種類も奇麗に包まれていた。

「いっただっきまーす!」

 一つ目をほおばる。

 美味しい!幸せ!

 分けなくていい!全部私の!


 その時、ガチャと音がしてドアが開いて、フェリクス達が入って来た。

「ただいま、リリーちゃん」

「お、お帰りなさい」

「美味そうなの食ってるじゃん……」マルクの手から白いリボンがしゅるんっと出て、私のマドレーヌがひとつリボンに絡め取られてしまった。

「ちょっ、これは私が貰ったの」

「何々、おお、これ流行りのヤツ。リリーちゃん、僕も味見したいなぁ」

「班長、何部下のおやつ狙ってるんですか」

 オスカーが呆れるようにフェリクス班長を窘めた。


 オスカー様!もっと言って!


「ただ、こんなに食ったら太るぞ、リリー」


「ぐぐぐ……み、皆さま宜しければどうぞ……」

 私は涙目になりながら、焼き菓子を居間のテーブルに並べた。


***


「四班を手伝ったのか」

 オスカーが目を見開いた。

 私はスイーツの経緯を説明させられていた。

「初仕事おめでとう!リリーちゃん。どう、自分で修復した感想は?」

「面白かったです!それに出動手当が貰えるんですよね!」

 そう言った途端、皆の目が点になった。

 そしてフェリクスが笑い出す。

「貰えるとも。事務さんに申告しておいで」

「四班の班長さんが手続きしておくと言ってくださいました」

「馬に乗れるようになって、宿営する任務に就けば、出張手当も付くよ」

 私の目がキラキラ輝いたらしく、フェリクス班長に大笑いされた。


***


 二週間ほど経って、乗馬の練習を覗きに来たフェリクス班長が私に合格を出した。


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