初日
翌朝、ちゅんちゅんと言う小鳥の囀りが窓の外から聞こえてきて、目を覚ました。
そう言えば、日の出で起きろと言われてたっけ……
その時扉がオスカーによって蹴り開けられた。
「遅い!起きろ!騎士団の朝練が始まるぞ!」
飛び起きると洗面を終わらせ、指示された騎士服に着替えた。もう一つの礼装用の騎士服に比べると、随分動きやすい素材で出来ている。扉を開けると、オスカーは隣の部屋のマルクを叩き起こしている最中だった。
「嫌だ、ボクはサボる……」
マルクは枕と毛布にしがみついていた。
「甘えるな!その枕燃やされたいか!」
マルクは引きずられて出てきた。くたびれた騎士服を着ている。
「お前!寝る時は上着くらい脱げ!」
「……面倒くさい……」
「何で俺がこんなのを二匹も面倒見なきゃならないんだ……」
ちょっと待て。私をあれと一緒にしないでほしい!
「私は用意出来ました!」
「じゃ、こいつの足を持て」
はぁ?
「言われたらすぐにする!」
オスカーは言いながら、マルクから枕と毛布をはぎ取った。
「はいっ」
仕方がないので俯せのマルクの足を持ち上げて両脇に抱え込む。オスカーはマルクの両手を肩に担いだ。
イッチニ、イッチニ、と息を合わせてマルクを運ぶ。いったいどこへ行くのやら。
裏玄関から出ると朝の澄んだ空気が私の頬を撫でた。
気持ちいい!
「ここだ。手を離せ」
マルクから手を離すと、オスカーも同時に手を離した。マルクは地面に顔からどさっと落ちた。
「痛い……」
「連れて来てやったんだ。ありがたく思え。リリー、ここはマルク用の弓兵隊の練兵場だ。俺たちは向こうだ。付いて来い」
私はオスカーの後を付いて行く。
めっちゃ口悪いけど、面倒見の良い人なのでは?
ひょっとして優しいのかな?
十分後、少しでもこの男に優しさがあると思った自分を呪った。
「これが一番軽い剣だ。これ以上軽いのは無い」と言って、練兵場の備品庫から模擬剣を渡された。
いやいや、十分重いんですけど。
練兵場の隅に連れて行かれると、いきなり打ち込まれ、必死に避けたり受けたり、それでも何発も肩やら腕やらに当てられ、とどめに素振り千回とランニング20周を命じられた。
……鬼。これは鬼に違いない。
ランニングの途中で他の騎士と手合わせしているオスカーを見つけたが、全くその動きに目が付いて行かなかった。あのレベルを求められているのか?無理。絶対無理だ、私には。
へろへろになって、朝食を中央棟の食堂で摂ったが、胃に拒否られ、ジュースと柔らかい果物しか食べられなかった。
朝食後は馬場に連れて行かれたが、まず、馬に乗るところから苦労し、乗ったら乗ったで重心の掛け方が今一つ分からず体中をカチコチにさせながら馬にしがみつき、最後に馬に軽く走られた時には危うく落ちそうになった。
午後の勉強も個室の机にこれでもかと言うほど本を積み上げられ、問題集を置かれた。
そりゃ、上の学校に行きたいと思ってたよ。思ってたけど、この本は難しすぎない?教会学校しか出てないんだよ、私は。
問題集の進み具合が遅いと時々見に来る鬼が恐ろしい目で迫ってくる。扉は閉めるなと厳命されたので鬼の入室を拒否できない。
碁盤の目に書かれたマスに延々と計算をして書き込んだかと思うと、白い地図に地方の名前を書き入れさせられる。時々うつらうつら舟をこぐと後ろから鬼に頭をはたかれる。
「おう、頑張ってるねぇ」
フェリクス班長が覗きに来て、おやつを机に置いてくれた。
嬉しい!朝あまり食べられなかったからお腹がペコペコなのだ。
うん、これでもう少し頑張れそう!
騎士団の夕練は打ち込み中心だった。相手はオスカーではなく、コルネリアと言う小柄な女性騎士だった。基本から丁寧に指導された。
「朝もコルネリアさんに教えていただきたかったです……」
「ああ、オスカー君があなたと手合わせして、あなたを教えるのには私が丁度良いと判断したのよ。ほら、割と運動神経良いじゃない、あなた。もっと動けない子は基礎体力組に回されるのよ。あなたには早く実践向きの剣を覚えてほしいのね、きっと」
え、私って運動神経いいの?
単細胞なのですぐに気分が上がる。
それにこの人優しそう。何聞いても怒らなさそうだ。
「ところで、どうして修復師に剣が必要なんですか?」
コルネリアは瞠目した。
「そりゃ、次元の裂け目からは魔物が湧いてくるじゃない。身を守るためには必須でしょう?」
あなたたちは最前線にいないといけないのだから、と言われてようやく私は理解した。
母が、危ないからダメと言った理由も、やっと分かった。給料が高いのも、やれる人が少ないだけじゃなくて危険だからだ。
「もちろん、我々騎士が総がかりであなたたちを守るわ。でも、万が一っていう事もあるから、鍛えておこうね?」
ちょっと怖くなったが、お給料には替えられないし、修復自体は面白いのだ。
身を入れて剣を学ぼうと頑張ることにした。
夕食は完食できた。体力は必要だ。
一日が終わりくたくたになって、女風呂の中で沈みかけているのを備品室のエルマ姉さんに救出されたりした。
そんな毎日を送っていたが、時々緊急招集の笛が鳴り響く。
だが、馬で駆けられない私は、まだ修復に出たことは無い。
そんな時は部屋で悶々と手で布を作る練習をしながら留守番をしていた。
そして四班のゴリマッチョ、ゲラルトに絡まれてしまったのである。