褒章
魔術師団長が来るまで、私たちは一旦控えの間に下がった。
オスカーが私に尋ねる。
「ベニグノ、ってどんな奴だった?」
「うーん、気の弱そうな、でもあちらの世界では屈指の魔術具師で、でも脅されてあの剣を作ったって」
「向こうに逃げようとしてなかったのか?」
「まあ、逃げられないように鋼蔓で縛ってたのもあるけど……初めに入った場所が焼け野原だったじゃない?あそこで泣き崩れて。班長が上手く彼をなだめて、オスカー探しに協力してくれてたの」
「……流石、班長だな。そういうところ、あの人の右に出る者はいないな」
私はオスカーにベニグノの事で思い出せることを次々に伝えた。
オスカーはため息を一つつく。
「俺が向こうに落ちた時だが」
「うん」
「とにかく、帰りたかった。異界は何もかもが違う。自分があそこに帰属していない事をつくづく思い知らされて、その度にとてつもない郷愁の念にかられた」
「ベニグノもそうだったのかな」
「帰る手段が無いか、色々考えた。例えば、もう一振りあの術具が無いだろうか、とか。リリー達が探しに来てくれるのなら余り動かない方がいいのだろうか、とか。一月も経つとあの術具は向こうからは使えないのだろうかと思ったりした。となると、自然に開く亀裂を待つしかないかとか」
私は当時のオスカーの状況を想像すると、今こうして目の前にオスカーがいるのが奇跡に思えた。
「帰りたくない訳が無いと、俺は思うな。例え僅かな可能性でも賭けてみるかもしれない」
程なく、再び謁見室に呼ばれた。
そこには白いひげを蓄えた黒いローブの男性が増えていた。その後ろにも一人ローブを着た男がいる。
二人とも片膝をついて控えていた。私たちはその隣に同じように片膝をついて控えた。
国王陛下の後ろで厳しい表情をして立っている宰相が二人を私たちに紹介する。
「こちらゴルトベルガー魔術師団長だ。後ろがパーペンロート魔術師団第一部長。こちらは西駐屯地の一級修復師オスカー・ギーゼン殿とリリー殿」
私たちは片膝をついたまま拳を胸に当てて騎士の礼を取る。魔術師団長達も同様に礼を取った。
苦々しく、ゴルトベルガー魔術師団長が口を開いた。
「この度は我が魔術師団が大変迷惑を掛けた。付してお詫びする」
そう言うと、二人揃って私たちに頭を下げた。
私は慌てた。
「あ、頭を上げてください」
魔術師団長は頭を上げると、苦々しげに言葉を重ねた。
「どうやら異界の魔術具師を使って色々実験をしようとしたらしいのだ」
「無茶をする!その結果がこのざまか!」
宰相が鋭く叱責した。という事は、魔術師団長は来たところなのか。宰相閣下も新しく聞いたばかりなようである。
「当事者の魔術師達は全員魔物に殺されたらしく、直接の証言は取れておりませんが、上司がそういう報告を受けたとの事です。そこに控えておるのがその上司パーペンロート第一部長です」
パーペンロートは震えながら頭を下げた。
「危険に備えて何重にも対策を施すと聞いておりました。魔術師は担当者である研究二組、防御用に実践特務組を配置し、結界を三重に展開、万一に備え修復師も要請しておりました」
「む、実践特務組を入れていたのか。おまけに修復師もいたのか。王都の精鋭ではないか……」
国王が唸った。
「全員死んだと?」
「はい。残念ながら第一実験室に入っていたものは全て亡くなったようです。現在確認中です」
「貴重な人員をそんなに大勢、むざむざ実験の失敗で失ったのか」
国王が拳を握りしめる。
ベニグノも死んだのだろうか。向こうに渡ったのだろうか。
渡ったとしてもあの魔獣の量から見て、彼一人で向こうで生き延びれるとは思えない。
故郷を思って、向こうで死ぬ方を選んだのか。
それともこの国を恨んで魔物を溢れさせたのか。
国王は私たちに改めて目を向けた。
「それだけの事をしでかした魔物どもを其方たちはいとも容易く掃討したのだな」
褒めて貰えるのは嬉しいけれど、それ程の事だろうか。私は首を傾げた。
「西ではあの規模は良くありますけど……」
もっと酷いスタンピードもあった。見えない魔物とかもあった。今回は割とノーマルな魔獣が多かったように思う。
でも、オスカーと私の組み合わせでなければ、もっと時間が掛かったかもしれない。
「オスカーと組んでいたので、短時間で掃討出来たのだと思います」
私の言葉にオスカーは頷いた。
「最高の相方ですから」
ここで言う?
私は顔が茹った。構わずオスカーが続ける。
「ですが、西駐屯地の騎士団や修復班ならここまでの被害は出なかったと思われます。良くも悪くも亀裂や魔物に慣れていますから」
宰相が唸る。
「西駐屯地の師団長が自慢する訳だ。他の地区への部下の異動を嫌がるのもそれか。レベルが違いすぎるのだな」
「宰相、王都はレベルが低いのか?」
「魔物相手に限定した話ではございますが。王都の騎士団は違った訓練をしております故」
他国相手の戦争や王都の警護・治安維持だろう。
そう言えば、私たちは対人戦は全く想定していない。騎士団は多少は訓練しているのだろうが、あくまでもメインは魔獣退治である。西駐屯地の向こう側は深い森と高い山で、人間の侵入を許さないのだ。
北側は国同士の揉め事もあるようだ。北の辺境伯は強い領軍を持つが、その相手は魔物ではない。
私は人に対して剣を振るうという事を想像して、ぶるりと震えた。
「それにしても、王都で実験する事とは到底思えん。何故そんな馬鹿な事を許可したのだ!」
宰相が厳しくパーペンロート部長を叱責する。
「研究二組はどうも先走る傾向がありまして……」
パーペンロート部長が汗を拭く。
ん?
研究二組?
聞き覚えがあるぞ。
それって、前に樽に穴を開けた連中かな?
『これだから亀裂の修復しか能の無い奴らは困る』
音声が蘇って来た。
『中を調べるには樽を開けないとどうしようもないだろう』
『平民どもの都合など後回しで良いではないか』
ぞろぞろと思い出してきたぞ。
あいつらか。
オスカーと顔を見合わせた。
迷惑極まりない奴らだったけど、全員亡くなったのか。結局、先走った行動が自分たちを死に追いやった訳だ。
ざまぁ見ろとまでは思わないが、反面教師として、心に刻もうと思った。
「ところで、其方たちに褒美を取らせたいのだが、何が良いだろうか」
宰相が私たちに尋ねた。
オスカーは毅然とそれを断る。
「一級修復師として、亀裂の修復と付随する魔物殲滅は職務ですので」
本当は修復だけで、魔物殲滅はサービスなんだけどなぁ。
でも、倒せる魔物がいるのに、仕事じゃないからとスルーは出来ないし。
いや、魔物倒し始めてからはお給金ぐっと上がったから、仕事の内になったのかな?
「しかし其方たち、休暇中であったのだろう?」
「それならば、特別出動費だけ頂戴いたします」
ふむ、と宰相は考え込む。
が、国王がポンと手を打った。
「其方たち、近々結婚するのであったな?」
えええ
なんで陛下が私たちの事をご存じなのよぉ……
「はい、その通りです」
オスカーは平然と答えた。
「其方たちは、王都の恩人である。王宮を貸す故、ここで結婚式を行うが良い。勿論、それぞれ事情もあるだろうから無理にとは言わんが」
オスカーは少し瞠目したが、すぐに返事をした。
「大変光栄です。ですが、私達だけでは決められませんので、持ち帰り検討させていただいてよろしいでしょうか?」
「うむ。宰相、窓口になってやれ」
王都で結婚式?王宮を使って?????
私は泡を吹きかけた。
***
「面倒極まりない事を言われてしまったな」
王宮を退出すると、オスカーが苦虫を嚙み潰したような表情になった。
「どうしよう……うちの両親や兄弟たち王宮なんて畏れ多くて来ないって言いそう」
「家族を呼べないようなら断る」
こういう時、相手が王様だろうが忖度しないのがオスカーだとつくづく思った。
「「王都で結婚式!」」
西駐屯地に帰り、コルネリアとエルマ姉さんに報告すると、二人とも目を剥いた。
「ちょっと、あたしを必ず呼びなさいよ!」
「いつなの?休暇申請するから!」
「ああ、ドレス新調しなくちゃ!」
意外と受けが良いようだ。てっきりそんな遠い所でするなと言われるかと思っていたのに。
班長はいつものようにニコニコとあっさり言った。
「いいじゃない、王宮借りて結婚式。修復師の地位も上がるんじゃない?」
マルクは例によってうへぇと言いながらも遠いなあとブツブツ言っている。来てくれるんだ。へぇ。
騎士団の連中は怒った。
「行けねぇじゃんよ」
「全員で休暇取るか?」
「無茶を言うな」
「お祝いしたいっす!」
特務隊のブルーノがムスとしながら言う。
「こっちでも披露目しろ。それで手を打ってやる」
「何でお前に見せる必要があるんだ」
オスカーがブルーノから私を隠すように抱き込む。
「人のもの欲しがりゃしねぇよ。いい加減牙剝くの止めてくれ。俺だってお前の捜索を手伝ったんだぞ」
オスカーが瞠目して、私を抱き込む手を緩めた。
「すまん。その節は世話になった」
「俺たちにも祝わせろ。ここでも祝宴するぞ、いいな?」
オスカーが頭を下げた。
「よろしく頼む」
「費用はお前持ちだぞ」
オスカーは笑った。
「承知した」
私は休暇を申請してペトラ村へ帰り、両親に事の次第を説明した。両親は慌てながらも、出席を了承してくれた。
「困ったわ。何を着て行けばいいの?」
「ヴェルゲか王都の服屋で揃えればいいよ。それ位買わせてよ」
「ええ?家族全員分を?あなた、他に物入りでしょうに」
私は苦笑いした。
「オスカーが全然私に払わせてくれないから。大丈夫だよ」
妹は飛び跳ねて喜んだし、弟たちは旅行、と言うだけで目を輝かせた。
父はまた難しい顔をしていた。
「王宮を歩くのに、この義足で失礼にならんだろうか」
私は王宮の事務官が同じような義足で仕事をしていたのを思い出し、それを父に話すとようやく安心したようだった。
ギーゼン家は大変だったようだ。
王宮で結婚式を挙げる事が、貴族にとってどれだけ名誉な事なのかを思い知らされたとオスカーが困惑していた。ここに至ってようやく伯爵夫人に一級修復師というもののの価値が認識されたらしい。
結婚式に至るまでの準備も慌ただしく進む。ヴェルゲの街で家を探し、内装を整え、家具を揃える。メイドと執事を面接する。班長が色々と気を回してくれて、休暇を取りやすくなっていたが、それでも修復の仕事も入る。出動と結婚準備で私は目が回りそうになっていた。
「疲れたか?」
時々オスカーが私を気遣ってくれる。
「疲れるけど、嬉しい疲れだから、大丈夫」
オスカーは微笑むと、私の額に唇を落としてきた。そして私をそっと抱きしめてくれる。
嬉しくて私がぎゅっと抱きつくと、理性が何とかとか言って、離される。何の事やら。
そしてあっという間に結婚式の日がやって来た。




