ギーゼン領へ
翌朝。
「ボクは行かなくていいでしょ……」というマルクだけ残して、班長とオスカーと私はギーゼン領へ向かった。
班長にはゆうべの事は丸分かりだったようで、あの後一班部屋に帰るなり「二人とも、良かったね」と言われてしまった。
「さて、お父上の説得に向かいますかねぇ」
「礼を言いに行くんですが」
オスカーは眉間に皺を寄せたが、フェリクスは軽く笑った。
「いっぺんに済むじゃない」
馬での移動中にフェリクスは今後の事について私たちに色々話してくれた。
「取り敢えず、一班の部屋は仕事の為の当直室だからね。公私分けてね」
「はい」
私はちょっと顔が赤くなったのに、オスカーは平然としていた。
「分かりました。班替えされたりしないですよね?」
「そんな意地悪しないよ」
フェリクスは笑う。
「別の班在籍で一緒になるなんて僕たちの仕事じゃ不可能だよ。出動翌日の休養日なんて予定が立たないし、三月に一度の連休だって班が違えば同じ日には取れないし。二人とも実力は一級品だから一班にいるのが当然だしねぇ」
「町で住居を探そうと思っています」
「住居?」
私が目を丸くすると、フェリクスは頷いた。
「それが良いね。休養日しか帰れないけど」
「うわぁ、じゃあ休養日はお掃除に明け暮れる感じですか?」
私の慌てた声に二人が同時に笑った。
「メイドを雇うんだよ」
「リリーちゃん、二人分のお給金合わせたらいったい何人雇えると思う?」
そこらの貴族よりよっぽど豪華な生活ができると言われて、私は目を丸くした。
「も、勿体な……」
「リリーは貯めといたらいい。俺の稼ぎだけで十二分にある」
オスカーがくすりと笑った。
「金貨数える趣味は続けられるよ?良かったねぇリリーちゃん」
「趣味じゃない……です……」
二人に爆笑された。やっぱり家族以上に色々知られているのがくやしい。
***
半日程馬を走らせるとギーゼン領の領主の館に着いた。
三人とも応接室に通される。つい先日、班長と一緒にオスカーのご家族に会った部屋である。
ソファに並んで腰掛けていると、ギーゼン伯爵と夫人、妹のアガーテが入って来たので立ち上がる。
「オスカー、ああ、本当に生きて、無事で良かった」
夫人はアガーテに支えられながら、よろよろと歩き、そしてその瘦せ細った手をオスカーに伸ばした。
「母上、ご心配おかけしました」
オスカーがアガーテと一緒に夫人を支えて肘掛け椅子に座らせる。
ギーゼン伯爵がフェリクス班長に手を差し出した。
「息子を連れ帰ってくれて、心から感謝する」
「いえ、その節は領軍をお貸し頂き、お礼申し上げます」
そして固く握手を交わす。
オスカーが深く頭を下げた。
「ご心配お掛けしましたが、昨日帰還を果たすことが出来ました。ご尽力頂いた事、感謝します」
親子の会話?と不思議になるほどの物言いだったが、特に嫌味で言ってる訳では無さそうだった。これが貴族の家族間の会話というものなのかもしれない。
「お兄さま、お帰りなさい。無事のご帰還、心から嬉しく思います」
「アガーテ、心配かけた。申し訳ない」
「どうぞ、椅子を使ってくれ」
伯爵に勧められて私たちは再びソファーに腰を下ろした。
向こうでどうやって生き延びたのか等の話が一通り終わると、伯爵夫人が縋るような眼でオスカーに訴えた。
「お願いよ、オスカー、もう危ない仕事はやめて頂戴。戻ってきて、ここで暮らしましょう」
オスカーは表情を硬くした。
「母上、ご心配かけたことは謝りますが、仕事は辞めません」
「ここにも仕事はあるのよ?お父様の跡を継ぐという大事な仕事が」
「お母様、そのお話はまた今度にしましょう?」
アガーテが助け舟を出してくれるが、伯爵夫人は引かなかった。
「私は心配で心配で、夜も眠れないし食事も喉を通らなかったのよ。これ以上オスカーが修復師とやらを続けると言うのなら私は心配で死んでしまうわ」
フェリクス班長は困ったように夫人に視線をやる。
「オスカー君は王国にとって掛け替えのない人材なのです」
伯爵がオスカーをじっと見つめた。
「……私は今回の件で色々と勉強をした。修復師がどんな事をしているのか、どの様に評価されているのか」
「父上」
「昨日も帰って来たティーレマン団長に色々と話を聞いた。騎士達にも聞いたのだ。……私は随分お前の仕事を軽く見ていたらしい事にやっと気づいた」
「あなた、何を仰るの?」
「ティーレマンは私にこう言ったよ。修復師の戦いを間近で見たが、桁が違うと。一人で竜を殺せるのだと。騎士一個師団の実力を秘めているのだと。リリーさんと言ったか。お嬢さんも途轍もない実力者だそうじゃないか」
私は慌てた。
「買いかぶりです」
少なくともティーレマン団長たちは私たちが向こうで魔素のお陰で実力が倍増したことを知らないのだ。
「そうですねぇ。正しい評価だと思いますよ」
班長が言う。伯爵は続けた。
「ティーレマンはこうも言ったよ。オスカー、お前の実力で領主しかやらせないのは余りに勿体ないと」
「あなた!止めてください!」
「ローザリンデ、領はアガーテに継がせよう」
アガーテは目を見開いた。伯爵は続けた。
「アガーテはここ一月、腑抜けた私の補佐をずっと行ってくれていた。正直、これほど勉強しているとは思っていなかった。私に付いて今後も人脈を拡げれば、良い領主になるだろう」
「お父様……ありがとうございます」
アガーテの瞳が潤んでいるように見える。
隣のオスカーをちらりと見ると、驚愕の眼差しで伯爵を見つめていた。
「父上、……感謝します」
「おお、オスカー、駄目よ、危ない仕事を続けるなんて……」
夫人は顔を覆って肩を震わせる。
「……絶対駄目よ……貴族の仕事じゃないわ……あなたは領を継いで跡取りを作って……」
「ローザリンデ。部屋で休みなさい。オスカーの顔を見られたのだからもういいだろう。アガーテ」
「はい、お父様」
アガーテは母の手を取った。
「お母様、少しお休みにならないと」
後ろに控えていた侍女とアガーテで夫人を立ち上がらせ、三人は部屋を後にした。
扉が閉まっても私はしばらくそちらから目が離せなかった。
「妻が失礼なことを申し上げた」
伯爵が班長に向き直る。
「いえ、お気持ちも分かります」
班長が柔らかく答えた。
「父上、実は一つお願いがあるのですが」
「何だ」
私の心臓がバクバク打ち始めた。この状況で言うの?せっかく修復師を続ける許可をくれたお父さんに畳みかける?
「ここにいるリリーとの結婚の許可を頂きたいと思います」
言った!
躊躇無い!
私の顔は見る間に真っ赤になった。
伯爵が瞠目してそして私を見る。とてもじゃないが目を合わせられない。慌てて顔を伏せる。
「……前からそういう関係だったのか?だからオスカーの捜索をあんなに必死にしてくれたのか?」
私は弾かれた様に顔を上げた。
「それは違います!」
「彼女には昨夜言ったところです。私が考えていたのはもうずっと前からでしたが」
オスカーの揺るぎない目が伯爵の視線とぶつかり合っている。
「だから婚約の話をにべもなく断っていたのか」
「そうです。申し訳ありません」
「お前という奴は、全く……」
伯爵はため息を一つついた。
「私が許可しなければどうするつもりだ」
「出来れば正式に認められて一緒になりたいですが、許可いただけない場合は、いわゆる事実婚を選びます」
「昔からお前はこれと決めたら私の言う事などちっとも聞かん……」
何だか伯爵が気の毒になって来た。
伯爵はもうひとつため息をついた。
「ローザリンデが煩いだろうな」
「感謝します」
オスカーが笑みを見せた。
え?これで許可取れたの?
私は班長をちらと見たが、班長は軽く頷いてくれた。
「あ、あの、私精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
自分で言いながら、何を頑張って何をよろしくするんだい、と思ったが、何を言ったらいいのかさっぱり分からなかったのだ。
オスカーが微笑みながら伯爵に言った。
「とにかく努力する子です。母上にも分かってもらえるといいんですが」
「時間は掛かるだろうが、孫でも見せてやればそのうち折れるだろう」
孫……
私の顔がもう一段赤くなった。
班長がぽんぽんと私の頭を叩いた。
伯爵が立ち上がったので私達も立ち上がる。
「この通りの頑固者で苦労すると思うがよろしく頼む」
伯爵が私に手を出してきた。握手?いいのかな?
恐る恐る手を出すとがっちりと握られた。
私も覚悟を決める。
「何があってもオスカーと一緒に頑張ります。オスカーを死なせたりしません」
隣でオスカーが苦笑した。
「リリー、それは俺のセリフだ」
「リリーちゃん、それ結婚の挨拶じゃないよ?」
「だって……」
伯爵が笑みをくれた。
「有言実行の重みが違う言葉だな。実際オスカーを救い出してくれた。息子はあなたに預ける。無茶しないように手綱を取ってくれ」
「頑張ります」
何か分からないけど、いいお父さんだよ。
オスカーを見ると、優しく私を見つめ返してくれた。




