四十五日目
朝日が昇る直前にそれは起こった。
亀裂の気配だ!
オスカーは飛び起きた。剣を引っ掴んで洞窟を飛び出す。吸血蝙蝠が慌てふためくが構っていられない。滝に出る。そして、滝の横をリボンを使いながら昇って、滝の上に出た。そこは見晴らしがあるのだ。
亀裂の方向を特定しようとする。かなり遠い。白みかけている空の下、森の奥深く、遠いところでキラリと白く光る箇所を見つけた。
あっちか!とオスカーは判断した。
最短ルートを目で探す。滝から流れる川沿いを進んで、大岩あたりで右に登る。あとは気配に向けて一直線だ。
見当を付けたところで走り出した。
あの辺りは昼も活動する魔獣が多いところだ。下手をすれば竜がいる。急がなければ、とオスカーが思った時だった。
リリーの気配を感じた。
馬鹿な!探しに来たのか!あの森に?無茶だ!
スピードを上げる。
少なくない魔獣が寄って来るが、一刀両断していく。前方の森が邪魔だから空間ごと根こそぎ切り倒しながら走る。
間に合ってくれ!
***
私はベニグノの作った亀裂をギーゼン領軍の団長に続いて通り抜けた。
その瞬間に感じる濃い魔素と、沢山の魔獣の気配。
そして、同時に遥か向こうだが、懐かしい気配が。
「オスカー!オスカー居た!生きてる!」
皆が一斉にこちらを振り向く。
「本当か!」
団長の問いにコクコクと頷く。
マルクが辺りを見回した。
「……うへぇ……凄い数の魔獣の気配がするよ……」
団長が叫ぶ。
「総員、臨戦態勢を取れ!魔獣が来るぞ!」
その瞬間、真っ赤な目の魔猿が飛びかかって来た。
ベニグノに飛びつこうとした猿を班長が切り捨てる。ベニグノは腰が抜けているようだった。明らかに足手まといで、けれどむざむざ魔物に殺されるのを許す訳にはいかない。
「班長、ベニグノと一緒に向こうで待機しててください!いざとなったら穴塞いでもらわないといけないし!」
「……年寄りは見張り位がいいかも……」
言いながらマルクがリボンでベニグノと班長を掴み、亀裂の向こう側へ投げた。
「ちょっと、マルク君、リリーちゃん!」
班長が亀裂の向こうから叫んでいるが、無視である。
「マルクがやる気になってる」
「……たまにはね」
マルクがいつになく頼もしく見えた。
次々に襲い掛かって来る魔物を屠っていくがキリが無い。そのうちに変な事に気付いた。
剣が伸びるのだ。正確には、剣に乗せた空間切りの白い光が伸びるのである。
魔素が濃いせいか。
「マルク、お互い距離を取ろう!間合いが想像以上に長くなってる!魔素が濃いからだと思う!」
「……了解。道理でリボンの伸びが良い訳だ……」
団長が上を指さした。
「あれは何だ」
見上げると巨大なモノが翼を広げて悠然と舞っている。
「げげ、竜じゃん」
竜がこちらを視認したらしい。
急降下して来た。
竜が口を大きく開ける。
「炎が来る!」
私は前に跳び出して、全員を包む術布を展開した。
その瞬間、ごおおぉぉっと音がして術布の向こう側が火の海になった。
そして巨体が術布に突っ込んで来るのを感じた。
「突っ込んでくる!避けて!」
咄嗟に炎の耐性しか付けられなかったのだ。物理耐性を付け加える暇がない!
全員慌てて左右に避ける。
術布を頭から被る格好になった竜はそのまま地面に激突した。
マルクが術布ごとリボンで竜の上体を縛った。
私は剣に空間切りの白い光を纏わせて竜を両断した。
竜は真っ二つに分かれて、どう、と横倒しになった。
団長が目を見開いていた。
「凄い」
私はマルクに叫ぶ。
「火を消す!騎士の人たちを保護して!」
周りはブレスの火が燃え移り広がり始めていた。
私は新たに出した巨大な術布を炎全体に展開する。マルクは騎士達をその外へ次々にリボンで引っ張り出す。それを確認して術布を地面に吸い付かせると炎は酸素を失って消えた。
ティーレマン団長とギーゼン領の騎士たちが唖然としていた。
「次の魔物が来ます!」
気を取り直した騎士達と、次々に魔物を屠っていくが、キリが無い。せっかくのオスカーの気配が感じられたのに、一歩も進めないのが歯がゆくて仕方がない。
え?
オスカーの気配が随分近くなっている。
「オスカーがこっちに来てる!」
団長たちがハッとこちらを振り向いた。
「オスカー様が?」
「よそ見厳禁……」
マルクは団長に飛びかからんとしていた巨大な蜻蛉を射抜いた。
「オスカー、動けてる。元気みたい。すごいスピードで、こっちに向かってる」
「よし!オスカー様が来られるまで、ここを凌ぐぞ!」
「「「おおっ」」」
「また竜だ!」
見上げると空高くに竜がいた。
「さっきのの番かもしれん」
空の竜が先ほど倒した竜の骸を見つけたようだった。
高く啼いて、こちらへ急降下して来た。
マルクが弓を向ける。私も剣に空間切りを載せる。
私が剣を振り抜こうとした時。
竜は真っ二つに分かれた。そして左右に分かれて地面に激突したのだ。
私とマルクは顔を見合わせた。こんな事ができるのは一人しかいない。
「リリー!」
弾かれた様に声の方を振り向いた。
オスカーが居た。
ボロッボロの騎士服を着て、左袖は無くって、でも腕は怪我の跡も見えなくて。
その辺りで私は涙が零れて何も見えなくなった。
「……泣くのは後で」
私の後ろの魔獣をマルクが片付ける。
「オスカー様!ご無事で!」
「撤収するぞ!」ティーレマン団長が叫んだ。
私は両手をまっすぐ伸ばす。
オスカーが私を力強く抱き留めてくれた。
「生きてる……会いたかった」
「俺もだ」
「……撤収が先。魔物のキリが無いよ」
マルクがリボンで私たちを纏めて掴むと、班長の待っている亀裂の先に放り投げられた。
亀裂を潜り抜けて元の世界に戻ると班長に二人纏めて抱きしめられた。
亀裂から領軍の騎士たちが次々に戻って来る。団長が戻り、最後にマルクが戻って来て、素早く亀裂を閉じた。
私はわんわん声を上げて泣いていた。
オスカーは皆に揉みくちゃにされた。
皆泣いた。
良かった。本当に良かった。




