赤熊の査定
リリー視点に戻ります
「全く、たまたま間に合ったから良かったものの……村の端にもシェルター作らないと駄目だよ」
私は熊の皮を剥ぎながら私はため息をついた。
本当に危ないところだったのだ。たまたま休暇だったから帰って来ていたけれど、少しでも着くのが遅れていたら今頃どうなっていた事か。
ニックが熊の解体を手伝ってくれている。
「姉ちゃん、本当に凄いよ。オレも父さんも、もう死んだと思ったもん」
ヴァルト達も他の魔獣を運び、処理してくれている。
「姉ちゃん、なんでこんなに簡単に熊が切れるの?剣が白く光ってたのと関係あるの?」
私は頷いた。
「そう。良く気が付いたね」
「それが空間切りってやつ?」
「そうそう!見せる機会がやっと来たね!これで信じた?」
前に家族に自慢したら、「また大げさな」と言われて信じて貰えなかったのだ。
剣に修復の白い光(厳密に言うとちょっと修復の時とは違うのだが)を乗せて切るとその空間が問答無用で切れる。肉だの骨だのに関係なく、空間ごと切ってしまうのだ。抵抗が殆ど無い。
これを会得してからの私は自分で言うのも何だけど強くなったと思う。
魔獣も怖くなくなったし、一人で行かされる任務も増えた。
だが、流石に今日の亀裂のサイズだと班行動になる筈だ。一人で処理するにはリスクが高すぎると判断される。
熊の解体も終わり、かなりの面積の毛皮が取れた。匂いが凄まじいが、幸い近くの井戸を借りる事ができた。村から毛皮商と職人が走って来た。赤い巨熊の話を聞いたらしい。
「こいつは凄い毛皮だ」と職人が呟く。
「でしょう。炎で焦げてもいないし、奇麗でしょう?」
「良ければこれくらいで引き取らせてもらうが」と言って、毛皮商は指を2本立てた。
私はムッとした。相場を知らない子供とでも思ってるのだろうか。
「安すぎ。このサイズの赤い熊なんて王都へ行ってもまずお目に掛からないよ?」
「むむむ、ならばこれくらいでは?」
指を三本立てる。
「……王都へ直接持っていく」
「待った、仕方がない、これでどうだ」
そう言うと体に巻き付けた金貨袋から白金貨を五枚出した。
横でニックが目を剥いた。
「白金貨……初めて見た」
私は腕組みをした。
「まあ、それで手を打つか。そのかわりこれ以降の処理は任せるからね。手間賃分負けておいてあげる。ただし毛皮だけだよ?魔石は貰うからね」
「えええ、しっかりしてるなぁ」職人が呟いたので、取り敢えず睨んでおく。
***
ペトラ村に入ると総出で歓迎された。両親も兄弟も自警団の皆や近所の人たちも口々に私に礼を言ったり頭をなでたりする。私は暫くもみくちゃにされ続けた。
村役場の前の広場に急遽焼き台が組み立てられて、熊肉が焙られる。これが予想外に香ばしい香りを辺り一面に漂わせた。
私は一旦家に戻って体を洗い、着替えて来た。
ヴェルゲから騎士隊が駆け付けた時には、皆で飲めや歌えやの大宴会が始まっていた。
「どういう事だ?魔獣は?亀裂はどうした?間違いだったのか?」
騎士隊の隊長の声に、村長が慌てて騎士隊のもとへ走った。
「亀裂は修復師のリリーさんが、既に処理してくれました。早馬で知らせたのですが、行き違いになりましたか」
「リリーだって?」
私はなじみの隊長に手を振った。第三隊のカルステン隊長である。
「私です!今日から休暇で里帰り中です!」
カルステン隊長は目を見開いた。
「一班のリリーか」
隊長は馬を降りた。私は走って行って胸に拳を当てて敬礼をした。隊長も同じ敬礼を返す。
「亀裂は高さ2.5メル程でした。魔獣は最大が赤熊で他二十頭ほどの雑魚を処理しました」
隊長は目を丸くした。
「2.5メルだと?……確かに熊が出て来ているという事はその大きさでないと無理か?」
「あそこに熊の毛皮がありますのでご確認ください。自警団員の目撃者の証言もありますが、必要なら呼びます」
「一応話を聞こう。しかしお前、また腕を上げたか?」
「出動費、請求していいですね?」
「申請しておく」
「この大きさの亀裂修復なら一級出動費ですよね!」
「……ああ、そうなるだろう」
「ありがとうございます!熊肉焼いてるんで、良ければ皆さんもどうぞ!」
私は踵を返して、家族たちのもとに戻った。父が呆れ顔で先ほどのやり取りを見ていたらしい。
「リリー、隊長さんにあんな物言いしていいのか?」
「いいよ。本来、修復師は騎士団とは同列なのよ。だからタメ口でも不敬にはならないらしいけど、隊長さん年上だから敬意を払ってるし、問題ないよ。同じ駐屯地のよーく知ってる人だし」
「一級出動費って何だ?」
「白金貨一枚」
父も母も飲み物を噴きかけた。
「白金貨!」
横からニックが口を挟む。
「さっきの赤い熊の毛皮は白金貨五枚だって」
「五枚……」
父が唸る。母は呆然としていた。
「お前、そんなに稼いでいるのか……」
「あ、今回の仕送り分、持ってきたよ」
私は体に巻いていた金貨袋から三か月分を渡す。金貨だと村では使いにくいだろうから一部を銀貨に分けているので、ずっしりと重さがある。合わせると白金貨一枚分くらいだが、白金貨で渡しても絶対困るだろう。
「お前、これ巻いたまま剣を振り回していたのか?」
父が眉を顰めた。
「うん。そこらに置いておく訳にもいかないし、預ける時間も無かったし。鍛錬だと思えば」
私が答えるとまた父は頭を抱えた。
「あんな魔獣を前にして……頼むからもう少し自分を大事にしてくれ」
「大丈夫、大丈夫」
心配性だなあ。お父さんてば、普段の訓練や出動を見たら卒倒するんじゃないかな?
「稼いだお金は何に使ってるの?無駄遣いしていない?」
母が心配そうに尋ねる。
確かに騎士団や修復師達の中には宵越しの金は持たない!とばかりに飲み歩く連中も多い。
「貯めてるから大丈夫」
初めは仕送り以外の給金を何に使えばいいのか分からなくて、貯めるというよりは使わず残った、と言う方が正しい状態だった。けれど、次第に貯める必要がある事が分かって来た。例えば、もし怪我をしたりして修復師を続けられなくなった時、それが公傷ならいいが、そうでなければ補償は無い。例えば、誰かと一緒になりたいとき、持参金を現状、両親に強請れない。自力で貯めなければならないのだ。村にいて、村の誰かと結婚するなら、親同士の話し合いで負けて貰ったり、物納したりできるのだろうが、騎士団の誰かと結婚、なんて事になったら、相手によれば巨額の持参金が必要になったりするらしいのだ。
等々、女性騎士のコルネリアや備品室のエルマ姉さんに脅されて貯め始めたのだが、部屋で金貨をチャリチャリ数えるのはなかなかに楽しいのだ。マルクにはドン引きされたが、もはやこれは趣味である!
「リリー、一日早いけど、十七歳おめでとう」
「姉ちゃん、おめでとう!いつもありがとう!」
ニックが何か包みをくれた。
「プレゼント?わ、嬉しい!開けて良い?」
中には木彫りのリスのブローチが入っていた。
「可愛い!これまさか彫ったの?」
「うん。まだ余り上手くないけど……」
「凄い!ニック器用だもんね。嬉しい!ありがと!大事にするね!」
母は手編みのマフラーを私の首に巻いてくれた。父は暖かそうな革手袋をくれた。
手袋は私の手にぴったりだった。
「本当にありがとう!嬉しいよぉ」
ほろりとする。
「リリー、いつもお前には感謝しかないよ。お前のお陰でうちは暮らせてる。村役場の仕事はしているが、それだけでは生活にいっぱいいっぱいで、チビ達を上の学校へはやれんからな」
私は帰る度に家族からこういう風に感謝の言葉を貰える。それが心から嬉しい。
騎士団の友人の中には、無理やり家に給金を殆ど入れさせられる人もいた。始めはあった感謝の言葉も次第になくなって来たという愚痴を言う友もいる。
七年も経っているのにうちの家族はいつも私に感謝の言葉をくれる。
だから私は里帰りの度に元気をもらって、次の厳しい訓練にも頑張る意欲が湧くのだ。
「リリー、騎士団で良い人は出来た?」
毎度の母の質問である。
「出来てない」
「同じ班のオスカーさんやマルクさんは?」
「無いよ」
毎回返す答えは同じなのに、なんで毎回聞くんだろう?
「話を聞く限りは素敵な方だと思うんだけど」
「それとこれとは違う話だもん」
マルクがどんな家なのかは知らないが、少なくとも修復師の祖父と父を持つのだ。うちみたいな貧乏とは無縁の筈である。
オスカーは伯爵令息。
本人は一切それを鼻に掛けたりひけらかしたりはしないし、むしろ邪魔に思っている節があるが、私がどうこうできる相手ではないのだ。
年齢を重ねて、周りが見えてくると、オスカーは遥かに遠い存在だ。一番身近で、一番遠い。
ぶんぶん頭を振る。この先は考えないようにしているのだ。
「お母さん、大体オスカーなんてお貴族様だよ?あると思う?私が貴族の嫁になるって想像できる?ドレス着てパーティ出掛けて、お城に住んでって、絶対無いでしょ?万一そんな事になったら、お母さんだってお貴族様と親戚づきあいする事になるんだよ?」
ようやく母が無言になった。




