リリー 五歳
何故だか私は小さな頃から、ぽっかりと浮かぶ『穴』を度々見つけた。体がぞわぞわして、何かがあるのを感じるのだ。
気持ち悪いような、背筋に氷が当たるような。そんな感覚が示す方向へ向かうと、『裂け目』がある。
その日も何もない空間にぽっかりと開いた『裂け目』から小さな虫のようなものが這い出ようとしていた。
これはお母さんに知らせなきゃ。
「おかあさん、またさけめができてるよ」
家に帰るなり母親を捕まえた。
「リリー、また見つけたの?!」
焦る母は、慌てて私を抱きかかえると、ペトラ村の騎士団の出張所に駆け込んだ。騎士をその場所に案内すると、騎士はじっくりとその穴を見つめた。
「この大きさなら余り酷い魔獣は通れない。拡がる風でもない。だが、ヴェルゲにある西駐屯地の修復師に来てもらうよう手配しよう」
翌日、騎士団からの連絡を受けた次元の裂け目の修復師がやって来たので、今度はその修復師に抱きかかえられてその場所まで案内する。
「ほう、小さな裂け目だねぇ。うん、良く見つけてくれた。えらいぞ~」
そう言ってその男は鞄からコテを取り出し、まるでしっくいで塗り込めるようにその裂け目の上をコテでひょいひょいと何往復かした。男がコテを離した時には、全く元の空間に戻っていた。もう、どこに裂け目があったのか分からない。手で裂け目があったところを触ろうとするが、空気を掴むだけである。
いつ見ても修復作業は面白かった。
来る人によって、違う方法なのだ。
今日の人はコテで塗り固めたし、前の人は糸で繕う感じだった。焼き固める人もいた。
私はよく小さな穴を見つけるので、その度にこうやって修復を見物する。
「修復師って言うんだよ。」
「しゅうふくし?わたしもなれる?あな、みつけるのじょうずなの」
「そうなのかい?」
そう言いながらその修復師は私の手をやさしく取った。掌が暖かくなる。ぐるぐると手から何かが私の中に入ってきて、気持ちが悪い。
慌ててその手を振り払った。
修復師は少し驚いたようだが、やがて優しく私の頭に手を置いた。
「修復師になれそうだねぇ。もしなりたいなら、お母さんと相談して、騎士団に連絡しておいで。」
帰ってから母に言うと、
「駄目よ!そんな危ない仕事!」と一蹴されてしまった。
***
そんなある日、またぽっかり開く小さな穴を見つけた。
小さな虫がその穴から出て来ようとしていた。
「ふさげないかな?」
前に見た修復師はコテを使っていたが、生憎そんなものは持っていない。周りを見回しても、穴を塞げそうなものが無い。
「あ、ハンカチ」
ポケットからハンカチを出して、穴に当ててみる。
「ふさがれ、ふさがれ、ふさがれ」
穴の上から手を当ててハンカチを四方に延ばす。ハンカチを向こうからもぞもぞと突いていた感触が少なくなった気がして、そっとハンカチを剝がしてみた。穴は随分小さくなっていた。
「やった!このちょうし!」
再びハンカチを当てて穴を塞ぎ、手を当てる。
「ふさがれ、ふさがれ、ふさがれぇっ」
ハンカチの向こうがつるりとした直後、ハンカチは支えを失って地面に落ちた。
そこには何もない。
「やった!」
家に帰ると母に喜び勇んで報告した。だが、褒められるどころか「リリー!危ない事するなと言ったでしょうが!!」と大目玉を食ってしまった。
以降、私は穴を見つけても内緒で塞ぐ事にしたのである。
だがこの時の私は、自分がどれだけ希少な能力を持っているのかを知りもしなかったのだ。