表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ぷんぷくちゃん

作者: 永永

今日もまた終電だった。

駅前のコンビニで唐揚げとおにぎりを買って、歩きながら食べるのが日課になってしまった。

また太るぜと思いつつ、やっぱり夜のウォーキング唐揚げ&おにぎりは背徳のウマさだぜ、の誘惑に勝てず、おにぎりをもぐつきながら歩いていると、一匹の猫とすれ違った。

ロシアンブルーと白猫のミックスなのか、顔に某ミュージシャンの様な白いひびが入っている。しっぽは短く丸く、足も短い。どこかで飼われている。いや、いたのかもしれない。

「こんばんは。変なヤツに気をつけて。」

と声を掛けると、にゃあ、と返事をして反対側行ってしまった。

と思ったら戻って来て私の後に付いて来た。

こんな時に限って、猫にあげられそうなツナマヨでなく、なんで唐辛子味噌なんておにぎりにしてしまったんだろう。

そこで、唐揚げのむね肉をちょっとちぎってあげたらあっと云う間に平らげた。他にあげるものは無かった。私は脂っこい衣だけをかじって食べた。

「ごめん。もうあげる物は無いよ。」と話掛けて、ほんの5分程、猫の側に立っていた。

なあんだこれだけか、と思ったのか、猫は駐車場の方に歩いて行った。

ああ行ってしまったな、ホントに気をつけてよ、と思いながら数歩歩いてどきりとした。

建物の側に、小太りの中年男が立ち尽くし、スマホをいじっている。男はスマホに夢中だが、すぐ先にはあの猫が駐車場に向かって歩いている。

以前、とあるサイトから流れてきた情報を思い出した。

「野良猫が可愛いからと言って、サイトに場所を載せないで。その情報をあてにして、猫を酷い目にあわせる人もいるから」

早くどっか行けやこのデブ。と「心の中で」叫びながら、とはいえ、こんなデブに殴られたら自分も危ない。逃げる様に帰り途中のコンビニに駆け込んだ。

いやいや単純にどこかの人間と連絡取っていただけかもしれない。人気のオンラインゲームプレイ中で、お目当てのモンスターを捕まえてるだけかもしれない。

とは言え。いずれにせよ、大人の男性が真夜中、不自然な場所や車の中で延々とスマホをいじっているのを見掛けると、いつも内心ヒヤリとする。

ペットフードでも買うか、と思ってコンビニに飛び込んで気が付いた。

以前置いてあったペットフードが売ってない。

駅周りにはコンビニだけでも6件位あり、それぞれしのぎを削っているが、そのどこにもペットフードが置いていなかった。

ひょっとしたら、私の様に通りすがりの猫にエサをあげる人が他に沢山いたのかもしれない。

駅前には一時期、かなり沢山の猫がいたから、警察からコンビニに指導が入ってもおかしくないかもしれない。

それにしても珍しく人懐こい猫だった。私は猫が大好き過ぎて逃げられる、残念な人間だった。まあ、猫からしたら、ぶよぶよした巨人ばばあがニコニコしながら寄って来たら恐いだろう。私が猫だったら間違いなく全力で逃げる。

本当に猫は大丈夫だろうか。変なヤツに捕まりませんように。もし誰かに飼われているなら、頼むから外に出さないでくれよ。いやマジで。飼い主が居たとして、その誰かに深々と頭を下げたい気分だ。


2回目に会った時は、ポケットに袋入りのキャットフードを忍ばせてあった。我が家に住んでいる猫の1食分をちょいと拝借。

猫は今度は駐車場から走って来た。この巨人ばばあはご飯をくれるばばあだと思ってくれたようだった。持っていたキャットフードをキレイに平らげてくれた。丸々して毛並みが良い。金色の目が輝いていて何とも縁起が良さそうな猫だ。私はひっそり、その猫を「ぷんぷくちゃん」と呼ぶ事にした。


それから1ヶ月位経ち、3回目に会った時はまた手持ちが味噌おにぎりしか無かった。

今度は住宅地からひょっこり出て来た。

「お互い間が悪いね。今日も何にも無いんだよ。ごめん。」

なあんだ、と思ったのか。ぷんぷくちゃんはまた、駐車場の方に歩いて行った。


それから「ぷんぷくちゃん」に1度も会ってない。

チーズ入りのちくわとツナマヨおにぎりを買って、たまにキャットフードを忍ばせて、いつでもおすそわけの準備をして歩いているが、今日に至るまで1度も見かけなくなった。


私の近所にはかなり大きな川が流れていて、釣り堀やボートまであるが、そのせいか、引っ越して来た10年位前は野良猫が沢山居た。

残念な事に、川には魚が居るから生きて行けるだろうと思った元飼い主が猫を捨ててしまうらしい。

しかしこの10年間、新しい住宅が出来る度に猫を殆ど見かけなくなった。


今から7年位前だろうか、右足を引きずって歩いてる猫を見掛けた。

良く見ると「右足が無い」。

一瞬目を疑ったが、人影に隠れる様に、その猫は逃げて行った。

あれでは高い所にジャンプ出来ない!人が近付いても走って逃げるのは辛いだろう。

恐ろしい事に、同じ時期、右足の無い猫は1匹だけでなく、5~6匹は見掛けただろうか。

元々ではなく、明らかに「人間に切られていた」跡だった。私はその「足を切った人間」を心底憎みながら、その人間が自分の家の近所をうろついて居ると思うとぞっとした。夜道を歩くのが恐ろしかった。


その頃、駅前の美容室に人懐こい三毛猫がいた。その猫は美容室の従業員達も外猫としてご飯をあげているのを見掛けた。私にも良く懐き、可愛かったが心配でもあった。

その猫も数ヶ月で姿を消した。ある日美容室の従業員と通りすがりの人が、猫の話をしていたのを聞いて、私も会話に加わった。

「いきなり居なくなってしまったんで、私達も心配で。」と従業員は話していた。いくら可愛がってるつもりでも、行方不明になったら心配する事しか出来ないのだ。

数日後、美容室にはポスターが貼られていた。

「ここに居た猫の行方はまだ判りません。でも心優しい人が拾ってくれたんだと思います。心配してくれた方々、どうも有難うございました。」

従業員もその猫が大好きだった人達も、これで終わりにするしか無い。

だが、心優しい人が黙って猫を連れ去るだろうか。

駅前で大勢の人間が通るだろうから、その三毛猫が色々な人に可愛がられていたのは知っていたはずなのに。


その三毛猫が居なくなって数ヶ月後。

猫には年に1回程発情期が来る。その時期になると何とも奇妙な声で無く。

早朝、始発に乗らないと間に合わないと思いながら走っていると、発情期を迎えた猫の鳴き声が聞こえて来た。ああもう春だと思ったその時。

発情期を迎えた猫を追いかけている中年の男が居る。

猫がナーオ、ナーオと奇妙な声で鳴く度に、その男は、猫に向かって叫んでいる。

「しーっ!静かに!うるさい、うるさいよ!黙れ!」

猫はコンクリートの塀に隠れて鳴いているので、人間が近付ける場所に居なかった。

その時何故、私は、その男に言えなかったのか。

「あなた。それ、動物虐待、犯罪ですよ!」と。

あるいは交番が近くにあったんだから、自分で言うのが恐いなら警察を呼んでも良かった。それで遅刻したとしても、多分大したことじゃなかった。

だがその時私は、「頭のおかしなヤツがいる」と思っただけで通り過ぎてしまった。

そいつが猫の前足を切った人間かどうか、もう判らない。その後、猫が発情期を迎える時期になっても、その男らしき人物を1度も見てはいない。


私が越してきた頃は、築40年以上の古民家がかなり沢山建っていた。その古民家の中に外猫にエサをあげている家があった。その家の周りにはいつも数匹猫溜まりが出来ていて、何ともうらやましい光景だった。

とは言え、駅前の便利な立地がそのままな訳はなく、その後、新しいアパートやマンションが何棟も建設された。

その猫溜まりを見掛ける古民家の一画も新しい家を建てるのか、気が付くと古民家の前に広い野原が出来ていた。

それから3ヶ月位経っただろうか。町内会の掲示板にこんなポスターが貼られていた。

「近所の野良猫に毒入りのエサをやって殺す人が居ます。これは犯罪です。見つかり次第警察に通報します。」

このポスターが貼られた頃から、猫を殆ど見かけなくなった。

その野原には、今、新築の大きな一軒家が建っている。仰々しいシャッター付きの車庫が門前にあり、その奥に何とも立派な一軒家が建っているが、今でもその車庫が牢屋に見えて仕方がない。

そこに住んでいる人が、野良猫に毒入りのエサをあげていなかったとしてもだ。


一昨年の夜。

あまりの仕事の段取りの悪さに終電を逃し、遠回りの電車に乗って帰宅する事になってしまった。翌日は朝から仕事なので、健康ランドや漫画喫茶で始発を待つ訳に行かず、タクシーも雨でなかなか来ず、駅から歩いて帰るしかなかった。

帰る途中、近所の広い川を通っている橋を渡るしかなかった。雨はしとしとと降り続け、しばらく止みそうになかった。

橋を3分の1渡り掛けた頃だろう。突然、河岸から、猫の叫び声が聞こえて来た。それは発情期の声とは全く違った、聞いた事も無い唸り声だった。唸り声がしばらく続いた後、最後に「ギャッ」と云う鳴き声が聞こえて来た。

私は思わず、声のした方、人が通らない方の橋の反対側に駆け寄った。

かなり遠目だったが、声が聞こえた方を見ると、独り、人影が見える。懐中電灯を持っていて明かりがチラチラしている。

私が歩道の反対側に駆け寄ったのに気が付いたのか、突然、懐中電灯の明かりが消えた。河岸は真っ暗になった。

橋を渡り終え、コンビニの駐車場まで走ってすぐ、「110」に電話した。

すぐに電話が繋がった。

「事件ですか?事故ですか?」

いきなり聞かれた。

「事件です。A川で猫を虐待している人がいます」

「どの辺ですか?」

「A川に通っているK橋の下です。遠目で判りづらかったのですが、懐中電灯を点けて歩いていました。私に気が付いたのか途中で懐中電灯を消していました。まだ河辺をうろついているかもしれません。」

「判りました。お名前とご住所を教えて下さい。」

緊急事態の時も、こんなまだるっこしい事してんのか?と思いながら電話を切った。通報しかしていないので、その後どうなったかは判らない。


そのニュースは、良く通う個人経営の中華料理屋で見た。

となりR市H町で、沢山のウサギの死体が見つかったとのニュースだった。その場所から数キロ離れたN町で、ニワトリの死体が見つかったと報道されていた。

手口はかなり残酷で、思わず目を背ける位の酷い仕打ちだったらしい。

そのニュースを見たのはそれきりで、特に大事件にもならずに消えて行った。


そのニュースが流れた後から、私の周りで動物が酷い目にあっているのを見なくなった。

それまで見掛けた、「猫の前足を切る人間」「発情期の猫を追いかける男」「野良猫に毒入りのエサをあげた人間」「河岸で猫を虐待していた男」が同一人物だったのかも、もう判らない。


だがもしかすると、ヤツはまだそこら辺に居て、何事も無かったかのように生活しているのかもしれない。

夜道を歩く時は、今でも何度も後ろを振り返る。不審者らしき人物が歩いていたら、すぐ通報するようにしている。

今でも時々、川沿いにパトカーが止まっているのを見掛ける事がある。河岸に警官達が集まり、何かを捜査していた事もある。


神様。

都合の良いお願いです。

どうか、ぷんぷくちゃんがアイツらに襲われていませんように。

そしてアイツらが全員、猫に対してやった事と全く同じ目に合いますように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ