沙耶の独白
―好きな人ができた
俊のその言葉に思わず笑ってしまった。
私は気付いていたし、いつかそう言うだろうと思っていた。
案の定そう言ってきたわけだけど、申し訳なさそうに振舞いながら、彼は意思を変更するつもりはないという顔をしていた。
そのギャップに私は思わず笑ってしまったのよ。
ああ、でもその直後には頭に血が昇るかと思ったわ。
悔しい。
彼が好きになったという子のことは知っている。
街で一緒にいるところを見たし、校内でも親しげに話しているのを見た。
あの親しげな雰囲気は明らかに「男女の仲」ってのを漂わせていたわ。
馬鹿にしないで。
私と俊の仲は友人たちだって知っているのに、校内であんな姿を晒すなんて、私も舐められたものね。
でもいいのよ。
あなたがそんな風だから、前から私に誘いをかけてきていたあいつと付き合ってみるのもいいかもしれない。
あいつとは時々遊びにいったりしていたから、その辺についてはあなたを責める筋合いはないかもね。
でもあいつと付き合うつもりはなかったし、あくまでも友達のつもりだった。
あいつと付き合ったら、あなたはどんな顔をするのだろう。
思ってもみない相手に驚くかもね。
保険?
あいつが保険。そうかもしれない。
……。
違う、違う。そんなことはない。
私が愛してたのは俊だけなのよ。
なのにあんな裏切りを。
でも悔しいのよ、裏切られた女でいるのは。
だからあいつと付き合ってやろう。
部屋に戻ってきて、適当につけたテレビから音楽が聞こえる。
モーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」の序曲。
―女はみなこうしたもの
そうね、そうかもしれない。
でも男だって随分たいしたものだと思うわ、マエストロ。
口元が濡れた感覚がしたので触れてみた。
血。
唇をかみ締めていたようだ。
私はきっと、鬼のような顔をしていたことだろう。
ええ、明日からはいつものようににっこり笑って過ごしてみせる。
なにごともなかったかのように。
男なんて、みんなあんなもの。
そうでしょう、マエストロ?