何も知らないままの貴方でいて
暗い部屋、窓には赤色が彩られ、外からは人々の苦しみに溢れた声や爆発音が聞こえる。
聞こえる…と言っても、どうやらこの城には魔法が施されているようで、微かにしか外の音を聞き取ることは出来ない。
ベッドで眠っている君が、僕の立てる音で起きないよう、この部屋全体に音を消す魔法をかけ、これからの戦いのために着なくてはならない軍服を見つめる。
軍服は苦手だ。
これから、自分がいつ殺されるかも分からないような場所で、僕と同じように誰かを守るために戦っている人達の命を、ただひたすら奪っていく覚悟を強制的にさせられるから。
爛々と燃えさかる炎を映す窓の方に、視線を動かす。
今まさにあの窓の向こう側では、戦火の中、僕が手にしている軍服と同じものを身にまとっているこの国の兵が、多くの命のやり取りをしていることだろう。
僕は、この黒い髪や真紅の眼のせいで、誰よりも傷つけられてきた。
だから傷つけられる痛みを、嫌というほど知ってる。
本当は、出来ることなら誰も傷つけたくない。
でも、現実はそんなに甘くないんだ。
力こそが全てのこの世界では、行く手を塞ぐ全てを無慈悲に消し去り、道を切り開いていかなければならない。
誰も傷つけたくないなんて、そんな悠長なことが言えるのは、まだこの世界の事を何も知らない子供だけだ。
戦場での甘えは、死を意味する。
それに、僕はこの日のために生きてきたのだ。
全ては君に受けた、数えきれないほどの恩を返すために。
だから、僕は君に恩返しができることを誇りに、くだらない願いは捨て、軍服をまとい、命を奪う覚悟をしよう。
僕は、君を誰かに傷つけさせないために、誰かを傷つけるよ。
意を決して、もう迷ってしまわないよう、勢いのままに軍服に袖を通す。
昔の僕には、そんな覚悟、死んでも出来なかっただろうな。
ふと、自分の成長を感じ、掌を見つめる。
___僕がこんなに強くなれたのは、君のおかげだ。
親に捨てられ、何も食べられない日が何日も続いて、死にかけていたあの時、たまたま通りかかった君に拾われてから、本当に、本当に、手に収まりきらないほど、沢山のものを貰った。
形のあるものは勿論、形もなく、言葉にすら出来ないようなものまで。
そして、魔法もろくに使えない貧弱な僕は、いつも君に守ってもらっていた。
強力な聖魔法の使い手と呼ばれる君の後ろに、いつも甘えて、隠れていたんだ。
君は優しいから「そのままでいいよ」と言い続けてくれたけど、そんな自分を変えようと三年間の修行に出て、つくづく良かったと思う。
おかげで僕は国一番の実力を持つ魔法使いとなり、今から国の危機を救う英雄にまでなれるのだから。
でも、その代償として、三年間も君を一人にしてしまった。
僕が修行に出た後から、丁度戦争が酷くなり、余計心細かっただろう。
いくら戦争の絶対的なルールとして「王城への攻撃」が禁止されていて、城内が安全だったとしても、きっとこの戦争の中、恐怖や不安で震えながら、日々を送っていたに違いない。
そんな時、傍に居てあげられなかったくせに、こうして久しぶりに顔を出したかと思えば、眠っていて返事もできないような君に一方的な別れをしに来るなんて、僕はどうしようもなく救えないクズなんだな、と思わず自嘲気味に笑う。
でもね、ようやく僕は君の役に立てる、恩を返せるんだよ。
君が僕を守ってくれたように、次は僕が君を、君の愛するこの国を守るんだ。
ベッドに歩を進め、愛おしい君の寝顔を見る。
随分と久しぶりに見た君は、最後に見た時よりずっと美しく、そして女性らしくなっていた。
成長した君の声を聞けないことや、君の未来に存在出来ないことが、少しだけ、心残りだよ。
目を瞑って魔力感知能力を使う。
どんどん強い魔力が増えていることに気づく。
これ以上の犠牲が出る前に、そろそろ行かなきゃいけないな。
目を瞑っていた間に寝返りを打ったのか、反対側を向いてしまった君の耳元に、そっと口を近づけて「愛してるよ。」と囁く。
そんなことを言ったところで、魔法の効果で聞こえるわけもない、聞こえてはいけない、この想い。
今日まで無事に生きていてくれて、ありがとう。
これからも生きて、どうか幸せでいて下さい。
君が笑っている未来を、遠くから見守っています。
君の肩に触れられない僕は、本当に臆病で弱虫だと思うよ。
恩を返す直前まで、僕は君の優しさに甘えてしまった。
抱きしめてあげられなくてごめんね、そして、ありがとう。
君に手をかざし、僕に関する記憶を消す。
君が僕を失って悲しまないように。
微笑み、君との思い出を噛み締めるように、ゆっくりと歩き、部屋を出る。
さようなら。
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