しとどに無様、枯れコスモス
しとどに無様、四阿の古ぼけた長椅子の冷たさに少女は身じろぐ。背もたれも無い簡素な長椅子の冷たさを背に感じたのだ、今の格好は横倒し。
少女にかかる影は四阿の屋根によるものでは無い。濡れた服の冷たさや重さも忘れてしまう程に状況は芳しく無いだろう、少なくとも少女にとっては。
少女の上に覆い被さる男は、抵抗のない少女の両腕を押さえている。その頬は外気の冷たさによるものだけではない何かによって上気していた。対する少女は顔色ひとつ変えずにいる為、男はかえって冷静さを失っていく。
「別に、いいよ」
か細い声が男の耳に届く。心細い訳では無い、元々多くを語らず静かな性格の少女だ、それは男も深く知っていた。
男と少女は浅い関係では決してない。他人では無い、ただの知人とも言いきれない、どちらかと言えばむしろ深い関係にあるだろう。ただしそれは色や情では無かった。
互いにどっちつかずの態度は取っていたかも知れないが、男は少女に恋をして、少女は男を深い友誼の人として見ていただけだ。その甘酸っぱい関係は遂に瓦解した。男がそれを崩した。
「押し退けて、逃げてくれ。僕が君を汚してしまう前に」
「……良いって。言ってるでしょう」
「よくない、君には幸せでいて欲しい」
それは確かに男の本心であっただろう。心の奥底から顔を覗かせる本能という獣を理性で押さえつけようとしている。人の理性とは脆い物だ、少しでも甘い言葉を掛けられたならば歩き出すよりも確実に瓦解してしまう程には脆い。
どうしてこうなったのかも覚えていない、日常のたったの一頁、否たった一文の違いがこうさせたのだ。驟雨の音と色が織り成す世界の一角に、少女が四阿の中で物憂げに座っていたからか。少女の行方を探して人気のない裏庭のことさら奥に足を進めたからか。
そこに、少女がいたからか。
「雨の降り頻る中、木陰で羽を休める鳥は何を考えているのかしら」
「……なにを」
少女は男を正面から見つめる。なんの迷いも無く、無感情とも取れる表情で力強く見詰つめている。ただ、その頬が意識して見なければ分からない程度に朱に染まっている事に気が付き、男は喉を鳴らしてしまった。
それ以上はいけない。男の心がざわめく。今すぐ自由な足で腹を蹴飛ばし、身悶えも程々に立ち上がれない様を見向きもしないで走り去るべき。男の頭から自由を奪っていく。冷たい言葉を投げつけて、二度と立ち直れない程に打ちのめして忘れ去ればいい。痛みで何も考えられなくなる。
「きっと」
少女の口が動く。先程までの澄まし顔が嘘だったかのように頭ごと目線をずらし、今の今まで一度も見た事が無いような蠱惑的な表情を浮かべて続け。
「その鳥は、待っているのでしょうね」
雨音だけが響き渡る裏庭はまるで別世界のようで、涙のような雨が枯れ始めのコスモスの花に水を与えていく。一つだけ、少し離れた強かなコスモスに、一際大きな涙が触れる。
花が一輪、枯れて落ちた。