番外編 ある兄弟の晩酌(別題 魔王と次期王の密やかなる宵宴) 前編
読んでくださりありがとうございます!
間がものすごく空いてしまって本当に本当に申し訳ございません………。
そして長くなったので二編でお送りさせていただきます。
「ボリスラーフ兄様……ここに残るのは本当に料理がしたいからという理由だけですか?」
アルエスク城の、俺が泊まる来賓用の一室。
俺はボリスラーフ兄様と向かい合い、酒を酌み交わしていた。
兄様の言葉は正直、未だに分からないことも多いものの、以前よりもだいぶ分かるようになってきたし、何よりも尊敬する兄様と話をするのは楽しかった。
だから話しているうちに………欲が出たのだ。
「料理だけが理由なら、なんとかなるんではないかと思うんです。兄様が望むなら王位を継がなくてもいいし、なんなら王族とは関係のない他人だと言い張りましょう」
「……………」
兄様と他人だと主張するのは正直胸が苦しいが、兄様がそれで我が国に留まってくれるのであれば、望む通りにしよう。
兄様を知っている者がいたとしても、いつかのレギーナ姫のように、『人違い』と言い張ればいいのだ。
王族が違うと言えば、違うのだ。
何せ証拠なんて何もない。
姿形の類似はあれど(なんせ本人だからな)、血の繋がりなんてものは目に見えるものではなく、真実なんてあやふやで不確かだ。
それに王族が違うと言っているのにいつまでもそうだと言い張れば、何か謀反など企んでいるのでは、と邪推する者も出てくるだろう。
そこまでして兄様を権力争いの駒に仕立て上げるのはかなりのリスクだ。
「そもそも兄様にその意志が無いんだから、仕立て上げようもない」
「ルーシャ…………」
兄様を説得するも、困ったように俺を愛称で呼ぶ兄様。
「………もう俺も子供じゃないんだ。その名で呼ぶのはやめてくれ」
「そなたは唯一同じ血を分けた者。永久に我がリトルキティだ」
「リトルキティ………」
『お前は俺の唯一の弟だから、俺にとってはずっと小さくて可愛いままだよ』ってこと、か?
しかしリトルキティは……………………キツい。
「本当はアルエスクに好きな人がいるんだろう?」
「………………」
「彼女は確かに素敵な人だからな」
「『彼女』…………」
「分かっていたさ」
兄様がレギーナ王女に惚れていることも、彼女がここにいるから祖国へ帰らないのだということも。
「……………さすれば、我と彼の人との邂逅奇譚を語るとしよう」
どうやらレギーナ王女との出合いの話をしてくれる………ようだ。
******
アルエスクは自然も豊かで食事も美味い。
国民の人柄も比較的穏やかで、いろいろな国をまわる商人たちからも人気の国だ。
だから兄様が祖国を離れて次に向かうのにアルエスクを選んだのは当然の結果だった。
「まぁ、話し方は相当変わってるけどよ。料理の腕は間違いねぇみたいだな。明日からよろしく頼むよ!」
10件以上まわってようやくレストランの働き口を見つけた兄様は、それから毎日毎日、朝から晩まで働いた。
今まで座学や剣の訓練をしたことはあれど、労働したことが無かった兄様は毎日クタクタに疲れていた。
だが、今まで感じたことが無い充足感も感じていた。
日々精進し、腕を磨いた。
小さい頃から一流のものを口にしていただけのことはあり、誰よりも舌が肥えていた兄様はぐんぐんと実力をつけていった。
そんなある日。
「今日、城の人がいらっしゃってよ。ぜひお前を城に召し抱えたいんだそうだ」
アルエスクでも評判の料理人となったある日、店長に言われたその言葉で感じたのは、国の頂点にも認められたという喜びと、身元が割れてしまうかもしれないという恐怖だった。
だが、兄様は試したかった。実力を。
「差し伸べられし手をいざ、掴もう」
「お、おう……?やるって……こと、か?…………………お前、城で変な言い回しして不敬罪とかになるなよ?」
「……………ハイ」
兄様の言葉の呪いは治らないままだった。
独特な言い回しで悪意が無くとも勘違いで不敬罪となってしまう可能性は否めない。
不安は正直、あった。かなり。
だが、兄様は賭けに出たのだ。
王城で働き、自分を試すことにしたのだ。
城でも兄様の実力はすぐに認められた。
兄様は舌だけではなく美的感覚も優れていたため、味だけではなく、盛り付けまで完璧だった。
さすが俺の兄様だ。
そして実力主義の王城の厨房で、兄様はあれよあれよと出世していった。
だが、兄様はいつも孤独だった。
理由はもちろん言葉の呪いだ。
やりがいを感じつつも寂しさを抱えていたある日……あの人に出会ったのだ。
それはたまたまだった。
厨房の裏手で業者から届いた荷物を確認していたところ、レギーナ王女一行に声を掛けられたのだ。
「あなたが新しい料理長の方かしら?いつも美味しい料理をありがとう!ずっとお礼が言いたかったのですがなかなか機会がなくて……こうしてお会いできて良かったですわ!」
その時、笑顔でお礼を言うレギーナ王女の後ろでずっと無表情だった侍女と護衛騎士がふっと笑顔になった。
その笑顔はとても暖かく、王女が愛され、慕われているのだとすぐに分かった。
一介の料理人に丁寧にお礼を言うような心の優しい王女なのだ。慕われて当然だろう。
ドクリと心臓が跳ねた。
「……………?」
兄様にはその意味が分からなかったが、考えている暇はなかった。
すぐに兄様がいつもの言い回しで挨拶をし、王女の笑顔は固まったが……もちろん不敬罪には問われなかった。
さすがレギーナ王女だ。心が広い。
和やかに挨拶を終え厨房に戻り、仕事に戻るが……チラチラと思い出すのは先程の笑顔だった。
そう………あの時の心臓の高鳴りは、一目惚れだったのだ。
確かに。始めて会った頃のレギーナ王女は痩せていただろうから、絶世の美少女だったはず。
見た目も中身も美しい彼女に惚れるのは自然な流れだろう。
その後偶に会って少し話す機会はあれど、じっくり話すことは無かったが……転機は突然訪れた。
「実はわたくしダイエットをしようと思ってるんですの」
突然のダイエット宣言。
困惑するも、想い人と会う機会が増えるのは嬉しい。
美と健康を求めるという新しい取り組みにも惹かれた。
兄様は協力することに快諾し、それから想い人と定期的に会えるようになったのだ。
そして会う度、想いはどんどん大きくなり…………
******
「でも結局実らず、か…………」
レギーナ王女は予定通りガルロノフ公爵家長男である、オレグ・ガルロノフと結婚が決まった。
政略結婚というだけではなく、気持ちの伴う結婚。
俺は何度も、何度も何度も彼女を口説いたが彼女の気持ちが揺らぐことは無かった。チクショウ。
きっと兄様も俺の知らないところで口説いていたに違いない。
お労しい……。
俺が憐憫の気持ちで兄様を見るも、兄様はなんだか微妙な表情だ。
……………この表情は覚えがある。
昔、兄様の言葉をしっかり聞けず、勘違いを繰り返していた頃の………。
その時、部屋にノックの音が響いた。
「夜分遅くに申し訳ございません。こちらにボリスラーフはいるかしら?」
ドアの外から聞こえてきたのはつい先程思い浮かべていた女性の声。
「ど、どうぞ………」
「失礼いたしますわ」
俺と兄様を振ったレギーナ王女が、いつもの侍女と護衛騎士を引き連れてやってきた。
くそっ、今日も輝くほど美しいな!
愛しさ半分、憎さ半分。
「僕も失礼いたします」
…………チッ。居たのか。
こいつは憎さ100%。
「……………婚約者殿までなんの御用ですかな?」
「夜に他の男のところへ行くのは外聞が悪いですから、自分も一緒に参りました」
お前の入室は許してないけどな!
いっそ外聞悪くなって俺に嫁いでくればいいのに!
くそっ、これみよがしにレギーナ王女の腰を抱き寄せやがって……!
羨ましい!!………じゃなくて、他所でやれ!!
「こんな時間に大変申し訳ございません。明日の来賓にアレルギー………えっとつまり、食べると体調を崩す食材があると聞いて、取り急ぎご連絡したかったのですわ。下拵えとか、明日になってからでは遅いということもあるかと思って……」
「輝く太陽の姫に感謝を。して、その悪しきものとは?」
「アレルギーになる食材?クルミですわ」
「クルミ………。その害為すものはもとより我が生み出せしものたちとは交わりません」
「もとから入れる予定が無かったということ?なら予定の変更はありませんのね。良かったですわ!」
会話が普通に成り立っている…………。
というかレギーナ王女が慣れている…………。
しかし、兄様はレギーナ王女と話していても失恋の悲しみをおくびにも出さない。
さすが兄様だ。
しかし、いいのか?
レギーナ王女はきっと兄様の気持ちに欠片も気付いていない。
このまま気付かれることもなく終わってしまって……苦しくはないのか?
兄様の気持ちを慮り苦しくなっていると、兄様の呆れたような目がこちらを見ていた。
「…………ルーシャ。また真実を掴み損ねている」
「え?」
「我が想い人は王女様ではない」
兄様の好きな人が、レギーナ王女、じゃ……………ない?
「ええぇえぇえぇええええ――――――――!!!?!?」
え?じゃあ、誰?誰なんだ!?
兄様の心を射止めた奴は!?
「今日もルスラン様の勘違いは絶好調ですわね!」
読んでくださり本当にありがとうございます!
感謝です!!




