52 靄の中なのですわ
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「何が起こっているのかしら…」
パーティーの当日は城の中が忙しなく、そしてわたくし自身も動揺していたため、深く考えることができないまま一日を終えてしまいましたわ。
浅い眠りを繰り返し、空が白んだ頃に意識を手放し、数刻前にスッキリとしないまま目が覚めましたが……ようやく落ち着いてきましたわ。
思い返したくもありませんが、このまま逃げられもしません。
人払いをし、じっくりと今回のことを整理してみることにいたしましたわ。
パーティーでの男爵令嬢の犯行は突発的なもの、として片付けられましたわ。
直前までそんな素振りはなかったという証言がありましたし、わたくしに指示されたという裏付けも取れませんでしたから…。
ただ、犯行に使用されたナイフが会場内には置いていなかったものでしたので、訝しむ人々も出てくるでしょう。
今後貴族の方たちにどのように広まるのか……。
実際、わたくしに『命令された』と犯人が言っているのですから、箝口令を敷いたとはいえ、情報とはどこかからか必ず漏れるもの。
わたくしは無傷ではいられないでしょう。
もちろんナイフの出処も調べましたわ。
男爵家の厨房にあったものではないかとすぐに厨房で働く者に確認しましたが、無くなったナイフは一本もありませんでしたわ。
そして厨房以外には武器としての短剣や装飾用の短剣はあるものの、今回使用されたようなナイフは無かった、という証言もとれましたわ。
加えて令嬢は最近体調を崩していたため外出しておらず、ナイフを調達する機会は無かった、とのことですわ。
侍女などに頼んだことも視野に入れて捜査しましたが、あまり裕福ではない家ですので働く者も少数。
すぐに全員のアリバイが裏付けされましたわ。
では、あのナイフはどこからきたのでしょう?
彼女の言い分では、わたくしからナイフを受け取った……とのことですわ。
わたくしが、彼女に?
確かに城でしたらナイフくらいすぐに手に入るでしょう。
ですがもちろんわたくしにそのような記憶は全くありませんわ。
でも、もしも……無意識下のうちに渡していたのだとしたら?
前世で耳にした『夢遊病』という言葉が脳裏にちらつきますわ。
令嬢は『夜中に殿下がやってきて』と証言しましたわ。
もしも、わたくしが寝ている間にそのような行動をとっていたのだとしたら………?
知らないうちに、小説の『強制力』によってわたくしが動かされていたのだとしたら………?
詩織様がいなくなれば、もうわたくしはオーリャが取られてしまうかも、なんて不安に思わなくてよくなりますわ。
それは、小説の中のレギーナの感情と同じ。
もしも、わたくしが知らないうちに悪役令嬢であるレギーナの感情に引っ張られていたのだとしたら……?
「わたくしが、詩織様を……?」
わたくしはそんなにも詩織様を憎んでいたのかしら。
彼女を、殺したいほどに。
自分で自分が信じられませんわ………。
『自分と逃げてしまいましょうか?』
甘い囁きが赤い瞳と共に頭を過りましたわ。
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わたくしに少なからず嫌疑がかかっている以上、詩織様の護衛をするわけにはいかない…と、思って辞退しようとしたのですが、詩織様ご本人のたっての希望により、引き続き護衛をすることになりましたわ。
そんなにもわたくしを信頼して下さっているなんて……!
どうか、どうか、わたくしの不安が徒労に終わりますように………。
「それで、なぜ詩織様に護衛がいなかったのか理由は分かりまして?」
「それが、その…分かったような、分からないような……」
詩織様が家庭教師の授業を受けている様子を見ながら、隣のラルフにだけ聞こえる声で話しかければ、彼も同様に小声で返してきたのですが……なんとも歯切れの悪い答えですわね。
この国において最も尊い身である聖女様に護衛がつくのは当然のこと。
にもかかわらず、詩織様に矢が飛んできたあの日、彼女の傍に護衛はいませんでしたわ。
騎士団の副騎士団長ならばすぐに分かると思ったのですが……何か問題でもあったのでしょうか。
「実は、聖女様の担当騎士はタラスだったのです」
「!」
思いがけず知っている名前が出てきたことに驚き、勢いよくラルフを見上げれば、神妙な面持ちで頷かれましたわ。
「なぜタラス様はあの日詩織様の元へいらっしゃいませんでしたの?」
「それが………タラスは数日前に団長直々に任を外された、と証言しているのです。ですが………その頃団長はずっと王都に居りませんでしたし、それは証明済みです。もちろん団長本人もそんなことは言っていない、と」
「…………では、タラス様が嘘を言っている、と?」
「そう考えるのが妥当なんでしょうが………」
やはり歯切れの悪いラルフ。
気持ちは分かりますわ。
あんなに気心知れる仲だったんですもの……。
もしもタラス様が嘘を言っているのだとしたら、彼がこの件の犯人であるか、もしくは犯人を手引きした可能性が高いということになりますわ。
「信じたく、ないのですわね………」
「………………」
ラルフの眉間にぐっと力が込められましたわ。
「あいつは確かに見た目もあんなだし、言うこともチャラチャラしてますが………根は本当に真面目で、騎士という仕事に誇りを持っているんです」
「ええ、存じておりますわ」
「そんなあいつが、騎士の名を汚すようなこと………!」
「………………」
タラス様は以前お話をした時、しっかりと国の未来を、国民のことを考えている方とお見受けしましたわ。
そんなタラス様が詩織様を暗殺するようなことするかしら?
聖女様を失えば、我が国は魔物の被害を被り、誰かが犠牲になるというのに。
「だからといって団長を疑っている訳でもないんです。団長はアルエスクを、騎士団を愛している人ですから」
「ええ、そうですわね……」
確かに、団長様もそうですわ。
彼はアルエスク王国も、アルエスク王家も、そして国民も騎士団も大切に思っているお方。
だからこそたくさんの人に慕われ、たくさんの人がついていくのですわ。
「ははっ。タラスが嘘をついているということは明白なのに………駄目ですね、私情を挟むなんて。副騎士団長失格です」
「ラルフ………」
自嘲気味に笑うラルフの悲しみが伝わってきて、胸が苦しいですわ。
わたくしに、何が出来るのかしら……。
まだ自分のことも片付いていないのに。
わたくしはそっとラルフの肩に手を置きましたわ。
もやもやとした心は晴れぬまま、むしろもっと色濃くなってしまいましたが、わたくしは前を向きましたわ。




