4 兄妹マッチのゴングが鳴り響きますわ!
「何をするんだ、パーヴェル!」
「殿下がアルエスクを氷漬けにしようとしてたので止めて差し上げたのです。むしろ感謝して下さい」
「そんなことするわけないだろう!」
「この氷漬けの部屋を前にしてそんなことを言えるとはとんだバカ…じゃなくてとんだ…なんていうか…ええと…その、まぁとにかくアレです」
「アレがなんだか分からないが、もうすでにバカって言った!王子に向かってバカって言った!!」
パーヴェル・フキノフ。暗い茶色の髪に灰色の垂れ目。目鼻立ちは整っており、いつも笑顔。その一見して柔和に見える外見から、女性からの人気は高いのです…が。その見た目とは裏腹に、実は彼はとんでもない毒舌腹黒なのですわ。
「お兄様、とりあえず部屋を元に戻して下さいませ。とても寒いですわ!」
「あ、あぁ…そうだな」
お兄様が右手をスッと宙を払うと、氷は瞬く間にキラキラと霧散していきました。美麗なお兄様の周りを氷の粒が輝きながら消えていく様は、とても美しくて…ほぅ、と思わず溜め息が出てしまいましたわ。さすがお兄様ですわ。
「おふたりとも、冷えましたでしょう?よろしければお茶でもいかがです?」
「そうだな…まだレーナとは話さなければならないことがたくさんあるし、いただくとしよう」
笑顔が怖いですわ!目が笑ってませんわ!
わたくしにはお兄様と話さなければならないことは何もありませんわ!楽しくキャッキャウフフとお茶を飲みましょうよぅ〜。
ヤーナが温かいお茶を用意してくださいました。冷えた…いえ、冷え切った心と体に染み渡りますわぁ〜。でも現在進行形でかけられ続ける横からの圧により温まったはずの心がすぐに冷えてしまいますわぁ〜。
でもダイエットするだけでなぜこんなにも怒られなければなりませんの?納得いきませんわ。だってわたくしの見た目はぽっちゃり…いえ、目を逸らしてはいけませんわ。はっきり言いましょう!どう見ても肥満!そう!デブなのですわ!デブスなのですわ!デブスなの…です……わぁぁぁ!
「レーナ!?どうして泣いてるんだ!?」
「うぅ…うぅぅ……なんだか悲しくなってきてしまって……」
「あぁ、お腹が空いたんですか?ヤーナ、すぐにお菓子を用意して下さい」
「かしこまりました」
「なんだ、そうだったのか!お兄ちゃんとしたことが…気付いてあげられなくてごめんな…」
違いますわ!みんなしてなんなんですの!?わたくしお腹が空いたくらいで泣きませんわ!皆さまわたくしの見た目で判断してますわね!?もーう怒りましたわ!わたくしにも意地がありますわ!わたくし…わたくし、必ず痩せてみせますわ!
ヤーナが急な要望にも関わらずたくさんのお菓子を用意してくれましたわ。確かに色とりどりのお菓子はとても唆られますが…我慢ですわ!
「さぁ、レーナ。たくさんお上がり」
ニコニコとお兄様が差し出すお菓子をわたくしは掌で押し返します。今こそわたくしの決意を見せる時ですわ!
「お兄様、いりませんわ。わたくし痩せたいんですの」
「まだそんなことを言っているのかい?こんなに美味しそうなのに…。我慢なんてやめてしまいなさい」
スッと細められるお兄様の目を、真っ直ぐに見つめ返す。
痩せたいわたくしと、痩せさせたくないお兄様。バチバチと火花を散らし…
カ――――――――ン!
兄妹の熱い熱い戦いの火蓋が…今、切って落とされたのですわ!!
って、パーヴェル様!そのゴングいつも持ち歩いてますの!?
「なんで痩せる必要があるんだい?必要ないだろう」
先に攻撃を仕掛けてきたのはお兄様。
「お兄様の目は節穴ですの?わたくし、太さが普通の令嬢の2倍はありますわ!太過ぎですわ!」
わたくしも負けてはおりません。というかこの戦い、負ける気がいたしません。実際太過ぎですから。
「2倍以上可愛いんだから太さは帳消しだろう」
まさかの新説登場ですわ。そんなわけありませんわ。
「可愛いと言ってくださるのはお兄様だけですわ」
まぁ、最近まで太り過ぎていたことにすら気付いてなかったですけど。
「お兄様が言うだけで十分だろう?」
いえ、不十分ですわ。
「人に不快な思いをさせるレベルの太さですわ。わたくし、人に清潔感を与えたいんですの」
そして処刑を回避したいんですの。
「不快なヤツがいるわけないだろう!こんなに可愛いのに!天使のように可愛いのに!」
はい、そこ!パーヴェル様!笑いを堪えるのはおやめなさい!
「お兄様はわたくしに甘過ぎですわ!シスコンですわ!兄バカですわ!」
正当な評価を希望いたしますわ!
「妹に甘くて何が悪いんだ?だいたい、見た目に囚われるなどとナンセンスだ。本質を磨いてこそだろう」
確かに中身が伴ってこそですわ!そんなの百も承知ですわ!
でも、前世では人の印象は見た目9割と言われてましたのよ!?仮に中身が10割あったとしても(もちろんございませんが)、見た目で嫌悪されて話すら聞いてもらえなければ意味がないのですわ!伝わらないのですわ!
これでは埒が飽きませんわ…。仕方がありません。わたくし、最終手段に打って出させていただきますわ!
隣に座っているお兄様にわたくしはニッコリと微笑みました。
「とりあえずこのお話は置いておいて…お兄様?わたくしをお膝に乗せてくださいませんこと?」
「膝に?」
「ええ。わたくし、お兄様のお膝でお茶を飲みとうございますわ!」
「レーナが僕の膝でお茶を…!?もちろん、喜んで!」
お兄様がニコニコとわたくしを持ち上げようとし…必死に持ち上げようとし……結果は言わずもがな、ですわ。
額の血管を浮き上がらせ、顔を真っ赤にし、脂汗をかき、鼻の穴を大きく広げ、完璧王子が「ふんぬぅ〜」と言いながら持ち上げようとしようとも、座ったままの踏ん張れない状態では持ち上げられないのですわ。
これが立った状態からならなんとか持ち上がるでしょうが…お兄様も立ち上がらないと持ち上げられないと言うのはわたくしに悪いと思ったのでしょう。なんとかこのまま持ち上げようと頑張って下さいましたが、結果はこれですわ。
「く…くぅ………もうちょ……、うっ!?ぐはぁっ!!!ヤ、ヤバイ!腰ぐぁぁ……!」
「だ…大丈夫ですの!?」
「あはははは!ひぃ〜!やめてください!腹が…腹が痛い〜!」
「パ…パーヴェル…きさまぁ〜〜〜!」
「お兄様は剣術で毎日鍛えてらっしゃいます。騎士並に強うございますわ。それでもわたくしは重すぎて、この状態から持ち上げるのは不可能なのですわ」
「違う!今日は調子が悪いだけで……」
「あっはははははははは!」
「パーヴェル!煩いぞ!!」
涙を流してパーヴェル様が笑っております…側近なのに酷い。お兄様、腰を押さえたまま凄んでもあまり怖くありませんわ。
「お兄様?わたくし、痩せたいんですの。痩せればお兄様のお膝にも乗れますでしょう?長時間座っていてもお兄様にかける負担は小さくてすみますわ」
「膝の上で、長時間……」
「想像なさって?とても楽しそうでしょう!」
「よし!痩せよう!!」
カンカンカ――――――――――ン!
ふっ…………勝ちましたわ。
で、パーヴェル様。そのゴングどこから出しましたの…?
常に懐にゴング。
※但し次回以降登場の予定なし。