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独身貴族の冒険記 ダンジョン編

一括読み用

「荒木、お前はこの世界では異質な存在だ。だから身を隠せ」


そう俺はあのひとに言われてきた。それは大人になっても変わらない。今年で30歳という人生において、転換期を迎えたこの日でも。それは婚期。そう、独身を続けるのか、それとも死に物狂いで相手を探すのかというこのときでもだ。


だが、1つだけあの人に言いたい。隠れろって言われたが、この世界はもうあの時とは違う。昔はPCで仮想の世界でファンタジーやって小説かいてといった中二病まっさかりという時代だった。


しかし、昨今では別の世界が見つかったり、宇宙人が上陸したりともはや文明自体が異質になった。なんならステータスも見れて隠れてる方が異質な存在な気がする。もうさ、隠す必要なくね?隠しても損じゃね?


「というわけで俺、仕事やめてダンジョン行ってくるわ」


「は?いきなりどうしたのあんた。この仕事明日締め切りなんだけど?」


苛立ちを表に出しながらこちらを睨み付けてくるのはこの世界の覇者、通称上司の矢面さんだ。会社の上司でチームリーダーだ。この人の一言で給料が下がったりする。


「だから俺、ダンジョン行ってくるから」


「いやいや、あんたには無理だから。あんた、スキルないんでしょ?だって経歴書にもそう書いてあったし、それにあんた今年で三十路よ、三十路!」


「三十路は新たな冒険に旅立つ年齢だろ?だから仕事をやめて…」


「いやいやいや。そんな年齢じゃないから。とりあえず手を動かせ。そう。そうよ。仕事をやめる?勝手にやめればいいわ。ただしこの仕事だけは終わらせなさい。じゃないと、会社に違約金払うのよ?何億でしょうね?」


俺は覇者から脅されたのでなんやかんや言って仕事は最後までやりきった。徹夜で。仕事は無事終わり、気持ちのいい笑顔で上司は了承し、もし死にかけたらまた会社に帰ってくるようにと言われた。


あとあと聞いたらわりと優秀な部類の人種だったらしい。なので復帰は大歓迎とのことだ。いや、嬉しいけど、そう言われると行きにくくなる。まぁダンジョンには行くがな。


まず俺のステータスを確認しよう。あの人に言われて自分の能力を隠してたからスキルの確認はしていない。


《荒木のステータス》

名前:荒木涼太

年齢:30

異能:《非現実的接触》

スキル:《隠密》《先読み》《軌道察知》《誘導》《認識操作》


見事なまでに忍者みたいなスキル構成である。これは隠れることを常に行っていたことの結果だろう。隠密は隠れること。先読みは自分の情報をとられるまでにフラグ破壊をしていたため、他もそんなところだ。


そしてこの異能だ。これは触れないものに触れる。触りたくないものには触らなくていい。そういう異能力だな。まぁ、誰も聞いてるやつはいないし、再確認のために使うか。


手に消しゴムを乗せる。それを透過させる。すると消しゴムは地面に落ちる。なにもない場所に座れる。なにもない場所を握り、それを振り抜くと消しゴムが半分に割れた。


この異能はそれだけではなく、誰にも見えないものを作れるし、それを具現化することもできる。まぁ、これは食べ物とか無理だし、制限時間があるから、永遠に使えるとは言えんが、今なら無双すらできる。仕事場では机や椅子の高さを調整するのに使っていた。


「よし、こんなものだろう。早速市役所にいこう」




仕事をやめて次の日、早速市役所にいった。そこでは大勢の冒険者希望の若者が集まっていた。もちろんそこには俺のようなおっさんはあまりいない。あまりというのは失業して冒険者になる人もいるので、俺は可哀想な目で見られながらも絡まれたりはしない。


「本日はどのようなご用で?」


市役所員の方が受付で対応してくれた。ここにおっさんが来るのが珍しいのか、すごくじろじろ見られた。それから可哀想な人、という判断を勝手にされた。


「冒険者登録をしようかとおもいまして」


「スキルはお持ちで?」


「ええ」


「ではこのディスプレイに手を置いてください。そうです。あら?スキルはありませんよ?」


ディスプレイには人のスキルを検知する特殊な機能がついているが俺の異能力で接触しないようにしていたため、検知されなかった。これで何度も回避してきたのだ。


「あぁ、すいません。ちょっとお待ちを。もう一度お願いします」


それを解除してもう一度お願いする。公開するのは《隠密》《軌道察知》《誘導》の3つだ。他のものはなにかと犯罪臭がするので隠しておいた。といっても隠密もするが、これは公開して損はない。


「何度やっても出ないものは出ない…?なんで!?さっきは出なかったのに!」


「そういう能力を持ってるので」


「嘘でしょ。そんな能力今まで発見されていなかったのに」


「そりゃあそうだ。そういうものは大体隠す。俺もどんなものかは教えるつもりはありません。過度な追求は条例に引っ掛かるので、そこまでで、手続きお願いします」


「え、ええ。ではあちらの席でお待ちください」


席に座ると受付の向こうが騒がしくなり、奥の方からお偉いさんらしき人が現れ、こちらに鬼の形相で近寄ってきた。それを目についたおっさんに誘導した。そのおっさんは連れていかれ、先程受付をした所員ができた登録証を持ってそのおっさんとともに奥にいこうとしていた。


それを拝借して奥に一緒に入る。おっさんの末路も気になるが、無実なおっさんをほっとくつもりもないので、どんなことをするために確保したのかを確かめるために侵入する。


おっさんはソファに座らされ、対面に鬼、両脇に短剣を持った傭兵。そしてスマホのカメラを構えた俺。俺を相手取った所員は外で待機している。ちょっと確認してみたが、別のおっさんを抱えていたお偉いさんに驚きすぎておろおろしていた。


認識操作でお偉いさんにしか別のおっさんを誘導するようにしていなかったからだ。今もこの空間にいる人間には俺のことが見えていないが、あの所員には見えるようにしている。その方が面白いからだ。


観察しているとぷるぷると震えるおっさんにどうやってスキル検知を回避したのか問い詰め始めた。可哀想に全く知らないおっさんは状況を把握できずに「ひぇぇ」と言い続けた。


「さっさと答えんか!お前さんがスキル検知から逃れた方法を聞いてるのだ!言え!言わぬと公務執行妨害で逮捕するぞ!」


おっとこれはひどい。脅迫した上に権力濫用だ。カメラを回していたが、これはえらいスクープだ。ぜひ動画投稿しなくては。


「言え!言わんか!おい、佐藤。こい!本当にこいつがそんなことができたのか?こんな男にできたとは思わんが?」


先程から外で待機していた所員が入ってきた。ちょうどいいので認識操作を解除して所員に手をふる。ちなみに所員と佐藤は同一人物の女性だ。お偉いさんに呼ばれてビクビクしているが、その視界にはスマホを構えた俺がばっちり見えているので言葉を失っていた。


「あ、あの」


「なんだ?」


「そこに座ってる方ではなく、あちらで手を振ってる方が検知から逃れた方です」


所員の言葉を理解できずに停止したお偉いさんはソファでぐったりとしたおっさんを見つめた後、所員の視線の先にいる俺をロックオンした。


「なっ!?いつからそこに!?お、おい、そのカメラはなんだ?」


「最初からいましたよ。カメラもずっと構えてました。まさかお偉いさんが短剣で脅して職権濫用した上に脅迫。いやぁ、良いもの見せてもらいましたよ」


すぐさま、短剣を持っていた傭兵が持っていた短剣を投げてきた。もちろん透過して壁に突き刺さるが。


「うわぁ、またそうやってすぐ人を殺そうとするんだから。俺は冒険者登録をしに来た一般人ですよ?いいんですよ、これをネットの海に放り投げても」


「そっちこそいいのか?わしはこの市役所で実権を握っている。お主はこれから冒険者になれぬぞ?」


「あぁ、登録証はここにあるので、ご心配なく。それにこの動画もある。困るのはそちらですよ?それに今しがた無実の罪で脅されたおっさんもいる。どちらが有罪になるか、わかりきったことですよ」


お偉いさんと俺はお互いの優位性を述べるが、折れたのはお偉いさんだった。


「なにが望みだ?」


お偉いさんはため息をついてソファにもたれ掛かった。


「俺を普通に冒険させてくれればそれでいい。そのために来たんですから」


「そうか。おい、佐藤。この方を医務室へ。それから謝礼金を支払ってくれ。わしはこいつと話すことがある」


佐藤所員に指示を出して、傭兵二人はいつの間に気絶していたおっさんを担架に乗せて移動し始めた。


「あ、ちょっと待ってください。おっさんの見たものを消しとかないと」


「ちょっと待て!そんなこともできるのか!?」


「ええ、昔から使えますが、使うのは久しぶりなので、実験を兼ねてます。ここでの出来事をなくしてお偉いさんの顔にびっくりして気絶したことにします」


「それこそ待て。わしの顔はそんなに怖くないぞ」


他の人をちらっと見ると全力で横に首を振っていた。やはり怖いらしい。


おっさんを見送ってソファにもたれ掛かる。お互いに気を抜いて机に並べられたお茶をすすりながら一服する。


「まずはわしのことを話そう。わしはこの市役所で監察官をしておる。実権はないが、市役所長の管理しておるので、黒幕みたいな立ち位置じゃな。それから名前は橘という。お前さんは?」


「俺は荒木だ。アラサーになって人生の転換期だと思って冒険者になりに来た。この不思議な力は5歳から使える。ちなみに隠していたのは察してくれ」


「5歳、25年前。そうか、そうだな。知らないでいた方が身のためじゃな。わしはなにも聞かなかったことにするが、そんな様子じゃ、犯罪に手を染めて無さそうじゃな」


「そんなことはしない。ちょっと服の上からなら胸を触っていいと言われたときに、服を透過して直に触ったぐらいしかしていない」





橘監察官と小一時間ほど論争した後、それとなく仲良くなったので、早速冒険に出掛けるために冒険者について聞いておいた。まぁざっくり言えば資源回収。あとは命懸けのアトラクションってところだな。


「それだけの能力があるんだ。国の機密に触れてみんか?」


「それこそだめだろ。職権濫用だろ」


「わしはそういう仕事もしとる。有望な若者…いや、優秀な者には勧誘をするという任務もあるんじゃ」


「若者じゃなくて悪かったな。それで、その内容は?」


「一先ず冒険者ランクを100にする。話はそれからじゃな」 


「なんだよ、勿体振るなよ」


「すまんな。これには段階がある。それとこれは本来であれば条件を達したものにしか伝えんが、この世界での100ランクは最大戦力だが、他ではスタート地点にたっただけの雑魚じゃ。わしなら片手だけで捻り潰せる」


「ほう?やるか?」


「お主は別枠」


とりあえずの目標ができたので、橘監察官に冒険者の注意事項を聞いて、その日は帰宅した。次の日からは色々手続きして一日を終え、ダンジョン攻略に向かうまでおよそ一週間ほどかかった。


「よし、いくか」


登録証片手にジャージでダンジョン前の門にやってきた。門番に挨拶すると止められた。なんでや、冒険の第一歩やぞ。


「そんな軽装での通行は認められない」


そう言って突き返された。毎度お馴染みその辺を通りかかったおっさんを身代わりにして。颯爽と通り抜けるジャージマン。後ろの方では門番と突き飛ばされたおっさんが口論をしていた。どうやら通りがかりのおっさんはお偉いさんだったらしい。門番が青い顔をしていた。


橘監察官に連絡しておこう。尊い犠牲がかわいそうだ。


門を抜けるとそこには多くの若者が頓挫していた。そこをジャージマンは通り抜け、早速ダンジョンに入った。ダンジョンは洞窟のようなものだったが、中は思ったよりも明るく、人工的なものではなく、自然にあるものが光っていた。


どうやら自生している植物が光を発しているようだ。それを観察しつつ、奥に進む。奥はどうやら広場のようなところでそこには数十人ほどいて沸いてでた緑色の化け物を狩ってるみたいだ。


「これ、俺の出番なくね?他の場所ないのかな?」


枝分かれした道を進んでいくと幾つかの小部屋があった。そこにも何人かいて誰もいない場所はなかなか見つからなかった。


何人か帰る途中なのか数名がすれ違い、挙動不審なやつがいたので、顔写真を撮っておくことにした。


「あとは…この厳つい扉の向こうだけか」


明らかにボス部屋なのだが、ここには誰もいなさそうなので入ることにした。


「いや、待てよ。一旦開けずに入ってみよう」


手を翳してぬるっと入っていく。意外と分厚い扉の向こうには血の海と今まさに最後の一人で弄ぶ緑色の小人の姿が。


「あ、なんか忙しそうですね。俺は帰ろうかな」


頭をかきながら踵をかえすと後ろの方からうめき声のようなか細い声がした。


「たす…け…て…」


「…」


それはどう考えても十代そこらの声であり、未来を担う若者だ。


「はぁ…俺もそれぐらいだったらなぁ」


振り返って手を突きだし、子供と緑色の小人の間に境界をつくる。それにより小人はどう頑張っても子供には触れられない。子供を触ろうとして弾かれ、何度かそれを繰り返した後、俺に気がつき、怒りを顕にした。


「グギャアアア」


「気づくのが遅いよ」


小人は拳を突きだすが俺を通り抜けて勢いのままたおれる。それを踏みつけ、蹴飛ばす。避けられたのだと勘違いする小人を一方的に殴り付ける。


「全然ダメージを与えてねぇな。どういうシステムなんだ?ちょっと志向を変えてみるか」


槍を作り出し、小人の身体に刺してみる。しかし全く刺さる気がしない。ならば、突き刺さった状態で接触させればいい。


「ほらよ、これならいけるだろ」


小人を横たわらせ槍を手に突き刺し、地面にまで刺さるようにして接触させる。


「グギギギギャアア」


突き刺した時の痛みはないが接触した時の勢いで傷は開き、その現象にて小人は痛みを発した。


「これならいけるか」


四肢すべてに槍を刺し、そいつを放置して子供の様子を見に行く。外見的には殴り付けたような跡があり、気になるのは手首の紐のようなもので縛られた跡だ。


「ひどい怪我だ。あいつにやられたのはこの打撲だが、この跡はやつではなさそうだ。それに、あとの三人はどうして縛られてるんだ?」


三人はすでに事切れており、なんの施しようもない。年齢は12、3歳そこらであり、このダンジョンに来るような年齢じゃない。それに気になるのは服装だ。どう考えてもあの門番が止める軽装だ。


「事件の臭いしかしないな。まずはあのごみを片すか」


わめき散らしながら槍から抜け出そうとする小人の頭に槍を突き刺す。恐怖を与えるために具現化した槍だ。それをゆっくりと頭に向けて突き刺す。するりと透過した槍ににやりと笑う小人だったが、すぐに悲鳴へと変わる。


小人の悲鳴は収まり、部屋全体が揺れた。


「な、なんだ?」


部屋が光出すと部屋の中央に宝箱が出現した。目を離した隙に小人は消えており、変わりに真っ黒な結晶があった。


「変わった石だな」


それをポケットにしまって宝箱に向かう。宝箱なんともゴージャスなもので王室にでもありそうなものだった。それを開くと中には試験管が5本ほどあり、それ以外にはファンタジーによくあるインゴットが3つ入っていた。あとは巻物が一つ。スクロールというやつだろうか。


「これらはありがたく頂いておこう。これは…緑色だがファンタジーにありきたりなポーションというやつか?ちょっと実験みたいになるが使っておこう」


まだ息のある子供の口にポーションを流し込む。顔が苦渋のものに変わるが、小さな傷がみるみると治っていくのが目に見えてわかる。


「まずいんだろうな。だって涙流してるし、でも治ってるから勘弁な」


ポケットの中のものが多すぎてズボンがずれそうだったので、片手で引っ張れる台車をつくり、そこに子供の遺体を乗せる。縛ってあった紐は解いて頭にはジャージの上着を被せておいた。


生きている子供は片手でだっこして扉を開けて元来た道へ引き返していく。誰にも見られないように道を踏破していき、ダンジョン前の事務所までいくと姿を見えるようにした。


その間に見つけた挙動不審のグループは透明の檻に閉じ込めておいた。今頃必死になって脱出を試みているだろう。


「すいません、医務室はどこですか?」


「はい…あちら…に!?その子供たちはどうしたんですか!?」


事務職員の方は台車で横たわる子供に寄り添った。


「ボス部屋らしきところで倒れていたので連れてきました。その上着は剥がさないであげてください。出来ればこの子を先に治療してくれ。この子はまだ()()()()()


状況を察した事務職員は子供を抱き上げ、医務室へと走っていった。台車に乗せた子供たちも他の事務職員が優しく抱き上げて医務室へ連れていった。それを見送って台車を消す。


「これに至った経緯を教えていただきますか?」


「もちろんです。場所を変えましょう」


奥までついていき、執務室のような場所までたどり着いた。そこにはやはりといっていいがお偉いさんもいてそれを護衛する傭兵がいた。


「この方に経緯をお話しください。これは貴方の罪の可能性を否定する場でもあるので、正直にお答えください」


「わかりました。まず最初に俺は橘監察官と知り合いです」


「うええ…やばいやつじゃない?あのおやっさんの知り合い?怖すぎだろ」


どれだけあの橘監察官が恐怖の対象かわかった瞬間だった。


「簡単に説明しますと戦える場所がなくてちょうど厳つい扉があったので、入ってみたというのがあの子たちに遭遇した経緯です」


「つまり、ボスは倒されていたと?」


「いえいえ、ボスは生き生きしてましたよ。閉まってる扉から入ったんですよ」


「そんなことは不可能だ。これは政府共同で試したことだ」


「それは政府にそういう能力がなかっただけでは?わかりやすく説明するために俺に触ってみてください」


お偉いさんが顎をくいっと動かすと傭兵が近寄ってきた。肩に手を置こうとするが、するりと抜ける。勢いよくしてもそれは透過される。よくみるとこの傭兵はフードを被っているが、女性だった。


「なっ!当たらない!お、おい、やめ、頭を撫でるなぁ!」


「こんな感じで俺には触れないし、俺からは触れます」


「や、やめろぉ!」


「わ、わかった。そういうスキルがあることはわかった。よし、そのまま続けてくれ。若葉さんがそんな反応をするのは珍しい。ぜひ続けてください」


「み、見るなぁ!」


若葉と呼ばれる女性が距離を取ろうとするがそれに追従して俺もついていく、頭を撫でながら。仕掛けは簡単。ロープで繋いでいるからだ。どれだけ俊敏に動こうとも離れることはできない。




「ぜぇ…はぁ…もう、動けない…」


だら~んとソファにもたれ掛かる若葉さんに強制的に膝枕をしてもらい、話の続きをする。


「そういうわけで俺には触れませんし、俺からは触れます」


「すごい能力だな。ユニークスキルというやつか?」


「ゆにーくすきる?」


「これは鑑定板では見れないが取得者には見れるスキルでね。機密だけど、国ではこの世界に元々持って生まれたものであり、昔は異能と呼ばれていたんだ。まぁほとんど持ってる人もいなかったし、1000万人に1人の割合だったかな。今では後天的に手に入るとも言われてるけど」


え?持ってる人いたの?ひた隠しにしてた俺の人生ってなにかな?いや、あの人が言うことだ。隠してて損はなかった。女風呂での毎日の桃源郷は隠してたからこそできた夢のパーリナイト。思ったよりも綺麗なものではなかったけど。


「まぁそうですね。持ってましたよ。色々便利で隠すようにしてました」


「そうだろうとも。私も持っていたんだけど、ほんの数年前に本格的に活用するようにしたんだ。意外と便利だからね」


「へぇ、どんな異能なんですか?」


「その名も光合成!あらゆる栄養素を水と太陽光と呼吸だけで手に入れることのできる、超絶健康療法だ。病気にかからないから、献血するだけで生活できるほどになったよ。確か世の中では聖血と呼ばれてるかな」


いたんだ、異能力者。思ったよりも特化してるものだけど、それでもすごいものには変わらない。


「他にもできそうですね、レーザービームとか」


「あぁ、光を合成することができるからね。こんな風にイルミネーションをつくることもできる」


掌に薔薇を咲かせて輝かせた。


「いい能力だ。俺のと同じで多種多様な効果があるみたいですね」


「あぁ、あんたの能力には負けるが、本当に助かってるよ」


「あの、そろそろ退いてくれませんか?」


「あぁ、すまん。あまりにも心地よくてな。今退くよ」


認識操作で退いたように見せかけ、彼女が移動して定位置に戻る。しかしそこには彼女の背後霊と化した俺の姿が。他の人には素直に退いたように見えても俺はまだ触れ合い続けているのだよ。


「じゃあ改めて経緯を教えてくれるかな?」


「あぁ、あれは扉を通り抜け…「はやく離れろぉ!」」


おっと、声のする位置でバレたようだ。仕方なく離れてソファに腰かける。そんなに睨み付けてもご褒美にしかなりませんねぇ。


「じゃあ本当に改めて説明をしてもらうよ」


「あぁ」


それから起こった出来事を事細かく説明した。その間も若葉さんは触れることのできない俺に対して拳を振るっていた。当たらんがな。


それとなくこの件について調べてみるとも言われたので今もなお不可視の牢獄に捕まった人達について教え、俺は再び冒険することにした。さすがにボスを倒して終わり、しかもわくわくするようなものでもなく、ただただ胸糞悪い状況ってのも楽しくない。


せっかくの転換期が汚点になってしまう。ならばと思い、再びボス部屋に向かった。もちろん誰にも見られることもなくたどり着くことができた。途中で捕まえた人たちを頑張って捉えようとしていたので、解放して逮捕されていった。


「やっと冒険らしくなってきた!」


そう言い放ち、扉に手を翳した。すると選択肢が現れた。さすがファンタジーだ。どうやら一度倒すと素通りができるようになるらしい。もちろん素通りせずに戦う。


「今回もあの手でいこう」


一歩踏み出し侵入すると待ってましたと言わんばかりに緑の小人は咆哮を放った。


「グギャアアアッ」


「一度倒した相手だ。苦戦もしないし、慣れるためにやってみるか」


小人が走りながら手に持った棍棒を振り回す。それを視界におさめながら横に移動する。俺を追うようにこちらに方向転換をする小人に可視化された棒を振るう。さすがにこの手の攻撃は防がれた。


「力はこっちの方が上か。なら、力ずくでもいける。でもそれじゃあ訓練にならない」


小人が無作為に振り回してくる棍棒を正面から受けるのではなく、少し斜めにして受け流す。うまく受け流せると小人は慌てるように立ち上がる。それを静観して見守り、隙がうまると攻撃をした。


繰り返し行うとボスではあるものの、体力は無限ではないようで、大の字で倒れた。それを止めを差していいものか?と思いつつもボスはボスなので、棒を振り上げて、振り下ろす。


だが、それは不可視のものに防がれた。


「ん?なんだ?」


不可視のものはかすかにぶれると文字が書かれた板が表示された。


「ええーとなになに?このゴブリンを仲間にしますか?だって?」


よくわからないが、このまま止めをさすよりかは幾分かマシだと考え、イエスと答えた。すると先程の文字はぶれて、ゴブリンを仲間にした!と書かれていた。なにかのおふざけとは思っていたものの、今のところ危機はない。


「あ、そうか自分のステータスをみればいいのか」


《荒木のステータス》

名前:荒木涼太

年齢:30

階位:1

異能:《非現実的接触》

スキル:《隠密》《先読み》《軌道察知》《誘導》《認識操作》《救護》

配下:小悪鬼(ゴブリン)


「お、新しいスキルが。それと配下…ゴブリンねぇ…」


いつの間にか跪いていたゴブリンを横目に、ゴブリンの項目を触る。ステータスとはシステムであり、単語それぞれに意味がある。ステータスは目の前にある板に情報というすべてを映し出すことができる。


「これは俺にしかできないけどね」


透過するはずのステータスに触れてゴブリンの詳細を開く。どうやら本当に配下になってるようだ。ゴブリンとは鬼の子供であり、異常な繁殖力を持つらしい。あとは知能は低いが、小学生ほどの知能は持っていて、教育されると強くなる。そしてある一定の強さになると進化する。


「これがゴブリンのステータスか」


小悪鬼(ゴブリン)のステータス》

名前:ー

称号:討滅鬼

階位:1

スキル:《咆哮》《繁殖》《棒術》

主君:荒木涼太


なかなか恐ろしい称号を持ってらっしゃる。それ以外はなんとなく予想ができた内容だ。名前の部分が空欄なのが気になる。


「これはあれか?俺がつけるパターンか?とりあえず立ってみろ。ふむ、小鬼だけど身体は絞まってるな。そうだな…これからの活躍を期待して(リュウ)という名前をつけよう」


リュウは一瞬光に包まれると先程と全く変わらない姿で不思議そうな顔をして立っていた。もう一度ステータスを確認すると、名前に劉とあり、称号がネームドに変わっていた。


リュウは一応ボスでもあったので、恐怖の対象でもある。町をフラフラ歩くわけにもいかないので、異能で見えないようにした。


「リュウは指示があるまでなにもせずに俺についてきてくれ」


それに対してリュウは頷きで返した。


リュウ連れていくのはいつの間にか現れていた奥にある扉ではなく、入り口の扉だ。なにをするかといえば、周回だ。まだ初日の冒険者。反復練習をするのは悪いことじゃない。


周回をする間はリュウには荷物持ちをしてもらった。倒したボスの報酬が山のように積み重なっていくが、リュウは顔色一つ変えずに持ち続けた。


「そろそろ持つのも辛くなってきたことだろう。一旦ここを出よう」


来たときと同じく姿を消して出ていく。一緒にリュウも出ても大丈夫なのか心配になっていたが、なんともなかったので、独身貴族の城に招くことにした。





仕事は残業もしっかりしていたので、古民家を買える程度には稼いでいた。マンションに住みたいとは思うが、近所付き合いが面倒なのと騒音がひどそうなので、一軒家に住んでいる。


古民家はわりとお買い得なので、家事ができるやつにはおすすめである。


そんな家にリュウを連れてきたのだが、不思議そうにうろうろしていたので、一室をリュウに明け渡すことにした。部屋は余ってるので、布団を引いて机と椅子を置いておいた。


ダンジョンで手に入れたものはさらに余っている部屋に保管することにした。うちには冷蔵庫がなぜか三つあるので一つをポーション保管に使い、もう一つは飲み物用、最後に食べ物用と区分けした。


「あとはこれか」


ポーションは保存しておくとして残ったこの石とスクロールはどうすべきか悩んだ。確か鑑定にはお金がかかり、使えるやつなら数千万とかするって話だ。聞いただけで事実は知らんが、良いものなら取得しといても損はないはずだ。


「というか使い方もわからん」


取説がついてるわけでもなく、ただ意味のわからない文字のようなものが並んでいて、魔方陣のようなものが描かれていることくらいだ。


「ここに手を置けばいいってのはなんとなくわかった」


スクロールについては今のところどうしようもないので、放置することにした。


「石はなんだ?お?リュウどした?これか?これはお前の仲間達を倒したときに手に入ったものだ」


リュウが石に指をさしてきたので、取得方法を教えておいた。


「ん?欲しいのか?まぁどうせ倒せば出てくるし、やるよ」


リュウに手渡すとそのまま口に入れて、ポリポリと食べ始めた。


「なるほど、これは食い物だったのか」


リュウの仲間から出てきたものをリュウが食べる構図はなんとも言えないが、先端者がすることだ。きっと正しい。そう考えて俺も口に石を入れた。


舐めた感想としてはまず思ったよりも口溶けがいい。味はしない。というか味はしないし、汁とかそういうものは出ない。だが、舐めてるとなくなった。


「味はないけど、不思議だな?まだいるか?よし、半分こだ」


残りも食べてみたが特に変わったことが起きなかったので、その日は夕飯を食べて眠った。カップ麺だったが、リュウが手掴みで食べようとして今までで一番豊かな表情で騒いでいた。


次の日になるとリュウも多少は慣れたのか、トイレは自分で行けるようになった。流せるとは言っていない。なので結局は俺もついていくことになった。風呂にも入れていい香りがするのでファンタジー特有の汚ないゴブリンではない。


今日もダンジョンにいく。ポーションを二本ほど持ってスクロールは鑑定してもらう。リュウにはリュックサックを背負ってもらい、俺も同じく背負う。今日もやることは変わらず周回だ。扉までたどり着くと。


「よし、今日はリュウの特訓だ」


リュウはコクリと頷くとバットを構えて自身と同じゴブリンに対峙する。向こうは初めて同種族をみたかのように不思議な反応をしている。リュウにとっては敵というか認識しかしていない。


ゆったりとした歩様で近付いてくるボスに対して、構えたバットを強く握りしめるリュウ。鼻をすんすんとさせながらボスは無警戒だ。リュウはそれを気にせずにバットを振り下ろす。無防備なボスはやっと敵と認識するが、それは遅く、頭の直下に落とされたバットは鈍い音を出しながら真っ赤に染まった。


ボスを一撃。それは俺でもできなくはないが、ここまでグロテスクだとなんとも気が引ける。まぁ倒したには倒したが、もう少しスマートにできないだろうか。


リュウの頭を撫でてボスゴブリンが消えるのを待つ。消え去った後に残された石はリュウにやる。リュウはそれを嬉しそうに口の中に入れる。それを横目に現れた宝箱を開ける。


中にはいつもと同じようにポーションとスクロールがあった。それらをリュックサックに入れて、リュウと共に奥の扉に向かう。


扉は手をつけるだけで開いた。扉の向こうには小部屋があり、そこには幾何学模様のようなものがあり、紫色の光を怪しく輝かせていた。選択肢は限られているので、その模様の上に乗った。


乗った瞬間に視界が切り替わり、目の前には先程と同じように洞窟のようなダンジョンだったが、今はそれが倍ほどに広くなっていた。ここにもきっと潜っている人がいる。


そう考え、リュウとともに姿を消す。ただただ歩き続け、人を無視し、敵を無視して、時には迷子になりながらも進み、扉の前までたどり着いた。


「リュウ。今回は共同戦線だ。俺の指示に従えよ?」


「グギャ」


扉を開けた先には一つ目にいたゴブリンを少し大きくしたゴブリンがいた。こちらに気付いた様子だが、一つ目とは違い、いきなり襲ってこない。知能が高そうだ。


「来ないか。なら…」


槍を作り出し、それを投げる。知能が高かろうと避けることはできない。そう考えていたが、どうやら甘かったらしい。なにかしらを勘づいてその場を離脱した。いくらか投げてみたものの、やはりなにかをされているのかに気がついている。


「さすがファンタジーだ。だけど、これはどうかな?」


槍を作り出す。ここまでは同じだが、手に持つことなく飛ばす。それも数十本もの数をだ。交わすことができなかった槍が数本刺さる。だが、ここでは具現化しない。透明な槍が刺さった。その状況でなにも起こらなければ、相手がどう考えるか?


「俺の能力は見せ掛けだと、そう思い込む。そして、何十本も刺さる。無抵抗に。知能があってもその程度ならなんとかなる」


非現実的に突き刺さった槍を接触させる。数十本という槍がその太さのまま現れる。そうすれば、強めのゴブリンは爆散する。


「すまんな。次はリュウにも戦ってもらうからな」


リュウの頭を撫でて石を回収する。それから現れた宝箱を開く。今回もポーションだけのようだ。回収して入ってきた扉から出る。そしてまた入る。


先程と同じように知性を持ったゴブリンに牽制の槍を飛ばす。今回はリュウを主体にする。リュウはゴブリンに対して慎重にバットを振っていくが、ボスゴブリンはそれを軽く防ぐ。やはり向こうの方が知能が高いようだ。


それでも戦ってきた経験から言えばおそらくリュウの方が上だ。余裕をかますボスゴブリンは隙が大きい。そこをつけばリュウは勝てる。だが、慎重なせいでその隙をつけていない。


「リュウ。もっと相手を見ろ。そいつは油断しているぞ」


リュウに声をかけて冷静にさせる。それだけで視野が広がる。リュウはボスゴブリンが荒い呼吸をしていることに気付いた。連撃を入れ、相手がバランスを崩すように仕向ける。


段々とボスゴブリンの身体に傷がついていく。バットなので打撲だが、切り傷とはまた違った痛みだ。切り傷は痛みが気になるが、打撲は脱力感を与える。それがどうなるかはリュウの行動次第だが、打撲によって傷ついた身体はバットに恐怖を感じる。


そこまでいくとバットの叩きつける音も気になる。そんなボスゴブリンに対してバットを頭に振り下ろす。当然バットを防ぐために防御姿勢になるが、そこでリュウはバットを手放し、空いたボディにアッパーを加える。


そこから防御の隙をついた攻撃を繰り返した。結果、ボスゴブリンはフラフラとし、倒れた。リュウはそんなボスゴブリンに容赦はしない。バットを拾い上げて止めを指した。


「リュウ、よくやった」


リュウは照れくさそうに頭をかいていたので、頭をポンポンと叩いて褒め称えた。それから手に入れた石を食べさせたあと、宝を回収した。それから前回と同じく、荷物がいっぱいになるまで周回を行った。


「よし、そろそろ帰るか」


「グギャ」


一度あの模様まで行ってから帰ることにした。いってみるとまた同じような洞窟だったが、いつか別の場所に行けるようになるのだろうと考え、帰ることにした。最初は帰り方がわからなかったが、リュウが石碑を見つけて、そこから帰ることが出来ることが判明した。


この石碑を触ればこれまで通った模様の行き先と入り口にいくことが出来るようだ。入り口に出ると外は真っ暗ですでに夜になっていた。


「なんだかお腹すいたな。ちょっとコンビニにでもよるか」


寄り道して帰り、家に帰るとポーションを冷蔵庫にしまった。それからスクロールは適当に置いておいた。リュウは少し知能が上がったのか、ちゃんとトイレを流せるようになっていた。





次の日にはボスが棒をしっかりと使えるようになり、次はマッチョに、次は盾を持ち、その次は二人になった。そして三人、五人と増え、7人になった。


そして、十回目のボスになるとどうなるか。1体の巨体のボスに10体の騎士のようなゴブリンが現れた。


ゴブリンの中のボスは椅子に座っていてなにもしてこない。襲ってくるのは周りにいる騎士のようなゴブリンだ。それ相手に槍を飛ばす。ここまで来ると槍をなんとかして避けようとする。危険さを理解してるかのように。


それでも無数に飛び交う槍を全て避けきることはできない。なぜなら武器で弾くことができないのだから、回避するしかない。その中でも自由に動けるリュウは回避で大きな隙をつくるゴブリン達を圧倒していく。


今はバットではなく、金属の棒を持っている。鈍い音をたてながら相手の骨を折っていくその様はまさに悪鬼。今では今までで倒してきたボスの姿を獲得していくかのようにどんどん逞しくなっている。


一人でボスをボコボコにするまで成長したリュウは、倒したゴブリン達を配下に加えていくほどだ。この配下システムによってリュウはここでたくさんのゴブリン達を配下にしては今まで倒したボス達の周回をさせている。


十回目のボスといったが、このダンジョンでは最後のボスらしく、これ以上、上がなかった。なのでここで周回するしかない。あっさりと一回目が片がついたのが悪い。それから10回、20回とボスを狩っていくうちに配下が増えていった。


「そろそろ帰るか。仲間も増えたしな?」


「グギャ!グギャギャ?」


「「「「「「グギャッ!」」」」」」


あの椅子でふんぞり返っていたボスゴブリンを中隊長とし、その下に20ほどのゴブリンが兵士となっている。リュウが大隊長で俺が将軍だ。そういう取り分けにでもしないと訳がわからなくなる。


「お、そうだ。久しぶりにステータスの確認でもするか」


「グギャ」


《荒木のステータス》

名前:荒木涼太

称号:小悪鬼王の君主

年齢:30

階位:10

異能:《非現実的接触》

スキル:《隠密》《先読み》《軌道察知》《誘導》《認識操作》《救護》《指示》《教育》《調教》《音遮断》《体術》《指揮》《軍団指揮》《統括》《軍団策謀》

配下:リュウ


《リュウのステータス》

名前:リュウ

称号:小悪鬼を統べる者

種族:小悪鬼王(ゴブリンキング)

階位:10

スキル:《咆哮》《繁殖》《棒術》《知力上昇》《思考》《体術》《回避》《武術》《威圧》《闘気》《並列思考》《戦術》《英雄闘気》

主君:荒木涼太

配下:小悪鬼将軍(ゴブリンジェネラル)×5、小悪鬼近衛騎士(ゴブリンエリート)×100


「リュウが王様になってるな。ということは、俺は王の上ってことか。将軍はそっちのゴブリン達か。なるほど。名前とかつけた方がいいかな?」


「グギャギャ」


「いらない?あぁ、違う。もっと強くなってからか?そうか。なら、そうしよう」


ゴブリン達を引き連れてダンジョンから出ていく。もちろんゴブリン達の姿は消して透過させてる。そのため、誰かに見られることもなければ、見つかることもない。さっさと家に帰り、始まるのは全員の洗浄だ。


ゴブリン達は皆同じく腰布の原住民スタイルなので取り払ってとりあえずきれいなタオルだけ巻いた。リュウの指示のもと、生活の仕方を教え、寝床は全員は無理なので、将軍以外は外で寝てもらった。さすがに汚れるのは嫌なのでブルーシートを引いて誤魔化した。


きれいな原住民スタイルのゴブリン達には待機してもらい、リュウとともに服を買いに行った。一応一人暮らし家持ちなので車は持っていた。ゴブリン達のサイズは確認済みなので大きい人のサイズとLサイズを買うことにしている。


そのためか、やはりといっていいほど金が飛んでいく。仕方がないこと。そして生まれたのが大量のジャージゴブリン。将軍だろうとエリートだろうと皆等しくジャージだ。威厳なんてものはない。


だが嫌がるものはいなかった。皆同じく腰布からランクアップしたのだから言うまでもない。ここまではいいが食べ物が問題だ。彼らは以外と食べそうだったので、大量の安物の肉を買い込み、分け与えた。


金がない。まぁこれだけの数を補うとなればなるようになるしかなかった。ここでポーションのことを思い出す。すでに冷蔵庫二つを占領した上、納屋に大量に積まれている。もはやポーションだけで1万リットルほどある。これをどうすればいいのか?と考え、市役所のことを思い出した。






次の日、リュウを連れて三週間ぶりに市役所に訪れた。そこは相も変わらず冒険者の若者たちで溢れかえっていた。やはり番号札をとりにいくと可哀想な目線を送られ、可哀想なおっさんが縮こまっていた。


「次の方?あら、荒木さんじゃないですか、ご無沙汰しております。やっとダンジョンに潜る決心がついたんですか?」


「ええ…ん?」


「あれから全く来ていないということはダンジョンから出てくる資材を手に入れてないということでしょ?」


「資材は持っていったことはないですが、ダンジョンには潜ってますよ?」


「ええ?では、このディスプレイに手を置いてください」


「はぁ」


ディスプレイに手をおくと、半信半疑で覗いた市役所員の佐藤さんは固まった。そこに書かれていたのは複数のスキルと10という文字。


「え、ええええええ!?」


「うるさっ!」


「え?え?なんで?なんで、階位が10もあるんですか…」


佐藤さんは小声で詰め寄ってきた。


「なんでと言われましても潜ってたらそうなったとしか」


「階位10は言うなれば冒険者ランク100と同義ですよ。一体どうやったらこうなるんですか?」


「毎日ボス周回してただけで、特に特別なことはやってませんよ?」


「あ、あれを毎日…。あ、な、仲間がいるんですね!」


「仲間はいるけど、お互いソロでもいけるから、交代交代でやりましたよ」


「そ、そうですか。ちなみに仲間の方は?」


「連れてきてますが、ここではまずいので、橘監察官のところでお願いします」


「わ、わかりました。では、あちらの入り口からお入りください」


佐藤さんに導かれて橘監察官のもとへいくと、なにやら重い空気が流れていた。こちらに気がつくと目をキラキラさせてにやついていた。おっとこれは嫌な予感が。


「久しぶりだな。荒木、どうやら幾千の戦いをくぐり抜けてきたようじゃな」


「まぁ、ほどほどには」


「聞いてください。荒木さん、もう階位10なんですよ!これを1ヶ月でやるってどうやったらできるんですか!」


「ほう、だが荒木の能力なら余裕だろうな。それで荒木はどうして今までここに来なかったんだ?そこまで達しているなら大量の資材を手に入れてるはずだ?まさか持って帰ってなかったのか?勿体ないぞ」


そう言って資材の説明を続けた。


「ポーションは一つ目が5000円。そこから1000円ずつ増えていき、6つ目で1万。そこから2万ずつ増えて最後10万になる」


つまり、一つ目で5000円、6000、7000、8000、9000、六つ目で1万、3万、5万、7万、十つ目で10万となる。いわばポーションとは宝の山だとそう言いたいらしい。


「へぇ、じゃあいい金になりそうだな」


「まぁ持って帰ってさえいればな」


「うちにそれが1000本ほどある。今も仲間たちが己を研鑽するために周回中だ」


「おいおい、冗談はよしてくれよ。そんなにあったらうちは破産するぞ?」


「冗談じゃない。というかそれで破産する方がおかしい。国が担保になってるんだ。今は昔と違って現金はほとんど使われず電子化されている。それにこの冒険者ではポイント制で電子金にするか他のものにするかできるはずだ。冗談を言ったのはそっちの方だ」


「わかってるじゃねぇか。で、そのポーションはどこにある?」


「うちの冷蔵庫を圧迫してるから、全て買い取ってもらいたい」


「わかった。それとだな。ちょっと佐藤は退出していろ。今からここは濃厚な殺気に包まれる。粗相をしたくなかったら、出ていった方がいい」


橘監察官は佐藤を追い出して、机に置いてあったベルを鳴らした。すると部屋の奥から鎧を着た者がぞろぞろと入ってきた。その手には武器をもっており、前いた傭兵が塵のように思えるほどの威圧感だ。


「紹介しよう。こいつらはランク100を突破した傭兵達だ。冒険者はあのダンジョンに潜る者たちのことを言うが、傭兵はその上の段階の者をいう。この者たちにはこの世界ではない世界であらゆる仕事を受けてもらってるわけだが、その中に荒木に加わってもらいたい。ちなみに向こうでの扱いは貴族だ」


「なるほど、これが俗にいう異世界転移への提案というわけか」


「そうだ。あのダンジョンはそれを行うための訓練というわけだ。それを退けないと異世界では生きていけない。これは機密だが、あの世界にいけば寿命が伸びる。まぁつまり何が言いたいかと言えば、こっちの世界ではない生きていけなくなるってことだな」


「それはなんとも、まぁこっちではあんまりやることもないし、いいけどな」


「その粋は買おう。その前にやるべきことをやっておこう。荒木よ、お前さん。あのボスエリアのボス達を配下にしただろ?」


「そうだが?」


「そいつらは今どこにいる?」


「家にもいるし、ダンジョンにもいる。そしてここにもいる」


「そうか、それはなによりだ。犯罪には走ってないようだな?」


「犯罪?走るわけないだろ。それよりもポーション売って金を得ないとこっちが破産しそうだ」


「そうか、そうか。まぁいい、人を派遣してポーションは買い取ろう。あっちでも電子金は使える。そういうものだからな」


「それはよかった。あ、それとスクロールってどうやって鑑定すればいいんだ?」


「そこからか。まず1つ目のボスから手に入れたものは鑑定のスキルを得るものだ。二つ目がアイテムボックス、三つ目が異世界言語。というようにあっちの世界でも活動が可能になるように補佐するものだ」


「どっかのファンタジーみたいにチート扱いされないのか?」


「チートチートいうが、ものは使いようだが、これらはそんな機能はない。あっちの世界ではない持ってないものがいないくらいだ。使えるものは使っておけ。ということはお前さんは自分達のレベルもわかっとらんってことじゃな」


「レベル?階位じゃなくて?」


「階位もレベルみたいなものじゃが、わしが言っとるレベルはスキルレベルだったり自身のレベルだったりと様々じゃな。まぁそれはスキルを獲得したら試せばいい。そういうわけでまずはポーションの買い取り、それから、お前さんの配下のステータス登録、最後に傭兵登録じゃな」


「わかった。それでまずは配下の登録か。全員呼ぶか?」


「いや、ここじゃあ狭いじゃろ。職員と傭兵を派遣してお前さんの配下の登録とポーションの買い取りは平行して行おう」


「じゃあ家に案内しますよ」


「一番強いやつは先にわしに見せろ。そこにおるんじゃろ?すごい威圧してきておる」


「わかった。リュウ、挨拶しろ」


俺の後ろで立っているリュウの姿を現す。それもなにも抑えずに全てをさらけ出したリュウをだ。


「くっ、こいつはゴブリンキングか!?おい、荒木!こいつはゴブリンの王じゃぞ!どうやって配下にした!」


「普通に育てた」


「おいおい、橘監察官さんよ。こいつは今まで見た中で一番凶悪なゴブリンキングだぞ。いいのか?野放しにして」


傭兵の一人が剣を抜きながらそう言った。そんな傭兵を見逃すリュウではない。すぐさま駆け寄り、柄を押さえて腹に一撃入れた。


「ぐっがぁっ!?」


「貴様!」


リュウの行動に危機感をしめした傭兵達が次々と武器を抜くなか、リュウは次々と制圧していった。ちなみにリュウはジャージである。


「ふぅ、久方ぶりの大物じゃな。さすがわしが見出だした荒木じゃ」


「見出だされてないから。俺が隠れてただけだから。それにしても…この茶うまいな」


「じゃろう?これは今から行ってもらう異世界産でな。うちから出向いた一人が農業を営んでおってな。今ではブランドものでなかなか手に入らんのじゃ」


「なら俺はそこと取引できるように動いて橘監察官に賄賂を渡さないとな」


「ふっふっふ。お主も悪よのぉ」


「橘監察官の顔ほどじゃねぇよ」


「一本とられたのぉ!」




橘監察官とお茶を楽しんでいるとあれだけ騒がしかった部屋も静かになっていた。後ろには先程と同じようにリュウが立っており、床にはぐったりとした傭兵が身動き一つせずに横たわっていた。


「ふむ、まぁこうなるよな」


「そうじゃな。こいつらは今年傭兵になったばかりの若僧でな。ちょーっと頭が悪くてな。与えられた領地の運営はできんし、問題を起こすわで、調子にのっておったのでな。ちょうどよく年上で強いお主に預けようと思ってな」


「おいおい、うちにはすでに100体ものゴブリンがいるんだぞ?さすがにお世話できんぞ」


「多すぎじゃ。まぁそれくらいおるなら数人増えても変わらんじゃろ。あっちでは何人いても手は足りんくなるはずじゃから、ありがたくもらっておくといい」


「まぁどんな教育をするかまでは言わないけど、逃がさないからな?狸寝入りしても逃げられないことを覚えておくといい」


全員を透過させた鎖で繋ぐ。みんな仲良くお手手が輪になるように繋いでおいた。起き上がったが最後、一緒にぐるぐる回りながらの移動しかできないことに彼らは絶望するだろう。しかも伸縮しないタイプだ。


「さっそくお主の家にいこうかの」


「ちゃんと金を用意しとけよ」


「もちろんじゃ。そのためのわしじゃよ」


橘監察官と並びに職員、そして輪になったこれから部下になる若者達。何食わぬ顔で連れていくが彼らはどうすることもできずに移動する。こちらを睨み付けてくれば、数分ほどリュウに気絶させられ、皆のお荷物とされる。物理的に。


「ここか。なんとも趣のある家じゃな」


「まぁ築年数100年越えてるからな」


「それはすごい。じゃあここにポーションを運んでくれ。スクロールはこっちじゃな。それからゴブリンはこの列に並べてくれ」


そう橘監察官が言うとてきぱきと作業に移った。ダンジョンにいる者たちはゴブリンジェネラルの一人の迎えに行ってもらい、それまで待ってもらうことにしている。


「それにしても、なんで皆、ジャージなんじゃ?」


「金がないからな。安い服といえばジャージだろ」


「今からはもっといい服を着させるといい。あっちでは色々と素材が手に入るからの。お主にはそこらへんも管理してもらいたいのぅ。配下をつくることに忌諱感もなさそうじゃし」


「そこらへんはあっちにいって決めるさ」


それからゴブリンたちの登録を済ませ、ポーションの査定をなんとか終わらせた。終わったのは夜だったが、この日はそれだけで解散となった。また次の日にはスクロールを使い、全員に異世界で必要なスキルを取得した。


足りない分は再度ボス討伐をして獲得した。スクロールを手にした。結果、俺達の種族が通常のものから変化した。どうやらあの毎回食べてた石は蕩けるだけものではなく、魔晶石といってゴブリンたちのような魔物から出てくる力の塊であり、それを食べることで魔術と呼ばれるものが使えるようになるという。


そんなわけで俺達の種族は魔を司るものとなり、階位も10あったことで色々進化したわけだ。橘監察官の話では普通あれを食べようとするものはおらず、自力で魔術を使えるようになるそうだ。


あと魔晶石の魔力は毒があり、通常では一つ食べただけで1ヶ月ほど寝込むらしい。のだが、俺にはこの異能があったため、毒に耐性があったので大丈夫だったらしい。というのもなんともなかったから、よくわからないのが事実だ。それが、このステータスというわけだ。


《荒木のステータス》

名前:荒木涼太

種族:魔人Lv1

称号:魔鬼王の主

年齢:30

特異技能:《非現実的接触Lv-》

特殊技能:《認識操作Lv5》《統括Lv1》《軍団策謀Lv1》《隠密Lv6》

魔術適正:ー

通常技能:《先読みLv8》《軌道察知Lv7》《救護Lv3》《体術Lv4》

配下:リュウ


《リュウのステータス》

名前:リュウ

種族:魔鬼王Lv1

称号:魔鬼を統べる者

特殊技能:《武術Lv3》《並列思考Lv1》《英雄闘気Lv2》

魔術適正:ー

通常技能:《繁殖Lv1》《戦術Lv5》

主君:荒木涼太

配下:魔鬼将軍×5、魔鬼近衛騎士×100

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