テンプレで非常識
仕事をやめて次の日、早速市役所にいった。そこでは大勢の冒険者希望の若者が集まっていた。もちろんそこには俺のようなおっさんはあまりいない。あまりというのは失業して冒険者になる人もいるので、俺は可哀想な目で見られながらも絡まれたりはしない。
「本日はどのようなご用で?」
市役所員の方が受付で対応してくれた。ここにおっさんが来るのが珍しいのか、すごくじろじろ見られた。それから可哀想な人、という判断を勝手にされた。
「冒険者登録をしようかとおもいまして」
「スキルはお持ちで?」
「ええ」
「ではこのディスプレイに手を置いてください。そうです。あら?スキルはありませんよ?」
ディスプレイには人のスキルを検知する特殊な機能がついているが俺の異能力で接触しないようにしていたため、検知されなかった。これで何度も回避してきたのだ。
「あぁ、すいません。ちょっとお待ちを。もう一度お願いします」
それを解除してもう一度お願いする。公開するのは《隠密》《軌道察知》《誘導》の3つだ。他のものはなにかと犯罪臭がするので隠しておいた。といっても隠密もするが、これは公開して損はない。
「何度やっても出ないものは出ない…?なんで!?さっきは出なかったのに!」
「そういう能力を持ってるので」
「嘘でしょ。そんな能力今まで発見されていなかったのに」
「そりゃあそうだ。そういうものは大体隠す。俺もどんなものかは教えるつもりはありません。過度な追求は条例に引っ掛かるので、そこまでで、手続きお願いします」
「え、ええ。ではあちらの席でお待ちください」
席に座ると受付の向こうが騒がしくなり、奥の方からお偉いさんらしき人が現れ、こちらに鬼の形相で近寄ってきた。それを目についたおっさんに誘導した。そのおっさんは連れていかれ、先程受付をした所員ができた登録証を持ってそのおっさんとともに奥にいこうとしていた。
それを拝借して奥に一緒に入る。おっさんの末路も気になるが、無実なおっさんをほっとくつもりもないので、どんなことをするために確保したのかを確かめるために侵入する。
おっさんはソファに座らされ、対面に鬼、両脇に短剣を持った傭兵。そしてスマホのカメラを構えた俺。俺を相手取った所員は外で待機している。ちょっと確認してみたが、別のおっさんを抱えていたお偉いさんに驚きすぎておろおろしていた。
認識操作でお偉いさんにしか別のおっさんを誘導するようにしていなかったからだ。今もこの空間にいる人間には俺のことが見えていないが、あの所員には見えるようにしている。その方が面白いからだ。
観察しているとぷるぷると震えるおっさんにどうやってスキル検知を回避したのか問い詰め始めた。可哀想に全く知らないおっさんは状況を把握できずに「ひぇぇ」と言い続けた。
「さっさと答えんか!お前さんがスキル検知から逃れた方法を聞いてるのだ!言え!言わぬと公務執行妨害で逮捕するぞ!」
おっとこれはひどい。脅迫した上に権力濫用だ。カメラを回していたが、これはえらいスクープだ。ぜひ動画投稿しなくては。
「言え!言わんか!おい、佐藤。こい!本当にこいつがそんなことができたのか?こんな男にできたとは思わんが?」
先程から外で待機していた所員が入ってきた。ちょうどいいので認識操作を解除して所員に手をふる。ちなみに所員と佐藤は同一人物の女性だ。お偉いさんに呼ばれてビクビクしているが、その視界にはスマホを構えた俺がばっちり見えているので言葉を失っていた。
「あ、あの」
「なんだ?」
「そこに座ってる方ではなく、あちらで手を振ってる方が検知から逃れた方です」
所員の言葉を理解できずに停止したお偉いさんはソファでぐったりとしたおっさんを見つめた後、所員の視線の先にいる俺をロックオンした。
「なっ!?いつからそこに!?お、おい、そのカメラはなんだ?」
「最初からいましたよ。カメラもずっと構えてました。まさかお偉いさんが短剣で脅して職権濫用した上に脅迫。いやぁ、良いもの見せてもらいましたよ」
すぐさま、短剣を持っていた傭兵が持っていた短剣を投げてきた。もちろん透過して壁に突き刺さるが。
「うわぁ、またそうやってすぐ人を殺そうとするんだから。俺は冒険者登録をしに来た一般人ですよ?いいんですよ、これをネットの海に放り投げても」
「そっちこそいいのか?わしはこの市役所で実権を握っている。お主はこれから冒険者になれぬぞ?」
「あぁ、登録証はここにあるので、ご心配なく。それにこの動画もある。困るのはそちらですよ?それに今しがた無実の罪で脅されたおっさんもいる。どちらが有罪になるか、わかりきったことですよ」
お偉いさんと俺はお互いの優位性を述べるが、折れたのはお偉いさんだった。
「なにが望みだ?」
お偉いさんはため息をついてソファにもたれ掛かった。
「俺を普通に冒険させてくれればそれでいい。そのために来たんですから」
「そうか。おい、佐藤。この方を医務室へ。それから謝礼金を支払ってくれ。わしはこいつと話すことがある」
佐藤所員に指示を出して、傭兵二人はいつの間に気絶していたおっさんを担架に乗せて移動し始めた。
「あ、ちょっと待ってください。おっさんの見たものを消しとかないと」
「ちょっと待て!そんなこともできるのか!?」
「ええ、昔から使えますが、使うのは久しぶりなので、実験を兼ねてます。ここでの出来事をなくしてお偉いさんの顔にびっくりして気絶したことにします」
「それこそ待て。わしの顔はそんなに怖くないぞ」
他の人をちらっと見ると全力で横に首を振っていた。やはり怖いらしい。
おっさんを見送ってソファにもたれ掛かる。お互いに気を抜いて机に並べられたお茶をすすりながら一服する。
「まずはわしのことを話そう。わしはこの市役所で監察官をしておる。実権はないが、市役所長の管理しておるので、黒幕みたいな立ち位置じゃな。それから名前は橘という。お前さんは?」
「俺は荒木だ。アラサーになって人生の転換期だと思って冒険者になりに来た。この不思議な力は5歳から使える。ちなみに隠していたのは察してくれ」
「5歳、25年前。そうか、そうだな。知らないでいた方が身のためじゃな。わしはなにも聞かなかったことにするが、そんな様子じゃ、犯罪に手を染めて無さそうじゃな」
「そんなことはしない。ちょっと服の上からなら胸を触っていいと言われたときに、服を透過して直に触ったぐらいしかしていない」