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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第一章 転生先でも奴隷!?
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1-7 奴隷の一日(朝)

 階段を下りて右手に行くと、廊下の突き当たりに大きな部屋があった。その部屋には木製の長机と椅子が並べられていて、二十人ほどの男性が点在している。どうやら、ここは食堂のようだ。


 マッコウにつれられ、堅枠大は配膳場所へと行く。


 そこは石材で出来たカウンターで仕切られていて、向こう側には少し広めの調理スペースが見える。コンロは無いが、かまどらしきものはいくつかあり、そこでは加熱調理がおこなわれているようだ。調理スペースには一組の中年男女がいる。


 マッコウがカウンターの前に立つと、女性のほうが彼に近づいた。


「あらマッコウさん、その方は新入りさん?」

「そうなんすよー。しかも、今日から俺の相棒っす」


 マッコウと中肉中背の女性が気軽に言葉を交わす。


 二人の視線が堅枠大に向いたので、彼は食堂のおばちゃんらしき人物に対して軽く頭を下げた。


「あ、どうも、カタワクです。昨夜からここでお世話になっています」


「カタワクさんね。私はミリサ。ここの食堂で働いてるの。よろしく。それじゃあ……はい、これ今日の朝食」


 女性は堅枠大に簡単な挨拶をすると、カウンター下から二人分のお盆を出した。


 木製のお盆の上には、コップ一杯分のお湯、コッペパンのようなもの、玉子と野菜のスープ、焼いたハムのような薄い肉が四枚。金属製のスプーンと三股のフォーク。スプーンとフォーク以外の食器は木製だった。


「ありがとー、おばちゃん」

「あ、ありがとうございます」


 二人はお盆を受け取り、カウンターから離れる。

 木製のトレーは意外と軽かった。


 堅枠大はマッコウの後ろについて行きながら、お盆を眺める。


(奴隷の食事にしては、ちょっと豪華すぎないか? 炭水化物にタンパク質に野菜が揃ってる……元の世界じゃ朝飯なんて食う余裕なかったし、食べてもパン一つとかゼリーとか栄養補助ブロックくらいだったし)


 彼は食事内容に首をかしげてしまう。


 奴隷の食事と言えば、かびたパン、もしくは雑穀ばかりの御飯などが思いつく。もっとひどいものであれば、小麦粉のみ、など。


 奴隷ならば食事でも家畜以下の扱いを受けるものだと彼は思っていたが、目の前にあるのはそれなりに栄養のある食べ物だった。しかも、パンはかびておらず、ハムは肉汁で輝き、スープは具だくさんで湯気が立っている。現代日本の基準で言っても、ちゃんとした朝食だった。


 堅枠大が考えていると、マッコウが隅の席に座った。


 マッコウとは少し距離が離れてしまった。堅枠大は考え事をしているうちに、歩くのを止めてしまっていたようだ。


 堅枠大は早足でマッコウのもとへ急いだ。マッコウと向かい合う位置につき、テーブルにお盆を置いて丸椅子に腰を下ろす。


 すると、マッコウは堅枠大に不思議そうな目を向けた。


「どうした? さっきから難しそうな顔して?」

「いや、朝食が豪華だなと思って。もしかして、今日は特別な日か何かか?」


 堅枠大が眉をひそめながらそう尋ねる。


 その直後、マッコウは両手を横に大きく広げ、眩しいほどの笑みを浮かべた。


「そりゃあもちろん! 今日はカタワクの仕事始めという特別な日さ!」


 彼の返答に、堅枠大は拍子抜けしつつも頬を緩めてしまった。


 聞きたいのはそういうことではなかったのだが、自分の新しい生活を祝う気持ちは大きく伝わってきた。もちろん嬉しいことではあったが、それは奴隷生活の始まりを告げるものでもある。喜ぶべきか落胆するべきか、堅枠大はわからなくなった。


 とりあえず、彼は知りたいことをストレートに訊くことにした。


「俺の事はひとまず置いといて……この奴隷寮全体にとって、今日は何か特別な日なのか? こんなにちゃんとした朝食が出るなんて」


 堅枠大がそう言うと、マッコウは両目を見開いて一時停止した。それからすぐ脱力するように微笑んで、両手を下ろす。


「なーんだ、そういうことか。別に、今日は奴隷寮にとってもジャーガン国内水運にとっても、なんてことない普通の仕事の日さ。飯のメニューはいつもこんなもんだぜ。パンと野菜スープに、肉系が少し。魚とか玉子の日もあるな」


「そ、そうなんだ……」


 堅枠大は適当な返事しかできなかった。


 マッコウの態度から考えても、この朝食メニューが珍しいものではないというのは真実なのだろう。堅枠大は自分の朝食を見下げながら、静かに驚いていた。


 そんな彼を目覚めさせるかのように、マッコウが指を鳴らす。


「まっ、そんなことはいいから、さっさと食おうぜ。たくさん寝たから腹減ってんだ」

「お、おう」


「それじゃあ、天地の恵みに感謝して、いただきまーす!」


 マッコウは元気よく声を出しながら、顔と胸の前で右手を上から下へと縦に切る。そうして挨拶を終えると、彼はすぐに目の前の食事にありつき始めた。


 見たことも無い作法だったが、堅枠大はそれを真似することにした。


「て、天地の恵みに感謝して、いただきます……」


 彼は小声でそう言って、お湯を半分ほど飲んだ。


 ほんの少しだけ熱さを感じるとともに、清潔な味がした。どうやら、飲料水は衛生的なものが用意されているらしい。


 水分補給の後、堅枠大は目の前の食べ物を見つめた。


(ちゃんとしてるのは内容と見た目だけで、どうせ味なんかついてないんだろうなあ。何せ奴隷の食事なんだし、栄養だけ摂らせればいいみたいな考えなんだろうなぁ)


 彼は期待をせずに、スプーンでスープをすくい、一口含んだ。

 その瞬間、彼の舌に衝撃が走った。


(う、美味い!? ちゃんと塩気が効いてて、朝にはピッタリの味だ! それにこの風味は、鶏ガラか何かか?)


 彼は驚きながら口の中の物を飲み込み、その勢いで器を持ってスープを直に食した。口に入って来た細切りの野菜と玉子を、ゆっくりと噛んでみる。


(野菜はシャキシャキとしっとりの中間……これはキャベツか何かか? 玉子はふわふわ。美味いぞ!)


 彼はスープを半分ほど飲んだ後、ハムとパンにも手をつけた。


(ハムも味がつけられてる!? これは塩とコショウか? パンは柔らかくて、焼いた小麦の香ばしさがあるぞ!? 文明レベルが近代より前なら、食料よりも調味料のほうが貴重品のはず。それを奴隷の食事に使う? いったいどうなってるんだ!?)


 堅枠大は衝撃のあまり頭が混乱した。

 それでも彼の手と口は止まらず、気づいたときには完食していた。


「え……えぇ?」


 堅枠大は空になった食器たちを見て唖然とした。


 一晩眠っていなかったのに、朝食が異様に美味しかった。朝食に味覚を感じたのは何年振りなのか、彼にはわからなかった。


 堅枠大は向かいのマッコウに目を移す。


 マッコウはまだ食べていた。勢いよく食べ始めたわりには、適量の一口を数十回噛んでいる。その目は食べ物に釘付けで、彼は堅枠大の完食に気付いていないようだった。


 同居人が食事に夢中なので、堅枠大は周囲を見渡すことにした。


 自分と同じ、白シャツと青ズボンと黒の布靴の男ばかり。彼らはパンを手でちぎって食べ、スープは器を持たずにスプーンを使いながら飲み、ハムはフォークとスプーンで畳んで食べている。


(やっべ。ここでは食器を手に持っちゃいけないみたいだな。次からは気を付けよう……それにしても、みんな行儀がいいな)


 堅枠大は想像とは違う光景に眉をひそめた。


 彼らは奴隷のはずなのに、誰一人として暗い顔をしている者がいなかった。全員血色が良く、極端な痩せ形は存在しない。


 朝だというのに急いでいる様子もなかった。日差しから察するに、現在時刻は午前八時台前半。元の世界では、堅枠大ならばとっくに職場について仕事をしている時間。普通の勤め人でも、通勤ラッシュに流されている時間帯のはずだった。


(おかしい……何かがおかしい……いや、きっと朝が遅いだけで、奴隷たちは深夜まで働かされるんだ。きっとそうに違いない。朝早いよりは朝遅くて夜遅いほうがマシだもんな、体内時計的にな……そうだ、そうだよ……)


 堅枠大は他人を見ながら、疑念と不安を膨らませていった。


「これで今日も命を繋げます、ごちそうさま!」


 そこに、マッコウの声が突如として割り込んできた。


 彼の大きな挨拶によって、堅枠大の頭の中から考えが吹っ飛ぶ。現実に引き戻された堅枠大はマッコウに目を向ける。


 マッコウは愉快そうに目元と口元を歪めて、堅枠大を見つめていた。


「なんだ、カタワク。もう食べ終わってたのか。食べ終わったなら、ちゃんと挨拶しなきゃダメだぜ?」


「あ、ああ。そうだよな……これで今日も命を繋げます。ごちそうさまでした……これでいいのか?」


 堅枠大は右手を縦に切りながら、小声でマッコウと同じことを唱える。確認するようにマッコウを見ると、彼は白い歯を見せながら親指を立てていた。


 どうやら、グッドのジェスチャーは現代日本と同じようだ。

 堅枠大は妙な安心感から、小さく息を吐いた。


 それから、堅枠大とマッコウは立ち上がり、トレーを持ってカウンターへと向かった。カウンターの端には三段の棚があり、そこには使用済みのトレーがいくつも置かれている。二人はその返却口にトレーを並べた。


 マッコウは歩きながら、カウンターの向こう側に声をかける。


「おじちゃん! おばちゃん! 今日も美味かったぜ!」

「はいはいどーもー。お仕事頑張ってねー!」


 調理場にいた中年女性がマッコウに声を返す。男性のほうは口こそ開かなかったが、マッコウと堅枠大を見て小さく頷いていた。


「ごちそうさまでした」


 堅枠大も二人に聞える程度の声量で挨拶をし、マッコウとともに食堂を後にした。





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