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e-2 俺は奴隷(最終話)

 十二月中旬、国王キーテスが王権発動に伴う仕事を終えた週の金曜日。


 堅枠大とマッコウは南の貿易会社に荷物を届けた後、バーンとアリィが勤めるコーマス農場に寄り道していた。


 物置小屋付近の船着き場に二人は舟を止め、マッコウが勢いよく階段を上がってバーンたちに声をかける。


「バーンさん! アリィさん! それからエンリュウちゃん! お疲れ様でーす!」


 農地で作業をしている三人に向かって、マッコウは大きく手を振った。


 彼らの足元には緑色の植物が生い茂っていて、ところどころに青色のつぼみが付いている。三人はそのつぼみを手作業で丁寧に切り離していた。


 また、作業中のエンリュウは茶色の作業服に身を包んでいた。彼女の長い赤髪はツインテールに結ばれている。二か月前の戦いでアリィに射抜かれた左目はすでに治っていて、大きく開かれたその目は顔前の景色を瞳に映していた。


 マッコウの隣に堅枠大が遅れて駆け寄り、農作業中の三人が水運奴隷たちの到来に気付いて立ち上がる。


「おう、おう! マッコウさんにカタワクさん!」

「もう仕事は終わったのかねぇ?」


 バーンとアリィがその場で声を上げた。

 堅枠大は口に右手を添え、二人に応える。


「はい! 今日はもう終わりです! 今週末は都市に来るって話でしたよね!」


「ああ、そうじゃったそうじゃった!」


「もう少しで今日の仕事は終わりだから、少し待ってておくれ!」


 老夫婦はいつもと変わらず元気な姿を見せている。


 堅枠大と交代するかのように、今度はマッコウが農耕奴隷の三人に向けて声を放つ。


「今日は持ち帰る荷物も無いんで、三人とも乗せていけますよ! どうですか!?」


「おお、それはありがたいのう!」


「それなら、お言葉に甘えようかね! エンリュウもいいかい?」


「うむ。我も、カタワクたちと、共に行く」


 アリィの問いかけに、エンリュウは嬉しそうに頷く。


 その姿は、祖母と話す孫のようだった。この二か月間、老夫婦と火竜少女はともに過ごしてきた。かつては敵同士だった双方も、今ではすっかり打ち解けて本当の家族のようになっている。


 そんな三人に向けて、堅枠大が再び大きな声を出す。


「わかりました! じゃあ、ここで待っていますので! あ、急がなくて大丈夫ですからね!」


 彼の言葉の後、バーンたちは短く返事をして仕事に戻った。


 日が暮れる前、農場管理者の指示によって農耕奴隷たちはその日の労働を終えた。


 バーンたちは自分たちの村に帰り、身支度をしてから堅枠大とマッコウが居る倉庫小屋のところに戻ってきた。


 それから五人は舟に乗った。


 先頭に堅枠大が座り、真ん中にはバーンとアリィがリラックスした様子で腰を下ろし、舟尾にはマッコウが立つ。


 エンリュウは堅枠大の後ろに座り、彼の背中にしがみつく。

 マッコウはその光景を見て小さく笑った。


「ははっ、エンリュウちゃんは相変わらずカタワクが好きだな!」

「当然。カタワクの体、冷たくて気持ちいい……我は、気に入っている」


 エンリュウはマッコウに振り向いて、どこか誇らしげに目を細める。

 堅枠大は苦笑いをした。


「特異体質は薬で抑えてるはずなんだけどな……」

「我が、冷たいと、感じている……我にとっては、これが、正しい」


「そうか……まあ、エンリュウがそう思うならそれでいいか」


 堅枠大は困惑しつつも、彼女の言葉を肯定することにした。


 それから数秒後、彼は右手を前に突き出して進行の合図を取った。それに従い、マッコウが声を上げる。


「よっしゃ、行くぜ! 出発進行!」


 マッコウは舟の留め具を外すと、舟体とオールに微量の魔力を流して舟を漕ぎ始めた。


 舟はゆったりとした速さで都市へと向かっていく。

 太陽が西に傾き、空が赤くなる。


 エンリュウは堅枠大の背中に抱きついたまま、彼に言葉をかけた。


「カタワク。我は、劇が見たい」


 彼女の甘えるような声に、堅枠大の表情も自然と緩む。


「劇か~。プロがやってる劇場のやつと、アマチュアが趣味でやってる広場のやつと、どっちがいい?」


「当然、両方、見る。どちらも、違った面白さが、ある。あと、村で売ってないような、本も買う。小説、面白い。それと、ご飯も食べる。あと、大道芸も見る。それから、スポーツも。それから……」


 エンリュウは都市での予定を思いつく限り口にしようとする。

 堅枠大は愛おしそうに笑い、彼女の言葉を遮った。


「おいおい、あんまり欲張るなって。今週は劇を見て、時間と元気が余ってたら他のことも楽しんだらいい。予定を詰めすぎると疲れて、逆に楽しめなくなるよ」


「む、そうか。では、仕方ない。今回は、プロの劇を、思いっきり楽しむ。これでよいか?」


「ああ、いいと思う。じゃあ、俺も学校サボって遊ぶとするか」

「やった。土曜もカタワクと一緒。我、楽しみ」


 エンリュウは腕に力を込めて体を揺らす。


 彼女の声は抑揚に乏しいが、楽しそうなのは確かだった。そのうえ、何をするのかということよりも、誰と過ごすのかということを彼女は重要視しているようだった。


 そんなエンリュウの様子を、堅枠大は背中越しに感じていた。


(こうしてみると、ただの女の子だな……いや、本当にそうか。火竜のときだって、力があるだけの子どもだったんだから)


 堅枠大は今の火竜少女を微笑ましく思った。


 同時に、彼はエンリュウに対して親近感を覚えていた。彼女は堅枠大と同じように、外から来てヒューライ国民になった。違う世界の現代日本と同じ世界の東の山脈という違いはあるが、それはもはや些細な違いでしかなかった。


 そんなことを考えていると、堅枠大はふいに火竜と戦った頃が懐かしく思えた。


(身分も職業も能力も違う人たちが一丸となって戦ったあの三日間も、今になってはもう美しい思い出だなあ……まあ、あんな戦いなんか二度とやりたくないけどな。忙しく働いたり命を懸けたりするのは熱意のある人だけでいい。やっぱり、俺は奴隷でいるのが一番だ!)


 堅枠大は自分たちで取り戻した生活を思い出す。


 週四で、一日四時間労働で、月の手取りは三十万円以上。そんなヒューライ国での生活は、人間としての幸福を最高に感じるものだった。


 人々の明るい声が遠くから聞こえ、堅枠大は平和を噛み締めた。




 堅枠大たちを乗せた舟は進み、都市内部に入った。


 その頃には太陽がほとんど沈み、空は薄暗くなっていた。都市の中では多くの街灯が明かりを灯し始めていた。


 水路も以前と同じ様子を取り戻していた。混雑はしていないため、都市の中でも舟はスムーズに進むことができた。


 やがて、舟はジャーガン国内水運の船着き場に到着した。

 マッコウが舟を泊めると、五人は会社の建物に入った。


 建物内の明かりはほとんど消されていて、人の気配も無い。だが、エントランスホールは明るく、そこには経営者のジャーガンが一人、簡易的な机で事務作業をおこなっていた。


 ジャーガンは作業を止め、マッコウと堅枠大に目を向けて口元を緩ませる。


「おう、二人とも、随分と遅かったな。終業時刻を過ぎたから、みんな帰っちまったぞ」


「すいません、仕事終わりに、バーンさんとアリィさんとエンリュウちゃんをついでにつれてきたもんで」


 マッコウは少しだけ申し訳なさそうにしながら、右手を自分の後頭部に添える。

 そんな彼に対し、ジャーガンの視線が微かに厳しいものへと変化した。


「なるほど、そういうことだったか……で、運賃とか取っていないだろうな?」


「も、もちろんっすよ。オレたちは物資運搬業ですから。これは、単に知人を乗せて来ただけっすから」


 マッコウは両手を振って弁明する。

 ジャーガンは彼の慌てた様子を見て安心したように微笑んだ。


「まあ、そういうことなら何の問題も無い……ところでカタワク、荷物はちゃんと貿易会社のほうに届けたか?」


 ジャーガンはマッコウから堅枠大に視線を移す。

 マッコウとは違い、堅枠大は落ち着いて対応した。


「はい。ここに証明書と、それから次の注文があります」

「おう、ありがとな。来週、事務の人に渡しておく」


 堅枠大から差し出された封筒を、ジャーガンは大事そうに受け取った。

 それからすぐに、堅枠大は背筋を伸ばして自らのボスに微笑みかけた。


「では、俺たちはこれで失礼します。今週もお疲れ様でした」

「おつかれっしたー!」


 堅枠大に続いて、マッコウも体を直立させて挨拶をする。二人はジャーガンの言葉も待たずに回れ右をして、農耕奴隷の三人を引き連れて出口へと向かった。


「おう! 週末の休み、楽しんでこいよ!」


 そんな部下たちの背中に、ジャーガンは温かな言葉をかけた。


 それから少し経った後、経営者の彼もまた、椅子から立ち上がって今日の仕事を終えるのだった。




 国内水運の外に出た瞬間、堅枠大の目に面倒なものが映った。


「げっ!?」


 堅枠大は思わず声を上げ、反射的に拒絶反応を示してしまう。


 彼を待ち構えていたのは、国王親衛隊員のアスラと国家魔法士のリサだった。アスラとリサは外見的には以前と変わらぬ服装だった。かつては火竜氷結隊として共に戦った二人だが、今の堅枠大にとっては厄介な存在以外の何者でもなかった。


 アスラとリサは、堅枠大を見た瞬間に口元を上げた。


 堅枠大には、この二人が邪悪な笑みを浮かべているようにしか見えなかった。


「やっぱりここに居たか、カタワク。今日こそ君を国王親衛隊に入れてみせよう。親衛隊の魅力をたっぷりと語り尽くしてあげる。カタワクの度胸と特異体質、ただの奴隷にしておくにはもったいない」


「いいえ。カタワクにはわたしの研究材料……じゃなくて、特別研究員として協力者になってもらいます。特異体質は未だに解明されてない部分が多い。あなたのその力、人類の未来のために役立ててもらいますよ!」


 二人はそう語って、堅枠大にゆっくりと迫ってきた。


 獲物を捕食しようとする獣か、人を意のままに弄ぼうとする狂人か。堅枠大には二人がそう見えてしまっていた。


 堅枠大は一歩退き、他の四人に向けて声を上げる。


「みんな! 逃げよう!」


 彼はそう言って走り出した。


 マッコウもバーンもアリィもエンリュウも、彼に続いて走り出す。五人は縦一列になって通りを駆け抜ける。


 そんな五人を、アスラとリサはすぐに追いかけた。


「このワタシから逃げられると思う?」

「待て! 逃げんじゃねえ!」


 二人は常識的な速さで走りながら、五人の奴隷たちの後ろを追う。


 七人は南東区北西域診療所の前を通り過ぎる。


 外に出ていた医師のクーディは、偶然にも彼ら彼女らの姿を目にした。彼女はその追いかけっこを眺めながら、楽しそうに微笑む。


「ふふっ、相変わらず元気ねえ。まっ、元気なのはいいことよ」


 そう言って、クーディは診療所の休憩室へと足を運んで行くのだった。


 所変わって王宮の国王執務室では、キーテスが窓から街を見下ろしながら、満面の笑みを浮かべていた。


「やはり、皆が笑っていられて、余が暇な時が一番だな」


 国王はそう呟くと、両手を高く挙げて体を伸ばし、あくびをしながら執務室の扉へと向かっていった。




 夕方から夜に変わり、街には昼とは違った活気が溢れた。


 周囲の人たちが楽しげな声を上げている一方で、堅枠大たちは人々を避けて走り続けていた。


「その身のこなし! やはり君は親衛隊にふさわしい!」


 と、アスラは涼しい顔で足を動かしながら堅枠大を褒めたたえ、


「ぜぇ、ぜぇ……てめえら! 走るんじゃねえ! 通行人の邪魔だろうが! おとなしくしろ!」


 と、リサは息を盛大に乱しながら奴隷たちに向けて怒声を上げ、


「走らせてるのはお前らだろうが!」


 と、堅枠大はしつこい勧誘者たちに指摘をし、


「これもすっかり恒例になっちまったな!」


 と、マッコウは愉快そうに笑い、


「アスラもリサさんも、仕事があるのに元気じゃのう!」


 と、バーンは二人の堅枠大への執着ぶりに感心し、


「お二人も夕飯一緒にどうだい!?」


 と、アリィは余裕の表情でアスラとリサを誘い、


「追いかけっこ……楽しい!」


 と、エンリュウは無邪気にはしゃぐ。


 元火竜氷結隊の六人と元火竜の少女は夜の街を走り抜ける。


 マッコウとバーンとアリィとエンリュウは遊んでいるという認識だったが、堅枠大とアスラとリサは本気だった。そして、その中でも堅枠大が飛び抜けて必死だった。


 堅枠大は走りながら口を大きく開く。


「ブラック労働もグレー労働も嫌だー! 俺はずっと奴隷でいたいんだあああああああああああああああああああああああああ!」


 それは、過労死からの転生を経てホワイト労働を手に入れた者の、心からの叫びだった。


 その声は、ヒューライ国の活気の中に消えていく。



 今日もこの国は、奴隷たちのホワイト労働で回っている。





 作者の武池たけち 柾斗まさとです。『異世界奴隷はホワイト労働!?』はこれにて完結です。


 今作は完結四作目にして初めての異世界ものです。「異世界に行ってハッピーになりたい」というちょっとした思いから原案が浮かび、「どうせ作るならちょっと変わったものにしたい」といった考えのもとで作った結果、異世界転生系でありながらも主流とはかなり毛色の違う物語になりました。また、これまでの完結三作とも作風が異なります。



 暗い日々からのコメディに始まり、ほのぼのとした日常があり、ハプニングと不思議な出会いがあり、シリアスな場面があり、その後は盛大に大騒ぎして、ハッピーエンド。そんな『異世界奴隷はホワイト労働!?』ですが、楽しんでいただけましたでしょうか?


 この複雑な社会のなかで、また、多忙な日々のなかで、この物語が心の清涼剤になったのであれば、作者としてそれ以上の喜びはありません。



 では、ここで少しこの物語についてのお話を。


 本作のテーマは「環境」と「意思」の二つです。環境が変われば人も変わりますし、人が変わればそこに意思が生まれます。そんな当たり前のことを、この物語の軸にしました。主人公の堅枠大は、過労死するほどの生活から一転して公私ともに充実した日々を送り、守りたいもののために無茶をして命を懸け、その目的を果たすことができました。


 試練を乗り越えた彼は、ホワイト労働な日々を続けながらも、また危機が訪れた際には小さなものを守るために奮闘することでしょう。



 次は制作の裏話について。


 私は一年に長編一本、つまりは年に十万文字の小説を書くことを目標にしています。ところが、去年の2018年は別のことに時間を使っていたため、9月頃までは小説に一切手を付けていませんでした。当時執筆予定だった物語は想定三十万文字のものだったため、どうあがいても目標達成はできません。


 そこで、ピンチヒッターとして書くことしたのが本作でした。当初は十万文字の予定でしたが、面白くしようとプロットを作るうちに物語世界が膨らみに膨らみ、結果として文字数が予定の2.5倍を超える作品となってしまいました。


 そのうえ、これでも、テンポを重視して書くものを限定しています。書きたいものを際限なく描写すれば、文字数はもっと増えていたことでしょう。ですが、楽しんで書けたので後悔はありません。


 ちなみに、アスラとリサは初期プロットでは男性でしたが、作っていくうちに女性に変わりました。



 これ以前の三作では、自分が作りたいものを最後まで作ることを重視していました。ですが、作り切ることが当たり前になった頃には、読者が楽しめる物を作るということを一番大事にするようになりました。


 読まれることを意識し、楽しんでもらえることを願いながら書いたのは今作が初めてです。それが実を結んでいるのかは私にはわかりません。制作中、これは本当に楽しんでもらえるものなのだろうかという不安が、常に付きまとってきました。こうして書き終えた今でも、心配でたまりません。ですがそれと同時に、自信を持って楽しみながら書いたことも確かです。


 自分も楽しみ読者にも楽しんでもらえるように書くことを念頭に置いて、これからも活動を続けていこうと思います。



 それでは感謝の言葉を。


 ここまで読んでくださった方々、アクセスしてくださった方々、ありがとうございます。そして、連載中にブックマーク登録や評価をしてくださった方々、感想・レビューを書いてくださった方、本当にありがとうございました。修正作業を進める励みになりました。


 評価や感想等ございましたら、お気軽にどうぞ。今後の活動に生かしたいと思います。



 それでは、2018年・2019年分の小説を書き切り、発表できたことに安堵しながら、今回はここで終わりにします。またどこかでお会いしましょう。



    2019年12月13日(金) 武池 柾斗




※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。




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