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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第三章 自分がやらなきゃ誰がやる?
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3-24 人の営み

 火竜とヒューライ国の戦いは、ヒューライ国の勝利に終わった。


 国民たちは朝日を浴びながら、狂ったように歓喜の声を上げる。戦闘不能に陥った者も、魔力を捧げすぎて倒れてしまった者も、自らの状態を忘れて雄叫びを上げる。国を守ったという喜びを、すべての人々が分かち合った。


 国中が歓声に包まれるなか、国王キーテスは防壁上に残っていた三人の親衛隊魔法士をつれ、階段を下りて火竜のもとに向かった。


 予備隊員たちは火竜の目前で抱き合い飛び跳ねていたが、キーテスの姿を見るや否や背筋を伸ばして立ち、キーテスに道を開けた。


 キーテスは無言のまま右手を上げて予備隊に応え、火竜へとまっすぐに進む。


 地に伏せた火竜の顔前で、彼は立ち止まった。手を伸ばせば触れられるほどの距離で、ヒューライ国の王は火竜の閉じた目を見据えた。


「我の負け。そなたのその言葉に、嘘偽りはないな?」


 キーテスの声は平坦だった。


 火竜は薄っすらと右目を開け、キーテスの姿を見る。それから再び右目を閉じ、小さく息を吐いて頷いた。


「ああ……我は貴様らに負けた。我はもう動けぬ、戦えぬ」

「そうか。では、勝者の代表として、訊きたいことがある」


「なんだ? 小国の……いや、ヒューライ国の王よ」


 火竜は勝者に敬意を表したが、目は閉じたままでいた。

 キーテスは火竜をまっすぐに見続け、語気を強める。


「そなた自身のことを話せ。そなたのような強き者が、なぜ人間の国を無差別に襲うようになったのか。なぜ、そうしてまで自分の強さを知らしめようとしたのか。余は、それを知りたい」


 彼の言葉を受け、火竜は右目を開いた。


 その目を見る国王の顔には、喜びも悲しみも怒りも浮かんでいなかった。無表情に近いその顔は、ただ純粋に国王が火竜について知りたがっているということを示している。


 火竜はそれを悟ると、力の無い目をして話し始めた。


「我は孤独だった。気づいたときにはあの山脈に居た。どのようにして生まれたのか、それもわからぬまま我は生き続けた。だが、それでは我の心は満たされなかった。我は、誰かに認めて欲しかったのだ」


 火竜は声を漏らすように言葉を紡いでいく。


 キーテスは口を挟まず、火竜の声に耳を傾ける。三人の親衛隊魔法士も、周囲の兵士たちも、堅枠大たちも、黙って火竜の話を聞いていた。


 火竜は悲しげな顔で続ける。


「しかし、我には破壊する力しかなかった。他者と交流する術など持たなかった。ゆえに、人間の国を破壊することで、この世界に我の存在を示そうとした。人間は、個体ごとの力は弱い。だが、集団であれば世界で最も強い種族だ。人間の国を打ち破り、世界最強の存在になることで、我は人間の記憶に刻み込まれる。そう考えたのだ」


 話は終わったとでも言うかのように、火竜は大きく息を吐いた。


 キーテスは少しの間、無表情でいた。彼は火竜の話を頭の中で反芻し、その奥に秘められた感情を探った。


 その後、キーテスは穏やかな顔を浮かべ、慈しむかのように右手で火竜の鼻先に触れた。


「寂しかったのだな、そなたは……」

「寂しかった、か……そうかもしれぬ」


 火竜は目を伏せて呟く。


 そこには、自分の気持ちにようやく気付けたことへの安心感と、気づくのが遅すぎたという後悔が滲んでいた。


 キーテスは火竜から手を離す。相手の目は見つめたままでいた。


「そなたの事情は分かった。そして、それが同情に値することも……だが、そなたの行為は決して許されるものではない。そなたの行いは、人を間接的に殺すものだ。畑を焼かれれば、人は安定的に食料を得られない。都市を破壊されれば、人は高度な社会を保てない。食料も無く、社会も無ければ、人はただの動物になる。ただの動物になれば、それだけ死が近いものになるのだ」


 キーテスは穏やかな表情で火竜に諭す。

 火竜は国王の目を静かに見ながら、その話に聞き入っていた。


「よいか、火竜よ。人間の国は、長い年月を経て何世代にも渡って積み上げられてきた営みそのものだ。誰であろうと、その営みをむやみに壊してはならない。先人たちの想いを、そして今生きている者たちの命を、そなたはこの大陸の東で無に帰してしまったのだ。人を直接殺していなくとも、そなたは人間を殺した。そのような存在が人々の記憶に残ったところで、暴虐の火竜として語り継がれるだけだ。それも、今以上に悪の存在として誇張されてな」


 キーテスはそう言うと、哀しみに満ちた顔を火竜に向けた。

 彼の言葉を理解した火竜は、申し訳なさそうに目を伏せる。


「そう、だったのか……我は、これから先、人に憎まれ続けるのだな。いや、人だけではない。他の種族にも悪の存在として認識される……孤独以上に悲しいことだな……もはや、力で負けた我に、存在価値など無い」


 火竜は自らの存在を否定するかのように目を閉じた。


 そんな孤独な相手に対し、キーテスは慈愛に溢れた表情を浮かべた。彼は再び火竜の顔に右手を置き、柔らかな声色で問いかける。


「本当にそう思うか?」


「ああ。負けた我など、生きていても仕方がない。いや、あれほどのことをしてきたのだ。ここで殺されるのが道理というものだろう」


 火竜の声には覇気が無かった。

 だが、ある種の覚悟は備わっていた。


 敗者としては潔いのかもしれない。力でねじ伏せてきた者らしく、力で敗れたときには殺されて当たり前だと火竜は思っているのだろう。


 だが、その潔さがキーテスに小さな怒りを抱かせた。

 彼は険しい目を火竜に向け、口調を強める。


「死んで逃げる気か? そなたは自らの行いを、悔いてはいないのか?」


「いや、悔やんでなどおらぬ。我にはそうするしかなかったのだからな」


「少しも? 余の話を聞いて、少しも後悔しなかったか? 余には、そなたが自らの過ちを悔いているように見えた。やり直せるのであれば、やり直したいと思っているようにも見えたのだが?」


 キーテスは火竜の閉じたまぶたを見据える。

 火竜は目を開け、国王を見た。


 美しく、それでいて威厳のあるその姿に、火竜は見惚れてしまった。そして、彼の厳しさと優しさを兼ね備えた言葉によって、火竜は自分の心を見つめざるを得なくなった。


 少しの沈黙の後、火竜はゆっくりと口を開いた。


「それは……そうかもしれぬ。まったく後悔しなかったと言えば、嘘になるだろう」


「その言葉、信じてもよいな?」


 キーテスの口元が上がる。

 火竜もそれにつられて右目を細めた。


「我を誰だと思っている? 嘘など言わぬ」

「そうか……では、よかろう。そなたの想い、しかと受け取った」


 火竜とヒューライ国王の声は、ともに力強いものだった。


 キーテスは火竜から一歩引く。彼は一度深呼吸をしてから表情を引き締め、火竜を見据える。そして、両手を横に広げ、口を大きく開いた。


「火竜よ! そなたはこの国の農耕地帯を焼き払った! 国民の努力の結晶である作物を灰にした! そなたにはその罪を償ってもらおう! これよりヒューライ国の農耕奴隷となり、その身をもって人の営みを知るのだ! そして自らの行いを恥じた後、この国の一部として新たな道を歩むのだ! よいな!」


 キーテスの声がヒューライ国全土に響き渡る。

 それを間近で聞いた火竜は、笑うかのように息を吐いて目を閉じた。


「ふっ、甘いな……だが、それが敗者に課せられた罰ならば、受け入れよう」


 火竜はヒューライ国王に従う意思を見せた。


 その直後、火竜の体が赤く光った。その体はみるみるうちに小さくなり、翼を拘束していたロープが絡まる場所を無くして地に落ちていく。火竜の体は縮小し続け、やがて人間の子どもと同じ大きさにまで変化した。


 赤い光が消える。

 そこには、一糸纏わぬ姿の少女が立っていた。


 見た目年齢は十歳前後。その肌は雪のように白く、赤い髪は腰まで伸びている。矢で射抜かれた左目は閉じられたままだが、右目は大きく開いている。その瞳は燃えるような赤色でありながらも透き通っていて美しい。両手には、赤色で透明な大きな石が鎮座していた。


 周囲に居た予備隊員や国王親衛隊魔法士、堅枠大ら三人などは火竜の変化に驚いていたが、キーテスだけは顔色一つ変えずに火竜を見つめ続けていた。


 少女姿の火竜はキーテスに歩み寄り、その赤い石を彼に差し出す。


「これに、我の、力を、封じ込めた……強国の王よ。貴様が、預かると、いい……」


 そう言う火竜の声は姿通りの少女のもので、音量は少し小さかった。竜の姿だった頃と比べると、態度も一転して慎ましやかなものに変化していた。


 だが、それでもキーテスは火竜への接し方を変えることは無かった。


「承知した」


 彼は自らの赤いマントを外して腰を曲げ、火竜少女の肩にマントをかけてその体を覆い隠した。それからキーテスは赤い石を両手で包み込むと、それを大事に受け取った。




 その後、キーテスは火竜の手を取って歩き出した。二人は階段を上がって防壁の上へと移動した。


 キーテスと火竜少女は、都市内部に体を向けて国民たちに姿を見せる。

 その光景に、国民たちはどよめいた。


「誰だ? あの女の子は?」

「キーテス様も次から次へと忙しいねえ」


 国民たちは口々に言葉を漏らし始める。その音量は次第に大きくなっていく。

 キーテスは彼ら彼女らに向けて両手を大きく広げた。


「静粛に!」


 国王の声が喧騒を上塗りするかのように国全土へ通っていく。

 国民たちは一瞬で静かになった。


「皆の者! よく聞け! この少女は火竜が人の姿になったものだ! そして、こやつの力はこの竜石に封じ込めてある! もはや、火竜はただの人間と何も変わらぬ存在となったのだ! そして余は、この少女をヒューライ国の民として迎え入れることにした!」


 キーテスは火竜少女の姿と赤い石を都市内外の人々に見せつける。

 彼の言葉に、国民たちはさらに動揺した。


「あ、あの女の子が火竜だって……っ!?」

「火竜を国民にするって……ええ!?」

「いったいどういうおつもりなんだ、キーテス様は……」


 国民たちは驚くというよりも困惑した様子だった。

 キーテスは国中の戸惑いをあえて鎮めずに、再び大きく口を開いた。


「今この時より、火竜をヒューライ国の農耕奴隷とする! 畑を焼き払った罪を、その身をもって償わせるためだ! そして、農耕奴隷となった火竜には、そなたたちも同じ国民として接するのだ! よいな!」


 キーテスの言葉は国民一人ひとりの耳へと確かに届いた。

 その気迫ある声に、国民たちは口をつぐんでしまう。


 同じ国民として接するということは、火竜少女への不当な扱いや差別は許されないということだ。火竜は収穫間近だった南の農耕地帯を焼き払い、ヒューライ国だけでなく大陸西側全土を混乱させ、多くの人を疲弊させた。そのような相手に自分たちは対等に接することができるのだろうか、という不安が国民にはあった。


 だが、そんな沈黙を、誰かの能天気な声が打ち破った。


「まあ、いいんじゃねーか。誰も死んでないみたいだし」


 その言葉は、何気なく放たれたものだった。だが、それがきっかけとなって、周囲の人々の心はほぐれていった。


「そうだそうだ! それに、これはキーテス様が決めたことだ! 俺たちは従うだけさ!」


 近くから上がったその声は、国民たちに今のキーテスの立場を思い出させた。


 今の国王は、ヒューライ国の最高権力者。彼が国の法であると言ってもいい状態だ。それならば、火竜の扱いについての責任はすべてキーテスにある。


 国民たちは難しいことなど気にせず気楽に考えることにした。


「南の畑以外は無事だもんね! 誰も死んでないなら、直せばいいだけさ!」

「よろしくなー! 嬢ちゃん!」


 賛同の声は次々に広がっていき、やがて国中から聞こえるまでになった。

 その様子に、キーテスは安堵の微笑みを浮かべた。


「皆の者! その寛大な心を、余は誇りに思う! そして、国のために尽力してくれたこと、誠に感謝する! そなたたちのおかげで、ヒューライ国の平和は守られたのだ!」


 キーテスは左腕に竜石を抱えながら、右手を天高く突き上げた。


 彼の声は、これまでにないほど大きなものだった。その声に乗せられた言葉によって、国民たちは再び歓喜と熱狂の波に溺れていった。


 キーテスは力を抜くように小さく息を吐き、右手を下ろす。


 そこには、臨時の最高権力者として国の防衛を果たしたという達成感があった。同時に、自分はあの熱狂の中に混ざることはできないのだという、少しの寂寥感もあった。


 キーテスと火竜少女は国の喧騒を静かに眺めた後、顔を合わせた。


「さて、一番の功労者には直接声をかけねばな。火竜よ、そなたも来るのだ」

「うむ……わかった」


 キーテスは右手で火竜の左手を取り、南の農耕地帯に体を向ける。

 彼の視線の先には、喜びを露わにする六人の姿があった。


「空間よ、余とこの少女をあの者たちのもとまで送れ」


 キーテスは移動魔法を発動させる。

 二人は黄色の光に包まれ、防壁の上から姿を消した。





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