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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第一章 転生先でも奴隷!?
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1-5 いざ奴隷寮へ

 国務所から二十分ほど歩き、堅枠大とジャーガンは紺色の建物に到着した。


 その建物は二階建てで、周囲のものと比べると横幅が二倍近くあった。正面扉の前には幅五メートルほどの水路が通っていて、それを挟むようにして石畳の道路が伸びている。道路の幅は水路とほぼ同じだ。


 水路には柵があり、水位は道路より二メートルほど低い。至る所に石橋や木橋がかかっていて、その上には人が、その下には舟が行き交っている。水路へと降りる階段も多く、そこで荷物のやり取りをしている様子も見られた。


 堅枠大にはこの周辺に少し見覚えがあった。クーディ医師の診療所を出て何度目かの通りに、この道を通った気がした。


 ジャーガンは紺色の建物を右手で指し示しながら、白い歯を見せて笑う。


「ここがウチの奴隷寮だ。とりあえずはこれで住居確保だな」

「ハハッ……恩に着ます」


 堅枠大は暗い笑みを浮かべながら、ジャーガンに案内されるがまま寮の中に入った。


 奴隷の男子寮は、意外と綺麗だった。壁と天井は白く、床は淡い水色。入ったところには小さなホールがあり、正面には上に続く階段が、左右には廊下が伸びている。内装は簡素だが、生活に必要なものは一通りそろっているようだ。


 ジャーガンは階段を眺めながら、少し考える。


「えーと、今必要なのはあいつの相方だから……カタワクの部屋は二階だな。相部屋になるけどいいよな?」


「ええ。とりあえず住めるならどこでも……」


 堅枠大に異論はなかった。反抗したところで何も変わらず、むしろ物事は悪い方向に進むだろう。それならば、流されるだけ流されようと彼は思っていた。


 ジャーガンが歩き出し、堅枠大も続く。


 淡い水色の階段を上り、踊り場で折り返してからまた上る。階段は石で出来ていたが、手すりは木製で薄い茶色をしていた。


 二人は二階に上がり、廊下を歩く。

 いくつかのドアを通り過ぎ、ジャーガンはある部屋の前に止まった。


 扉は木製で、白色の表札が一枚張り付けられている。表札には文字が書かれていて、堅枠大にはそれがミミズのようにしか見えない。しかし、この部屋の住人の名前が記されているということは彼にも容易に想像できた。


 ジャーガンはその扉をノックした。


「マッコウ、いるか? ジャーガンだ。新しい相棒を連れて来たぞ」

「マジっすか!?」


 ドアの向こうから能天気そうな男の声が聞こえてきた。


 それから大きな足音が近づき、内向きに扉が開く。一人の男が、堅枠大の前に姿を現した。


 その男の髪色は茶色く、肩まで伸びたそれは後ろで一つに結ばれている。顔は少し濃いが、男前の部類には入るだろう。身長は堅枠大より少し高く、筋肉量も少し多い。肌は小麦色に焼けていて、血行も良さそうだ。服装は緩い白シャツ、ゆったりサイズの黄土色ズボン、黒色の革靴という庶民的なものだった。


 マッコウと呼ばれたその男は、堅枠大を見て目を輝かせた。


「こいつが新しい奴隷ですか!?」


「ああ、そうだ。カタワクって名前だ。少々訳ありらしいが、お前と仕事をするには問題なさそうだ」


 マッコウの声は少し間抜けな印象を受けるが、良く言えば声色が明るい。雇い主のジャーガンと物怖じせず話す様子は、堅枠大の恐怖心を多少なりとも和らげていた。


 マッコウとジャーガンは一言交わすと、口を閉じて堅枠大に目を向ける。

 堅枠大は自分が喋る番だと思い、マッコウに体を向けた。


「カタワクです。出身は……覚えていません。気づいたら、今日、この国に居ました。ご縁があり、ここで働かせていただくことになりました。記憶があまり無いのでご迷惑をおかけするかと思いますが、これから、よろしくお願いします」


「カタワクだな! オレはマッコウ! よろしくな!」


 堅苦しい挨拶をした堅枠大とは反対に、マッコウは軽快に名乗った。


 記憶があまり無いという重大な箇所にも、マッコウは関心を示していない。どうやら、彼は細かいことを気にしない性格のようだ。


 挨拶を終えたところで、ジャーガンが二人に対して言葉をかける。


「カタワクには明日から働いてもらう。だから今日はしっかりと休んでおけ。マッコウはこれでようやく中距離運搬に復帰できるな」


「ええ、本当によかったです!」


 ジャーガンは、堅枠大には優しくし、マッコウには嬉しそうに接した。堅枠大は暗い表情のままだったが、マッコウは白い歯を見せて喜びを露わにしていた。


「じゃあ、後のことはマッコウに任せた。カタワクにいろいろ教えてやれよ」

「了解です!」


 ジャーガンは堅枠大のことをマッコウに託すと、悠々とした足取りで二人から離れ、階段を下りていった。


 剛毛な大男の姿が見えなくなると、堅枠大の頭が急激に働き始めた。


(おい! あいつ、さっき明日から働いてもらうっつったよな! マジか!? いきなりかよおい! そしてこの能天気そうな男とペアを組むのかよ! いや、雇い主に対して愛想よくしただけで、本当は俺と同じく恐怖に震えてるんだろ! なあ!?)


 彼は体を震わせながら、マッコウを見る。


 だが、堅枠大の予想は外れた。雇い主がいなくなっても、マッコウは相変わらず無邪気な笑みを浮かべたまま、新しい同僚を見つめていた。


「まあ、入って入って。今日からここがカタワクの部屋だから」

「え、あっ、はい」


「とは言っても、オレの部屋でもあるんだけどな! 二人で仲良くしようぜ!」

「はぁ……はい」


 マッコウは声を弾ませて堅枠大を部屋に招き入れようとする。


 堅枠大は同居人の変貌の無さに驚きつつも、小さく返事をする。そして、言われるがまま、おそるおそる部屋の中に入った。


 部屋は十帖ほどの広さがあった。やや横に長い長方形で、扉の向かい側には約一メートル四方のガラス窓がある。部屋の両端にはベッドがあり、その間には二人用のテーブルがある。その他、本棚や服掛け用のポールスタンドがあった。


 床、壁、天井は薄い灰色の石で造られている。天井の中央部にはドーム状に小さく盛り上がった部分があった。それが何なのかは、堅枠大にはわからない。


 木製の備品たちを見渡しながら、彼は目を細める。


(わりと綺麗だし、広いし、物も揃ってるし、奴隷のわりに住むところはちゃんとしてるのか……いや、たぶんそれだけだろう。文句を封じるための罠に違いない)


 彼は入り口付近に突っ立ったまま、テーブルの下を睨み付けた。


 そうしていると後ろで扉が閉まり、マッコウが前に回り込んできた。視界が彼の顔に突如として占拠され、堅枠大は驚いて身を少し引いてしまう。


「なあなあ、カタワクって何歳?」


 マッコウは浮かれた様子で堅枠大に尋ねる。


 堅枠大はその能天気さに少し苛立ちを感じつつも、同居人と角を立てないために対応してあげることにした。


「三十一歳……だったと思います」


「お! オレたち同い年じゃん! もう堅っ苦しいのは無しな! これから同じ仕事をして同じ部屋で眠るんだ。オレたち今日から相棒だぜ!」


「あ、ああ、そうですか……いや……おう、そうか」


 テンションを上げてきたマッコウに対し、堅枠大は困惑しつつも言葉遣いを変えることにした。相手がそうしろと言うのだから、そうするほうがいいと彼は考えた。


 だが、堅枠大のテンションは上がらなかった。明日から奴隷労働が待ち構えているというのに、元気でいられるほうがおかしい。


 そう考えていると、また気分が沈んできた。

 そんな堅枠大の顔を、マッコウは心配そうにのぞき込む。


「どうした? さっきからずっと暗いけどさ」

「ああ、いや、なんでもない。ちょっと疲れてるだけ」


「そう? あ、ベッドはそっち使って」


 マッコウは入り口から見て右のベッドを指差す。

 木製の土台に白いマットと掛け布団、下には収納スペース。ごく普通のベッドだった。


「わかった。さんきゅー」


 堅枠大は歩き出しながら沈んだ声で言った。


 彼はベッドのそばまで歩き、そこで黒色の革靴を脱ぐ。そのままマットに上がり、体育座りをして縮こまった。


(ああ……これから本当に奴隷労働が始まってしまうんだ……人間の尊厳を奪われて、歯車以下の扱いを受ける日々が始まるんだ。死んで救われたと思ったのに、これじゃ全然救われてないじゃないか)


 堅枠大は抱え込んだ膝を強く抱き締める。


(頼む。明日は来ないでくれ……頼むから今日が永遠に続いてくれ)


 彼は昨日までの社畜時代の記憶と明日からの奴隷労働の想像を頭の中に入れ替わりで映し出しながら、恐怖に震え続けた。


 そんな堅枠大を、マッコウは時折気にかけるような目で見ていた。





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