3-10 最高の相棒
堅枠大、アスラ、リサの三人は、診療所の次にジャーガン国内水運を訪れた。
ここは自分の番だと言わんばかりに、堅枠大が先頭に立って建物の中に入った。
従業員たちは国務所に行っているのか、会社の中は物音もせず、人の気配がほとんど無かった。ただ、一階のホールにはマッコウとジャーガンがしかめ面をして立っていた。
二人は堅枠大を見るや否や、安堵の表情を浮かべた。
「カタワク! もう、どこ行ってたんだよお前! 心配してたんだぞ!」
「この非常時に二回も単独行動しやがって……まったく、困った奴だ」
マッコウとジャーガンは堅枠大に対して怒りを抱いているようだったが、それ以上に彼の無事を喜ぶ気持ちが大きく表れていた。
マッコウはふと、堅枠大の後ろに視線を向ける。
その瞬間、マッコウの目が見開かれた。
「って、なんでウチにアスラさんが!? そしてそのチビッ子は誰!?」
マッコウは跳び上がりながら驚きの声を放つ。
彼の言葉に、リサがいち早く反応した。
「チビッ子言うな! あたしはれっきとした国家魔法士だぞ! あと、こう見えてアスラより一つ年上だ!」
リサはマッコウを睨み付けながら、ホールに怒声を響かせる。
マッコウは少しだけ身を縮めた。
「ひえぇ~、国家魔法士の方でしたか~。人は見かけによらないな~」
彼はそう言って怖がるそぶりを見せていたが、その顔は少し笑っていた。彼はリサの大げさな反応を密かに楽しんでいるようだ。
和やかになりつつある空気の中、堅枠大は表情を引き締めて歩き出す。彼はマッコウのすぐ近くに立ち止まると、相棒の緩んだ顔を正面から見据えた。
「マッコウ、話がある」
「なんだ? 四人でデートでもすんのか?」
「違う、真面目な話だ。いいから黙って聞いてくれ」
「お、おう」
堅枠大のただならぬ雰囲気に、さすがのマッコウもおどけてはいられなくなった。マッコウは困惑しつつも、堅枠大を茶化すことなく口を閉じた。
堅枠大はこの場で面と向かい合ったまま、マッコウに事情を説明した。ジャーガン、アスラ、リサの三人は少し離れた所から、堅枠大の説得を見守った。
話を聞き終えたマッコウは、数秒間沈黙した。
彼の脳内で話の処理が進む。それが終わって説得の内容を理解した瞬間、マッコウは大きく跳び上がった。
「ええええええええええええ!? オレが特別任務隊に!?」
「しっ! 声が大きい!」
驚愕のあまり絶叫するマッコウの口を、堅枠大はすかさず右手で塞いだ。
それから少し経ち、マッコウは落ち着いたのか何度も小さく頷いた。もう大丈夫だろうと判断した堅枠大は、彼の口から手を離した。
「ぷはっ……な、なるほど。だからアスラさんと、そのリサっていう国家魔法士が来たんだな。それで、俺の地図に目を付けた、と」
マッコウは目を見開きつつも、小さな声で納得したように言う。
堅枠大は頭を小さく縦に振り、自らのこめかみに右手の人差し指を当ててマッコウの瞳を覗き込む。
「あの地図を作った本人なら、頭にも入ってるだろ? むしろそっちのほうが大事なんだ。状況に合わせてすぐに進路を変えれるからな。実際、今日はそれが役に立ったんだ」
「つまりオレは、基本的に雑用をしつつ、火竜との決戦の日は敵の近くまで気づかれないように舟を漕いでカタワクを運べばいいんだな?」
「そういうことになるな。マッコウ、引き受けてくれるか?」
堅枠大は真剣な面持ちで相棒を見つめる。
マッコウは疑うかのように目を細め、無表情に近い顔つきになる。だが、すぐにその口元が上がった。彼の目は開かれ、その瞳には溢れんばかりの輝きが宿っていた。
「もちろん! なんたってカタワクの頼みだからな! それにさ! 国王様直属の部隊なんだろ? やるに決まってるって! どんな雑用もこなしてやらあ!」
マッコウは胸を張って宣言する。
彼の快諾を受け、堅枠大は嬉しさのあまり目と口を大きく開く。顎が外れそうになり、堅枠大は慌てて口を閉じて顎の位置を調整した。
「ありがとうマッコウ!」
堅枠大は叫ぶように礼を言って、マッコウの右手を取った。
マッコウも彼の右手を握り返し、ガッチリと握手を交わす。この瞬間、水運奴隷のバディは火竜氷結隊の主軸とサポート役という新たな関係を築いたのだった。
二人は不敵な笑みを浮かべたまま、手を離す。
堅枠大は興奮冷めやらぬといった様子だった。
だが、マッコウは比較的冷静だった。腕を組んで静観しているジャーガンを、マッコウは申し訳なさそうな目で見る。
「でも、ジャーガンさん。本当にいいんですか? この三日間、オレとカタワクが会社から離れても」
ジャーガンはマッコウにそう問われた直後、腕を解いた。それから、彼は頼もしい笑みを二人に見せる。
「ああ、そこはなんとかする。お前ら二人は、水運のことなんか忘れて火竜のトドメに専念してこい! この国のこと、頼んだぞ!」
ジャーガンはそう告げて、水運奴隷の二人と交互に目を合わせた。
急な脱落を咎めることはせず、むしろ気持ちよく送り出そうとする。そんなジャーガンの漢気に、堅枠大とマッコウは感激して目から涙を溢れさせた。
「はい! ジャーガンさん! ありがとうございます!」
「この御恩は一生忘れねえっす! 行ってきます!」
二人は声を大きく震わせながら、背筋を限界まで伸ばしてジャーガンの目を見つめる。堅枠大とマッコウは涙を流しながらも、晴れやかな表情を浮かべていた。
落涙が収まった後、二人はジャーガンに背中を向けてアスラとリサに歩み寄った。
彼女たちはマッコウの加入受け、喜びの笑みを浮かべる。
「これで、四人だね」
「最低限のメンバーは集まりました。キーテス様のところに行きましょう」
その言葉の後、火竜氷結隊の四人はジャーガンに小さく頭を下げ、彼に背中を向けて歩き出した。
ジャーガンは誇らしげに、そして寂しげに、堅枠大とマッコウの背中を見送っていた。




