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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第三章 自分がやらなきゃ誰がやる?
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3-9 それぞれの役目

 堅枠大、アスラ、リサの三人は王宮から出て、南東区の診療所へと歩いていく。


 王宮前はいまだに混雑していて、特に国務所の前は国王演説直後に匹敵するほどの喧騒に包まれている。国務所の入口には非常時対応参加者名簿の登録待ちの人々が行列を作っていて、十人以上の警官が列の整理を手伝っている。


 中央区を抜けても、街が騒がしいことには変わりなかった。道や水路では普段とは比べものにならない数の人や物が行き交い、警官や兵士たちが交通整備に追われていた。照明も依然として多く、夜も更けてきたというのに今が昼だと錯覚してしまうほどに明るい。


 そんな街を抜け、三人は目的の診療所に到達した。


 診療所の鍵は締まっているが、建物内には明かりがついている。扉の向こうからは話し声が聞こえてくる。中に誰かが居るのは確実だった。


 アスラは入口の扉をノックした。


「クーディ先生! いますか! アスラです! 少しお話があるのですが!」


 彼女はそう声を上げながらドアを叩き続ける。


 リサの時とは違い、扉はすぐに開かれた。白髪の初老男性がゆっくりと扉を開けながら、数センチ高いアスラの目を見上げる。


「誰かと思えばアスラさんかい。クーディ先生なら診察室におるが、どうした? こんな時間に」


 彼は落ち着いた顔でアスラに尋ねる。


 この初老男性は水色のシャツとズボンに白衣を着ている。堅枠大はこの医師に見覚えがあった。この南東区北西域国営診療所のもう一人の医師、水土日担当の人だった。


 アスラがこの男性医師の質問に答えようとした時、診察室の扉が開かれた。


 診察室から出てきたのは、初老医師と同じ服装をしたクーディだった。彼女はいつものように穏やかな顔をしながら、待合室内を歩いて男性医師に近づく。


「シャール先生、どうしましたか? って、アスラじゃない。それにリサとカタワクさんも。どうしたの? カタワクさんに何かあった?」


 クーディ医師はアスラの訪問に気付くと、すぐにその三人に目を向けた。

 彼女からの質問に、アスラは言葉を詰まらせてしまう。


「いや、そうじゃないんですが……ええと、何から話せば……とにかく中に入れてください。火竜の対策について話があるんです」


 アスラのその言葉を聞き、クーディは瞬時に表情を引き締めた。


「その様子だと、キーテス様のご命令で動いているみたいね。わかったわ。聞きましょう」


 彼女は事情を察し、三人を診療所に招き入れた。


 火竜氷結隊の三人と診療所勤めの医師二人が、待合室で向かい合って座る。シャール医師立ち会いのなか、アスラはクーディの説得を試みた。


 話を聞き終えたクーディは、目を閉じて顔を天井に向ける。


「なるほど……つまり、私を臨時の衛生兵にしたいってわけね」

「どう、でしょうか?」


 アスラはクーディの顔色を窺うかのように、おそるおそる尋ねる。

 クーディは一呼吸置いて目を開け、アスラの双眸をまっすぐに見た。


「申し出はありがたいのだけれど、断らせてもらうわ。アスラの依頼は国王様のご命令とほぼ同じなのでしょうけど、それでも私はここを離れるわけにはいかないわ」


 その答えに、堅枠大、リサ、シャール医師の三人は目を伏せた。


 火竜氷結隊の二人はクーディの不参加を残念に思っていたが、シャール医師にはクーディの言葉を肯定するような雰囲気があった。


 部隊への加入を断わられ、アスラは目を見開いて立ち上がる。


「そこをなんとか! 軍医も王宮の皆も、手が空いていないんです! カタワクに何かあったとき、誰が彼を助けるって言うんですか! カタワクを一番診てきたのはクーディ先生じゃないですか!」


 アスラは食い下がった。


 堅枠大の状態を適切に管理できるのはクーディしかいない。火竜氷結隊の誰かが負傷した場合、部隊は機能不全に陥ってしまう。そんな焦りがアスラにはあった。


 クーディにはアスラの言いたいことがわかっていた。

 だからこそ、この国家医師は火竜氷結隊の隊長を厳しい目で見つめた。


「手が空いていないのは私たちも同じ。この国はこれから、皆が無理をして火竜撃退の準備に取りかかる。もちろん、体調を崩す人や怪我をする人も大勢出るでしょう。この区域は、私とシャール先生の二人で対応しなければいけないの。もし私が抜けたら、ここの医療体制は一瞬で崩壊するわよ」


「そう、ですか……」


 クーディの言葉に、アスラは肩を落として何も言えなくなってしまった。

 そんなアスラを見てもなお、クーディは自らの主張を続ける。


「厳しいことを言うようだけど、その特別任務隊に医師を入れるのは不可能に近いわ。たぶん、どの先生に頼んでも、私と同じことを言うと思う。たった数人のために、数十人、いや、数百人数千人をないがしろにすることはできないわ。あなたたちと同じように、私たちには私たちなりにやるべきことがあるの」


 クーディの声は真剣そのものだった。彼女の表情や言葉には、医師だけでなくその他の高度専門職や奴隷たちの誇りと意見を代弁しているかのような気概が含まれていた。


 彼女の言い分はもっともだった。

 だが、それによってこの場は重い空気に包まれてしまった。


 クーディはアスラに鋭い視線を向け続け、アスラは床を見ることしかできず、堅枠大もシャール医師も声を発しようとは思えなかった。


 しかし、リサだけは違った。


 彼女は静かに立ち上がると、アスラとクーディの間に立った。リサはクーディの肩とアスラの腰に手を当てて、子どものような笑みを浮かべる。


「まあまあ、クーディお姉ちゃんもそうキツイこと言うなって。事情は分かったからさ。アスラもそう落ち込んでんじゃねーよ。あたしはこう見えて医療魔法も医学生並みには扱えるんだ。応急処置くらいなら、あたしがいれば問題ねえよ!」


 彼女はあえて丁寧語を使わずに、明るい声色で言葉を挟んだ。


 そのおかげか、場の空気が和らいでいくのを、ここに居る誰もが感じることができた。


 アスラは顔を上げ、口元を緩ませる。


「そうだな。リサに頼んで正解だった。クーディ先生、すみませんでした。無理を言ってしまって。シャール先生も」


 彼女はクーディとシャールに視線を向け、小さく頭を下げた。

 アスラからの謝罪を受け、二人の医師は穏やかな表情を浮かべる。


「私も本気になりすぎたわね。ごめんなさいね」


「わしは別に気にしとらんよ。二人とも、自分の仕事を果たそうとした。それ以上でもそれ以下でもないからの」


 二人の声は優しかった。


 一時は対立しかけていた火竜氷結隊と南東区北西域国営診療所だったが、今は互いの役割を理解し尊重している。


 クーディとシャールの言葉の後、誰も口を開けようとはしなかった。しかし、その沈黙は決して重苦しいものではなく、むしろ心地の良いものだった。


 それから数秒経ち、ふとクーディがため息をついた。


「それにしてもリサ……あなた、いつの間に医療魔法なんか使えるようになったの? 医療関係者以外が治癒魔法を習得すること自体、魔法の種類によっては違法になるんだからね。その辺りはちゃんとしているんでしょうね?」


 クーディ医師はリサ魔法士に懐疑の目を向ける。

 厳しい指摘を受けたリサは、右手で後頭部を掻きながら複雑な笑みを見せた。


「そりゃー、違法すれすれの部分までしかやってねぇよ。いやー、研究テーマの一つにさ、死にかけの農作物を復活させる魔法ってのがあんだよ。医療魔法がそれに役立つかもなーって思って、独学でやっちまった。学習してみたら面白くてよ、ついついな」


 リサはそう言って、やんちゃな子どものように笑う。

 クーディはまた大きなため息をついた。


「ほんと、あなたの魔法好きには呆れるわ。まあ、そのおかげで今があるのだろうけれど」


 彼女はそう言いつつも、優しい目でリサを見上げる。


 妹のような存在だった同じ村出身の不出来な子が、いつの間にか自分の想像を遥かに超える魔法士になっていた。そのことを、クーディは改めて誇らしく思った。


 診療所内は穏やかな空気を保ったまま、また静かになる。

 その数秒後、アスラが立ち上がった。


「そうと決まれば話は早い。ワタシたちにも時間が無いんだ。次に行こう。クーディ先生、シャール先生、ありがとうございました。お役目を無事に果たせることを祈っています」


 彼女はそう言って、晴れやかな顔を見せる。

 クーディとシャールも、同じような表情を火竜氷結隊の三人に向けた。


「ええ、あなたたちもね」

「期待しておるよ」


 その言葉が、この話し合いが終わる合図となった。


 アスラに続いて堅枠大も立ち上がる。彼は「ありがとうございます」とだけ言い、リサは「クーディ先生、シャール先生。一緒に頑張りましょう」と言い残し、アスラとともに診療所を去っていった。


 三人が診療所を出た直後、入れ替わるかのように三人の男が診療所の扉を開けて中へ入っていった。真ん中の男は他の二人に支えられながら、足を引きずって歩いていた。





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