3-8 防衛の鍵
その後、堅枠大とアスラはキーテスとの話を終え、執務室から立ち去った。二人は横に並んで王宮内を歩いていく。
「はは、まさかワタシが特別任務隊の隊員集めとカタワクの訓練を任されるとは思っていなかったよ。しかも隊長とはねぇ……ワタシらしくもない」
アスラは力なく笑いながらため息を漏らす。
堅枠大は右隣の彼女に呆れたような目を向けた。
「何言ってるんだか。アスラは火竜を足止めした偉大な戦士なんだぞ? 一小隊の隊長なんて、小さすぎるだろ?」
「まったく、カタワクまで大げさな。ワタシはワタシのやるべき事をやっただけだよ。そして今も、やれることをやるだけ」
アスラは必要以上の持ち上げにうんざりした様子だったが、その目はしっかりと前を向いていた。
だが、そう言った直後に、彼女は何もない場所でつまずきかけた。
体勢を崩した彼女を、堅枠大が咄嗟に右腕で支える。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……いや、やっぱりまだ回復しきれていないみたいだね。すまないけど、肩を貸してくれるかい?」
「俺でよければ」
堅枠大は躊躇うことなく右肩をアスラに差し出す。
アスラは堅枠大の首肩に左腕を預け、堅枠大は右手をアスラの右肩に回して体を密着させる。これで、アスラの歩行が多少は楽になった。
二人が再び歩き出したところで、アスラが真面目な顔で口を開いた。
「それで、火竜氷結隊の話だけれど、ワタシたち二人だけじゃ全然足りないんだよ。火竜に近づくだけでも相当危険なんだ。そのうえ、カタワクの訓練もしないといけない。小隊として機能させるなら、最低でもあと三人は必要だよ」
彼女の話に、堅枠大は真剣な顔つきで応える。
「アスラが隊長で、俺が火竜にトドメを刺す係。あと三人はどういう役割なんだ?」
「必要なのは、戦士、魔法士、医師、雑用係。戦士はカタワクを守るために必要。魔法士はカタワクの魔力制御と小隊の魔法強化に必要。医師はカタワクの体調管理や負傷者が出たときに必要。雑用係はチームを動かすために必須。できれば、この国の地形に詳しい人が居るといいね。火竜に見つかりにくい道を選んで接近していけるから」
アスラの言葉から、堅枠大はそれぞれの役割に適した人物をおぼろげに思い浮かべる。そうしていると、地形に詳しい人物が身近に居たような気がしてきた。しかし、具体的には思いつかなかった。
彼が考える横で、アスラは話を続ける。
「すぐに連携をとりたいから、できるだけカタワクの知り合いがいいね。戦士はワタシがいるから大丈夫。魔法士はリサに、医師は……難しいかもしれないけど、クーディ先生に頼んでみようかな。雑用係はどうしよう……王宮に引き受けてくれそうな人、いたかな」
アスラはそこで考え込んでしまう。
二人は揃って沈黙した。だが、その静けさが功を奏したのか、数秒後に堅枠大がひらめいた。
「……いる。あいつだ。マッコウがいた。地図作りとかいう変わった趣味の、俺の相棒だ」
彼の呟きに、アスラは少し驚いたようにまぶたを上げた。
「ええっ、君の同僚にはそんな人がいるのかい?」
「いるんだよそれが。この国の中なら、地図無しでどんな場所にも正確にたどり着ける奴が。あいつのことなら、俺が一番知ってる。マッコウなら、引き受けてくれるさ」
堅枠大は自信を持ってそう告げる。
その態度にアスラは安心して、目元を緩めた。
「そうか。それなら、早く説得に行こう」
アスラは興奮したようにそう言って、少しだけ足を速めた。
堅枠大は体中がやる気で湧き立つのを感じていた。だが、はやる気持ちを抑えて、彼はアスラを支えながら、彼女と歩調を合わせて前に進んでいった。
堅枠大とアスラは王宮本棟を出て研究棟に向かった。
王宮内は人々が慌ただしく行き来していたが、研究棟は比較的静かだった。出入りする人間は少なく、この建物だけが平常運転であるかのように思えるほどだった。
二人は研究棟の地下に降り、リサの研究室に行った。
「リサ! いるか? ワタシだ! アスラだ!」
アスラは目的地に到達するや否や、その扉を叩いた。叩く力はかなり抑えられていたが、彼女は扉を何回も鳴らし続けた。
すると、ドアが急に開かれた。
堅枠大とアスラは後ろに跳んで外開きの扉を避ける。
二人の目の前に現れたのは、目的の人物、リサだった。白いローブを纏った彼女は、ドアノブを握り締めた状態で、不機嫌そうな顔をしながらアスラを睨み付ける。
「なんだ!? もっと静かにできねえのか! しかもカタワクも一緒かよ! 何の用だテメエら!」
研究棟の地下廊下にリサの怒鳴り声が響き渡る。
堅枠大は居心地が悪くなって彼女から目を背けて天井を見た。一方、アスラはまったくと言っていいほど動じていなかった。
「すまないね。今は少し急いでいて。実はリサに頼みたいことがあって」
アスラは落ち着いた声でリサと目を合わす。
リサは咳払いをして表情を少し和らげた。
「なるほど、訳ありなんですね……いいでしょう。話は中で聞きます」
彼女は柔らかな声でそう言って、ドアノブを掴んだままアスラと堅枠大に道を開けた。
二人が研究室に入ると、リサは扉を閉じて鍵をかけた。
研究室の実験スペースには、プランターや植木鉢が並べられていた。それらに生えている植物は小麦や綿花といった作物だが、どういうわけかそのすべてが枯れている。
堅枠大は見て見ぬふりをした。
枯れた実験植物を使ってリサが何をしているのか、疑問には思った。だが、今はそのようなことを気にしている場合ではない。
三人は休憩室に入った。アスラと堅枠大がベッドに腰かけ、リサは椅子に座って、向かい合う。
それから、アスラはリサに事情を詳しく説明した。
話を聞き終えたリサは、背筋を伸ばして大きく息を吐いた。
「なるほど。それでわたしを特別任務隊に誘いに来たってわけですね。いいですよ。引き受けます」
「本当か!?」
ためらうことなく承諾したリサに対し、アスラは驚いたような声を上げた。
前のめりになったアスラを、リサは穏やかな目で見る。
「本当ですよ。ワタシは何かあったときのサポート役を任されてます。今は研究を禁止されていますから、暇で暇でイライラしてたんですよ。非常時要員の魔法士は他にもいますから、わたし一人が抜けても問題は無いでしょう」
「ありがとう! 感謝する!」
アスラは立ち上がり、両手でリサの右手を取って上下に揺さぶる。火竜氷結隊の魔法士を確保できたことがよほど嬉しいのか、アスラは満面の笑みを浮かべていた。
彼女のあまりの喜びように、リサは眉をひそめながら口元上げる。
「そんな大げさな。アスラの頼みなら断れねえって。出動の後で疲れてても、それくらいはやってやるって。それに、トラブルメーカーの引率も必要だろ? 魔力遮断の魔法はあたしがかけたんだから、あたしがついて行くのはむしろ当たり前だっつーの」
リサはそう言って堅枠大を一瞥する。
彼にはその視線が自分を茶化しているかのように感じられた。
「誰がトラブルメーカーですか」
「え? 違うか? 街中の水路を凍らせたのはどこのどいつだ? あぁん?」
堅枠大とリサが睨み合う。
水運奴隷は眉を吊り上げて相手を威嚇し、魔法士は眉を垂れて相手を馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
「まあまあ、二人とも。これで三人揃ったんだから、次に行こう」
アスラは呆れたような微笑みで仲裁し、隊員集めの続行を促す。
堅枠大とリサは吹き出すように笑い、互いに不敵な笑みを浮かべながら無言で握手を交わした。
その後、三人はリサの研究室を出て、街中へと向かった。




