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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第三章 自分がやらなきゃ誰がやる?
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3-2 ヒューライ国の抵抗

 アスラは大の字で仰向けになり、全身の痛みに苦しんでいた。彼女を包んでいた真紅の光は、そのほとんどが消え失せている。今のアスラには、強力な特異体質魔法を使うだけの力は残されていなかった。


 火竜は都市部に背を向け、明瞭になった視界の中でその戦士を正面から見下ろした。


「我に魔法を使わせた人間は貴様が初めてだ。褒めてやろう」


「ははっ、火竜様に褒められるなんて……ワタシの名前が歴史に残っちゃうな」


 アスラは悪戯な笑みを浮かべてみせたが、その声は弱々しかった。戦闘時のような覇気は無く、彼女の表情は次第に安らかなものへと変わっていった。


 火竜は上機嫌そうに鼻を鳴らす。


「だが、貴様はもう動けないのだろう? どうやら貴様はこの国で最も強い人間だったのだろうが、貴様一人を倒したところで我の力を示すには到底足りん。次はこの国の都市を破壊してやろう」


 火竜はそう言って、アスラを見下ろしたままでいた。

 彼女はそこに、少しの違和感を抱いた。


「ちょっと待って……ワタシを殺さないのかい?」

「人間ごときを殺して、我に何の得がある?」


 火竜のその答えに、アスラは眉をひそめた。


 彼女はこのまま殺されるものだと思っていた。その覚悟もできていた。だが、火竜はアスラを戦闘不能に陥れた時点で満足しているようだった。これでは拍子抜けだ。


「はぁ……わからないなぁ。火竜様の言うことは」


 アスラは嫌味ったらしい口調で呟きながら、目を閉じる。

 そして、彼女は満足そうに口元を大きく上げた。


「でも、ワタシの役目は果たせたかな……後ろ、見てみなよ」

「なに?」


 火竜は疑うように目を細めながら、都市のほうに振り向く。


 その直後、その巨体に嵐が襲い掛かった。火竜の周囲のみに暴風が吹き荒れる。火の玉、水の塊、そして大量の土砂が強風の力を借りて火竜の体に降り注ぎ、その硬い鱗に次々と激突していく。


 暴風はやがて竜巻と化し、その中で発生した雷が火竜の体に何度も突き刺さる。鱗は数多の衝撃を受けて脆くなり、そのうちの数枚が風によって剥ぎ取られていった。


「ぐぅっ! なんだこれは!」


 火竜は突然の嵐に苦しみながらも、目を凝らして竜巻の外を伺う。


 その視線の先には、白いローブを纏った集団がいた。その人数は約五百。彼ら彼女らは、その魔力すべてを火竜への攻撃に注ぎ込んでいた。


「こやつら……っ! この国の軍隊か!」


 火竜は暴風に煽られながら歯ぎしりをした。


 ヒューライ国魔法士隊の猛攻に、火竜は怯む。だが、このまま黙って倒されるほど、火竜は甘くなかった。


「ふがあああああああっ! 我が周囲よ、爆ぜよおおおおおおおお!」


 火竜は咆哮とともに、再び爆発魔法を放った。


 巨体を包み込んでいた竜巻を、爆炎と爆風がその強大な力をもって吹き飛ばす。魔法士隊の攻撃と火竜の爆発魔法は互いを打ち消し合い、数秒の拮抗の末にそのどちらもが消し飛んだ。


 轟音が一瞬にして消え去り、農耕地帯は静けさに包まれる。


 火竜は白ローブの軍団を睨みながら、大きく息を吐く。魔法士隊の攻撃を無力化したことに、火竜は安堵した。


 だが、その一方でヒューライ軍はすでに次の行動に移っていた。


 魔法士隊のうち数名が、火竜の目に向けて闇魔法を発動する。火竜の眼前に黒い霧が発生し、その目に覆いかぶさる。その暗闇はすぐに晴れた。


 間髪入れずに、同じ魔法士たちが光魔法を発動した。火竜の目の前で強烈な光が爆ぜ、その目に襲いかかる。


「ぐあああああああっ! 目がっ! 目があああああっ!」


 暗闇からの強光。その急激な変化が火竜の目を傷めつける。火竜は一時的に視力を失い、目を強く閉じて苦痛に耐えることしかできなくなった。


 その隙に、国中のあらゆる場所から駆けつけていた戦士五百人が動き出した。


 少数の騎兵が多数の歩兵を引き連れ、火竜を取り囲んでいく。戦士たちは火竜から若干の距離を取ると、先端に重りを取り付けたロープを火竜に向かって投げつけた。


 数百本にも渡るロープが火竜の手足や翼に巻き付く。敵の体を捉えたロープには強化魔法が施され、白い光を放っていた。


 戦士たちの拘束により、火竜は体の自由を奪われ、地に伏せた。


「こしゃくなっ!」


 火竜は目を閉じた状態で抵抗した。だが、火竜は絡みついたロープを千切ることはできず、その場でもがくだけに終わった。


 戦士隊が火竜の動きを封じ込めている横で、魔法士隊が農耕地帯の鎮火を開始した。魔法士隊は水を使わずに、火魔法の応用で炎を次々と消していった。


 その間に、一人の女性騎馬戦士がアスラのもとへ向かった。その若い戦士は黒服の上に白いケープを取り付けていた。


 彼女はアスラの近くに着くや否や、馬から飛び降りてアスラのそばに駆け付ける。


「アスラさん! 大丈夫ですか!」


 女性戦士はしゃがみ込み、アスラの肩を数回叩く。

 アスラはそっと目を開け、その女性戦士の双眸を見て微笑んだ。


「見ての通り、生きているよ……まあ、動けないけどね」


 アスラの声は細かった。


 それだけで、女性戦士はアスラの容体を悟った。彼女は凛々しい表情でヒューライ国最強の戦士を見つめ、その手を固く握り締めた。


「すぐに治療します! あとは我々にお任せを!」

「ああ、頼んだよ」


 アスラは女性戦士にそう託し、再び目を閉じる。その直後、アスラは穏やかな表情を浮かべて気を失った。


 女性戦士はすぐに止血を試みた。彼女はアスラの体に回復魔法をかけたが、それだけではすべての傷を塞ぐことはできなかった。彼女は腰のバッグから包帯を取り出し、いまだに出血が続いている箇所に包帯を素早く巻き付けた。


 とりあえず、これで出血を緩和させることはできた。だが、アスラが負ったダメージは相当なもので、この応急処置だけでは全く足りないのは明白だった。


 女性戦士は周囲の戦士数人に手を貸してもらいながら、失神したアスラを馬に乗せる。彼女はアスラの後ろに騎乗すると、アスラの体を支えながら都市に向けて馬を走らせた。


 このとき、堅枠大は防壁の門をくぐって都市から出たところだった。彼は細い道を走りながら、火竜に近づいていく。


 そして、アスラを乗せた馬と堅枠大がすれ違った。


 二人は水路を挟んで別々の道を進んでいた。女性戦士は堅枠大のことなど気にも留めていなかったが、堅枠大の目はアスラの姿をしっかりと捉えていた。


 恩人は血まみれだった。

 堅枠大は思わず足を止めた。


「アスラ……っ!」


 彼は女性戦士の背中を見る。遠ざかっていくその姿を眺めていると、居ても立ってもいられない気持ちになった。


 堅枠大は踵を返してアスラたちの後を追おうとした。


 だが、女性戦士の「急患だー! 道を開けてくれー!」という叫び声が聞こえたことで、堅枠大は思い留まった。


 アスラのことは女性戦士や医師たちに任せるしかない。堅枠大は医療の知識など一切持っていないため、アスラのもとへ行ったところで何もできない。彼は無力だった。


 それでも、彼女が生きているということがわかった。それだけで、彼は十分に安心できた。


 堅枠大は都市に向かいかけた足を止め、火竜のほうに目を向けた。


 火竜は戦士たちによって動きを封じられ、地に伏している。南の農耕地帯には逃げ惑う人々の姿は無い。どうやら、国民の避難は完了しているようだ。


 それを確認すると、堅枠大は安堵のため息をついた。


 その直後、火竜の目の前で、黄色い光が起こった。光が消えると、その場所には見覚えのある人物が立っていた。


 長い銀髪の、少女のような可憐な姿の、緩い白服と赤いマントを纏った人物。火竜の前に現れたのは、ヒューライ国王のキーテスだった。





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