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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第三章 自分がやらなきゃ誰がやる?
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3-1 最強の意地

 火竜は都市に向かって農耕地帯を歩いていく。


 夕暮れ時のヒューライ国は、火竜によってその一部が火の海と化していた。火竜は畑を見ては口から火を吐き、作物を燃やしていく。だが、火竜が村を襲うことはなく、炎が集落に移ることもなかった。


 巨大な竜が、無感情に歩を進めながら畑を燃やす。そのような侵略行為を、国境警備隊が黙って見過ごすはずがなかった。


 南の国境森林から、五十人ほどの兵士たちが姿を現した。彼ら彼女らは豪速で地を駆け抜け、二手に分かれた。片方の部隊は火竜の前に回り込み、もう片方は火竜の後ろを取る。


 侵略生物を挟み撃ちにした国境警備隊は、攻撃を開始した。


 後衛の兵士はさまざまな属性の魔法で遠隔攻撃をし、魔法で強化した矢を射る。前衛の戦士たちは剣や槍で接近戦を仕掛ける。


 国境警備隊の攻撃により、火竜は足を止めた。


 だが、それだけだった。兵士たちの猛攻も虚しく、武器や魔法は鱗に弾かれた。火竜の体には傷一つ付いていなかった。


 火竜は大きく息を吸い込む。そして、全方位に向けて炎を吐き出した。


 強力な火炎が火竜の周囲で燃え盛る。兵士たちは防御魔法で体を守るので精一杯だった。たった五十人では太刀打ち出来ないと判断した指揮官は、撤退の命令を出した。


 兵士たちは己の身を守りながら、南の国境森林へと退いていく。

 火竜はその姿を見て、鼻を鳴らした。


「ふん、ザコどもが」


 火竜は低い声で悪態をつき、再び都市のほうへ進もうとした。

 だが、火竜が振り向いた先には、一人の女がいた。


 長い金髪、黒い服、そして腰に巻きつけられたオレンジ色の布。その女、アスラは、自らの背丈を遥かに超える巨大な槍斧を持って、火竜の前に立ち塞がっていた。


「国境警備隊の人数を増やしておいてよかったよ」


 アスラは穏やかな顔でそう呟く。

 そんな彼女に対して、火竜は不思議そうな目を向ける。


「む? なんだ貴様は? 逃げないのか?」


「逃げる? ワタシが? 冗談はやめるんだね。ワタシは、オマエを止めに来たんだ」


 アスラは鼻で笑い、不敵な笑みを見せた。

 自信過剰なその姿に、火竜は顔をしかめる。


「我を止める、だと? 人間が? たった一人で? それこそ冗談だろう」


「あいにく、ワタシは冗談が苦手なんだ。何のつもりかは知らないけど、オマエに国の畑を燃やされて、ワタシは最高にイラついているんだ」


 アスラの表情が怒りで歪む。


 その直後、彼女は魔力の制御を止めた。全身に眠っていた膨大な魔力が目を覚まし、その身体を勝手に強化していく。身体強化の特異体質を完全解放した彼女の体は、真紅の光を纏っていた。


 アスラは大斧を両手で持ち、重心を低くする。

 攻撃態勢に入った彼女は、国中に響かんばかりの声で宣言した。


「ヒューライ国王親衛隊戦士および非常時要員、アスラ。これより侵略者の足止めを開始する!」


 アスラは駆け出す。彼女の居た場所の地面が大きく抉れたかと思うと、次の瞬間には彼女の体は火竜の足元に存在していた。


 アスラは火竜の右脚に向けて、槍斧を横薙ぎに叩きつけた。


 強大な力が宿ったその刃が堅固な鱗に激突する。そして、鱗が砕け散り、刃は皮膚に到達した。しかし、皮膚は鱗と同程度の強度を持っていた。刃は皮膚に若干刺さったところで動きを止める。


「ちっ! 硬い!」


 アスラはすぐに槍斧を火竜の右脚から引き抜いた。彼女は後ろに下がって火竜と距離を取り、敵の全身に視線を巡らせる。


 アスラの突進から後退までは、たった数秒のうちに起こった出来事だった。


 火竜はそこでようやく、自分の身に起こったことを認識した。槍斧を構えるアスラに向けて、火竜は強く吠える。


「貴様ああああああ! 我の脚に傷をつけたなあああああああああ!」


「だから言っただろう? ワタシは冗談が苦手だって」


 怒りを露わにする火竜に対し、アスラは冷静な声色で応える。それは火竜にとって挑発行為に等しかった。


「ほざけ!」


 火竜は口を大きく開き、アスラに向けて強烈な火炎を吹きつけた。


 アスラはそれを難なく躱すと、一瞬のうちにして火竜の背中側に回り込んだ。彼女はそのまま跳び上がり、火竜の翼に槍斧を振り下ろす。強力な一撃だったが、その刃は翼の根元をわずかに抉る程度に終わった。


「くっ! こっちも硬いか!」


 アスラは火竜の背を蹴り、槍斧を皮膚から引き抜きながら跳んだ。火竜からかなり離れた場所に彼女は着地し、腰を低くして火竜の動きを伺う。


 火竜は半身振り返り、アスラを睨み付ける。

 二度の斬撃を受けた侵略者の目は血走っていた。


「貴様……脚だけでなく、翼までもやりおったな……覚悟はできているのだろうな?」


「覚悟も何も、人間は覚悟もせずに竜と戦ったりなんかしないよ。あと、オマエにとってはどっちもかすり傷だろう?」


 アスラは臨戦態勢のまま、嘲笑するかのような表情で火竜を挑発した。

 彼女の言葉に、火竜の目がさらにつり上がる。


「貴様はいちいち癪に障る人間だ!」


 火竜は尻尾を振り上げ、アスラに向けて叩きつけた。


 アスラはそれを避ける。尻尾と地面が激突し、土埃が舞い上がる。粉塵のなかをアスラは駆け抜け、火竜の正面に回り込んだ。


 彼女は敵の視界のど真ん中に立ち、大振りな動作を見せつけながら槍斧を火竜の顔に向けて投げつけた。


 火竜は当然のようにその投擲攻撃に反応した。その巨大な飛来物を火竜は手で防ぎ、顔を守る。槍斧は火竜の手に刺さることは無く、その硬い皮膚に弾き飛ばされた。


 ここで、火竜の腹部が無防備にさらされた。


 アスラはこの機を逃さず、がら空きの腹部めがけて突進した。彼女は火竜の懐に入り込み、跳び上がる。そして、敵の腹へ右拳を突き出した。


 渾身の一撃が硬い皮膚にめり込む。その衝撃は火竜の全身を揺さぶり、体の至るところにダメージを与えた。


 火竜は怯み、数歩退いた。


 アスラは両足で着地すると、深追いはせずに槍斧の回収へと向かった。地面に転がっていた武器を彼女が拾い上げた頃には、火竜の体勢が整い始めていた。


 火竜とアスラの目が合う。


 敵の意識が自分を捉えたところで、アスラは再び駆け出した。今度は火竜の左脚に接近し、もう片方の脚と同様に槍斧を横薙ぎに叩きつける。


 強大な刃は鱗を破壊し、皮膚の表面を斬り裂く。それ以上の傷を付けることはできなかったが、アスラはすぐには離脱しようとはしなかった。


 火竜の目が足元に向く。


 その先には、左脚に槍斧を刺したままのアスラが居た。火竜から見て、彼女は隙だらけだった。


 火竜は怒りに任せ、足元の人間に向けて火を吹いた。


 灼熱の業火がアスラの頭上に降り注ぐ。だが、彼女はこれを待っていたと言わんばかりに口元を大きく上げた。


 アスラはすぐさま槍斧を火竜の左脚から引き抜く。火炎の熱が襲ってくる寸前に彼女は走り出し、火竜と距離を取った。


 炎が地面に触れ、周囲に広がる。だが、そこには火竜が攻撃を当てるべき相手はいなかった。それどころか、その熱は火竜自らの両脚に牙を剥いた。敵を焼き尽くすための火炎放射が、防御を失った傷口を蝕んでいく。


 その痛みは火竜の怒りを増幅させた。


「貴様ああああああ! ちょこまかとおおおおおおおお!」


 火竜は前のめりになり、アスラに向けて吠える。


 鼓膜が破れそうになるほどの咆哮だった。だが、アスラは巨大生物の威嚇に怯えることなく、涼しい顔をしていた。


「オマエの体が無駄に大きいだけだよ。まあ、ワタシが速いってのもあるかな」


「この我を愚弄するかああああああああ!」


 人間に再び煽られ、火竜は激怒の感情とともに口から炎の塊を吐き出した。


 その火の玉はとてつもない速度でアスラに迫るが、彼女はそれを最小限の動きで回避した。彼女の背後で火球が地面にぶつかり、火の粉が大量に撒き散らされた。


 アスラは豪速で火竜に接近し、その後ろに回り込む。彼女は敵の尻尾の下に潜り込むと、槍斧を斬り上げて尾に擦り傷を負わせた。


 彼女はそこで止まらず、尻尾からすぐに離れた。火竜が彼女の動きを認識する前に、アスラは敵の背中に向けて跳ぶ。彼女は空中で槍斧を振り上げ、背中に足がつくと同時にその巨大な武器を背の中心に叩きつけた。


 槍斧の刃が背中の皮膚にめり込み、緑色の血が滲み出す。


 かすり傷には変わらないが、これまでに与えた傷の中では格段に深いものだった。火竜が受ける痛みもかなり強いはずだ。


 だが、火竜はこれまでと打って変わって静かだった。

 それを察したアスラは、嫌な予感を抱く。


 その直後、火竜がゆっくりと口を開いた。


「我が周辺よ、爆ぜよ」


 火竜のその言葉と同時に、巨大な身体から魔力が湧き上がる。アスラは命の危険を感じ、瞬時に槍斧を引き抜く。彼女はそのまま火竜の背中を蹴って跳んだ。


 アスラが敵から離れようとしたまさにその時、火竜の周囲で爆発が起こった。強烈な爆炎が空に向かって噴き出すとともに、強力な爆風がアスラの体を上へと吹き飛ばした。


 アスラは爆発の衝撃をもろに受け、空中で体勢を崩した。

 彼女は運良く軽傷で済んだが、周囲は煙に包まれて状況を視認できない。


「爆発魔法!? 体が大きいだけじゃなかった!」


 アスラはようやく、自分の身に何が起こったのかを理解した。


 火を吹くだけだった火竜が、いきなり爆発魔法を使ってきたのだ。それも、たった一人の人間のために、大量の魔力を消費してまで。そうなるほどに、アスラは火竜の怒りを買っていたのだろう。


 アスラは戦いを続けるために、空中で体勢を整えようとした。

 だがその直後、火竜の手が煙を斬り裂いてアスラに迫ってきた。


 彼女は咄嗟に槍斧で自分の身を守ろうとした。それが、今の彼女にできる精一杯の防御だった。


 火竜の巨大な手は槍斧を無惨に打ち砕き、アスラの身体を叩き落とす。彼女は背中から地面に激突し、その衝撃は彼女に致命的なダメージを与えた。


 アスラは口から血を吐いた。

 全身の皮膚が破れ、黒い衣服に赤い血が染み込んでいく。


「煙よ、鎮まれ」


 火竜がそう唱えると、突風に煽られたかのように煙が一気に消し飛んだ。燃え盛っていた炎も、爆発の衝撃で消えていた。収穫を迎えるはずだった南の農耕地帯は、その大部分が焼け野原と化していた。





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