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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第二章 それでも俺はやりたくない
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2-6 偉大な先輩

 氷結の力が封じられたことで魔力の浪費が収まり、堅枠大の衰弱は止まった。だが、特異体質がこれからどうなるか予想できないため、とりあえず一晩は独房で彼の様子を見ることが決まった。


 医師や魔法士たちは帰り、檻の外にはアスラだけが残った。


 独房に入れられた堅枠大だったが、トイレの時はまともな設備に連れて行ってもらえた。


 夕食も用意され、メニューは野菜と玉子と白身魚のスープに、パンだった。疲弊していた堅枠大にとっては、ちょうどよい量と味付けだった。


 夕食後、堅枠大は木の板のベッドに腰かけて壁を眺めていた。

 そこに、檻の外からアスラが話しかけてきた。


「その、災難だったね。いきなり特異体質なんかに目覚めてしまって」


 彼女の声は穏やかだったが、少し小さかった。


 壁に背中を預けている彼女は、自信なさげだった。堅枠大にどう話しかけていいのかわからなかったのだろう。


「いえ、こちらこそ、王宮の方々にご迷惑をおかけしてしまって、なんてお詫びをすればよいものかと」


 堅枠大はやや大きな声で、わざと畏まった言い方をした。日本では普通の言い方でも、ヒューライ国では丁寧すぎて可笑しいと思われるのだ。


 彼の目論み通り、アスラは噴き出すように小さく笑った。


「そんな堅苦しい話し方をしなくてもいいんだよ。そこまで丁寧な喋り方をするのはカタワクだけだ。確かにワタシは王宮の人間だけど、最低限の礼儀さえあればそれでいいからね。それに、ワタシは二十七歳でカタワクより年下だから、もっと砕けた話し方でも問題は無いんだよ? ちなみに、リサは二十八歳で、クーディ先生は三十二歳だね」


 彼女は可笑しさのあまり、余計なことまで話してしまう。

 突然の年齢暴露に、堅枠大は少し戸惑った。


 アスラ自身の年齢はともかく、リサとクーディの歳まで言うのはさすがに口を滑らせすぎだろうと彼は思った。


 だが、それはそれとして、リサがアスラより一つ年上だというのは驚きだった。クーディからの話を聞いていなければ十代の天才に見えるし、聞いていても二十歳を少し過ぎたくらいにしか見えない。


 人は見かけによらないと堅枠大は改めて実感した。ちなみに、クーディの年齢は妥当なものだと彼は思った。


 堅枠大はリサとクーディのことには触れないように、アスラのことにだけ反応した。


「俺より四歳年下……で、でも」


 奴隷と国王親衛隊員では身分が違いすぎるのではないか。彼がそう言おうとしたとき、アスラがそれを遮った。


「でもじゃないよ。というか、そうしてくれないとワタシが嫌だ。なんかムズムズするんだ、そういうふうに話されると」


 彼女は口元を上げつつ、眉間にしわを寄せる。


 畏まった態度を取られるのが、アスラはあまり好きではないらしい。堅枠大は彼女の気持ちを汲み取ることにした。


「そ、そうか……なら、普通に喋るよ、アスラさん」


「敬称も付けなくていいよ。アスラでいい……いや、アスラがいい。なにせ、カタワクはワタシの数少ない同類なんだからね」


「え? それって、どういう……」


 アスラが微笑みながら放った言葉に、堅枠大は首を傾げた。

 だが、彼はすぐにその意味を推測することができた。


 医師や魔法士たちの会話の中に、ある意味アスラが特異体質に一番詳しいという話があった。また、昨日のカオン講師による特異体質の話には、異常なほどに身体能力を高められるという事例が挙げられていた。


 そして最後に、堅枠大は実際に見たアスラの力を思い出した。三階建ての建物を軽々と跳び越え、両足で平然と着地する姿。成人男性の堅枠大を担いで楽々と歩く姿。兵士十人を軽々と倒す姿。それは、どこからどう見ても普通の人間ではなかった。


「もしかして、アスラも特異体質……か?」


 堅枠大はおそるおそる口にする。

 彼の推測に、アスラは穏やかな表情で首を縦に振った。


「その通りだよ。もっとも、カタワクとは違って、ワタシは生まれつきのようだけど。ワタシは普通の魔法の範囲を遥かに超えて身体を強化できる、だから、国王親衛隊にも選ばれたし、非常時要員にも任命されているんだ」


「ああ……だから、ヒューライ国最強の戦士なんて呼ばれてたんだ」


 堅枠大は納得して大きく息を吐いた。

 彼の言葉を聞き、アスラは右手の人差し指で頭をかく。


「はは、そう言われるとちょっと恥ずかしいね。でも、単純な戦闘能力ではワタシが一番強いのは間違いないよ。それには誇りを持っている。だからこそ、何かあったときには一番に駆けつけるんだ」


 彼女は右手を下ろして堅枠大をまっすぐに見た。


 その目の奥には迷いなど無く、自らの特異体質や役割に対する誇りと自信が満ち溢れていた。


「頼もしいな、本当に……俺なんか、目覚めたばっかりの特異体質に振り回されてるだけなのに。無駄に強力で勝手に発動して周りの物を凍らせて……こんな力は迷惑なだけだ」


 堅枠大は自分の左手を見てため息をつく。


 特別な能力を手に入れたと言えば聞こえはいいが、実際にはそんなものなど無い方が何倍も良い。これからの生活にはいくつもの制約がかかるだろう。そう思うと、将来への不安が大きくなっていった。


 堅枠大の話に、アスラは頷く。


「確かに、普通の魔法は自分の意思で発動させるけど、特異体質の魔法は勝手に発動するね。いや、常に発動していると言ったほうがいいかな。力そのものはとても強いから、周りの人間は羨ましがる。本人にとっては迷惑なだけなのにね」


 彼女はそう言って少しだけ目を伏せる。

 それからすぐに、アスラは視線を上げて堅枠大に微笑みかけた。


「でも、大丈夫だ。いずれはその力もカタワクの強力な武器になる。このワタシが保証するよ」


 彼女は自信ありげに堅枠大を励ます。

 しかし、それだけでは彼の不安は取り除けなかった。


「何を根拠に」


 堅枠大は床に目を向け、自棄気味に言葉を吐き捨てた。


 医師や魔法士たちのおかげで日常生活に戻れるという安心感はあった。だが、それと同時に暗い気持ちも抱えざるを得なかった。具体的な希望が見えないせいで、前向きな気持ちとネガティブな気持ちが交互に入れ替わり、感情が安定しなかった。


 アスラは堅枠大の心情を察し、少し悲しそうな表情を浮かべた。

 そして、彼女はゆっくりと口を開いた。


「ワタシも……昔は特異体質に振り回されていたんだ。生まれたばかりの頃はたいして強くなかったけど、十歳の頃に突然強くなってね。そのせいで親に捨てられたんだ。その後は、生きるのに必死で、暴れ回ったことくらいしか覚えていないよ」


 アスラは静かな口調で言葉を紡ぐ。

 突然始まった彼女の身の上話だったが、堅枠大は黙って聞くことにした。


「あの頃は自分の力を制御できなかった。触るだけで木は倒れるし、家だって壊れた。走るだけで地面は抉れるし、襲ってきた獣を殴ったらその体が破裂した。いつしか、ワタシ自身が怪物になっていたよ」


 アスラはそう言って顔を上げ、鉄格子の向こうを眺めた。その目は、遥か遠くを見ているかのように儚げだった。


「ワタシは大陸東側の出身でね。まあ、向こうがどんなところだったかなんてもう覚えていないし、言葉も忘れた。それでね、生きるために必死だったワタシは、なにを思ったのか、あるときあの険しい山脈を越えて西側にやって来た。山を下りて森の中を彷徨って、そうしてたどり着いたのがこのヒューライ国だった。そして、ワタシはその国境で二人の戦士に捕まったんだ」


 アスラの口元が少しだけ緩む。

 その顔は、その時の敗北を誇らしげに思っているかのようなものだった。


「一人はワタシの攻撃を受けても怯まなかった。もう一人はワタシに隙が出来た時、容赦なく矢を放ってきた。矢が足に刺さって、ワタシは動けなくなった。それで捕まって。その後はいろいろな人の世話になって、結果的にワタシはヒューライ国民になることを選んだんだ」


 彼女は柔らかな顔つきのまま、語り続ける。


「ヒューライ国民になる前は、ワタシを倒した二人が面倒を見てくれた。特異体質の制御訓練にも付き合ってくれた。でも、捕まってから一か月が経った時、二人は退役の日を迎えてしまった。それと同時に、ワタシは軍に引き渡された。二人のことは師匠と呼んでいたから、名前は覚えていない」


 アスラは腕組みをして、表情を引き締めた。


「都市部の軍に保護されたワタシは、学校に行きながら特異体質の制御訓練を重ねた。最初は特異体質を抑えるために魔法や薬が必要だったけれど、三年後にはほとんど必要なくなったし、五年後には自分の力で完全にコントロールできるようになっていたね。その時には、翻訳魔法も解除してもらえていたよ」


 アスラはそこで大きく息を吐いた。


 話が終わったのだろう。彼女は口を閉じ、視線を下に向け、昔のことを懐かしむかのように頬を緩める。


 独房内が五秒ほど静寂に包まれた後、アスラはふと何かに気付いて顔を上げた。


「おっと、すまない。つい喋りすぎてしまったね。ワタシのことなんかを語っても、カタワクには参考にならないのに」


 彼女は申し訳なさそうに顔を少し歪める。


 だが、堅枠大には彼女を咎めるつもりなどまったく無かった。今まで何も言わずにアスラの話を聞き続けていたことで、彼の心には変化が起こっていた。


 堅枠大は顔を上げてアスラと目を合わせる。

 そして、彼は晴れやかな表情を浮かべた。


「いや、そんなことない。特異体質を自力で抑えてる人間が目の前にいる。それがわかっただけで、少しは希望が持てたよ。それに、アスラの特異体質は全身だけど、俺は左手だけだし、アスラよりはマシな気がする」


 堅枠大はそう言って、迷惑な力を宿した左手を軽く握った。


 彼の心は安定し始めていた。


 アスラも最初は特異体質に悩まされていたのだ。それを何年もかけて自分のものにして、今では有効活用している。そのうえ、体質の迷惑度合いは彼女のほうが数段上だ。左手だけの自分なら、もっと楽に制御できるだろうと彼には思えていた。


 堅枠大の言葉を聞き、アスラは吹き出した。


「ぷっ、ふははっ、そうか、マシか、あははっ……でも、そう思えたのなら、話してよかったよ」


 彼女は心底安心したように笑い、腕組みを解いた。


 長い時間話をしたことで、堅枠大とアスラは打ち解けていた。それ以降、あまり会話は無かったが、二人の間には穏やかな空気が流れていた。


 やがて夜も更けてきたのか、堅枠大はあくびをしてしまった。あくびをした途端、彼は急に眠気を感じてきた。


 目を細める彼に、アスラは優しく言葉をかける。


「今日は疲れただろう? 眠くなったら、いつでも眠るといいよ。今夜は王宮の人間が交代でカタワクを見るから、安心するといい。今朝のようなことはもう起こらないから」


「すまんな……じゃあ、お言葉に甘えて」


 堅枠大は木板だけの簡素な寝台に体を横たえ、目を閉じた。

 今日一日の疲れもあって、彼はすぐに睡眠へと引き込まれていく。


「おやすみ、カタワク」


 アスラの柔らかな声とともに、堅枠大は眠りについた。





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