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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第二章 それでも俺はやりたくない
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2-5 特異体質

 それからしばらくして、アスラとリサが戻ってきた。


 堅枠大はアスラ、リサ、クーディの三人に付き添われながら、再び王宮内を移動させられた。


 そして、彼が送られたのは、王宮地下の独房だった。


「周囲に被害が出ないよう、こうするしかなかった。すまない」


 アスラは苦い表情を浮かべながら、檻の中の堅枠大に小さく頭を下げた。


 堅枠大は彼女の謝罪を無言で受け止めた後、周囲を見渡した。


 独房は天井から壁、床に至るまで赤黒い石で造られている。檻の柵は銀色で、錆はまったく無い。檻の外の廊下には松明が掛けられていて、その火が室内を照らしている。檻の中には、円柱形の簡易的なトイレと、壁に木の板を取り付けただけのベッドしかない。


 檻の外には七人の男女がいた。アスラ、リサ、クーディの三人に加え、王宮所属の男性医師、女性医師、男性魔法士、女性魔法士の四人。男性魔法士は再教育学校で魔法講師をしている、あのカオンだった。


 面識のある人が増援の中にいて、堅枠大は少し安心した。


 堅枠大は周囲を確認し終えた後、ようやくアスラに返事をした。


「いいんですよ。今日、たいした事故が無かったのは奇跡みたいなものですから。危険かもしれない俺をできるだけ隔離するのは当たり前です」


 彼の声は穏やかだった。

 その落ち着きように、リサは口元を緩めながら眉をひそめる。


「妙に物分かりがいいですね。病室ならともかく、こんな牢屋に放り込まれたんですよ? 普通、もっと嫌がるもんだと思うんですけど」


「あなた方を信頼していますから」


 堅枠大は七人全員に顔を向け、余裕のある表情を見せた。


 リサの研究室でクーディと話をしたことによって、彼の心はいつも以上にリラックスしていた。また、自分のために七人もの人材が集まってくれたことを、彼は非常に心強く感じていた。


 堅枠大の言葉に、リサは少しだけ頬を赤く染めた。


「そ、そう? なら、話は早いです。さっそく検査を始めてください」


 リサが照れながらそう言うと、増援の四人が檻の中に足を踏み入れた。


 四人は数多くの道具を堅枠大の周辺に並べ、彼の体を診察する。体内に魔力を流し込み、様々な魔法を発動させて、医師と魔法士たちは堅枠大の体を隅々まで診ていく。


 その間、リサとクーディは檻の外から検査を見守り、アスラは周辺の警戒に当たっていた。


 検査は一時間ほど行われた。


 長い時間にわたる検査が終わり、医師と魔法士の四人は立ち上がってリサとクーディに向き直った。


 最初に、女性魔法士が目を細めながら口を開く。


「驚きました。確かにリサ研究員が予想した通り、カタワクさんは氷結の特異体質になっています。左手だけに、強力な氷魔法の力が宿っています」


 続いて、カオンが穏やかな表情のまま告げる。


「そのうえ、昨日とは比較できないほどに魔力が増えています。氷に対する耐性も全身に表れています。氷魔法の素質が、この特異体質に関係しているのかはわかりませんでしたが」


 彼はそう言った後、少し残念そうに目を伏せた。

 次に、男性医師が報告を始めた。


「体のほうには異常はありませんでした」


「体と魔力のバランスも取れています。クーディ先生による治療の影響もありません。この強力な特異体質に今日目覚めたというのが信じられないほどに安定しています」


 最後に、女性医師が目を見開きながら話した。


 四人からの報告が終わり、周囲は静寂に包まれた。増援の四人だけでなく、リサとクーディも同じように驚愕で言葉が出ない様子だった。


 重苦しい雰囲気が漂う。


 やがて、魔法講師のカオンがこの場を代表するかのように声を漏らした。


「まさか、後天的な特異体質者が現れるなんて……」


 専門的な知識を持つ魔法士と医師たちは皆、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべる。


 その中でも、カオンはひと際苦い顔をしていた。彼は昨日の授業で特異体質について話をしたばかりだった。特異体質に目覚めてしまったら、といった冗談が今日、現実のものとなってしまったのだ。責任は一切無くとも、彼は何かの因果を感じざるを得なかった。


 独房内の空気が、一気に暗いものへと変わる。


 だが、それを打ち破るかのように、リサが険しい表情で専門家たちを見上げた。


「でも、ありえないというわけではありません。特異体質を後天的に獲得した前例はいくつかあります。そのうえ、カタワクは魔法の無い世界から来ています。今まで魔法に触れたことの無かった人間が魔力の影響を受け続けたら、体質が変わってしまっても何の不思議もありません」


 真面目な口調で放たれた彼女の言葉に、増援の四人がどよめいた。

 四人を代表して、カオンがリサに尋ねる。


「魔法の無い世界……カタワクさんは別の世界から来たのですか?」


「ええ。カタワク本人がそう言っています。ねえ? そうですよね、カタワク」


 リサは声色を少しだけ和らげて、堅枠大に目を向けた。

 いきなり話を振られたが、彼の心に焦燥感などはまったく湧かなかった。


「ああ、その通りです。簡単に言えばそうです。俺がもと居た世界には魔法がありませんでしたし、この大陸も国も元の世界には存在しませんでした。だから、自分は異世界から来たと言っていいと思います」


 堅枠大は落ち着いて話す。


 だが、そんな彼とは対照的に、カオンは堅枠大の話を聞いて衝撃を受けたようだった。カオンは右手を顔に当て、顔を上に向ける。


「なんと……後天的な特異体質に加えて、異世界から人がやって来る……こんなに珍しいことが実際に起こるだなんて……夢でも見ているかのようです」


 カオンの言葉に、他の医師二人と魔法士一人も頷く。


 四人は驚愕のあまり専門家としての思考を止めてしまった。だが、堅枠大が異世界人だということをとっくの昔に知っていたリサとクーディは頭を働かせ続けていた。


 停滞し始めていた空気を、リサが打ち破る。


「そんなことより、今はカタワクの力を抑えることが先決です。この氷結の力を封印しないと、この国が氷漬けになるかもしれません。そうならなくても、魔力の大量消費でカタワクの命が危ないです」


「そうね。とにかく、カタワクさんの力をなんとかしないと次に進めないわ。でも、どうやって封印するの? 氷結の特異体質に使える封印魔法なんて無いわよ」


 クーディはリサの意見に賛成しつつ、その問題点を指摘する。

 だが、リサの頭には具体的な案がすでに浮かんでいた。


「幸いなことに、力が現れるのは左手だけ。ですから、左手への魔力供給を必要最低限に留めれば、氷結体質を抑えられるはずです。そのうえで魔力を抑制する薬を飲めば、日常生活は問題なく送れるでしょう」


 リサは腕組みをして冷静に言葉を紡いだ。

 彼女の出した対策案に、クーディは感心したように唸る。


「なるほど……確かにそれなら複雑な魔法もいらないし、患者を隔離する必要もない。私は賛成ね。みなさんはどう考えますか?」


 クーディは増援の四人に顔を向けて意見を求める。


 彼女の声で四人は我に返り、互いに顔を見合わせた。そして、男性医師、女性医師、女性魔法士、カオン魔法士の順番にそれぞれの考えを述べた。


「それで問題はないかと。あまり複雑な対処をすると、患者に負担がかかりますし」


「異論はありません。ただ、薬のほうは患者の様子を見ながら適宜変えていく必要がありますね。調薬師の協力も不可欠でしょう」


「左手首に魔力の障壁を作るのは効果がありそうです。しかし、それだけでは心もとないので、なにか手袋のようなものを装着してもらうほうが安全かと」


「万が一、左手に大量の魔力が流れ込むと危険ですので、魔力を吸収、放出する道具を着ければ、力の暴走はほぼ完全に防げるでしょう」


 医師、魔法士の意見を聞き、リサは頼もしそうに笑みを浮かべる。

 その表情は、彼女がこの状況を楽しんでいるようにも見えた。


「魔力遮断の魔法、魔力吸収の魔道具、氷に強いグローブ……三重の守りですね。そして、魔力抑制の薬でさらに抑えられる……アスラ、あんたはどう思います?」


 リサは専門家の意見をまとめた後、意外な人物に話を振った。


 独房の警戒に当たっていたアスラは、飛び跳ねるようにしてリサに振り向く。彼女は意見を求められたことに驚いたような顔をしていた。


「わ、ワタシに訊いてどうするんだい? ワタシはただの戦士だよ?」


 自分は魔法にも医療にも詳しくない、その二つに関しては素人同然だ。そう言いたげなアスラの態度を見て、リサは呆れたようにため息をついた。


「ある意味、この場で特異体質に一番詳しいのはアスラでしょう? 薬や魔法とは違う観点からの意見が欲しいんです」


 リサのその言葉に、アスラは少しの間だけ目を丸くした。

 それから、アスラは安心したように頬を緩める。


「そうか。そういうことか。てっきり専門的な話をしなければいけないかと思ってしまったよ……ワタシとしては、その氷結の力を自分で制御できるように訓練するのが一番だと思うよ。特異体質を完全に自分のものにできれば、力を抑えるための薬も魔法も必要ないからね」


 アスラの口から出た言葉は、専門的なものではなく、むしろ誰にでも思いつきそうな意見だった。


 だが、彼女の言葉にリサとクーディは深く頷いていた。


「なるほど。説得力ありますね」


「長期的な目標としてはいいかもね。薬や魔法に頼ってばかりだと体に悪いし、通院も面倒だしね。ありがとう、アスラ。目の前のことばかり見ていたから、将来的なことを考えるのを忘れていたわ」


 二人に微笑みながらそう言われ、アスラは照れたように目を逸らす。


「べ、別に……ワタシは、ワタシが思いつくことを言っただけだよ」


 そんな彼女のしぐさに、リサは意地悪な笑みを浮かべて食いついた。


「お? 意外なところで役に立てて嬉しい、みたいな顔してますねー。ヒューライ国最強の戦士にもかわいいとこあんじゃん」


「う、うるさい。思っていないから、そんなこと。いいから、話を進めるんだ」


 アスラは顔を少しだけ赤らめてリサを睨み付ける。


 二人のやり取りによって、独房内の雰囲気が和らいだ。これまでは深刻な空気が漂っていたため、医師でもなく魔法士でもない堅枠大にとっては少し居心地が悪かった。どうせ同じ蚊帳の外なら、暗い雰囲気よりは和やかなムードのほうが何倍も良い。


 クーディはここで、この場が一段落ついたことを察した。

 彼女は深呼吸をし、全員に顔を向けて口を開く。


「では、そろそろまとめに入りましょうか」


 その言葉に、医師、魔法士、アスラが表情を引き締めて頷いた。

 クーディはこの場を代表して再び話し始める。


「短期的な対処法としては、魔力抑制の薬や魔法、それから魔道具によって氷結の力を封じ込める。中長期的な目標は、力を制御できるように訓練しつつ、カタワクさんの状態に合わせて魔力抑制を少しずつ弱めていく。そして最終的には、自分で力を完全に制御できるようにする。といったところね」


 彼女の示したまとめ案に、高度専門職の六人はすぐに賛同した。


 専門家としての方針が固まったところで、クーディは堅枠大に目を向ける。


「それで、肝心のカタワクさん自身はどうする? これが今のところ考えられる最善の方法なのだけれど、カタワクさんが嫌なら別の方法を一緒に探していくこともできるわよ」


 彼女はそう言いながら微笑む。

 堅枠大はその柔らかな表情を見ながら少し考え、決断した。


「俺は、先生方に従います」


 彼は明るい声色でそう告げた。


 本当は不安だった。そうするしかないという思いもあった。だが、目の前にいる医師や魔法士たちを信じる気持ちのほうが大きかった。だからこそ、専門家たちに気持ちよく動いてもらおうと考えて、彼は明るく振舞うように努めた。


「わかったわ」


 クーディは堅枠大の決意を聞き、目を優しく細めた。言葉の奥に秘められたあなたの思いもわかっている、そう言っているかのような表情だった。


 クーディはすぐに顔を引き締め、専門家たちに指示を出した。


「それでは、魔法士の三人は魔力抑制の用意を、医師の二人は薬の準備を、それぞれお願いします。カタワクさんの様子は、私とアスラで見ることにします」


 彼女の言葉に、医師、魔法士、アスラたちは返事をし、それぞれの仕事に取りかかった。


 医師と魔法士たちは一度この場から離れた。


 その後、医師二人が現状で最善と思われる魔力抑制の薬を持ってきて、堅枠大に飲ませた。薬はすぐに効き始め、氷結の力が弱まった。左手を覆う被膜の中は手が見えないほどに白く霞んでいたが、その白い空気は薬の服用後に少しずつ薄まっていった。


 次に、魔法士たちが戻ってきた。


 まずは、リサが堅枠大の左手首に魔力流入抑制の魔法をかけた。それによって左手の周辺の空気がほぼ正常に戻った。安全と判断したリサは、左手を包んでいた防御魔法を解除した。


 その後は、カオン魔法士が堅枠大の左手首に青いブレスレットを装着させ、女性魔法士が黒いグローブを彼の左手にはめた。


 ブレスレットは魔力の吸収と放出をおこなう魔道具で、これを着けたことによって左手回りの空気が白く変化することは無くなった。また、グローブは氷耐性魔法を施した最新の軍用魔道具とのことで、氷結の力が暴走してもある程度の被害は防げるようだった。


 試しにグローブをはめた状態でブレスレットと魔力障壁を外してみたが、グローブ越しに触れたものが凍ることはなかった。しかし、魔力抑制剤を使っていない場合ではどうなるかわからないため、薬の服用は日常を送るための絶対条件となった。


 リサによる魔力障壁、一日一回朝食後の魔力抑制剤の服用、ブレスレットとグローブの装着。この四つによって、堅枠大の氷結の特異体質は一時的に封じ込められた。


 これからは、堅枠大の状態を主にクーディが診ることになった。魔道具に関しては、カオン講師が講義のついでに点検するようになった。


 魔力制御の訓練については、堅枠大の状態が安定してからおこなうことになった。その内容は、訓練の開始が可能になった時に決めるとのことだった。


 こうして、水路凍結から始まった堅枠大の特異体質騒動はひとまず落ち着いた。





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