2-2 カタワク救出作戦
「何があった!」
「何が起こってるんですか!」
「何がどうなっているの!」
アスラ、リサ、クーディの言葉が同時に響く。
自分たちの声が重なり、三人は戸惑って口を閉ざしてしまった。
その一方で、街の人々はすぐに動いていた。火魔法の使い手たちが救助活動を止め、見物人たちは救助の邪魔にならないよう足早に堅枠大から離れていく。
賢明な市民たちの行動により、三人はすぐに状況を把握することができた。
リサとクーディはアスラに目を向ける。
アスラは無言で頷くと階段を下り、堅枠大のそばで片膝をついた。
「カタワク、四か月ぶりだね。少し逞しくなったんじゃないかな?」
「そ、そうですかね……自分じゃよくわかりませんけど……ははっ……」
アスラは柔らかな声色で話しかけたが、堅枠大は弱々しい声で応えることしかできなかった。
彼はパニック状態にはなっていなかった。だが、アスラとの四か月ぶりの再会について何の感想も抱けないほどに、彼は心身ともに弱っていた。
「聞きたいことは山ほどあるけど、まずはカタワクを助けるのが先決だね。リサ、クーディ先生。手伝ってください」
アスラは落ち着いた様子で道路の二人を見上げた。
リサは目を血走らせて憤怒と歓喜が混ざったような表情を浮かべ、クーディは片手に救急箱を握り締めながら堅枠大を冷静に見つめている。
アスラの言葉を受けてリサが一歩前に出た。
「この奴隷に、この魔力の増幅量はいったいなんだと聞きたいところなんだけど! わたしの研究室にまで届いてきてビックリだっつーの! それで起きたわ! 地下だぞ地下! おまけに街中の水路は凍っちまってるしさあ! 溶かしたところでまた凍るみたいだしさあ! テメエがなんかしたのかカタワクー!」
「愚痴はいいからカタワクさんを助けるわよ!」
リサは汚い口調で声を張り上げ、クーディはそんな彼女を諫める。
二人は階段を下りてアスラのもとに行く。彼女たち三人は堅枠大の救助方法について話し合いを始めた。
「ワタシが氷を叩き割ろうか?」
「あんたバカか!? そんなことしたら衝撃が道路や建物に伝わって街がぶっ壊れるっての! それに、叩き割ったところでカタワクを救い出せる保証はない!」
「だったら、さっきあの人たちがやっていたみたいに、この氷を溶かすしかないんじゃない? リサ、あなたならできるでしょ?」
クーディの提案に、リサは言葉を詰まらせた。
リサはつり上がっていた眉を垂れさせ、ためらいがちに話す。
「た、確かにできますけど……でもクーディ先生。そんな火力の魔法を使ったら、カタワク死んじゃいますよ」
「火の魔法だけじゃないわ。他の魔法も併せて使うのよ。救急箱に魔力回復ポーションがあるから、魔力欠乏の心配はしなくていいわ」
クーディは真剣な表情でリサの目をまっすぐに見た。
何かあったら自分がカバーするという強い意思が、クーディにはあった。リサはそれを感じ取り、表情を引き締める。
「わかりました。もし、わたしかカタワクに何かあったら、そのときは頼みます」
その言葉を受け、クーディは力強く頷いた。
それからすぐに、彼女はアスラとリサの二人を交互に見る。
「よし、それじゃあ、こうしましょう。リサがカタワクさんと街を守りつつ火の魔法で氷を溶かす。氷が溶けた瞬間、アスラがカタワクさんを引っ張り上げる。最後に、私がそれぞれのダメージを回復させる。これでいいわね」
クーディが提示した救出案に、アスラとリサは頭を縦に振る。
「問題ありません」
「わたしの仕事が多いような気もしますけど、そうするしかありませんね」
「よし! じゃあ、救助開始!」
クーディの合図と同時に、三人は動き出した。
三人は階段を駆け上って道路に出る。リサは水路に体を向けて魔力を活性化させ、クーディは救急箱から必要なものを取り出して周囲の状況に目を配らせる。
二人が準備をしているなか、アスラは周りの人々に向けて声を張り上げた。
「救助のご協力ありがとうございました! これからは我々が引き継ぎます! 住民の皆さんは速やかにここから離れてください! 炎に巻き込まれる危険性があります!」
アスラからの警告を受け、人々は堅枠大からさらに遠ざかった。
だが、完全に避難したというわけではなかった。彼ら彼女らは十分な距離をとって救助活動を見守ろうとしていた。
アスラは国民たちに向かって小さく頷くと、水路の階段を下りて堅枠大のもとに駆け寄った。
「カタワク、今から君を助けるから、おとなしくしていてくれ」
「わ、わかりました……信じていいんですね……?」
「ああ、ワタシたちを信じてくれ」
すがるような声を上げる堅枠大に、アスラは自信たっぷりに答えた。
アスラは体勢を低くして、堅枠大の後ろから左手で彼の左腕を掴み、右腕を彼の腹の下に潜らせた。これで、氷が溶けた瞬間に彼の体を持ち上げることができる。
準備は整った。
堅枠大の左手には血が滲んでいる。彼の体力も減り続けている。もはや一刻の猶予も無い。
「リサ! お願い!」
クーディの声がその場に響く。
リサは一人の国民を救うため、ありったけの魔力を使って魔法を発動させた。
「壁よ、この空間を守りたまえ」
第一の魔法が発動し、透明な青い障壁が多数現れた。それらは周辺の空間を囲んで堅枠大たち四人を隔絶し、さらに空間内の建造物等に覆い被さった。
「力よ、我らを炎から守りたまえ」
第二の魔法が使われ、堅枠大、リサ、アスラ、クーディのそれぞれの体が青い光に包まれた。
「力よ、我らを死の危険から守りたまえ」
第三の魔法が唱えられ、四人の体が緑色に光り始めた。
リサは三つの魔法が上手くいったことを確信すると、大きく息を吸い込んで、これまで以上の魔力を自分の両手に注ぎ込んだ。
「炎よ! この氷を焼き尽くせ!」
リサがそう叫んだ直後、彼女の両手から莫大な量の火炎が放たれた。
その威力は、住民たちの火魔法とは比べものにならないほど強力だった。隔絶された空間内が一瞬にして高温になり、四人の視界は朱色に染められた。
第一の魔法と第二の魔法が、その強烈な炎から建築物と四人の体を守る。業火の熱を受けるのは空間内の氷のみ。あれだけ強固に凍っていた水路がみるみるうちに溶けていき、水で満たされた元の姿へと変わっていく。
そして、ついに堅枠大の左手周辺の氷も溶かされた。
クーディとアスラはその瞬間を見逃さなかった。
「アスラ! 今よ!」
「了解!」
アスラは適切に力を入れ、堅枠大の体を軽々と持ち上げた。
彼の左手はいとも簡単に水路から離れる。彼は五体満足のまま、アスラに支えられながらその場に立った。
「リサ! 止めて!」
クーディは救出成功を悟ると、すぐにリサに指示を飛ばした。
リサは苦しい表情を浮かべながらも、その言葉をしっかりと聞き取った。
「炎よ! 鎮まれ!」
リサは魔力を放ちながら声を上げる。
すると、業火が一瞬で消え去り、先ほどまでの光景が嘘だったかのように空間内は元の色に戻った。空気が歪むほどの熱もすぐに引いていった。
隔絶空間内が落ちつき、リサは大きく息をついた。
疲れた様子で、それでいて達成感のある微笑みで、彼女は胸の前で両手を合わせて最後の仕上げに取りかかる。
「防壁よ、消え……いや待って!」
リサは目を見開く。彼女は防御魔法を解くのを止め、堅枠大に体を向けた。
危機がそこにある。彼女の直感がそう知らせていた。その直感の通り、堅枠大の左手周辺の空気が白くなっていた。
堅枠大の左手は高く掲げられ、アスラの左手は彼の肘の近くを握っている。
リサはすぐさまローブのポケットから一枚の青いハンカチを取り出し、それを堅枠大の左手に投げつけた。
ハンカチが彼の左手に当たる。
その直後、その布切れは一瞬で凍り付いた。
「やっぱり!」
リサは自分の直感が正しかったと確信した。
「被膜よ、その者の左手を包み込め!」
彼女はすぐに防御魔法を発動させる。両手から放たれた魔力が堅枠大の左手首から先の部分に集まり、球状の青いバリアが形作られた。その半透明の被膜は三重に折り重なって彼の左手を厳重に包み込んだ。
「今度こそ、防壁、炎の守り、不死魔法、消えてよい……ぞ」
リサは周囲に安全がもたらされたことを悟り、魔法を解除した。
空間を隔絶していた青い防壁が姿を消し、四人を包み込んでいた青い光と緑色の光も消える。先ほどまで炎が燃え盛っていたとは信じられないほど、街はいつもの姿に戻っていた。
リサは息を強く吐き出し、そのまま呼吸を荒げて崩れるようにその場に座り込んだ。
アスラとリサの働きにより、堅枠大は無事に救助された。
ここからはクーディの出番だ。
「ご加護を、この者の怪我を治したまえ」
クーディは全身に魔力を巡らせながら、治療魔法を唱えた。
緑色の光が堅枠大の体を包み込む。すると、彼の左手の傷があっという間に塞がっていき、その手の皮膚はもとの綺麗な姿に戻った。
クーディはすぐに次の行動に移った。彼女は救急箱の中から試験管型の薬ビンを取り出した。
薬ビンの中には黄緑色の液体が入っていて、ビンの口はコルクで栓がされている。これが、彼女の言っていた魔力回復ポーションなのだろう。試験管の約四分の一がこの回復薬で満たされていた。
クーディはコルクを抜いて、薬ビンをリサに差し出す。
リサは朦朧とした状態でそれを受け取ると、躊躇なく中身を一気に飲み干した。
「うぇ、にっが……」
リサは舌を突き出して顔をしかめる。
相当苦かったようだ。しかし、効き目は確かなようで、飲んでから数分後には彼女の体から疲労の色が少しずつ抜けていき、呼吸も整い始めた。
使い果たしていた魔力が半分ほど回復すると、リサは立ち上がった。
アスラは堅枠大を支えながら階段を上り、道路に出る。
三人がクーディのもとに集まると、この場を取り仕切っていたその国家医師は周囲の状況を確認し、柔らかな笑みを浮かべた。
「みんな、お疲れ様」
その言葉によって、緊張していた空気が和らいだ。
「助かったのか、俺?」
「ああ、助かったよ」
アスラは凛々しい声で堅枠大にそう言うと、彼の体から手を離した。
堅枠大は一安心して息を吐いた。久しぶりに自由になった左手を見ると、自然と笑みがこぼれる。防御魔法で包み込まれているが、それでも左手が体に繋がっていることが嬉しかった。
ふと、彼は水路に目を向けた。
水面が風で揺れている。さっきまで凍っていたのが幻だったかのように、水路はいつもの姿を取り戻していた。




