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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第一章 転生先でも奴隷!?
18/63

1-17 カタワク、学校へ行く

 大イノシシ騒動の翌日、水曜日。


 仕事が休みのこの日、堅枠大は労働者用の学校、いわゆる再教育学校に足を踏み入れていた。


 都市内部の北区にあるこの学校は三階建てで、外観は白い。目的に合わせた教室が数多くあり、体育用の平屋や運動場も備えている。学校に通う奴隷は意外に多く、建物内は賑やか。隣には兵士の訓練施設もあり、この周辺は活気に溢れていた。


 堅枠大は学校一階の受付で入学手続きをした。


 水曜と土曜の週二日通学で、午前中にヒューライ語を一時間、午後に魔法を一時間。料金は一回の授業につき百カーマだった。


 ヒューライ語や魔法の他にも、外国語、算術、歴史、地理、科学、芸術、体育など、受けられる科目は豊富に存在しているようだ。


 ついでに、堅枠大はヒューライ国の教育について説明をしてもらった。


 学校の種類は大きく分けて四つ。義務教育学校、高等教養学校、専門大学校、再教育学校。専門大学校は普通大学校の他に、経営者育成学校、医療学校、魔法士学校、魔道具技師学校などに分かれている。


 義務教育学校は最低十年で、最終学年までは集団教育をおこない、一定のレベルに達しない者は留年となる。留年者には個別に指導者がつき、各自に適した教育をして卒業レベルにまで引き上げる。


 高等教養学校は三年で、現代の高等学校に相当する。国民のほとんどが高等教養学校まで通うようだ。もちろん、高等教養学校にも留年はあるが、義務教育学校のような個別指導は存在しない。義務教育ではないので退学もありえる。


 専門大学校は基本的に五年。経営者育成学校に関しては、個人経営の場合は二年、組織経営の場合は五年のカリキュラムが組まれていて、倫理、法律、政治、経済、経営手法などを学び、資格試験を突破して卒業となる。


 再教育学校は労働者対象の学校であり、成績も卒業も無く、出席も自由だ。指導料さえ払えば、誰でも気軽に通える。


 ちなみに、再教育学校以外の教育機関は学費が無料となっている。


 ヒューライ国の教育体制を聞き、堅枠大は改めてこの国の教育に対する熱意を感じ取った。国の治安の良さ、国民の素行の良さや思慮深さは、教育を重視するところからも形成されているのだろう。




 堅枠大は入学手続きを済ませると、奴隷寮に帰った。


 そして木金と働き、土曜日が来た。いよいよ授業が始まる。


 ヒューライ語と魔法は両方とも初級クラス。ヒューライ語の初級クラスは他国から移住した人が対象で、魔法の初級クラスは魔法が苦手な人やこれまで魔法を学ぶ機会の無かった人が対象となる。受講者数はヒューライ語が十人前後、魔法が二十人ほど。教室は受講者の机が階段状になっているタイプのものだ。


 まずは午前中のヒューライ語から。元気のある、スレンダーで茶髪ストレートロングの綺麗な女性がこの授業の講師だった。彼女は白いズボンとシャツを着て、その上に黄緑色のマントを羽織っている。


 講師の女性は黒い革靴を鳴らしながら歩き、教壇に立つと、にこやかに笑った。


「おはようございます。ヒューライ語初級クラスを担当する、フーカです。これから一時間、よろしくお願いしますね」


 彼女は明るい声でそう言って、教室内を見渡す。


「今日は初めての方もいますから、このクラスの方針を話しますね。皆さんは翻訳魔法を使っているので、意思疎通は出来ていると思います。しかし、文字はそうはいきません。このクラスでは、基本的な読み書きができるようになるのが目標です。そのためには、まずはヒューライ文字を覚えてもらいます」


 フーカは教壇から降りると、受講者全員に数枚の紙を配り始めた。


 堅枠大はプリントを受け取り、その内容に目を通した。日本語やアルファベットとは違う文字が左端に縦一列で記されている。それらの右横には書き取り用の空白があった。周囲の受講者に目を向けると、堅枠大のものとは違う内容が記されていた。


 フーカ講師は紙を配り終えると、再び教壇に上がった。


「ヒューライ文字は小文字が三十種類、大文字が三十種類の計六十種類です。また、それとは別に数字もあります。まずはそれらを徹底的に覚えましょう!」


 彼女は右拳を高く挙げ、白い歯を見せて笑った。


 それを合図に、受講者たちは一斉に文字の学習に取りかかった。学習内容は各自で異なっていて、すでに文字を覚えた人は単語をやり、さらに進んだ人は簡単な一文を学習していた。


 堅枠大も持参の木ペンと黒インクを使って、ヒューライ文字の学習に取りかかった。先生に発音を教えてもらいながら、一つ一つ丁寧に書き取っていく。未知の文字だったが、彼はこの講義を小学校一年生のひらがな学習のように感じ、少し楽しくなっていた。


 受講者それぞれのペースでヒューライ語の勉強は進み、一時間はあっという間に過ぎていった。


 講義終了を知らせる鐘が鳴ると、フーカ講師は慌てて教壇へと戻った。


「それでは、今日はこれでおしまいです! 余裕があるときで構いませんから、復習しておいてくださいね! では、また次の授業でお会いしましょう!」


 彼女は元気よくそう告げると、受講者たちに手を振りながら教室から出ていった。その後、受講者たちも立ち上がって移動を始める。受講者たちには少し疲れているような雰囲気があった。


 堅枠大は背もたれに体重を預け、一息ついた。


(文字を覚えるのって、わりと難しいんだな……まあ、これから少しずつ覚えていけばいいか。さあ、次は魔法の授業だ)


 彼は肩提げカバンにプリントと筆記用具を仕舞い込み、立ち上がった。


 ヒューライ語の授業の後は少し散歩して、学校の食堂で昼食をとった。メニューはパスタに数種の香草と焼いた挽き肉を混ぜたものと、サラダにした。値段は70カーマだった。


 昼食後は木陰で休息。

 そして、魔法の授業が始まる時間となった。


 堅枠大は二十人ほどの受講者とともに、魔法授業専用の教室で講師を待っていた。教室の外見は他の部屋と変わらないが、係員が言うには、教室内一面に強力な防御魔法が施されているらしい。


 授業開始を知らせる鐘が鳴ると、白いローブに身を包んだ男性が教室に入ってきた。彼は木箱を抱えていて、その中には透明なコップや土の入った容器、植物の生えた小さな植木鉢などが詰められていた。


 講師の男性は教卓に木箱を置いて、教壇の上で受講者たちに体を向けた。


「どーも、国家魔法士のカオンです。魔法初級クラスを担当します。これから一時間、よろしくお願いします」


 彼の声色は柔らかく、表情も穏和だった。


 堅枠大は自分に翻訳魔法をかけた国家魔法士のリサのことを思い出した。彼女はトゲのある印象で、この講師とは正反対の雰囲気があった。


 カオン講師は受講者一人ひとりと目を合わせながら、話を始めた。


「皆さんは魔法が苦手な方、もしくはこれまで学ぶ機会が無かった方だと思いますが、あまり難しく考える必要はありません。理論的な部分もありますが、魔法のほとんどは感覚的なものです。魔法の種類によって得意不得意はあって当たり前なのです」


 彼の言葉を聞いて、堅枠大はマッコウを思い浮かべた。


 マッコウは魔法を苦手としているが、水魔法だけは少し使える。彼は水の動きを操り、水運に役立てている。これも、マッコウが水魔法との相性が良かったからなのだろう。


 カオン講師は話を続ける。


「魔法は上位存在の力を借りて、世界の法則を自分たちの都合のいいように捻じ曲げるものだと言われています。これに対し、かつて魔法とともに探求されていた科学は世界の法則に従うものです。科学は世界の法則を明らかにしたうえで、その法則を使う術を見つけなければいけませんから、物凄く大変です。一方、魔法は法則を捻じ曲げるだけでいいのですから、科学に比べれば簡単です。そのため、いつしか科学の探求はほとんど行われなくなり、魔法が発展してきました」


 先生はここで咳払いをした。


「とまあ、これが魔法の簡単な説明ですね。いつものオープニング長話です」


 彼は口元をほんの少しだけ上げて、堅枠大を一瞥した。


「今日は初めての方もいますから、このクラスでやることをおさらいしておきましょう。これからは、火・水・風・土の四大属性を主にやっていきます。もちろん、雷・氷・草・光・闇といったその他の属性や魔法も、それぞれの適性に合わせておこなっていく予定です。では、まずはそれらのお手本を」


 カオン講師は深呼吸をした後、受講者たちの目の前で魔法を使ってみせた。


 彼は教卓と受講者用長机の間にあるスペースに降り、魔法を発動させる。火を起こして消し、水を出現させて消し、教室内にそよ風を吹かせ、持参した土を操って動かし、両手の間に雷を散らせ、水を凍らせ、植木鉢の植物を動かし、教室内を明るくし、暗くする。


 カオン講師はこれらの魔法をそれぞれ一言の詠唱のみでおこなった。

 彼が魔法を使うたび、受講者たちは感嘆の声を漏らした。


「とまあ、こんな感じです。国家魔法士になるには基本的な属性はすべて使える必要がありますが、そうでない人は何か一つ魔法が使えればそれで構いません。生活は魔道具があれば事足りますし。ですが、魔道具を使うには魔力が必要です。この初級クラスでは、魔力量を増やすこと、魔力を上手く制御できるようになること。この二つが目標です」


 カオン講師はそう言って両手を叩いた。

 その顔には、少々申し訳なさそうな笑みが浮かんでいた。


「長々と話をしてしまいましたね。では、これから実践に移りましょう。まずは火からです。両手を伸ばして、手に魔力を込め、火をイメージしながら、『火よ、起きろ』と言ってみてください」


 それから、受講者たちの魔法訓練が始まった。火の魔法だけでなく、他の属性も実際におこなっていく。


 堅枠大はカオン講師の言う通りにやってみた。しかし、どの魔法も上手くいかなかった。火は起こらず、水は来ず、風は起こらず、土は動かない。他の受講者たちも、特定の属性は少しだけ発動するが他は反応なし、といった様子だった。


 カオンは受講者たちを順番に回りながら、丁寧に指導していった。


 彼は堅枠大にも、穏やかな顔でアドバイスをした。そのおかげか、水魔法を使ったときに右手の人差し指の先が少しだけ湿った。


「や、やった……!」


 微々たる反応ではあったが、それでも堅枠大は喜ばずにはいられなかった。


 カオン講師も自分のことのように喜んでいた。


「やりましたね! カタワクさんは……魔力自体はそれなりにあるようですね。翻訳魔法をかけているのに疲れていないのがその証拠です。訓練を積んでいけば、魔法も上手く使えるようになって、仕事や趣味の幅が広がるかもしれません」


「本当ですか! 頑張ります!」


 国家魔法士カオンの言葉に、堅枠大の意欲は高まった。


 堅枠大は気合を入れて四大属性の詠唱を繰り返した。しかし、この日は結局、どれも上手くいかなかった。


 授業終了の鐘がなると、カオン講師は教壇に戻り、


「お疲れ様でした。では、また次の授業で」


 とだけ言って、木箱を抱えて教室から去っていった。




 魔法の授業が終わり、堅枠大は寄り道もせずまっすぐに学校を出た。


 時刻は午後三時頃。強さのピークを過ぎた日差しを浴びながら、彼は学校の出口横で背伸びをした。


「うーん。二時間しか授業取ってないのにめちゃくちゃつかれたなあ。でも、なんか学生の頃に戻ったみたいで楽しいかも」


 彼はそう言って、学校に出入りする大人たちを見た。


 彼ら彼女らは明るい顔をして歩いている。奴隷として働きながら、学びを楽しんでいるようだ。


「やっぱ余裕があるから、学び直す人も多いんだな。働きながら専門の学校に通ってる人も結構いるみたいだし。クーディ先生が言ってた通り、この国は教育に力を入れてるんだなあ」


 堅枠大は空を見上げる。


 青空を眺めていると、この国の治安の良さやモラルの高さ、人々の能力の高さなどが思い出された。犯罪は滅多に起こらず、個人の尊厳は大事にされ、それぞれに考える力が備わっていて、仕事は恐るべき効率で回っている。


「人の力は国の力、か」


 堅枠大は呟く。


 ヒューライ国の労働環境に驚いて気を失ったあの夜、クーディ医師が言った言葉。堅枠大は再教育学校に通い始めたことで、その言葉の意味が少しわかってきたような気がした。





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