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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第一章 転生先でも奴隷!?
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1-16 鉄壁の守りと針の風

 堅枠大は南に目を向ける。

 すると、多数の農耕奴隷たちが走ってくるのが見えた。


「た、助けてくれー!」

「逃げろ逃げろー! あんなのにぶつかられたら死んじまう!」


 農耕奴隷たちは悲鳴を上げながら、必死で走っている。彼ら彼女らは大事な作物のことなどお構いなしに畑の中を駆け、土を踏み荒らしていく。


「な、なにごと!?」


 堅枠大は驚きの声を上げることしかできなかった。


 そうしているうちにも、農耕奴隷たちはこちらに近づいてくる。そして、奴隷たちが全力疾走する理由も見えてきた。


 茶色い毛皮に包まれた、イノシシのような大きな生き物。それが、農耕奴隷たちの背中を追っていた。


 途中、高さ五メートルほどの木にその巨獣がぶつかった。その一撃で木はなぎ倒されてしまう。それでもイノシシはひるむことなく再び走り出し、人間たちに襲いかかろうとしている。


 農耕奴隷たちは火や雷などの魔法でイノシシを攻撃するが、その怪物は止まらなかった。逃げ惑う人々を、イノシシは容赦なく追いかける。


 その光景を目の当たりにし、堅枠大とマッコウは静かに声を漏らした。


「な、なんだありゃ……」

「マジかよ、大イノシシだぜ……」


 堅枠大は危機的状況に思考力を失ってしまっていた。彼は呆けた顔をして、人々が逃げる姿を眺めることしかできない。


 マッコウも驚いたように目を見開いていたが、慌てる様子は無かった。バーンとアリィに至っては、この非常事態にもかかわらず、顔色をまったく変えていなかった。


 ふと、堅枠大に考える力が戻った。


 彼は三人の落ち着きぶりを不思議に思いつつも、長椅子に座ったままの三人に向けて声を張り上げる。


「マッコウ! バーンさん! アリィさん! 俺たちも逃げましょう!」


 戦う力など持たない堅枠大にとって、避難は自分を守れる唯一の手段だった。彼は一秒でも早くこの場から逃げたかった。


 しかし、急かす彼を尻目に、バーンとアリィは悠々と腰を上げて遠くの大イノシシを見据えた。


「どうやら、ワシらの出番みたいじゃの」

「そうみたいだねぇ」


 この老夫婦はいつもと変わらない声色でそう言って、足早に倉庫小屋の中へと入っていった。


「え……?」


 堅枠大は二人の冷静さに戸惑った。


 一方、マッコウは長椅子に座ったまま、他人事のように大イノシシを眺めているだけ。彼は逃げることもせず、戦うこともせず、成り行きを見守っている。


 そうしている間にも、大イノシシはこちらに近づいてくる。堅枠大の焦りは増すばかりだった。


 老夫婦はすぐに倉庫小屋から出てきた。


 バーンは二メートルほどの槍を、アリィは短弓と一本の矢を持っている。二人は軽やかな足取りで畑の中に入り、堅枠大とマッコウから十分に距離をとってから足を止めた。


「守護の力よ! 我が体を守れい!」

「風の力よ! わたしの弓矢に宿るんだねえ!」


 二人は声を張り上げる。


 その直後、バーンの体が青い光に包まれ、アリィの周辺に風が巻き起こった。他の農耕奴隷たちとは比べものにならないほどの力が、この老夫婦には宿っている。


 そして、バーンが駆け出した。彼は人間を遥かに超えた速さで大イノシシに向かっていく。


 アリィは弓に矢をセットして、構えた。目標は大イノシシ。彼女の弓矢に風が集まり、矢が緑色に光り出す。それに伴って、周辺の風は次第に弱くなっていった。


 大イノシシは依然として農耕奴隷たちを追いかけていた。


 その怪物はやがて、一人の若い女性に目標を絞った。女性は全力で走るが、大イノシシのほうが速い。このまま獣が突進を受ければ、彼女は確実に大怪我を負う。下手をすれば命を落としてしまうかもしれない。


「助けて! 助けて! 助けてええええええええええええええ!」


 女性は恐怖心から叫ぶ。


 それが災いを呼んだ。彼女は畑の段差につまずき、派手に転んでしまう。叫び声を上げて意識が分散したことにより、足元の注意がおろそかになったのが原因だった。


 全身土まみれになった女性は、倒れたまま後ろを見る。彼女の五倍以上もの体格を誇る大イノシシが、すぐそこまで迫っていた。


 彼女は目を固く閉じた。


 死への恐怖と、諦めと、救いを求める気持ちが、彼女の中には混在していた。その中でも、諦めの気持ちが最も大きかった。


 彼女は死期を悟る。しかし、それと同時にバーンの声が農場に響き渡った。


「もう大丈夫じゃ!」


 その声を聞き、女性は目を開いた。


 駆けつけたバーンが女性と大イノシシの間に割り込む。彼はそのまま女性の前で仁王立ちになる。


 そして、大イノシシが老父の体に激突した。


 そのとてつもない衝撃に、周囲の空気が震えた。並の人間であれば、吹き飛ばされて地面を転がり絶命するほどの威力だった。


 だが、バーンは一歩も引くことなく大イノシシの体を受け止めてみせた。


 それどこか、彼は反撃に出た。バーンは左手で茶色の毛皮を掴み、猛獣の重い体を押し返す。大イノシシの体の向きが徐々に変わり、その横腹が堅枠大たちに向いた。


「今じゃ! アリィ!」

「はいよ」


 バーンは叫び、アリィは小さな声で返事をした。


 その直後、百メートルほど離れた大イノシシに向かって、アリィは静かに矢を放った。


 放たれた矢は風を纏い、豪速で空中を突き抜けていく。その矢は進路をずらすことなく、吸い込まれるかのように大イノシシの横腹に突き刺さった。


 次の瞬間、大イノシシの周辺に風が吹き荒れた。


 バーンはすぐに怪物から離れ、女性の前に立って強風から彼女を守った。


 強烈な衝撃が大イノシシを襲う。その大きな体は矢と風の威力に耐えられずに吹き飛び、畑の中を転がっていった。


 数秒後に風は止み、大イノシシの転倒が止まった。


 バーンはすぐに巨獣の体に駆け寄り、その足に槍の穂先を刺した。大イノシシには何の反応も無く、呼吸も止まっているようだった。


「うむ、死んでおるの。今日は猪鍋にでもするか」


 バーンは落ち着いた様子でそう言って、槍を抜いた。


 大イノシシという危機が去ったことで、農場に静けさが訪れた。農耕奴隷たちは走るのを止め、バーンを眺めていた。


 農耕奴隷たちも、助けられた女性も、一安心したように小さく笑みを浮かべた。


 だが、堅枠大だけは、驚いていた。

 驚きすぎて、顎が外れそうになっていた。


「な、なんだ、このじいさんばあさんは……」


 目の前で繰り広げられた、老夫婦による猛獣撃退劇。巨獣の突進を受け止めたバーンも、百メートル先の目標を正確に射抜いて絶命させたアリィも、堅枠大の想像をはるかに上回っていた。


 農耕奴隷たちを守った老夫婦を見て、マッコウは感心したように腕組みをする。


「うーん、さすがは元国境守備隊エースの二人。鉄壁のバーンと針風のアリィだぜ」


「す、すげぇ……これが、魔法を使える軍人の力……勉強頑張ろ」


 こうして、堅枠大はバーンとアリィに密かに憧れるのだった。


 その後、何事も無かったかのように日常が再開した。堅枠大とマッコウは頼まれた通りに魔道具用石材の切れ端を舟に載せ、運搬に必要な手続きをしてから都市へと帰っていった。


 ちなみに、大イノシシはヒューライ国所有の森林の外、すなわち公森林からやってきて、国境森林を抜けて農耕地帯に侵入したようだ。国は国境警備の穴を突かれたことを反省し、国境警備隊の増員を検討しているとのこと。


 また、大イノシシの肉は、謝礼としてバーンとアリィに譲渡された。二人はその肉を処理して、農場や村の人々に分け与えたという。





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