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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第一章 転生先でも奴隷!?
16/63

1-15 初夏の奴隷たち

 堅枠大が転生してから二か月が経ち、六月になった。


 ヒューライ国の気候は穏やかで、降水量は年中通してほとんど変わらない。日本では雨の多い時期でも、この国では晴れや曇りの日のほうが多い。気温も少し暑い程度だ。


 本日は晴れ。春に比べて日差しがやや強い。


 そんな天気の下、堅枠大とマッコウは都市部での荷物受け取りの手伝いをした後、南の農耕地帯に向かっていた。時刻はまだ昼前だ。


 堅枠大は舟の先頭に座り、手信号の仕事を難なくこなしている。都市部でも農耕地帯でも、初めての場所以外ではマッコウの指示を受けなくて済むようになっていた。


 現在、堅枠大は右手を前に伸ばし、直進のポーズをとっている。行き先はバーンとアリィが居る、コーマス農場だ。


 目的地に差し掛かると、堅枠大は両手を横に広げた。


「止まりまーす!」


 彼の掛け声とともに舟は減速し、やがて倉庫前の船着き場に泊まった。


 二人が到着するや否や、階段の上からバーンとアリィが顔を出した。事前に来ることを知らせていたため、こうして迎えてくれたのだろう。


「バーンさん、アリィさん。荷物を届けに来ました!」


 堅枠大はマッコウより先に舟から降り、老夫婦に声をかける。


 今の彼が二か月前のように頭を下げたり、言葉遣いを過度に堅くしたりするようなことはない。彼には怖がる様子も無く、その声は元気に満ち溢れていた。


「おうおう、カタワクさん。こんなに多く……運ぶの大変だったじゃろ?」


 バーンは舟を見ながら目を丸くする。


 舟の中央部には十五つの木箱が隙間なく載せられていて、それは誰がどう見ても限界積載量ギリギリの荷物量だった。


 堅枠大は荷物を一瞥した後、バーンに顔を向けて右手を小さく左右に振る。


「いえいえ。このくらい、なんてことないですよ。舟を漕ぐのはマッコウですし! 俺は平気ですよ!」


「カタワクぅ~、手信号も大変だろぅ? 荷物は二人で運ぶし、お互い様だあ!」


 堅枠大は軽口を叩き、そんな彼の背中をマッコウが叩く。

 笑い声を上げる二人を見て、アリィは微笑んだ。


「カタワクさんも、この国での暮らしにすっかり慣れたようだねぇ」

「ええ、もう毎日楽しいですよ!」


「そりゃあよかったねぇ。人間、元気があってこそさ」


 アリィは腰に両手を当て、歯を見せて笑顔を浮かべる。彼女の歯は白く、一つも欠けてはいなかった。

 談笑はこれくらいにして、堅枠大は仕事モードに戻る。


「それじゃあ、荷物を小屋に入れちゃいますね」

「おう。ワシらも手伝うぞ!」


「助かります」


 それから、四人は協力して木箱を倉庫小屋に運んでいった。水運奴隷の二人はもちろんのこと、バーンとアリィも難なく動いていた。それどころか、運送歴二か月の堅枠大よりも老夫婦のほうが木箱を軽々と持ち運んでいた。


 十五箱すべてを運び入れたところで、堅枠大は小屋の前で大きく息を吐いた。


「ふー。これで全部だな……バーンさん、お代のほうは一箱五十カーマで十五箱ですから、合計七百五十カーマです」


「おうおう、少し待っててくれい」


 バーンは腰提げ袋から大きめの銀貨を一枚取り出し、堅枠大に手渡した。


「千カーマですね……なので、二百五十カーマのお返しです。ご利用ありがとうございました」


 堅枠大は黒のサイドバックに大銀貨を入れ、代わりに銀貨二枚と大銅貨五枚をその中から取ってバーンに渡した。


 その後、アリィが堅枠大に話しかける。


「ああ、あと、都市の職人連中に送りたいものがあるんだがねぇ。畑の土から石材の切れ端が出てねぇ。急で済まないけど、今日は大丈夫かい?」


「ええ。この後は受け取りの予定はありませんから、引き受けますよ。職人たちにその話は伝わっていますか?」


「助かるねぇ。もちろん、話はついているよ……あっ、そうだ。あんたたち、昼食はどうするんだい? もしよかったら、ここで食べていかないかい?」


「それはいいですね。マッコウ、昼飯の予定を変えても大丈夫か?」


「ああ。あそこの村で食うつもりだったけど、ご馳走してくれるならお言葉に甘えようぜ」


「ほほ、ありがたいねぇ。なら、今から準備するよ」


 アリィは上機嫌に短く笑い、倉庫小屋へと入っていった。


 堅枠大とマッコウは一食分の費用が浮いたことにほんの少しだけ喜んだ。また、アリィが何を出してくるのか、二人は期待で胸を膨らませた。


 アリィ以外の三人は、小屋のすぐそばにある長椅子に並んで腰かけた。


 それから三人は白い紙切れを両手に挟み、その紙に魔力を込める。すると、紙が白い光を放った。光は手を包み込み、数秒の後に弾けて消える。それと同時に三人の手が石鹸で洗ったかのように綺麗になっていた。


 手を離すと、紙は灰色に変わっていた。


(洗浄の魔道具、本当に便利だな。手くらいなら魔力もほとんど必要無いし)


 堅枠大は役目を終えた魔道具の紙を見ながら、改めて魔法技術の偉大さを感じるのだった。


 その直後、アリィが四人分の木皿と金属製のフォークを持って小屋から出てきた。彼女は三人に食事を渡し、バーンの隣に座った。


 アリィが用意したのは、発酵させた魚に数種類の香草を多量に振りかけたものと、コッペパンだった。魚は白身が薄く茶色がかっていて、骨抜きがされていて身はほぐされている。魚の上に乗せられている香草は緑色や赤色、白色など色とりどりだ。


「ほほー! これは美味そうっすね!」


 マッコウは皿に盛りつけられた料理を見て目を輝かせる。

 そんな彼を見て、バーンとアリィは嬉しそうに微笑んだ。


「アリィが保存食を作りすぎたんでな。ちょうど二人にも食べてもらおうと思って持ってきたんじゃ」


「魚だけだと臭いけどねぇ。香草でニオイを消したらとっても美味しいんだよねぇ……さあ、食べていいよ。遠慮はいらないからねぇ。ああ、あと、オレンジのジャムもあるからねぇ。必要だったら言っておくれ」


「ありがとうございまーす!」


 マッコウが元気よく礼を言う。


 その横で、堅枠大は料理を見ながら固まっていた。発酵させた魚の独特なニオイに頭が混乱する。臭いのか良い匂いなのか、判別がつかない。一応、食欲は湧いてくる。美味しそうではあるのだが、少し躊躇う気持ちも彼にはあった。


 そうしているうちに、他の三人は食事の挨拶をし始めていた。

 堅枠大は少し遅れて顔と胸の前で右手を縦に切った。


「天地の恵みに感謝して、い、いただきます……」


 そして、彼は急いでフォークを持ち、発酵魚の香草和えをおそるおそる口に運んだ。堅枠大は目を閉じ、咀嚼を開始する。


(ん? あれ……? 一瞬臭いと思ったけど、香草のおかげでたいして気にならないな。むしろ、噛めば噛むほど熟成された旨みが口の中に広がる。こ、これは……)


「美味い!」

「うめえ!」


 堅枠大とマッコウの感嘆が重なる。

 二人は目を見合わせた後、同時にアリィへと顔を向けた。


「アリィさん! これ思った以上に美味しいですね!」

「癖は強いっすけど! でも、すっげえ美味い!」


「それは嬉しいねぇ」


 アリィが白い歯を見せて笑う。堅枠大とマッコウは我慢が出来なくなり、すぐに発酵魚を食べ始めた。

 二人はパンも食べずに、先に魚を完食してしまった。骨は完全に取り除いてくれていため、がっついても問題なかった。


 パンはデザートとして、オレンジジャムをつけて食べた。旨みと臭みが残る口内を、ジャムの爽やかな甘みがリセットしてくれた。


 食後は温かい紅茶を飲んだ。


「これで今日も命を繋げます。ごちそうさまでした」


 四人は食事終わりの挨拶をし、後片付けにとりかかった。その後は再び長椅子に並んで座り、食後の休息時間となった。


 少し休んだ頃、バーンが口を開く。


「そろそろ夏が来るのう。カタワクさんはこっちに来てから二か月じゃし、そろそろ学校にでも通ったらどうじゃ? まだ魔法も習っておらんし、ヒューライ語も少しはわかるようになったほうがいいじゃろ」


「そうですかねぇ……生活は魔道具があるから困りませんし、言葉のほうは国家魔法士の方にかけてもらった翻訳魔法がありますから、どちらもあまり必要性を感じないんですよね。魔力消費は我慢すればいいですし」


 やや強めの日差しを浴びながら、堅枠大は穏やかな表情を浮かべる。


 魔道具や翻訳魔法には使用者の魔力が必要だ。魔道具は使うたびに力が抜け、翻訳魔法は話すだけで疲れを感じることもある。ただ、過労で一度死んだ堅枠大にとっては、十分な休息をとれている現状ではどちらも些細な事に過ぎなかった。


 だが、バーンは少しだけ険しい顔をしていた。


「確かに、カタワクさんの言う通りかもしれんの。じゃが、これから何があるかわからん。魔法で成り立っとる国に住むのなら、基本的な魔法くらいは学んで魔力操作ができるようになったほうがいい。言葉のほうも、翻訳魔法が効かなくなったときは困るじゃろ。それに、やはり自分の身は自分で守れるだけの力はあったほうがいいぞい」


「それは……確かにそうですね」


 堅枠大はバーンの言葉を聞き、表情を引き締めた。


 彼が魔道具を使うときの魔力量はかなり大雑把で、無駄な力を使っているのは明らかだ。これからも快適に暮らすためには、ある程度の魔力操作はできたほうがいいだろう。そのうえ、翻訳魔法では文字が読めないため、今はマッコウに頼りきりだ。公私ともにできることを増やすためにも、良い環境でヒューライ語を学ぶべきだろう。


 堅枠大はバーンの言うことに納得した。

 そこに、マッコウが口を挟んできた。


「バーンさん。それって、もしかして火竜の噂と関係あります?」

「ああ、あるかもしれんの」


 バーンは神妙な面持ちで頷く。


 マッコウが尋ねたのは、自分の身は自分で守れるだけの力はあったほうがいい、という部分についてだろう。


 その部分について、堅枠大は理解できていた。だが、突然出てきた火竜という単語には、何か引っかかるものを感じてしまった。


「マッコウ。なんだ? その火竜の噂って?」


「なんか、東のかなり遠くのほうで、めちゃくちゃ強い火竜が暴れてるっていう話があるんだよ。いくつか国が潰されたって話も出てるみたいだぜ。あくまで噂だけどな」


 マッコウの言葉に、バーンが続く。


「まあ、竜相手ならば奴隷の一人がわずかに力をつけても何も変わらんがのう。国を守るために軍があるのじゃし。ヒューライ軍は数こそ少ないが、東の大国に負けんほどの力を持っておる。それでもじゃ。万が一の時に備えて、力をつけておくのは無駄ではないぞ」


 バーンは堅枠大に向けて力強く言う。


 ごく自然に竜という言葉が出ていることに、堅枠大は驚いた。だがそれと同時に、彼はバーンの言葉に強い説得力を感じていた。


「竜相手じゃどうにもなりそうにないですけど、強盗とか野生動物とかに襲われたときには役に立ちそうですね……わかりました! 明日、入学手続きをしてきます!」


 堅枠大は思わず立ち上がってしまった。

 彼の宣言を受け、マッコウは驚いて目と口を大きく開いた。


「決断早いな! おいおい、まさか水曜と土曜に学校行くのか? 実質的な休みが日曜しかなくなるぜ?」


「ふっ、甘いな、マッコウ。俺は行きたくて学校に行くんだぜ? そのうえ、勉強するのはとりあえず魔法とヒューライ語だけだ。そんなの、苦にならんさ」


 堅枠大は右手の人差し指を眉間に当て、格好つけたように言う。


 小学校から高校までのぎゅうぎゅう詰めの日程や、興味の無い講義で埋め尽くされた大学の時間割、そして現代日本でのブラック労働を経た彼にとって、学びたいことだけを余裕を持って学びに行くということは、むしろ自分へのご褒美に近かった。


 そんな堅枠大を見て、マッコウは呆れたように息を吐いた。


「まあ、いいけど。仕事に影響が出ない程度にしろよな」

「わかってるって」


 堅枠大は不敵な笑みを相棒に向けた。


 学校談義が終わり、四人の間に静寂が訪れた。だが、それも束の間。会話の代わりと言わんばかりに、森林方面がなにやら騒がしくなった。





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