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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第一章 転生先でも奴隷!?
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1-14 新生活の始まり

 その後、堅枠大はクーディと共に診察室を出た。診察室と同様に待合室の天井にも照明の魔道具があり、夜の部屋を明るくしている。


 待合室には、マッコウが一人座っているだけだった。


 彼は二人が出てくるや否や立ち上がり、堅枠大のもとに駆け寄った。


「カタワク、大丈夫か?」

「ああ、平気平気。何ともないってさ」


 堅枠大がそう言うと、曇っていたマッコウの表情が一気に明るくなった。


「よ、よかった~! また明後日から一緒にバリバリ働こうぜ!」

「おう! 仕事だけじゃなく、この国のことも教えてくれよな!」


 堅枠大とマッコウは笑い合った。


 その横で、クーディは右手の人差し指でこめかみを掻いている。彼女は気まずそうに口を尖らせた後、おそるおそる切り出した。


「それで、診療代だけど……マッコウさんしか払えないわよね」


「えー! 先生、ここ国営の診療所っすよ! なのに金取るんすか!?」


 マッコウは一瞬のうちに体をクーディに向け、驚愕で目を見開いた。

 彼の抗議に、クーディは毅然とした態度で対応する。


「一応、今は診療時間外よ。時間外料金は患者の自己負担。これは、医療法で定められた正当な対価よ」


「わ、わかってるっすよ! そ、それくらい当たり前じゃないですか。冗談っすよ冗談……ええと、百カーマでいいんですよね?」


 マッコウはうろたえながらも、銀貨を一枚、クーディに手渡した。


 このとき、翻訳魔法の効果により、堅枠大は百カーマが千円相当だと理解した。一カーマで十円程度の価値。わかりやすくて助かったと、彼は思った。


 クーディは満足した様子で銀貨を右手に握り締める。


「ええ。よくわかっているじゃない。二人とも、体に異変を感じたら、すぐに診療所に来るのよ。国民の健康が一番大事なんだから。時間外も受け付けているけど、できれば時間内にね」


 彼女はそう言って、堅枠大とマッコウに優しい笑みを向けた。


「は、はい! いつでも、お世話になりますっ!」

「わかりました。こんな夜遅くに診察、ありがとうございました」


 マッコウは少しふざけた様子で言い、堅枠大は真面目に礼をする。そんな二人に、クーディは小さく左手を振った。


「お大事に~」


 彼女に見送られながら、堅枠大とマッコウは診療所から去っていった。


 それから二人は奴隷寮に帰り、風呂に入った。寮内に大浴場があり、そこには洗い場と大きな浴槽が設置されていた。湯水を出すのに魔力を使うということ以外、現代日本の風呂と大きな違いは無かった。


 入浴後、二人は部屋に戻った。


 マッコウはベッドに飛び込んだ直後から寝息を立て始めた。堅枠大はベッドで仰向けになり、相棒の規則的な呼吸音を聞きながら天井を眺める。


(なんか、今日はめちゃくちゃ疲れたな。新しい環境で、見慣れないことばかりで、驚き過ぎたせいかな。元の世界とのギャップが激しすぎる)


 堅枠大は今日のことを思い出す。


 ついでに転生前のことも思い返し、この国が元の世界や元の職場とは違うということを彼は改めて実感した。奴隷にされたときの絶望感は完全に消え去り、今はこれからの人生に対する期待感で満ち溢れている。


(まさか、三十一歳にもなってこんな気持ちになるなんてなぁ。人生、何が起こるかわからないものだなぁ……でも、やっぱりギャップには戸惑うけど)


 堅枠大はそう考えながら、自然とあくびをしてしまった。


 暗い部屋と、窓から差し込む弱い光。夜の雰囲気や一日の疲労感が、彼の眠気を誘う。徐々に眠りへと入っていくこの感覚が何年ぶりに訪れたものなのか、彼にはわからなかった。


(まあ、いいか。これから慣れていけばいい。今日はもう寝よう。たくさん眠って、明日はたくさん休んで、明後日からの仕事に備えよう)


 堅枠大は目を閉じる。

 そして、彼の意識は心地良い睡眠の世界へと落ちていった。




 翌日。


 休日の奴隷寮では朝食が出されないため、堅枠大はマッコウとともに朝食屋へと出かけた。その店では、ハムとレタスのサンドウィッチとオレンジジュースを頼んだ。


 朝食の後は、都市の中を散歩した。マッコウが描いた地図を見ながら、街中を見物する。マッコウ作の地図が正確で情報量も多いことに、堅枠大は驚くばかりだった。


 都市部は九区に分けられていて、それぞれの区はさらに九域に分割されている。中央区に王宮と王宮前広場と国務所、北区に王宮関連施設があり、それ以外の七区には住居や商業施設、学校などが存在している。


 ちなみに、ジャーガン国内水運は南東区の北西域にある。堅枠大が世話になっているクーディ医師も、その区域の国営診療所に勤めている。


 堅枠大とマッコウは一日中、外を歩き回った。奴隷寮に帰った後は風呂に入り、気持ちの良い疲れを感じながら、堅枠大は眠りについた。



 そしてその翌日、木曜日。堅枠大は本格的に働き始めた。


 朝会が終わると、堅枠大とマッコウにジャーガンが話しかけてきた。


「カタワク! お前の給料は今のところ最低賃金の月二万五千カーマだが、頑張り次第で今月からでも上げるからな! マッコウ! お前もだぞ!」


 ジャーガンからの宣告に、二人の気分は舞い上がった。


「アイアイサー!」

「は、はい! 頑張ります!」

「よし、いい返事だ! 今日も安全にな!」


 朝の喧騒の中、三人の声がひと際目立っていた。


 その後、堅枠大とマッコウは担当の荷物を怒涛の勢いで舟に載せていった。それから出発し、安全を確かめながら確実に都市内の水路を進んで、防壁の門をくぐる。スピードを上げ、農耕地帯のコーマス農場へ荷物を届け、昼前には都市に戻ってきた。


 二時間の昼休憩の後、二人は再び都市を出て、今度は国境森林の中にまで行った。そこで貿易会社に荷物を届け、相手からは黒い石材を受け取った。どうやら、その石材は魔道具の材料になるようだ。


 それから二人は石材を舟に積んで都市部に戻り、会社に荷物を預けた。


 あっという間に夕方前になっていたが、本日の仕事はこれで終了だ。


「お疲れ様!」


 堅枠大とマッコウは互いの右手を叩き合い、今日の労働を締めた。


 その後は奴隷寮に帰り、風呂に入ってから夕食屋へと向かった。メニューは牛肉と野菜をバターで炒めたものと、ロールパンだった。夕食後は露店で小さな酒瓶を買い、食堂で数人の同僚たちと酒を少量飲んだ。


 仕事後の堅枠大は、ずっと笑顔だった。

 ほろ酔いの心地良さのなか、彼はベッドで眠りについた。



 その翌日も、堅枠大はしっかりと働いた。心地良い疲労感のなかで飲む、金曜夜の酒は格別だった。


 土曜は商店街を歩いたり、プロ劇団の芝居を見に行ったりした。日曜はマッコウと舟に乗り、農耕地帯をゆったりと見物した。


 そして、翌週も月曜と火曜に働き、水曜に休んで、木曜と金曜にまた働いて、土曜と日曜は休んだ。労働時間は一日約四時間だった。


 堅枠大は初めこそ労働時間の少なさに戸惑っていた。だが、元の世界での長時間労働に比べ、ヒューライ国での労働生活は勤務中の集中力が段違いだった。


 つらくなる寸前で仕事を終えるため、翌日や翌週に疲れを持ち越すことがない。理不尽な怒りに晒されたり、無駄な仕事に振り回されたりすることも無い。自尊心を過度に傷つけられることが無く、それどころか自分が社会の一員として役に立っているという誇りが心に宿る。


 プライベートの時間もたっぷり取れ、仕事の疲れに足を引っ張られることなく休日を楽しむことができる。そのおかげか、休日の夜に絶望感を抱くことも無くなった。


 ヒューライ国では、全員が適度に社会参加をし、自分の時間を多く取っているため、公的な部分と私的な部分の両方で自己形成がなされている。さらに、個人の意思が尊重されているため、理不尽な権力に従わされることもない。


 過度なストレスや身体的負担が無いためか、病気になることはあまりない。義務教育学校では健康管理の大切さを徹底的に教えていることもあり、生活習慣病も少ない。病弱な者や障害を抱えた人間も、可能な範囲で活動している。


 国民全員が幸せなのかはわからないが、少なくとも堅枠大やその周辺の人々は幸福感に包まれていた。


 異世界人の堅枠大がこの国に馴染むのに、一か月もかからなかった。


 そして、堅枠大の初給料は手取りで二万七千カーマ。さらに国からの配給として五千カーマが与えられた。合計三万二千カーマ。現代日本では三十二万円に相当する額を、彼はひと月で手にしていた。


 堅枠大はマッコウに何度も食事を奢り、借りを返していった。


 公私ともに充実し、心身は健康そのもの。ヒューライ国の奴隷になったことで、堅枠大は自分が人間であることを思い出した。


 自分が社会の役に立ち、そのことが自分の生活を豊かにし、それがまた仕事を充実させる。生きることへの幸福とともに、堅枠大は労働の喜びを感じていた。


 ヒューライ国での日々はあっという間に過ぎていった。





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