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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第一章 転生先でも奴隷!?
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1-13 ヒューライ国の真の姿

 その後、堅枠大はクーディ医師の診療所に運ばれた。


 間もなくして彼の意識は回復し、その命に別状はなかった。診察室で堅枠大がクーディに事の顛末を説明すると、二人だけの部屋に彼女の笑い声が響き渡った。


「アハハハッ! ホワイトすぎる労働環境にビックリして気を失った!? アハハッ! おかしい人! ウハハハハッ! だ、だめ、笑いすぎてお腹痛い」


「笑い事じゃありませんよ先生……」


 クーディは両腕で腹を抱えて大笑いする。


 患者の話を笑い飛ばすという医師としてはふさわしくない彼女の言動に、堅枠大は少し呆れてしまった。


「ごめんなさいね、ハハッ……でも、もう少し笑わせて、フフフッ……思いっ切り笑ったら、何を聞いても笑わなくなると思うから、アヒヒッ……」


 椅子に座って向かい合う二人の間には、クーディの笑い声が絶えることなく沸き起こっていた。


 ちなみに、今のクーディは灰色の緩いシャツとズボンに白衣という、昼間とは違う服装をしていた。入浴後なのか、髪が少し濡れている。


 それから数分後、彼女の笑いが収まりつつあった。

 クーディは目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、堅枠大に視線を向ける。


「はーひぃー、ふーはー、はぁ、はぁ……よし! 止まった。待たせたわね。これで、あなたの話がちゃんと聞けるわ」


 彼女は姿勢を正し、柔らかな微笑みを浮かべる。


 馬鹿笑いをする個人としてのクーディから、この診療所に勤める国家医師としてのクーディに戻ったようだ。


「それで、気を失ったときの状況を覚えている範囲でいいから、もう一度聞かせてちょうだい」


 医師モードの彼女にそう言われ、堅枠大は気を引き締めて話し始めた。


「今日の夕食の時に、相棒のマッコウにこれから仕事があるかどうかを尋ねまして。そうしたら、マッコウが今日の仕事は夕方前に終わったと言うものですから、私は驚いて椅子から転がり落ちまして。それからマッコウがこの国での奴隷の扱いを説明してくれたのですが、その内容が、以前私が居た世界とはあまりにもかけ離れていて……驚きのあまり全身が爆発したかのような衝撃を感じて、そのまま失神してしまったようです」


 堅枠大は当時の状況を思い出しながら話す。

 クーディは彼の話を最後まで黙って聞き、頷いた。


「うん、さっき言ってくれたことと同じね。意識のほうは問題ないみたい。さっき体を診たけど異常は無かったし、心配するようなことは無いわね。安心していいわよ」


 クーディの診断結果に、堅枠大は安心して肩の力を抜いた。


 彼自身、自分の体に違和感は抱いていなかった。派手に転んだわりに痛みは無い。そのうえ、元の世界に居た時とは比べものにならないほど体が軽いとさえ感じていた。


「それはそうとして、ちょっと興味あるわね。あなたがもと居た世界のこと。特に、奴隷がどんな生活をしていたのか。あなたが驚きで気を失うくらいだから、こことはかなり違うというのは確かね」


 クーディは机に左肘をつけ、頬杖をして口元を緩ませる。


 彼女が医師モードを半分解いたことによって、堅枠大は元の世界での忌々しい事柄を自然と話す気になった。


「それはもう、酷いものでしたよ。朝早くから夜遅くまで怒鳴られながら働かされて、いつも睡眠不足で休みもほとんど無くて、給料が少なくて生活はいつもギリギリで……安酒や栄養飲料で疲れを誤魔化すしかなかったですね。みんな、青白い顔をして働いていましたよ」


 堅枠大はそう口にしながら、その光景を鮮明に思い出して暗い顔になっていった。彼のその表情は、当時の自分や同僚、そして電車や道ですれ違うサラリーマンたちと同じようなもので、まさに生ける屍だった。


 彼の話を聞き、クーディは眉間にしわを寄せながら目を見開いた。


「それ本当なの? みんながみんな、そんな働き方していたら死ぬわよ」


 彼女の声は深刻だった。


 嘘の話であって欲しい。そう願う女性医師に対し、堅枠大は向こうの世界での事実を淡々と突き付ける。


「ええ、実際に死んでいました。過労で倒れて病気になる人、突然亡くなる人、絶望で自ら命を絶つ人。労働が原因の死亡者は、わかっているだけでも毎年一万人を超えています。実際はもっと多いでしょうけど……そう言う自分も、過労で心臓が止まってしまった一人ですが」


 あまりの悲惨さに、クーディは右手で両目を覆い、顔を上に向けてしまう。


「そんなの、歴史書の中での出来事だと思っていたわ。まさか別の世界で実際に起こっていたなんて……いや、起こっているなんて……世界は広いわね」


「もちろん、この国での奴隷身分にあたるサラリーマンだけでなく、政治にかかわる人や、先生のような医師も、過重労働が原因で死んでいます。死ぬまでいかなくても、労働による健康被害は数えきれないでしょうね」


「も、もういいわ。じゅうぶん分かった。わかりましたから」


 クーディは右手を堅枠大に向かって突き出し、彼の話を打ち切った。これ以上この話を聞けば、頭がおかしくなるかもしれなかった。


 彼女は目を開け、堅枠大と視線を合わせる。


「カタワクさん。あなたがそういう過酷な世界から来たのはわかったわ。もちろん、その社会が歴史の流れの中で作られてしまったことや、それを変えるのは容易ではないことも想像がつきます。でも、あなたはこの国に来て、ここで生きると決めたのだから、働くことに怯えなくていいのよ」


「はぁ、そうですか……」


 クーディは穏やかな声で諭したが、堅枠大は適当な返事しかできなかった。


 それもそのはず。奴隷になって仕事を始めてまだ一日。しかも、実質的に今日はマッコウに付き添っただけなのだ。夕食の店で言われた、『一日四時間労働、完全週休三日制、手取り二十五万円相当以上』というものに対し、彼は半信半疑だった。


 情報不足なのだろうと、クーディは判断した。彼女は机から肘を離して頬杖をやめ、少しだけ前傾姿勢になって堅枠大に話しかける。


「簡単にこの世界を説明するとね、魔法が存在していて、人の営みは魔法で成り立っているわ。すべての生命は魔力を持っているから、人はその魔力を使って魔法を使ったり、魔道具を動かしたりしているのよ」


 その言葉で、堅枠大は昨日と今日のことを思い出した。


 あらゆるところで魔法が使われていたことや、動力源の不明な道具がいくつもあったこと。また、マッコウは自分の舟とオールが魔道具だと言っていた。ということは、トイレなどで使ったあの石板も魔道具なのだろう。


 そう考えると、堅枠大の頭にあったいくつもの疑問が解消されていった。


「やっぱり、魔法があるんですね……そして、農業や工業、インフラ設備、医療、その他いろいろなものが魔法の恩恵を受けているんですか。だから、やけに食事が豪華だったわけか」


「まあ、そういうことになるわね……次に暦についてだけど、一年は三百六十日で十二か月。ひと月あたり三十日。七日で一週間、月火水木金土日。一日は二十四時間。季節は春夏秋冬。日照時間は十二時間を基準に季節によって増減するわね」


 クーディは淡々と話す。

 その説明に、堅枠大は安堵した。


「一年が三百六十日で、ひと月あたりの日数は三十日で統一。というところ以外は、わたしが居た世界、というか国とほとんど変わりませんね」


「それはすぐに馴染めそうでよかったわ。それで、この国はヒューライ国といって、建国百年の中堅国家よ。人口は二十万。大陸西側の全人口は五百万で、一番大きい国で六十万人。この国周辺の諸外国の人口は平均十五万。これで、この国の規模も予想がつくかしら」


「はい、なんとなく」


 クーディの言葉を受け、堅枠大はこの国の輪郭をぼんやりと想像した。


 中心に都市があり、その周辺には農耕地帯。その二つを合わせて二十万人が暮らしている。国は森林に囲まれていて、その先には別の国がある。


 遥か遠くにそびえる東の山脈の向こうには、大陸東側と呼ばれる場所があり、そこにも国が存在している。ただ、あの山脈を越えるのは難しく、西と東は異世界に近い関係なのかもしれない。


 クーディは話を続けた。


「次に、この国の身分だけど、大きく分けて五つ。旗印としての王族。国民から選ばれて政治を執り行う貴族。経済組織のトップである経営者。特別な技術と資格を持つ高度専門職。王宮に使える者も高度専門職扱いよ。そして、それ以外の実働者が奴隷。この国の約七割から八割が奴隷身分ね」


「ということは、十五万人くらいが奴隷なわけですね」


「まあ、奴隷身分でも義務教育期間中の子どもや高等教育機関に通う学生なんかもいるから、実際にフルで働いている奴隷は十万人くらいじゃないかしら」


「ほえ~、教育に力を入れているんですね~」


 堅枠大は素直に驚いた。


 奴隷といえばまともな教育も受けられず、労働を強いられるものだと思っていた。だが、この国では全員が教育を受けられるようだ。


「人の力はすなわち国の力だもの。教育こそ国の土台よ」


 クーディは誇らしげにそう言って目を細める。

 その後、彼女は少し真剣な表情を浮かべた。


「それで、これからが重要なのだけど、ごく一部の人以外は、週に四日までしか働いてはいけないのよ。それは、私たち医師も例外ではないわ。そして通常、労働は一日四時間までよ」


「一日四時間だけで、週に四日しか働かなくていい。しかも二日働いたら休みがある。月曜と火曜は働いて、水曜に休んで、木曜と金曜は働いて、土日は休む。それで十分な給料がもらえる。夢みたいだ」


 堅枠大は恍惚とした表情を浮かべる。


 元の世界での職場に比べると、労働時間は圧倒的に少ない。おそらく、二割から三割程度しかない。そんな彼にとっては、この国の奴隷は働いていないのと同じに思えた。


 クーディは堅枠大に微笑む。


「夢じゃなくて現実よ。さらに、水土日の週三労働の人もいるわよ。もちろん、一日働いたら一日休んでいる人もいる。一日の中だけで見ても、早朝だけ、朝だけ、昼だけ、夕方だけ、夜だけ、深夜だけ、って人もたくさんよ。この国では、みんな交代しながら働いているのよ。ちなみに、私は月火木金に診療所宿泊で、他の三日は休み。完全な休日は日曜だけだけど、その分給料は高いわね」


 彼女はそう言って、誇らしげに胸を張った。


 この国や周辺の国々においては、余裕を持って働くことが一般的らしい。だが、現代日本人である堅枠大は、それを完全には受け止め切れなかった。


「それで、社会が回るんですかね……俺がもと居た日本なら、絶対に無理そうな気がするんですけど」

「まあ、私も詳しいことはわからないわ。でも、実際に回っている。みんな、心身ともに充実している。だから、あなたも難しいことは考えずに、それに混ざればいいのよ」


「そうですか……いや、そうですよね! 明日から頑張ります!」


 堅枠大は戸惑っていたが、すぐにクーディの言う通りにしようと思った。


 彼はもうヒューライ国民の一人なのだ。ただの奴隷が、よく知らない国や社会のことを考えても仕方ない。


 新しい人生に希望が見え、この世界で生きていく決意が出来た。堅枠大は両拳を握り締め、全身にやる気をみなぎらせていく。


 元気になった彼を見て、クーディは満面の笑みを浮かべた。


「そう、その意気よ! ……あ、でも明日は水曜だから、あなたのところは確か休みだったわね」


「えぇ……」


 堅枠大は拍子抜けしてうなだれた。


 体中に滾っていたやる気が霧散していく。明日が休みだということに意気消沈するのは初めてだった。


「ま、まあ……明後日からまた頑張ればいいわよ。すぐ慣れるわ、きっと」


 クーディは困ったような笑顔で堅枠大を励ました。





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