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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第一章 転生先でも奴隷!?
12/63

1-11 奴隷の一日(夕方)

 コーマス農場から出発して約一時間後、堅枠大とマッコウは都市部の入り口に戻ってきた。二人が門をくぐって都市内部へ入ったときには、夕方前になっていた。


 水路を進んでいると、今日の昼休みに食事をした店が見えた。堅枠大はその店に目を向ける。扉の横の立て看板は無く、窓の向こうはカーテンが閉められていた。誰かが店の中に入る様子はまったく無い。


(今日はもう終わってるのか? それともまだ開けてないのか? どちらにしても、文字が読めないからわからん)


 あの店を観察すればこの国のことを知る手がかりが掴めると彼は思っていたが、結局何もわからなかった。あの店主が奴隷なのかそうでないのかも不明なままだった。


 堅枠大は思考を切り替え、前だけを見る。


(他人のことを気にしてる場合じゃない。ここからは地獄の労働フィーバータイム。くそくらえな量の仕事が待ってるぞ)


 自分の右手が示す先を、彼は睨み付けた。




 やがて、堅枠大とマッコウはジャーガン国内水運の船着き場に着いた。


 マッコウは舟を簡易的に泊めると、封筒を持って陸に上がった。堅枠大も相棒に続こうとしたが、それをマッコウが手で制した。


「カタワクはちょっと待ってな。これ、事務担当に渡してくる! 時間ギリギリだからオレだけで行く!」


 マッコウはそう言い残すと、足早に社内へと入っていった。

 堅枠大は彼の向かった先を見ながら、腰を下ろした。


 一人になると、急に静かになった。そして、堅枠大は一気に心細くなった。マッコウの能天気さが、今の彼には有難く思えてきた。周囲の喧騒が遠く聞こえるようになり、いつの間にか彼の脳内は『残業』の二文字で埋め尽くされていた。


「残業……残業……残業……」


 堅枠大は無意識的に小さな声で唱え続ける。

 すると突然、舟が揺れた。


「待たせたな!」


 堅枠大の後ろからマッコウの元気な声が聞こえた。マッコウが言った通り、堅枠大は少し待つだけで済んだようだ。


 残業という二文字の群れが頭の中から吹き飛ばされ、堅枠大は我に返る。彼は少し驚きながら、後ろを向いてマッコウを見上げた。


「お、おう。おかえり」


 彼の言葉を受け、マッコウは満面の笑みを浮かべる。夕方直前の穏やかな日差しに照らされたその顔が、堅枠大には異様に輝いて見えた。


「それじゃあ、ヒューライ国の都市を巡る旅の始まりだぜい!」


 マッコウの号令とともに、舟は再び出発した。


 二人を乗せた舟は船着き場から水路に出て、緩やかな速度で進んでいく。太陽は西に傾き、空には赤みが帯び始めていた。


 堅枠大は方向提示をしながら、陸の通路を見上げる。


 通行人たちは皆、晴れやかな顔をしている。昼間よりも人の数は遥かに多く、商店の周辺を人々が行き来していた。


 マッコウは左手を目の上に添え、大きく息を吐く。


「やっぱ夕方は賑わうなー! 晩メシの食材を買ったり、つまみ食いしたり、ふらふらと商店を巡ったり、芝居を見に行ったりしてさー。いやぁ、今日の晩メシは何にしようかなー!」


 マッコウは周囲を見渡しながら、上機嫌に声を上げる。

 一方、堅枠大は通りの賑わいから目を背け、顔を歪めた。


(どうせ、あいつらは上級国民だろ。奴隷を使う立場の人間とか、貴族とか、王宮関係の奴らとか。俺たち奴隷には夕方の賑わいなんて関係ないっつーの)


 彼は心の中で悪態をつく。


 堅枠大はもと居た世界での生活を思い出し、嫌気が差していた。彼が外に出られたのは早朝と深夜のみで、夕方や夜などといった時間に出歩ける人間は別世界の住人のように思えていた。そして、元の世界で働いていたときは、プライベートの時間が取れる人たちを憎らしく思うこともあった。


 堅枠大は舟頭で半ば不貞腐れていた。

 だが、そんな彼とは無関係に、マッコウによる都市部の案内は続いた。


 あの昼食屋は安くて美味いとか、あそこの夕食屋はデザートが絶品だとか、あの飲み屋は女の子が可愛いだとか、話の半分は飲食店についてだった。残りの半分は、日用品や食料はどこで買えるのだとか、あの周辺にはいろいろな職人が集まっていて仕事で立ち寄ることもあるだとか、それなりに重要な話だった。


 都市内をある程度巡った後、二人は都市中央部の船着き場で舟を泊めて道路を歩き、ひときわ大きな建物の前に来ていた。


「見ろ、カタワク。あれが王宮だ」


 マッコウがそう言って指し示す先には、石造りで白色の建物があった。三階建てのようだが、標準的な三階建てよりは遥かに高い。堅実な作りをしていて、きらびやかな装飾などは無い。王宮と言われなければそうとは気づかない程度の外観だった。


 王宮前には大きな広場があり、多くの人々が集まっている。ただの通行人もいれば、ボールのようなもので遊んでいる子どももいて、演劇や大道芸のようなものを披露している人たちも見受けられる。広場の中央には一棟の高い塔がそびえ立っていて、ここがこの国の中心地であるという雰囲気を醸し出していた。


 堅枠大とマッコウは広場の隅で、人々が遊ぶさまを眺める。

 そこでふいに、マッコウが堅枠大に話しかけた。


「そういや、カタワク。お前、王宮の人と会ったことあるか?」


「ええと、昨日、気を失って目覚めた時に、アスラっていう黒服の女の人には世話になったかな。確か、国王の親衛隊員で非常時要員だとかなんとか……あと、自由研究員? のリサって人に翻訳魔法をかけてもらった」


 堅枠大は昨日のことを思い出しながら応えた。


 すると、彼の心に少しだけ怒りが湧いてきた。アスラという王宮の手先によって、せっかく転生したというのにまた奴隷にされてしまったのだ。


 医師や国家魔法士に適切な対応を要求し、国民登録の手助けをしてくれたことには感謝している。そのうえ、彼女を恨むのは筋違いだというのは彼も理解している。だが、それでも今は、あの国王親衛隊員という支配者側にいるアスラへの憎しみを、彼は抑えられなかった。


 堅枠大の表情が少しだけ強張る。


 一方、そんな彼とは対照的に、マッコウは堅枠大の返答を聞いて目を輝かせた。


「アスラさんに会ったのかカタワク! いいなあ、あの人綺麗だよなあ。あれで、実は優しくて、しかも国内最強の戦士なんだもんなあ。そんな人の世話になったのかカタワク! ずるいぞ! ……リサって人は知らないけど」


「そ、そっか……」


 マッコウがあまりにも羨ましそうに話すので、堅枠大は返事に困った。


 奴隷ならば体制側の人間に対して憎悪を抱いていても不思議ではないのに、マッコウは彼女を憧れの存在として認識している。


 堅枠大はマッコウの言動に首を傾げる。

 だが、マッコウの話には納得できる部分もあった。


(アスラさん、この国で一番強い人だったんだ。どおりで……下手すれば一刀両断だったもんなあ。あの時の危機感は間違いなかったんだ)


 堅枠大はこの世界で目覚めた時のことを思い出した。


 アスラは三階建ての建築物を軽々と跳び越え、難なく着地し、成人男性の堅枠大を苦も無く持ち運んだ。それだけでも彼女が常識外れの身体能力を持っていることはわかる。そして、剣の柄に手をかけた時の殺気は、彼が命の終わりを本気で感じるほどのものだった。


 堅枠大は彼女の力の一端を思い返し、恐怖で震えそうになった。

 そのとき、まともやマッコウが明るい声を上げる。


「でもオレは、なんといっても国王様推しだな! 男で年寄りだけどすっげえ可愛いし、なによりすべてを包み込むような雄大なお姿! さすがはこの国の王って感じだぜ! ああ、一度でいいから直接会ってお話してみたいなあ」


 マッコウはうっとりとした表情で王宮のバルコニーを見つめる。


 アイドルオタクのような彼の口ぶりに、堅枠大の心からアスラへの恐怖が吹き飛んだ。その代わりに、彼は国王のことを想像するようになる。


 白髪で体格が良く、それでいて穏やかな笑みを浮かべている、愛嬌のある男性。堅枠大の頭には、そのような王の姿が思い浮かんでいた。


(まあ、そういうお方なら、マッコウが憧れるのも無理ないか。俺だって尊敬してしまいそうだし……まあ、俺たち奴隷が直接会って話をするなんて、到底無理だろうけど)


 堅枠大はマッコウと同じ場所を見ながら、小さくため息をついた。




 その後、二人は舟に戻り、王宮周辺を巡った。


 そうしているうちに日が暮れ、街にオレンジ色の照明が灯り始めた。それがどのような仕組みで光っているのか、堅枠大にはわからない。だが、その暖色光は彼の心を焦らせるには十分すぎるほどの役割を果たしていた。


 堅枠大は舟頭で方向提示をしながら、眼球を何度も上下左右に動かす。


(いいのか? これで? もう日没だぞ? 仕事は? まだ大量に残ってるんじゃないのか? 残業は? いつ終わるかわからない仕事でも、始めないとバカみたいに怒られるというのに!)


 堅枠大は元の世界での職場を思い出し、胸が苦しくなった。

 一方、後ろの同僚は呑気に鼻歌を奏でている。


(でも、マッコウに仕事そっちのけでいいのかと訊く勇気がねえなあ。こいつ一応先輩だし。こいつが大丈夫って言うなら大丈夫と思うしかないけど、テキトーな性格の先輩が大丈夫って言って本当に大丈夫だったことなんてないぞ!)


 堅枠大は悶々とし、苦い表情を浮かべる。

 彼がそうしていると、後ろからマッコウが話しかけてきた。


「オレ、国のことかなり詳しいだろ? 実は地図を作るのが趣味でさあ、仕事が休みの日は国を巡って地図に描き込んでたんだ。そのおかげでこの国の地形はほとんど頭に入ってるから、仕事は地図要らずだぜ。しかも、自作の地図は今もたまに更新してるしな、ガハハッ」


 マッコウは突然、自慢を始めた。


 訊いてもいないことを語られ、堅枠大は戸惑った。ただ、ちょっとした情報は得られた。昨日、部屋でマッコウが描いていたのは地図だということ。彼が仕事中に地図を一切開かなかった理由。この二つがわかったのは、堅枠大にとって小さな収穫だった。


 ただし、その情報は、それ以上でもそれ以下でもないものだった。


「そう、なのか……なんか、すごいというか、なんか、コメントしづらい趣味持ってるのな、マッコウ」

「そうだろ!? ハハハッ! よし! メシ行こうぜ!」


 マッコウは豪快に笑い飛ばし、舟を漕ぎ続けた。


 それからジャーガン国内水運前の船着き場に到着すると、マッコウは舟を泊め、そのままどこかへと歩き出した。


(あれ? 会社には一回戻らないで、そのまま行くのか?)


 堅枠大は疑問に思い、職場の建物とマッコウの背中を交互に見る。


 その青い建築物には明かりがついておらず、人の気配も無かった。全員外に運びに行っているのか、それとも奴隷たちが奥で気配を隠しているのか、堅枠大にはその二つの想像しかできなかった。


 堅枠大は職場の現状をマッコウに尋ねようかとも思ったが、肝心のマッコウは口笛を吹いて意気揚々と歩いている。これでは訊くに訊けない。


 マッコウの横に並び、堅枠大は別のことを話題にした。


「食事って、どこに行くんだ? 昼に行った店か?」


「ん? ああ、昼行ったとこはもう閉まってるから、夜は別のところに行くぜ。今行こうとしてる店も美味いから、覚悟しとけよ?」


「覚悟……覚悟ね……もうできてるよ……覚悟くらい」


 マッコウは白い歯を見せて笑ったが、堅枠大は表情を曇らせてしまった。


 夕食の後には過酷な労働が待っていると、彼は想像してしまったのだ。今日一日はそれなりに働いたが、苦ではなかった。むしろあれが適切な仕事量だと頭のどこかではわかっていた。だが、彼の体は、苦行ではない労働に拒否反応を示し始めていた。


 奴隷の一日がこれで終わるはずがない。堅枠大の頭と心と体が、彼自身を疑心暗鬼の沼に沈めていく。

「ん? どうした? 顔色悪いぜ? 食欲ねえのか?」


 マッコウが堅枠大の顔を覗き込む。

 それにより、堅枠大は我に返った。


「あっ! いやいやいや! そんなことない! むしろめちゃくちゃ腹減ったから! いや~今日の夕食楽しみだな~」


 堅枠大は咄嗟に作り笑いをして、自他ともに疑念を誤魔化した。

 そんな彼に対して、マッコウは満面の笑みを向けた。


「だろう? メシは美味しく食べねえとな! さあ、混む前に行こうぜ行こうぜ!」


 マッコウは堅枠大の背中を軽く叩く。

 微かに冷たさを感じる空気のなか、二人は夜の街を歩いていった。





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