8 見習い侍女
あけましておめでとうございます。
あと1話で、四年後のゲーム本編に入る予定です。
※1/8 一部修正しました
その日から、あくまで「侍女」という立場での、兄上との交流が始まった。
兄上とこれほど関わり合うのは、まだ記憶があやふやな幼い頃以来だろう。
改めて兄上と接してみてわかったことがある。
桐人兄上は……やっぱり、最高のお兄様だということです。
何と言いますか、桐人は理想的なお兄さん像そのものなのよね。
カッコいい、優しい、そして王子様……こういうのを三拍子揃った云々っていうのだろう。もし、兄上が攻略キャラだったら、グラッと来てしまったかもしれない。
兄上がわたしに優しいのも、お茶会を無視した後ろめたさからきているのもあるのでしょう。
だからこそ、わたしがぐいぐい行っても、きっと兄上は拒まない……拒めないのだろう。
兄上の弱味に付け込むようで心苦しいけれど、敢えて付け込むことにするの。そうしないと、きっと兄上との距離を縮めることは不可能だろうから。
少しずつ打ち解けて、出生の誤解も解きたいし、王太子としての自信を持って欲しい。
でも、わたしができることは些細だ。
まさか兄上の出生について説明するわけにはいかないから、蔵の中に若い頃の父上の写真を見つけたことを教えるくらいしかできない。
若い頃の父上と兄上は、本当にそっくりだ。だからその写真を見れば、兄上だって不義の子疑惑に疑問を持つはず……だと思う。
でも、どうして今まで若き日の父上の写真を見ていなかったかというと、蔵の奥深くにしまわれていたからだ。
でも……御札を付けた桐箱にその写真が保管されているのを、わたしは知っている。
当時は写真を撮ると魂を抜かれるなんて迷信があったらしく、撮ったはいいが飾ることも捨てることもできなかったらしい。
写真の話をした後、兄上が自ら蔵に足を運んだことを、わたしはは知っている。そして、新にご自分のことについて、再調査されていることも。
もちろん、わたしの未来のためであることが大前提だ。純粋に兄上のことを思ってということじゃないのが心苦しい。
でも兄上に距離を置かれているのは寂しいし、わたしに王位を継がせるために出奔して、戦場に行ってしまうなんて嫌だ。
だから兄上。頑張って真実を見つけてくださいね。
※ ※ ※
「あら? アヤメは?」
「つい先ほど、退出したよ」
その日は、つい兄上と話が盛り上がってしまった。
兄上と話が盛り上がるなんて、今までの関係を考えると、まるで夢のようだ。
だからアヤメも気を利かせて先に退出したのだろう……ううん、仕事に戻らないと支障をきたすからだよね。
でも待って! 今はわたしも侍女だから!
桐人殿下の部屋に入り浸る侍女なんて不味いから!
わたしが青ざめていると、兄上はクスクスと笑い出す。
「ほら、行きなさい」
「申し訳ございません、兄上。いえ、桐人殿下。長居をしてしまい大変失礼致しました」
「うん、またおいで」
にこやかに兄上に見送られ、アヤメを追うべく兄上の自室から退出した。
もちろん、自室へ戻るくらい朝飯前だ。しかし、今の私は侍女の姿をしていて、元々着ていた着物はアヤメの部屋だ。
王城は住まいであるにも拘らず、一度も立ち入ったことが無い場所がある。使用人エリアというところだ。
王城には数百人の人々が働いている。侍女や庭師の他にも、料理や清掃に洗濯に……と細々とした雑事をこなしてくれる人々もいるわけだ。
アヤメの自室は比較的王族居住エリアから近いから、人目に付かずに行けた。でもすみません、順路を覚えていませんでした。
もう何度も歩いているから、まさかアヤメもわたしが覚えていないとは思ってもなかったのだろう。
困ったなあ……。
このままの格好で自室に戻ったら、今後侍女の格好で兄上のところに行くことができないし、何よりも怒られそう。
取り敢えず、アヤメの部屋を探そう。ここから近いから、行ったら案外何とかなるかも、と思ったけれど、結論としましては、安易に使用人エリアに足を踏み入れたのは間違いでした。
アヤメは人目に付かないルートをしっているから、誰にも会わずに済んだのだろう。
わたしがうっかり足を踏み入れた場所は、使用人たちが滅茶苦茶行き来している場所でした。
ここは、どうやら使用人たちの食堂兼休憩所のようなところみたい。
開け放たれた扉から中の様子を覗き見ると、一人用のお膳で食事を取っていたり、膝を詰め寄って談笑していたり、何というか宴会場にでも紛れ込んでしまったような雰囲気の場所であった。
でも。ここは……ちょっと居づらそう。
そろそろと退散しようとした時、ちょうど休憩所から出てきた侍女と鉢合わせになってしまった。
「あなた、いつもアヤメと一緒にいる……」
しかも、アヤメの先輩侍女でした。
「はい、ハナです。こんにちは」と頭を下げる。
今世は王女でも、前世は一般庶民であったせいか、こういうやり取りに抵抗はない。王女として振る舞うよりも、侍女として振る舞う方が向いているのかもしれない。
「アヤメと一緒じゃなかったの?」
「実はアヤメさんとはぐれてしまいまして」
「仕方がないわ。王城は広いものね」
先輩侍女はくすりと笑う。
「私も新人の頃はよく迷子になったものよ。もうすぐ休憩時間だから休憩所に居れば? そのうちアヤメも戻ってくるわ」
「はい、ありがとうございます」
おお、なんて優しい人だ。お互い会釈をして別れを告げる。
でもなあ……改めて宴会場ならぬ休憩所を見る。
やっぱり入りにくい。別に王女だからとかじゃないのよ? 前世から引きずっているコミュ障のせいが大きい。見知らぬ人たちの中に入るのって勇気がいる。周囲はわたし一人が入って来たところで、気にする人もいなのだろうけれど。
このままウロウロしていたら怪しい上に迷子になることは確実だ。だったら、アヤメが来る可能性に賭けてここで大人しくしているのがベストな選択であろう。
入口付近で右往左往していたら背後から来た人に気付かず、背中から体当たりしてしまった。
「す、すみませんっ!」
振り返ってぶつかった相手に謝る。次の瞬間、聞き覚えのある声が落ちてきた。
「入るの、入らないの?」
「え、あの……」
なんと! ぶつかった相手はカイだった。そうか。カイも使用人なんだから、ここに休憩に来てもおかしくない。
でも、こんなにたくさんの人の中で会えるなんて、やっぱり運命? なんてね!
あたふたしていると、カイはわたしの顔を覗き込んだ。
「……あんた、新人?」
明らかに挙動不審なわたしに、怪訝な視線を向けている。
「え、あ、はい!」
彼の目には明らかな不審者なのか、ものすっごく見てくる。
真っ直ぐな彼の視線から逃れるように、思わず伏し目がちになってしまう。
「あんたさ」
「なんでございましょう!」
「名前は?」
……何故に名前?
もしかして、カイってばナンパとかしちゃう人だったの? なんて、そんなはずないか。ははは。
どちらかといえば尋問だ。わたしはよっぽど怪しいらしい。もしかして、正体がバレたとか!?
「侍女見習いの、ハナと申します」
きっとバレていない。バレていない方にかける!
嘘を吐いているものだから、冷や汗がものすごい。でも、表に出すまいと顔を真っ直ぐに上げる。
「ハナ……」
再びカイは、じいっとわたしを見つめる。
ま、まさか、というより、やっぱり正体に気付かれた?!
ドキドキヒヤヒヤしながら、カイの視線を受け止める。
「前に会ったこと、ある?」
「…………ありません」
しばらく睨めっこ状態が続いたが、先に降りたのはカイだった。
「悪い、気のせいだ。どこかで見掛けた様な気がして……ごめんな」
カイは相互を崩すと、わたしの頭をポンポンと叩く。
優しい大きな手の感触に、心臓がどうかしてしまいそうなほどドキドキしてしまった。