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5 親睦を深めましょう

「はあ……」

「どうされたのですか? 姫様」

「兄上から、お返事が来ないの」

「……きっとお忙しいのでしょう」

「そうかしら……ううん、そうよね」


 お茶会の招待状を兄上に送ってから三日が経った。お茶会の準備は着々と進んでいる。なのに肝心な兄上からのお返事が来ない。

 読んでいないのか、はたまた無視されているのか。

 送ってすぐには返事はできないだろうと思って待っていたけれど、兄上は返事をしないまま、これから五日間に渡る辺境への視察へ行ってしまった。


 兄上……家を開ける前に声くらいかけて欲しかった。

 今まで、兄上にわたしから声をかけるなんてなかったもんね。怪しむ兄上の気持ちはわからないこともない。


 でもね。自分でいうのもなんだけど、兄上に嫌われている気がしない。

 実際、設定でも此花は桐人兄上を慕っている。それにさ、こんな美少女(自分でいうな)に慕われてさ、満更に思わない男子はいるであろうか? いや、いるはずがない……と思う。思いたい。

 ちなみに、兄上もかなりの美形だ。髪の色はわたしよりも濃い銀色で、まるで鋼のようだと言われている。

 この鋼っていうのは、きっと兄上が剣術が得意だから、そう例えられているのだろう。

 そして瞳の色はエメラルドのように濃ゆいグリーン。

 わたしとか姉上たちは、どっちかというと翡翠に近い柔らかい緑色。父上に似ただろうな。というより、王族の血筋の自己主張がすごいのだろう。


 母上の黒髪と紫色の瞳、という遺伝子情報を押し退けて、わたしたち兄妹は全員銀髪と緑色の瞳である。

 父上も今は白髪が増えて柔らかな銀色だけど、若い頃の肖像画とか見ると、兄上と同じ鋼色の髪をしている。

 そして瞳もしかり。父上もエメラルドに例えられる綺麗な緑色だ。


 兄上! 周囲の噂に惑わされる前に、ちゃんと自分の親の姿を見よう!

 どう見ても父上の血が濃く出ているから!

 カガヤ様が側妃候補の時点で妊娠していたのは、父上のせいだからね!!


 なんて、わたしの口から言えないよぉ……。

 そう。兄上は誤解している。幼い頃から聡い少年だったから、色んな手を尽くして自分の出生について調べたのだろう。

 でも聡いと言えども、所詮世間知らずのお坊ちゃま。ガセネタ掴まされて……って、半分は本当だから性質が悪い。ガセネタの方も、すっかり信じてしまった兄上は、自分自身と周囲の人間に不信感を抱いてしまったというわけだ。

 兄上に真実を伝えるのは簡単かもしれない。けれど、信じて貰えるかは別だ。

 まずは真実がどうこうよりも、家族が兄上を大切に思っていると伝えることなんじゃないかと思うのよね。どう伝えるかが、一番難しいのだけれども。


 今は前世の記憶を持つわたしの意志が強く働いているところはあるけれど、此花の根本には家族との交流を望む気持ちがあることは知っている。

 ゲーム本編でも、結婚したら今まで得ることが出来なかった理想の家族像を求めている描写が多かったし。結婚前からそんなこと言ってたら相手に引かれるんじゃないかと、モニタの前で心配していたのよね。

 わたし自身と、此花のために、一体もどうしたらいいのだろう?


* * *


 ……などと思い悩んでいるうちにお茶会当日を迎えてしまった。兄上は昨日辺境から戻ってこられたけれど、まともに会話もしていない。

 どうしよう。兄上がお茶会に来られるかわからないのに。

 わたしと兄上だけのお茶会なのだから、中止にしたって構わない。でも、せっかく美味しいお茶もお菓子も用意してくれたのになあ。


「どうなさいますか、姫様」

 ここ最近、ずっと溜息ばかりのわたしを気遣うようにアヤメが訊ねる。

「ずっと考えていたのだけれど……」


 もしかしたら、敢えて避けられている可能性だってある。招待状だって見ていないかもしれない。

 ううん、うっかり忘れちゃったって可能性だってあるわけだ……なんて、あの真面目な兄上に限って「うっかり忘れた」なんて無いだろうけれど。

 兄上の公務が無い日を設定したのだから、気づいたら来てくれるかもしれない。

 でもさ。よくよく考えてみたら、これまで交流がなかった人から「仲良くしましょう!」なんて突然言われても面食らってしまうわよね……。

 最初はわたしの未来を軌道修正するために兄上と仲良くなろうと動き始めたのだけれども、やっぱり手紙を書いても無反応って寂し過ぎる。

 庶民でも、家族皆で仲良し……ってわけじゃないしね。現にわたしの前世も、けして良好な関係を築いていたとは言えないのだから。


 前世で出来なかったことを今世で出来るのか。それを言ってしまったら「カイと幸せになる」という野望も無理ってことになってしまうから、敢えて考えないようにしていたけれど。身内ですら仲良くするのが難しいというのに、好感度が低くそうな相手と恋愛関係になるのって、かなり難度が高いんじゃない?


 だ、ダメだ。これ以上考えたら、マイナス思考の沼に嵌まって浮上できなくなってしまう!

 澱んだ思考を脳内から追い出すように、頭をぶんぶんと振る。


「姫様?」


 心配そうにアヤメが声を掛ける。大丈夫、と自分に言い聞かせて無理にでも笑って見せる。


「予定通り、お茶会を開きましょう」


 一瞬、アヤメは何か言いたげな目でわたしを見る。でもすぐに口元を引き締めると、ふわりと一礼する。


「かしこまりました。予定通り準備を進めます」

「ありがとう。あとね、もう一つお願いがあるの」

「……なんでしょう?」

 にっこり笑うと、アヤメは瞬きをした。

「あのね……」


 * * *


 天気がいいので庭園のテラスにセッティングする。まだ兄上が現れる気配すらない。

 でもいいの。せっかくだから、アヤメや庭師の方たちにも参加してもらうことにしました。

 ほら、一人より二人、二人より大勢いた方が楽しいでしょ? 

 そんなわけで、庭師の頭であるゴウ、若手庭師のサイ、見習いのカイ、そしてアヤメに参加して貰いました。


「姫様、俺らまでいいんですか?」

「ええ勿論。ちゃんと説明しておいたから大丈夫よ。それよりも、わたくしの我が儘に付き合ってくれてありがとう」


 そう不安げに帽子を握りしめるのは、庭師のサイ。二十代半ばの庭師の青年は、少し気弱そうな印象だ。

 態度で言えばまだ十代のカイの方が悠々と構えているって、どうなのかしら?

 けれど薔薇を育てるのがとても上手で、彼が手掛けた薔薇園は溜息が出るほど美しい。


「さあ、召し上がって」

 はい、と彼らにティーカップを手渡す。

 ゴウ、サイの前では王女様らしい優雅な笑顔で振る舞えるけど、次はカイにとティーカップを持った途端、緊張していることに気付いた。

 カタカタとカップとソーサーが小刻みに震えて音を立てている。

 やっぱりカイを目の前にすると緊張する。でも緊張を悟られないように、無邪気に振る舞って見せる。


「はい、どうぞ」

 カイにティーカップを手渡すと、何かを言いたげに、じいっとわたしを見つめる。

「……なあに」

「いえ、別に」

 ふいっと目を逸らされてしまう。


 それにしても……ゲームでのカイはもっと控えめな印象が強かったけれど、若いカイはちょっと違う。なんだかずっと不機嫌そうというか、ぶっきら棒というか……。

 もしかしたら、まだ入ったばかりで緊張しているのかしら。初対面の時も、なかなか顔を見せてくれなかったし。

 いきなり嫌われたってことは、ないと思うんだけど。

 ちらり、とそっぽを向くカイの横顔を盗み見る。


 若いカイも……最高ですな。 


 改めて再認識してしまいました。

 青年の彼も素敵だけれど、少年のカイも良い! 可愛い!

 まだ成長期の途中らしくて、まだ目線の位置が近い。肩もまだ細い。少年らしいちょっと丸みのある顔の輪郭が、声もまだ少し高くて……すべてにおいて最高ですわ。

 ふふふ、と思わず笑ってしまいました。にやけるのを堪えたけれど無理。


「何、笑っているんですか?」

 怪訝そうなカイの声。うわわ、バレた。

「ううん、なんでもないの」


 まさかカイが可愛すぎて、なんて言えるはずもない。

 でもやっぱり彼は「なんでもない」なんて返答に納得がいかないようだ。軽く下唇を噛んで、思案する彼に告げた。


「……あのね、とっても楽しいから嬉しくて」

「嬉しい?」

 目を瞬く彼に微笑みかける。

「ええ、そうよ」


 カイが可愛いこともあるけれど、今この場にいることが楽しいのは本当だ。

 まだ社交の場や公務に出る年齢ではないうえ、家族との交流も少ない。此花が親しい人物は、この王城で働く使用人たち。

 だから、こうして親しい人たちと美味しいお茶と、美味しいお菓子を「美味しいね」って楽しめるのは嬉しいし、楽しい。本当に貴重なひとときだって思う。


 ……でもわかっている。彼らは王女我が儘に付き合ってくれているだけだってことくらい。

 普段は「王女殿下とご一緒になど滅相もございません」とお茶の席を同席することのない彼らが、こうしてわたしに付き合ってくれているのは兄上にまったく相手にされていないからだ。

 可哀想な王女殿下に付き合ってくれているのだと、忘れてはいけないと思いつつ、つい忘れたくなってしまう。


「……姫様」

「なあに?」

「嬉しいのなら……なぜ今度は泣きそうな顔をしているのですか?」

 怖いほど真っ直ぐなカイの瞳に、不意に胸の奥を突かれる。

「……え?」


 わたし、泣きそうな顔をしているの?

 そんなことないわ。

 そう告げようとしたのに、何故か声が詰まってしまった。

 そして、不意に目から転がり落ちた滴に、きっと誰よりも驚いたのは、わたし自身だろう。

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