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4 なんだか、キャラが違う気がします!

 確か庭師その1の設定は、薬草に詳しい……だったっけ。

 薬師に近いくらいの知識があって、熱冷ましや腹下しに頭痛といった家庭にあると助かる薬湯を用意してくれていた。

 だからカイはきっと畑にいるはずだ。

 美味しい薬草茶のお礼がいいたいなんて言ったら、絶対にアヤメに反対されるに決まっている。

 どうせ反対されるだけだから、アヤメの目を盗んで、こっそりと部屋から抜け出すことにした。


 せっかくカイに会うのだから、ばっちりお洒落をしたい。でも脱け出すには簡素で動きやすい格好に限る。

 桜の花びらを散らした模様の薄紅色の着物に海老茶色の袴、編み上げの黒いブーツ。女学生風でこれはこれで可愛いし、動きやすいからよしということにしておこう。髪は木登りをするならまとめたほうがいいだろう。

 試しにおさげにしてみたら、まだ幼い風貌によく似合う。髪が銀色のせいもあるのか、主人公らしい愛らしい容貌も相成って、黒髪おさげとは違う雰囲気だ。

 前世のわたしだったら、もっさい女学生になること間違いなしだったなあ。可愛いって最強だ。

 身支度を整えると、最後に長い袖を細帯でたすき掛けにする。

 おお、たすき掛けなんて初めてやったのに身体が覚えている。どうやら此花って、元々お転婆な女の子なのかもしれない。


「よし」


 頬を叩いて気合いを入れると、バルコニーに向かった。さりげなく周囲を見渡し、人がいないのを確認すると、そろりと手摺を乗り越えた。

 数分もしないうちに後悔するとは、この時は欠片も思っていなかった。


 ……どうやら木登りを甘く見ていたらしい。自分の身体能力を過信していた、ともいう。

 木自体は枝振りもしっかりしていて、折れる心配はまったくなかった。最初に枝に降り立った時は「余裕!」とおもったくらいだ。枝の間隔が狭かったせいもあり、最初はさくさくと枝をつたって降りられたが。


 枝が、遠いっ!

 足場となる枝の間隔が、だんだん広くなり、下の枝に降り立つにはぶら下がったり、幹にすがり付いたりと、一筋縄ではいかなくなってきた。

 しかも木肌はざらざらと粗く、枝にぶら下がると手のひらが痛くてたまらない。

 あとはこの枝に順番に足を掛けていけば、地面に到達する。

 よし頑張れ、わたし!

 脳内では応援合戦が始まっているが、肝心の本体が動いてくれない。


 こ、怖い……!

 足から地面までは、だいたい自分の身長×2+αってところだ。落ちても死にはしないけれど、打ちどころ次第かもしれないけれど、怖いものは怖い。

 後悔しても今更どうにもならない。とにかく頑張る!

 そうっと片足を下の枝に移動させる……が、靴の底が滑った。

 悲鳴を上げそうになるところを、どうにか飲み込んだ。ああ、でもやっぱり派手に悲鳴を上げればよかったかも。


 今上げればいいんじゃないかって? すみません。怖気づいて声が出せません。

 現在の状況ですが、片足が滑った拍子にもう片方の足も滑らせて、両足は宙ぶらりん。辛うじて両手で幹にしがみ付いたものの、そう長くは持ちそうにない。

 どうにか足を枝に掛けようと努力はしているけれど、焦っているせいもあって、靴先で木肌を引っ掻くだけ。

 このままずるずる下がっていく手もあるけれど、すがりついた幹の木肌は粗くてざらざら。きっと地面に辿り着く頃には、顔や手が傷だらけの血塗れだ。スプラッターだ。一応姫なので、それは避けたい。

 こうなったら助けを呼ぶしかない。アヤメのお説教も甘んじて受けます!


「たすけて……」


 お腹に力を入れて、精一杯頑張った声は、空気の抜けた風船のようにふにゃふにゃだった。

 駄目だあ! こんな声じゃ誰にも聞こえない!

 こうなったらスプラッターか、骨折の一本や二本覚悟して飛び降りるか。選択肢を迫られた時だった。


「姫様?!」


 突然足の下から声がした。聞き馴染んだ少年の声を耳にした途端、じわりと涙が滲んだ。


「カ、カイ?」

「なんでそんなところにいるんですか?!」

「降りられなくなって、っ……!」


 落ちる……!

 木肌の上を手が滑る。落ちるものかと爪を立てたものの、最後に掴んだものは空気だけだった。

 これは不味い体勢だ。後頭部から落ちるやつだ。身体に受けるだろう衝撃を覚悟していた。でも、思っていたよりも痛くなかった。


「……大丈夫、ですか?」

 案外近くから聞こえる声に、思わずぱっと目を開く。

 すると目の前にはカイのドアップが、気遣わしげな眼差しでわたしを見下ろしていた。

 なんなの、この幸せな状況は!?

 気付けばわたしはカイの腕の中。どうやら落ちてきたわたしを受け止めてくれたらしい。

 でも、さすがに落ちてきた人間を受け止める衝撃って大きいみたい。落下速度の勢いを殺しきれず、カイも一緒に転倒してしまったようだ。


「どこか痛むところはございませんか?」

 うん、落ちた時の衝撃はほとんどない。痛むのは木登りで痛めた手のひらくらい。

 それよりも、カイのどアップが!

 雨上がりの空の色をした瞳が、光の加減で銀色に見えること。意外と長い睫毛も紅茶色だという、新たな発見をして密かに感動していたら。


「姫様?」


 カイが表情を不安げに曇らせる。

 見惚れるあまり、うっかり返事を忘れていたことに気付いた。大丈夫、と微笑んでから返事を返す。


「どこも、痛くないわ……ありがとう、カイ」


 ただ心臓は痛いくらい鼓動が早い。木から落ちた恐怖のせいか、カイの体温すら感じるこの状況のせいか、とにかくドキドキし過ぎて……ある意味死にそうではあります。


「よかった」

 カイは安堵したように息を吐いた途端、一瞬顔を歪める。

「カイ?」

 どこか痛めたに違いない。図々しく彼に身体を預けたままだったことに気付き、慌てて飛び退いた。


「どこが痛むの?」

「いえ、平気です」

「でも……」


 見たところ怪我をした様子はない。ということは打ち身だろうか。

 右往左往していると、カイは何事もないように立ち上がり、まだ膝を着いていたわたしに手を差し伸べる。

 一瞬躊躇したものの、せっかく貸してくれた手を取らないなんて選択肢は存在しない。おずおずと手を差し出すと、しっかりと手を握り込まれた。力強い手に引かれて立ち上がる。


「ありがとう」

「……いえ。御身に触れたご無礼、お許しください」


 一礼した後にすぐさま離されてしまったけれど、まだカイの手の感触が残ってる。

 まだ少年らしい、すんなりと伸びた指。少し乾いて温かい感触。手のひらが意外と固い。タコができているようだ。庭師って力仕事も多いからだろう。

 もう、この手を洗いたくありません! 


「ところで姫様」


 浮かれ気分が一気に消し飛ぶ。さっきよりも低い彼の声に、思わずびくりと肩を竦める。


「……はい」

「なぜ、あんなところにいたのか、教えていただけますか?」


 そろりと目線を上げると、射るような真っ直ぐな視線にぶつかる。

 お、怒ってる……?

 さっきまで安堵が滲んでいた瞳には、静かな怒気が宿っている。

 そりゃそうよね。わたしのせいで怪我までさせちゃって。普通の王女は木登りなんかしないもの。


「あなたを危ない目に遭わせてしまったわ。ごめんなさい」

「俺……私などに謝る必要などございません。ただ、なぜ木になんて登っておられたのです?」


 冷静な声色に息を呑む。カイ、キャラ違くない?!

 どうしよう。ここは正直に「カイに直接会いたかったから」って言うべき? 


「姫様?」

「あの、この間届けてくれた薬草茶のことなのだけれど」

「薬草?」

「ええ」


 雷が落ちるのを覚悟して、ごくりと唾を飲み込む。


「とても美味しかったわ……だから、これを用意してくれた方に直接お礼が言いたかったの。それでね、兄上や姉上にも飲んで欲しいと思ったの。だから、またお願いしたくて」

「まさかそれで……」

「直接お伝えしたくて、でもアヤメに言ったら止められそうだから……」


 上手い言い訳が咄嗟に浮かぶはずもない。馬鹿正直に答えてしまった。落ちてくるカイの雷を予想して身を小さくして待機する。

 でも、しばらく経っても何も言われないので、恐る恐るカイを見上げると……呆気に取られた顔をしたカイがそこにいた。

 わたしと目が合うと、盛大な溜息を吐く。どうやら姫君らしからぬ行動に、心底呆れ返ってるようだ。


「薬草茶、ですか?」

「ええ、甘い香りで……林檎に似ているような香りだったかしら」

「ああ、カミツレですね」

「カミツレ?」

「小さな小菊に似た白い花です」

「可愛らしいお花の薬草なのね」


 ふと会話が途切れる。もうお説教は終わったものだと安心していたが、どうやらそうでもなかったらしい。目の前にあるカイの渋面を目にして、再び身を固くする。


「わかりました。まだ乾燥させたカミツレはたくさんあるので、用意したらすぐにお持ち致します」


 でも、意外にも声が優しい。相変わらず渋い顔のままだけど。


「ありがとう。楽しみにしているわ」

 ぎこちなく微笑むと、ようやく眉間に刻まれた皺が和らいだ。

「……あと、無謀なことは今後一切なさらないようお願いします」

「無謀なこと?」

「木登りです。庭師に御用があるのなら、侍女殿に伝えてくだされば済むことです」


 だよねー? うん、わかっています。

 でも、でもね。


「わかっているわ……でも、わたしからあなたに言いたかったの」


 とはいえ、感謝を伝えたかった本人に嫌われたら元も子もない。結局カイには迷惑を掛けてしまっただけだ。わたしがこっそり抜け出したりしたから、きっとアヤメだって上司にお叱りを受けてしまう。


「でも……もうしないわ」


 ここは乙女ゲームの世界かもしれない。

 でも、ここでのわたしは、紛れもない王女様で、勝手な振る舞いなど許されるわけがない。


「ゴウにも、わたしから話しておくわ。あと侍女頭のキヨウにも……わたしの勝手でカイとアヤメに迷惑を掛けてしまったって伝えておくから安心して?」

「迷惑とか、そういうのはどうでもいいのです」


 カイは再び渋面になると、ふいと目を逸らす。


「今後は、ちゃんと侍女殿に話を通してお越しください」


 待っていますから。

 小さく呟いた声は、わたしの願望だろうか?


「また、ここに来てもいいの」

「こっそり抜け出してでなければです」

「ええ。今度からちゃんとアヤメに話してから行くことにするわ……ありがとう、カイ」


 よーし! 言質取ったぞ!

 内心ほくほくしていると、背後から不意に声が掛かった。


「姫様……こちらにいらしたのですね」


 この声は……振り返らずともわかる。アヤメだ。普段よりも2オクターブ声が低く感じます。振り返るのが、怖い!

 ついカイに救いを求めようと見上げるものの、カイは無言で首を振った。そして、少し意地悪な笑顔を向ける。


「さあ姫様、侍女殿がお待ちですよ」

「はい……」


 わかっています。ちゃんとお叱りを受けて、ちゃんと謝ってくるわ。

 アヤメはともかく、カイってこんなキャラだったんだ?


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