3 家族の団欒が欲しいです。
カイと幸せになる!
と決意をしたのはいいけれど、具体的にどうすればいいのだろう?
ゲームがスタートするのは、十六歳の生誕祝いの日。
ということは、生誕祝いのその日までに行動を起こさないと、カイとくっつく可能性はゼロ。
まずはカイともっと一緒にいる時間を作る……とか?
ゲームでのカイとのやり取りは、もちろん無いに等しい。
一日の終わりにカイ(庭師その1)が届けてくれた花で心を癒したり、特にイベントがない時に選択肢を「散歩に行く」にすると、カイ(庭師その1)が背景の一部に加わる程度。
でも、このお散歩がカイとの数少ない触れあいだった。
だからといって、ずっと「散歩に行く」ばかり選んでいると攻略キャラの好感度が上がらなくて、ノーマルルートかバットエンドになっちゃうんだよね、確か。
次期国王のくせに、務めも果たさずフラフラしていたら、不安にもなるし腹も立つ。暗殺されてもしかたが、ない……?
「そうだったわ……」
蘇ってしまった嫌な記憶に、思わずゾッとする。
思い出した。バッドエンドは暗殺されてしまうんだった。
毒殺や馬車での事故や転落事故に……とにかくバリエーション豊かだったことは確か。
芋づる式に恐ろしい結末を思い出してしまった。でも、あれは王太子になってからの話だから、その前だったら大丈夫……のはず。
そうよ……問題は桐人兄上だ。そもそもこの人が出奔なんかしなければ、主人公が王位を継ぐなんて話にならないのだから。
どうして兄上は出奔したのか。それは自分が不義の子だと誤解していたからだ。
実は兄上だけ、正妃の子ではない。側妃の子である。なのに、正妃の子であるわたしたちを差し置いて王太子になってしまった。これが設定に書かれている兄上の出奔理由のひとつだ。
でも、兄上を悩ませる本当の理由は、ゲームプレイ後の特典エピソードに描かれていた。
それは、自分は不義の子だと誤解していたこと。
表向きではわたしたち兄妹は正妃な子だが、実は亡くなった桐人兄上のお母様は、正妃の双子の妹だ。
なかなか男児が生まれないことを懸念した側近おじいちゃん連中が気を揉んで、側室を探し始めた。そこで白羽の矢がたったのが、母上の双子の妹であるカガヤ様だったわけ。
王位はもちろん女性でも継げるし、過去にも女王は存在する。でも、やっぱり王位を継ぐなら男性がっていう風潮が強い。しかも姉上たちにはすでに婚約者もいたから、おじいちゃんたちは余計に心配だったみたい。
でも、カガヤ様は元々身体が丈夫ではない方で、出産の負担はあまりにも大きかったらしい。待望の男児が産まれたものの、彼女は我が子を抱くことなく亡くなってしまった。
その頃、母上も三番目の姉上を出産したばかりだったから、世間には双子の兄妹が生まれたと公表したというわけ。
ここで問題なのは、カガヤ様の出産時期だ。実はカガヤ様は、側妃になる前に亡くなってしまっているのだ。じゃあ、兄上は誰の子だ……なんて言われるところだけど、ちゃんと現国王の子です。
早い話が、父上がフライングしてしまったというだけの話なんだけどね。これについて兄上が知らないのは無理もない。周囲も大っぴらにはしたくなかったみたいだし、うやむやにされていた事実である。
ちなみに兄上は風の噂で自分の出自を知ったらしい。まあ、出所は大体見当がつくけど……人の口には戸口を立てることはできないってことね。
以来、兄上は不義の子である自分が王位を継ぐことに、ずっと後ろめたさを感じていた。思い詰めた末、出奔して傭兵稼業に身を投ずるという無謀な行動を取ってしまうことになる。
主人公を始めとする王家の人たちは、兄上と積極的に交流してこなかった。というより、そもそも王様稼業は忙しい。だから家族との時間が取りにくいから仕方がなくもある。
けれど、忙しいことにかまけて歩み寄りの努力を怠ったのが仇となったのだろう。
ということは、もっと兄上と……家族と話をする機会を作る、とかしら?
残念ながらわたしには、前世があっても特別な能力は無いみたい。だから、カイとのことも兄上のことも、スパッと解決できるような名案なんて浮かばない。
なんかフツ―だわ、フツーの発想しかできない。
ゲームの世界に転生して主人公という立場のくせに、やっぱり中身は変わらない。普通だ。
でも仕方がない。これが最善の方法かなんてわからないけれど、自分ができることをするしかない。
取り敢えず、カイとも、兄上とも、もっと会ったり話をする機会を作る……っ、と。
思いついたことは、何でも書き記しておこうと、ペンを走らせる。
攻略キャラについても整理したいところだけど、今は兄上のことが先決だ。彼らとの出会いはまだ四年も先なのだし、これからわたし自身が行動することによって、未来が変わるかもしれないという期待もある。
ふう、とペンを置いたところで、ふわりといい香りが届く。タイミングよくアヤメが淹れてくれたようだ。繊細なデザインのティーカップを音を立てずにテーブルに置く。
「ありがとう、ちょうど一休みしたいところだったの」
お茶とお茶菓子がセットされたテーブルに着くと、さっそくティーカップを手に取った。
「これ、薬草茶?」
「はい、新入りの者が用意したと伺っております」
「庭師の?」
「はい」
新入りの庭師。きっと、カイに違いない。
カップからは甘くて優しい香りが漂う。口に含むと、林檎に似た爽やかで甘い香りでいっぱいになる。ほのかな甘みと酸味が舌に残る。うん、美味しい!
「とても美味しいわ。ね、よかったらアヤメも飲んでみて」
「すでに毒見は済んでおります。それに、わたくしごときが王女殿下とお茶をご一緒するわけにはゆきません」
つれない……。
美味しいねって、分かち合う相手が欲しいだけなのに。でも彼女の立場を考えると、我が儘を押し付けるわけにもいかない。
「そうね……わたくしの我が儘でした。ごめんなさい」
つい今の立場を忘れてしまう。気を付けないといけないわ。
沈む気持ちを押しやって、再びお茶に口を付けようとする。すると、アヤメが伏せてあった予備のティーカップを上に反した。
「……わかりました。殿下のお毒見お受け致します」
「いいの?」
「あくまでお毒見ですから」
「ありがとう、アヤメ」
返事に窮したアヤメは、軽く頬を赤らめる。
優しいなあ、アヤメ。その優しさにつけこんで、アヤメに椅子の座り心地の確認と、お茶菓子の毒見もお願いしてしまった。
嬉しいなあ。困り顔のアヤメには申し訳ないけれど、お友達とお茶をしているみたい。
そう。此花は滅多に表に出ないせいもあって、友人と呼べる相手がいないんだよね。だから、身近にいて歳も近いアヤメと親しくなったんだろうな。
「ねえ、あなたのご家族について伺ってもいいかしら?」
何気なく、頭に浮かんだことを率直に口にしていた。
「私の家族、ですか?」
案の定、面食らったようにアヤメが瞬きをする。
それもそうだ。これまで彼女の家族のことなど気にしたこともなかったのだから。
「ええ。ご兄弟はいるの?」
質問を重ねると、アヤメも戸惑いつつも口を開いた。
「はい、兄がひとりおります。昨年結婚をして家業を継ぎました」
アヤメの実家は仕立て屋だそうだ。王宮の仕事も請け負っているという話だ。
両親は当然のように家業で忙しく、食事さえ全員揃って取ることのほうが少なかった。
「唯一家族の団欒と言いますと、週末のお茶の時間です」
「お茶?」
「はい。休業日の前夜、ちょっとだけ夜更かしをするのです」
アヤメは懐かしそうに目を細める。
「父は秘蔵の蒸留酒を、母は薬草茶、わたしと兄は暖かい牛乳を。それぞれが好きな飲み物と、明日の朝食に響かない程度のお菓子を囲んでお喋りをするのです」
「お喋り?」
「はい。他愛もないお喋りですが、週末が来るのをいつも楽しみにしておりました」
いつも淡々としているアヤメが珍しい。きっと彼女にとっては楽しい思い出なのだろう。
「とても素敵ね、楽しそう」
ええ、とアヤメのはにかむ笑顔は優しい。
いいなあ、お茶会……。でもうちはなかなか家族が揃わないものね。
ん、まてよ。ここは兄上と交流を深めるためにも、お茶会っていいんじゃないの?
両親である国王夫妻は不在がちだし、三番目の桐花姉上も、婚約者のお宅での花嫁修業で忙しい。
そうよ。兄上と打ち解けて、なんとなーく出生の誤解を解けるようにもっていったら……いいんじゃない?
「素敵なお話を聞かせてくれてありがとう、アヤメ」
「いえ、滅相もございません」
彼女は照れくさそうに顔を赤らめる。
「実はね、わたくしもやってみたいと思うの」
「はい?」
「お茶会よ。よく考えてみると、父上も母上も、兄上も姉上もお忙しいから、家族の団欒っていうものがなくて……だから憧れがあるの。あなたのご家族がとても羨ましいわ」
「姫様……」
贅沢な悩みだとはわかっている。でも、もう少し家族で他愛もないことも話せるような関係だったら、兄上もあそこまで思い詰めることはなかったんじゃないかなって思うんだよね。
前世のわたしの家族はどうだったかな? 兄弟はいたっけ? 両親は? ゲームにバイトに明け暮れていたから、きっと家族の団欒なんて今と同じくらいなかったんじゃないかな。
ああ、多分前世も今世も同じようなものだったのかもしれない。
思い出が無いって、結構寂しいものね。唯一の前世の記憶が乙女ゲームって、わたし、友達もいなかったんだなあ……。
色々思い出したら、悲しいのを通り越して情けなくなってきた。
「せめて、兄上と姉上と、もっとお話できないかしら……」
他の人からみたら些細なことかもしれないけれど、わたしにとっては難題だ。
あれこれ頭を悩ませながらお茶菓子をもぐもぐたべていると、じっと考え込んでいたアヤメが突然、すっくと立ち上がった。
「わかりました。姫様のご希望に添えますよう、このアヤメがお手伝いいたします」
「本当?」
「はい」
「……ありがとう、アヤメ」
仕事だからかもしれないけれど、アヤメがこうして話を聞いてくれるだけで嬉しい。しかも、力になってくれるなんて。
アヤメ、いい人だなあ……人の情けが身に沁みます。
よし、今世こそ家族仲良し大作戦に、挑戦してみようかな。