第7話:好きな人
蔵六は歳三の様子なぞ意にも介していない様だった。
「違いますかな?」
「・・・い、いかにも、私が土方ですが。」
歳三はやっとそれだけ言った。
蔵六は目の光を少し緩めた。
「それならば、彼を看ててもらえないだろうか。もう大分落ち着いているが、明日までは絶対安静。いいですかな。」
彼は有無を言わさぬ口調でそう言うと、奥の部屋につい、と目をやった。
襖は開いていて、病人が寝ている布団が目に入る。
「総司!」
歳三はそう叫ぶと、蔵六を押しのけて奥の部屋に飛び込んで行った。
蔵六はそれを見やるとぽりぽり頭を掻いた。
「氷を奥の部屋に入れときましょう。これ以上余計なことをするのもお邪魔でしょうから。」
小五郎がそっと蔵六に言った。
「うむ・・・。」
「そうですね。」
栄太郎も頷くと、いそいそと氷を運びだした。
蔵六も珍しく黙々とそれを手伝う。
小五郎は作業をしている蔵六にこそっと耳打ちした。
「それにしても、なぜ彼が土方さんって分かったんです? もしかして、お知り合いだったんですか?」
蔵六の眉がぴくっと上がった。
「いや、初対面だ。」
「じゃあ、なぜ?」
「・・・病人の子があまりにもうわ言で『ヒジカタサン、ヒジカタサン』って言って袖を引っ張るんでな。もしかしたら、と思っただけだ。」
蔵六は淡々としていたが、急に小五郎の目を見た。
「・・・すまなかったな、桂さん。」
「え?」
「病を治すのは、静かな場所もそうだが、好きな奴が傍にいるってのも要件かもしれない。」
「?」
「・・・ちょっと勉強になった。」
蔵六はそう言うと、薄く微笑を浮かべて上の階に上がって行ってしまった。
好きな奴・・・かあ。
思わず脳裏に幾松の笑顔が浮かぶ。
彼女はいつまでも自分を待っててくれるのだろうか・・・。
こんなろくに会うこともできない自分を――。
が、その瞬間――。
「うわーっ、か、桂さんっ! 大変です!! ち、ちょっと来てくださいーっっ!」
栄太郎の絶叫が部屋中にこだました。
どうやら壬生の連中が大挙してやって来たらしい。
結局、小五郎は朝まで対応に追われることになってしまったのであった。
* * *
翌日――
「本っっ当ーに申し訳ありませんでしたっっ。」
深々と頭を下げているのは沖田総司本人である。
「こんなに皆さんをお騒がせしてしまって・・・。」
本当に申し訳なさそうに小さくなっている。対して、
「あー、もういいだろ、総司。帰るぞ。」
心底関わりたくなさそうな、嫌そうな顔の歳三。
「村田さん、と言いましたか。診てくださって、ありがとうございました。」
「うむ。治ってなによりだ。」
蔵六は興味なさそうにざっくり言った。さりげなくその後を小五郎がフォローする。
「まあまあ、病み上がりですから、あまり無理をしません様に。」
「はい、桂さんにもお世話になりました。」
にっこり笑って去っていく総司と苦い顔の歳三を見送って、小五郎たちは藩邸に入る。
「まーったく、散々な一日でしたねー。私、もう寝不足ですよー。今日は一日寝させてもらいますねー。」
栄太郎は大あくびした。
「どうぞ、ごゆっくり・・・。」
言いかけて、はっ、とする小五郎。
「い、今何時くらい?」
「え? もうそろそろお昼時ですけど・・・。」
小五郎の顔が青くなる。
「し、しまった。約束がー。」
「? 会合は夜からじゃ?」
「その前に打ち合わせの約束があったんですよーっ。忘れてたー!」
小五郎は慌てふためくと、とりあえずそこらにあった書きかけの書類の束を引っつかんでバタバタと玄関先から外へ出て行く。
「おーい、小五郎! そんなに急いで最後に幾松姐さんトコ行くの忘れんなよーっ。」
二階の窓から晋作の声が飛んだ。
「分かってますよーっ!」
小五郎も負けずにやり返す。
――外は今日も雲ひとつない晴れ。
爽やかな風が足早に進む小五郎の頬を通り過ぎていった。