第4話:薄氷の約束
「・・・ということなんで、幾松さん、よろしくお願いします。」
小五郎は深々と頭を下げた。
「嫌ですわ。」
幾松はつれない。
「幾松さん、そんなこと言わずに頼みますよ〜。」
「そうそう、そんなヘソ曲げててもいいことないぞ。」
栄太郎と晋作も口添えする。
幾松はちら、と小五郎を見た。
「幾松?」
「小五郎さま、あなた全っ然分かってませんわ。私がなぜ怒ってるのかってこと。」
「へ?」
「小五郎さま。最近仕事が忙しい忙しいって全然私と会って下さらないじゃないの。私がどんな気持ちでいるか考えて下さったことあります?」
「あの・・・。」
「私のこと、お嫌いになったんじゃないか、とか、他にいい女の方ができたんじゃないか、とか不安でいっぱいですのよ。いつも。」
「はあ・・・申し訳ありません。」
「ですから!」
幾松はずいっと小五郎の前に体を乗り出した。彼女の香が小五郎の鼻をくすぐる。
「明日は必ず会って下さいますわよね!」
「え?! は、あ、あの明日は・・・。」
「会って下さいますわよねっっ!」
「はっ、はいっ、必ず・・・。」
小五郎が答えたその瞬間、間髪入れずに幾松の小指が小五郎の小指にからみついた。そして幾松はにっこり笑いかけた。
「約束ですわよ。指きり。破ったらどうなるか―。」
急に幾松の目が氷のように冷たくなった。
「――分かってますわよね。」
「・・・だ、大丈夫ですよ。そんな心配しなくても・・・必ず伺いますから。」
小五郎は精一杯の笑顔で言った。
「楽しみにしてますわ。」
幾松は満足そうに立ち上がった。そして玄関先に歩いていく。
「あっ、幾松さん。私、お供いたします。」
栄太郎があわてて幾松を追いかけた。
* * *
部屋に静寂が戻る。
外では幾松と栄太郎の話し声が響いている。
小五郎はぐたっと脱力した。
「はあ・・・疲れた。」
「すっげー女だなあ。お前、絶対尻に敷かれるぞ。それよりさー。」
「何です?」
「明日大事な会合があるって言ってなかったか? お前。大丈夫なんか? あんな約束しちゃってさー。」
「・・・実際大丈夫なんかじゃありませんよ・・・。勢いでつい言っちゃいましたけど・・・。」
がっくりうなだれる小五郎。
「ま、幸い、明日の時間までは約束しなかったんで、なんとか・・・なんとかして見せますよ。ええっ! 絶対!」
「・・・やけくそだな、オイ。」
無理やり勢いづけてる小五郎がなんだか不憫に思えた晋作であった。
「あー、でもさ。それより小五郎、お前が幾松姐さん送ってった方が喜んだんじゃねえの? 栄太じゃなくってさ。」
「そういう訳にはいきません。」
あっさり断言する小五郎。
「なんで? 幾松姐さんより、得体のしれん病人の方が大事なんか?」
「なっ・・・。そっ、そんな訳ないでしょっっ。見くびらないで下さい!」
小五郎はカッと顔を真っ赤にすると晋作に詰め寄った。
「いや、悪い。そんなつもりじゃ――。」
思わずひるんだ晋作に小五郎は一つ息を吐いた。
「あの病人は、壬生浪士組の沖田総司なんですよ! これが放っとけますか?」
「何っ?!」
絶句した晋作に、小五郎は続けた。
「遅かれ早かれ、本番の来客があるんですから。栄太郎やあなたでは荷が勝ちすぎます。」
「本番ねえ・・・。」
晋作も思案顔で黙ってしまった。
その時、玄関先がガタガタ鳴った。
「あー、俺見てくるわ。栄太だろ、きっと。」
立ち上がろうとした小五郎を手で制して晋作が部屋から出て行った。
それを見送る小五郎。
なんか落ち着かない夜だなあ。
ふうっ、とため息をついた、まさにその瞬間――。
「うわーっ! お前〜?!」
晋作の絶叫が藩邸中に響き渡る。
しまった! もう来た?!
小五郎は弾かれる様に部屋を飛び出していった。