第2話:仏頂面の蘭方医
「・・・どうしましょう、桂さん。」
固まった空気の中、ぽそっと栄太郎が言った。
「こうなっては、もうどうしようもないですよ・・・。何でここに来たのかは分からないですけど、このまま放り出す訳にもいかないし、ここはとにかく全快してもらって帰ってもらうしかない・・・。」
「はあ。まさに、敵に塩を送るって感じですかね?」
小五郎と栄太郎がどよーんと暗くなっている時、不意にするすると襖が開いて人影が現れた。
「?!」
「村田さん?! 何でここに?」
入ってきたのは長州の蘭方医、村田蔵六であった。祇園で買ってきたのか、手には豆腐と徳利を持っている。
蔵六は相変わらずの仏頂面であった。が、その表情のまま布団の上で寝ている総司をちらっと見て言った。
「病人はちゃんと来たようだな。」
意外な言葉に小五郎は慌てた。
「ち、ちょっと待って、村田さん。あなた、なんで知ってる?!」
蔵六は平然として言った。
「私が頼んだから。」
あまりの言葉に小五郎も栄太郎も目が点になってしまった。
蔵六はそんな二人の様子に構わず、総司の額に手を当てた。
「かなり高いな。とりあえずこれでいいか。」
そして持っていた豆腐を総司の頭の上に乗せる。
* * *
小五郎は思わず蔵六の着物の袖をつかむと隣の部屋まで強引に引っ張り込んだ。そして彼の目を見据えて言った。
「どういうことか説明してください!」
「どういうことって、まあ、こういうことだ。」
蔵六は当然といった風に言った。小五郎はその態度にカチンときてさらに詰め寄る。
「それでは分かりません! 大体ここは病院じゃありませんし、会津方を匿う理由もありません。」
「・・・私は医者だから、困っているのがいたら素性なんぞ関係なく治してやるのが役目だ。それだけのことだ。他意はない。」
「何悠長な事言ってるんですかっっ。このご時勢、こちらが良かれと思ってやったことでも、下手打つと逆恨みを食って大変な事になるんですよっ。経緯をちゃんと説明してもらわないと、打つ手も打てなくなるんです!」
怒気を発した小五郎に、蔵六はさすがに重い口を開いた。ぽつぽつ話し出す。要約すると、こういうことらしい。
どうやら数日前から沖田総司の熱が下がらないということで、壬生では大騒ぎだったらしい。それで、彼は副長、山南敬助に無理やり連れてこられたという。
「八木邸ではすごいことになっていた。」
蔵六は遠い目をした。
蔵六の見立てでは重病でも何でもなかった。それで、ただの風邪だ、おとなしく寝ていれば治ると言ったのだが、それでは皆納得しない。さすがの彼も閉口していたのだが、ただ、ここの周りはずっと騒がしく、とてもゆっくり養生できる様な環境ではないとも気づいていた。下手すると無理させて風邪をこじらせてしまう可能性もある。
蔵六は心を決めた。
「これでは治るものも治らない、と思った。それで、ここまで私が乗ってきた駕籠を使って長州藩邸まで送った。」
小五郎は腕組みをした。不本意だが人助けと思って割り切るしかないか・・・。
「・・・分かりました。ま、仕方がありません。一時的にお預かりする、ということで了承しましょう。」
立ち上がろうとした小五郎に今度は蔵六が小五郎の羽織の袖を引っ張った。
「・・・桂さん。」
「何です?」
「一つ謝っておかなくてはならないことがある。」
蔵六の目は真剣そのもの。その様子に小五郎は怪訝そうな顔をした。
「? 長州藩邸を使ったことですか?」
「いや・・・その、」
蔵六は息をついだ。
「実は黙って連れてきたんだ。こいつを。」
「な、何ですって?!」
小五郎は目の前が真っ暗になってしまった。
よりにもよって―――誘拐?!
傍には珍しく申し訳なさそうな蔵六がいた。