Chapter1:NO RUN その2
「まあ朴月君が変態さんだってことは抗いようのないほどに事実なんだから別に事細かな理由や説明はいらないってことで」
「……………」
人を救いようのない変態扱いするな!
俺に弁解のチャンスをくれ!
「…いや待てよ…明日風に変態扱いされるということはつまり常日頃から明日風は俺のことをそういう風に思っている…ようするに意識しているってことか!?」
あの明日風さんに意識してもらえてる!
いやっほぅー!!
こいつはラブコメ的な甘い甘い展開を期待せざるをえないぜ!!
とうとう俺も18年という長き年月にわたり何人たりとも触らせることなく封印していたもう1人の僕を明日風に献上する日が来たか。
もう1人の僕。
大人の階段最終チェック地点。
脱童貞。
「そうと決まれば……あっすかぁぁぁぁぁぁぜさぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!ここで俺と熱い熱い口づけを交わし合いましょぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「えい」
シャーペン→目。
ブスリ。
「ぎゃぁぁぁおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぅふっ!?」
シャーペン←目。
スポンッ。
「ああごめんごめん。いきなり飛びかかってきたものだから正当防衛という名の破壊行動を行っちゃったよ」
「洒落にならねぇ!!割とマジで洒落にならねぇ痛さだぜ明日風さぁぁんっ!!??」
「もう大袈裟だなぁ。男の子なんだからそれくらいなんてことないでしょ?」
「なんてことあるよ!?どんな屈強な戦士だろうと目までムキムキマッチョマンなんているわけないだろ!?」
目玉おやじを見たらそれくらい分かるだろう!?
おい鬼太郎!!今すぐこいつの価値観を直してやってくれ!!
妖怪ポストに投函。
またのお便りお待ちしております。
「そういや明日風。お前生徒会はもう出なくても良いのか?」
「ん?生徒会?なんで?」
あ、もしかして…と明日風。
「朴月君ってばなにかしらそれっぽい理由つけてこの場から逃げ出そうとしてるなー?ダメだよー。そんな小細工、明日風先生には通用しません」
自信満々にそのあまり起伏のない胸を突き出す明日風。
すいませんが先生、そういうことじゃありません。
「いやそうじゃなくってさ…お前一応まだ生徒会長なんだろ?それなら次の代に変わる前になにかとやらないといけないこととかあるんじゃないか?」
「…あ、あーはいはい成る程そういうことね。ごめんごめん変な勘違いしちゃって」
この通り!といってメンゴメンゴと重ね合わせた両手を額間近で上下させる。
なんとも軽い謝罪だ。
風で簡単に飛んでいきそう。
「質問に答えると、あまりやることがないって感じかな」
そう言って窓の外に視線を向ける明日風。
「次の代に向けた引き継ぎ資料なんかも作ったには作ったんだけど、でもそれって本当に彼ら彼女らに必要不可欠なものなのかな?私だったらそんな代わり映えのないただ印刷用紙が新しくなっただけの変化のない内容に興味はわかないと思うんだ」
「引き継ぎは大事なことだろ。流れ作業だとしても一応ルールにはのっとらなきゃ」
「ルールを守らなくて今の状態になってるあなたに言われても説得力がなぁー」
おぅふ…。
墓穴墓穴墓穴。
「ふふ、今のはちょっとイジワルだったね」
「別に……あながちというか全くもって間違いじゃないし…」
「もー、拗ねないでよ」
子供だなぁ全く、と笑みを浮かべる。
「さっきの話に戻るけれど私は次の代には私とは別の道を進んで欲しいと思っているの。もちろん乱闘ありきの世紀末なんかにはしてほしくないけれどね」
以下明日風の願望。
「誰かがひいた線路の上でいくら大それたことを言ってもそれって実際のところ鼻でわらわれるだけのものなのよ。1人でなにも出来ないお前がそんなことできるのか、ってね。もちろん生徒会だなんて小さなものだとそこまでもいかないだろうけど、これが政治だったり企業のプレゼンだったりしたらそうもいかない。だから私は今のうちに、特にこれといった被害も弊害もない安全地帯にいるうちにそういった経験をしてほしいってこと。ようするに己の道は己で切りひらけ、ってね」
そう言い終えた彼女に、俺はこればっかりは本当に申し訳ないが、素直に気持ち悪いと思った。
たかだかいっかいの高校生がそんなことまで考えるだろうか?
学校側だってもっといえば彼女の両親でさえそんなことは思わないだろう。期待しないだろう。
願わないだろう。
しかし、そんな誰もが捉えない着眼点に視点をあわせるのが明日風 京子こと俺のクラスメイトなのだ。
目を閉じる。
目を開ける。
目を閉じる。
目を開ける。
「ほら、そんなことより早く今日の分の勉強終わらせちゃお。朴月君がサボってる間に私なんかもう単語書き終えちゃったよ?」
「え、あ、あぁごめん…」
人に教えてもらう立場にいながらその当人の眼の前でサボってしまうとは。
我ながら人としてどうなのかと思わざるをえない。
人間失格。
私は完全に人間ではなくなりました。
そうならないように今後の自分に乞うご期待である。
朴月先生の次回作にご期待ください。
そのすぐ後だろうか、ヴーヴー…と明日風の携帯がリズミカルな振動を起こし始めたのだ。
最初、2人して音のなる携帯に目をやっていたが鬱陶しくなったのだろう明日風がついに3回目の振動が終わったと同時にそれに手を伸ばした。
慣れた手つきで画面を開いた明日風はそれを自分の耳元に持っていく。
通話開始。
「はい、もしもし…ああ伊勢さんじゃないこんにちは。一体どうしたの?……うん…うんうん……えっとそれは一度先生に確認してからじゃないとダメかな……あー、違う違う。いきなり行っても必要な資料とかそろってないんでしょ。え、資料の場所がわからない?それは^!<<|?%$^€?<?!$*£€?<^?|\\,%!,$*€?!'ilgr……」
通話終了。
今回の通話4分52秒。
その間俺が窓から覗いてかわいいと思った陸上部の女の子の数21人中4人。
耳元に当てていた携帯の通話画面を切った後、明日風はそれをゴソゴソとブレザーの胸ポケットにしまいこみ、やがてゆっくりと立ち上がった。
「ごめんね朴月君。さっきの聞いてたと思うんだけどなんだか2年生だけじゃどうにもできない案件があるみたいで、ちょっと手伝ってくる。悪いんだけど今日のところはこれで終わりだね」
全然序盤の方しか聞いていなかった俺は喜怒哀楽そのどれにも該当しない不思議な表情を浮かべてしまう。
どうにもできない案件?
なにそれお前ら生徒会ってどんなとんでも企画を提案してるの?
全校生徒全裸鍋パーティーとか?
全校生徒全裸たこ焼きパーティーとか?
全校生徒全裸綱引きパーティーとか?
「…大変だなお前も」
「あなたの頭の中も色々と大変ね」
やや蔑むような視線を送った後、明日風は自分の荷物をもって教室から早足で出て行ってしまった。
と思いきやその数秒後に再び廊下から顔を覗かせてきた。
なにあれ可愛い。
どこかの小動物みたい。
「明日確認するからわからなかったところは全部ノートにまとめてきてね!それじゃ!」
そういっていたずらな笑みを浮かべた明日風は再び廊下をかけていった。
「…………」
なにそれ酷い。
どこかの鬼教官みたい。