プロローグ
運命とは突然としてやって来るものだ。
こちらに心構えもさせずに後ろから襲い掛かり、呆然としている様を嗤って通り過ぎていく。
幸も不幸もない。
ただそこを通り過ぎるのは、唯一運命のみである。
――――――――――賢者リミア・クリムジアの魔法書より
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荒廃した街の廃墟に、しとしととやわらかい雨が降っている。
崩れかけた壁に零れた赤いものをゆっくりと洗い流すかのように雨が流れる。
砕けた瓦礫や足元に崩れた生き物だったモノを避けて歩く。
どこか遠いところで遠雷の様な、何かが崩れる地響きがした。
アルマは魂の抜けたような、惚けた表情で空を見上げた。
見上げた先、家があった所は既に崩壊して残骸が小山になっている。
所々赤くなっている瓦礫を見上げ、周りを見渡す。
建物が時折がらり、がらりと崩れる以外動く者は目に映らない。
家族は、友人は、街の人々は。
アレに、殺されてしまったのだろうか。
再び見上げた先、瓦礫の山の上。
純白の翼をわずか広げた異形の者が、その赤い赤い口を、ニィ、と吊り上げたのが確かに見えた。
アレを天使と最初に呼んだのは誰なのだろう。
天使とは名ばかりの、化け物ではないか。
あんな純真な見た目で柔和な笑みで、生き物を殺し建物を破壊し、街を滅ぼした化け物ども。
ぼぅっと立ち惚けているアルマを血に塗れた翼の天使が見やる。
僅か立ち遂せている建物の間、瓦礫に埋もれるようにして立ちすくんでいるその少女はあまりに痩せて見えた。
灰色にくすんだ乱れた髪の間から覗く青い瞳だけが爛々と光輝いている。
陽に影に、淡藍に暗紺に、ゆらゆらと揺れ変わる瞳だけがはっきりと天使の目に映った。
空を見上げた天使の上空、崩れてきそうな程に赤くひび割れた空の中。
他の天使達が数人、群れを成して西へ飛んでいく。
これを処分したら、帰るか。
少女に視線を戻した天使は、ふんわり微笑んで血を吸い込んだ剣を握りなおした。
ゆっくりと剣を握った腕を肩越しに後ろへ引く。
引いていった先、ちょうど具合のいい所で動きを止め、もう一度眼下を見直した。
そして視界の先、赤い光に濡れる地上で先ほどと寸分違わぬ位置にある爛々と輝くその青い瞳目掛け、軽い動作で腕を前に振るった。
ひょう、と微かな音を立て美しい弧を描いて飛んでいった赤い剣は、そのままぷすりと少女の額に突き立った。
ほんの少し額に血を流した少女は瓦礫の中に倒れ見えなくなった。
独り満足気に頷いた天使は、翼をばさりと扇いで血を振り払い、もう一度翼を扇いで宙へ浮かび上がった。
地平線まで続く瓦礫と廃墟の街を振り返りもせず、事を終えた天使たちは元の世界へ戻っていった。
重い文章はプロローグのみの予定です。
今後は軽い感じでさくさく読めるような文章にしていくつもりです。
長い目でお付き合いください。
それと、天使についての話は別のお話でします。
書き始める前に活動報告にて告知いたします。