いじめっ子v.s.私 ~あなたたちのイジメには狂気が足りない~
単なるフィクションの、エンタテイメント作品です。
実際のいじめは、こんなに簡単なものじゃないですね。
いじめ。
わりとどこの学校、どこのクラスでも珍しくないという、この日本という国に蔓延る害病のひとつだ。
しかもそれは、何も子どもの世界に限った話ではないらしい。
大人の世界でも、いじめというくだらない行為は、起こり続けるという。
そんな話を聞けば、中学生の私でも憂鬱になろうというものだ。
夕月朝。
中学二年生、女子。
成績は上の中で、運動神経はあまりよろしくないが目立つほどでもない。
いわゆる本の虫というやつで、他人と話すのがあまり好きでないので、暗いと言われる。
友達は、いないに等しい。
以上、私のスペック。
さて、こう書くと私がいじめのターゲットになった話だろうと思われるだろうが、それは半分正しく、半分間違っている。
この話の最初はそうではないが、この話の後半はそうなる、という意味でだ。
ある日の昼休みだった。
窓際最後尾の席の私が、単身、お弁当を取り出して食べようとしていると、斜め前の席から「あっ……」という泣きそうな声が聞こえてきた。
声の主は、女子だ。
鹿島優。
私以上にどんくさい、少しぽっちゃりで、気の弱い子。
彼女が取り出した小さな弁当箱の中身は、黄色の液体に浸かり、異臭を放っていた。
その彼女の席に、三人組の男子が寄ってくる。
「うわっ、鹿島の弁当アンモニアくせぇ!」
男子のうちの一人がそう言って、残りの二人が笑う。
さらにそこかしこで、何人かの女子のクスクスと笑う声が聞こえてくる。
そして、あとのクラスメートは、見て見ぬふりだ。
私には関わりのないことだと思っていたのでよくは知らなかったが、このクラスにおける最近のいじめのターゲットは、どうやら彼女らしい。
そして本件。
よくは分からないが、おそらくはあの三人組の男子の誰かが、鹿島さんのお弁当を盗み出し──ちょっと食事時に考えたくはないが、男子たちはおそらく、鹿島さんのお弁当に自分の小便を流し込んでから、元通りにフタを閉じて、鹿島さんの荷物に戻したのだろうと推測される。
悪質にもほどがある。
しかし、である。
現物が残るいじめとか、あの三人組に知能はないのだろうか?
まあそれというのも、このクラスの担任のせいでもある。
担任の教師は事なかれ主義のクズで、今は何か用事があるていで、そ知らぬふりで教室を出て行った。
今ここで何が起こっているか、分かっていないはずはなかろうに。
「うっ……ぐすっ……」
鹿島さんは、瞳に涙を浮かべながら、お弁当をしまって教室を出ていこうとする。
ところでこのとき、よくなかったことが一つある。
私が、直前まで読んでいた本の影響で、正義感とか英雄願望とかいう、益体もないものに憑りつかれていたことだ。
「鹿島さん、私のお弁当、半分あげる。こんなクズどものいる場所で食事なんかできないから、一緒に校庭行こう」
そう言って私は鹿島さんを連れ出し、彼女と一緒に昼食をとった。
昼食の量は半分にしたから足りなかったけど、ダイエットということにしておく。
遠慮する鹿島さんには、強引に半分食わせた。
彼女も少しダイエットしたほうがいいから、量的にはちょうどいいだろう。
さてそんなわけで、うちのクラスの次のいじめのターゲットは、私になった。
いじめのターゲットを誰も助けないのは、助けたら自分が次のターゲットになるからだ。
まったく、ヒロイックファンタジーなんて読むもんじゃない。
翌朝学校に行くと、私の机の中にエッチな本が入っていた。
露出度の高い水着を着た女性が表紙にドンと載った、男性向けの18禁雑誌である。
私がそれを机の上に出してため息をついていると、例の三人組の男子が寄ってきた。
「おっ、夕月のやつ、学校にこんな本持ってきてるぜ」
一人が私の机の上からエロ本をひったくり、ページを開いて教室中に見せびらかす。
取り巻きの二人が派手に笑って、クラス中からクスクスという笑い声。
その日はとりあえず、そんなこともあろうかと持ってきておいたICレコーダーに彼らの声を録音するだけにとどめておく。
翌朝、私は誰よりも早く学校に行くと、男子三人組のうちの一人の机の中に、男性同士が絡み合っている別種の18禁雑誌を入れておいた。
本屋であれを買うのには少々勇気が要ったが、致し方ない。
何一つ痛みを負わずに勝負に勝つことなど、出来はしないのだ。
そして、当該男子が教室に現れ、席に座ったタイミングを見計らって、私は自分の席を立つ。
彼の机の前まで行くと、彼は机の中にあった異物が何であるかに気付いて、とっさに机の中に隠しなおしたところだった。
バカめ。
自分が同じことをやられたときのことなんか、何も考えていないのか。
「あら、後藤くん。今何か面白そうな本を机の中に隠したわね。見せてよ」
私は悪役令嬢風の口調で、彼を嘲る。
「夕月……てめぇ」
「なぁに、後藤くん? あっ、さては学校にいやらしい本持ってきてるんでしょ。後藤くんがどういうのが好きなのか、見てみたいなぁ。ね、先生には黙っててあげるから、見せてよ」
「ざけんな! てめぇが入れたんだろ!」
「入れたって、何を?」
「しらばっくれんな!」
後藤くんは立ち上がって、片手で私の胸倉をつかみ、もう片方の手でグーを作って殴る仕草をしてみせる。
……ぬるいなぁ。
対する私は、後藤くんの机の脚を引っ掛けて、その机を倒れるようにした。
もちろん倒す方向は、机の中にしまった本が、倒れる拍子に外に出てしまうような向きにだ。
「あっ……!」
後藤くんは慌てて私を手放し、机の中から飛び出した本を、しゃがみこんで隠そうとする。
男同士がくんずほぐれつしている雑誌を、大事そうに体で隠そうとしたわけだ。
「あっ……男の人同士の本? ごめんなさい、そっか、いつも男三人でいるもんね。私少し勘違いしてた」
私たちの周囲には、まださほど多くないながらも、何人かのクラスメートがいる。
彼ら、彼女らに聞こえるように、私ははっきりと言葉を発した。
「はあっ!? ちっげぇよ! ざけんなてめぇ!」
後藤くんは顔を赤くして立ち上がり、私に向かって殴りかかってくる。
顔面を思い切り殴られた私は、教室の床に倒れ、後頭部を強打する。
痛い。
でも私は顔面と後頭部の痛みを我慢して、教室を出る。
向かう先は、職員室だ。
後藤くんは、立ち去る私と自分の拳とを見て、呆然としていた。
職員室に入った私は、何人かの教師に見とがめられた。
殴られたダメージで、鼻血が少し出て、口元を少し切っていたらしい。
保健室に行くよう言われたが、私はそれを拒否して、それよりも担任の教師に話がある旨を伝える。
例のクズ担任は、まだ二十代半ばぐらいの、若い男性教員だ。
呼びつけによって現れた彼は、私に一緒に生徒指導室に行くよう伝えてくる。
私はそれを呑んだ。
狭い生徒指導室で、机を一つ挟んで、担任と私は椅子に座って対面する。
ちなみに、私はここに入る前の廊下で、制服の胸ポケットに入れておいたICレコーダーの録音を開始している。
「その顔、どうしたんだ」
「後藤くんに殴られました」
担任の質問に、私は素直に答える。
嘘をつく必要はない。
「何があった」
担任はさらに質問してくる。
何があった、か。
鼻で笑いそうになるのをこらえ、素直に返答。
「一昨日、鹿島さんが昼休みに、後藤くんら三人からいじめに遭っていたのは先生、ご存知ですよね」
「……いや、知らないが。そんなことがあったのか? しかしそれとこれと、何の関係がある」
やっぱりしらばっくれるか。
ていうか受け応え全体に突っ込みどころが満載だけど……まあいい、哀しいけれど、想定内。
「そうですか。あの日、先生が教室を出て行ったあと、私は鹿島さんの味方をしました。私のお弁当を半分、彼女に分け与えて、一緒に食事をしました」
「そうか。……先生が気付かなくてすまない。夕月、お前は正しいことをした。──それを、後藤たちが逆恨みをしてきたってことか?」
……ぐっ。
さすがに我慢できなくなって吹き出すところだった。
こいつ凄いな。
「……はい。逆恨みというのとは少し違うかもしれませんが、昨日の朝、私の机の中に男性向けのエッチな雑誌が入れられていて。それを後藤くんたちが見つけて、私を精神的にいたぶりました」
「……それを、後藤たちが入れたという証拠は?」
……先生、あなた最高だよ。
こうも私の胸を昂らせる。
「ありません。そして今朝、私は後藤くんが、男性同士のエッチな雑誌を持ってきているのを見て、彼と少し、会話をしました。その結果、私は殴られました」
「……夕月、その雑誌を後藤が持っていたというのは……お前がやり返したのか?」
「ご想像にお任せします」
「そうか。だったら、お前の自業自得だ」
担任はドヤ顔でそう言い放つ。
もう、我慢できなかった。
「くくっ……くっくっくっ……先生、面白すぎますよあなた」
私は制服の胸ポケットから、稼働中のICレコーダーを取り出し、担任に見せる。
担任が、鳩が豆鉄砲を食ったように、目をまん丸くする。
「今回の件の内容をすべてまとめて、インターネットに流します。もちろん学校名、担任のあなたの名前、生徒の名前、すべて実名で、です。その際、このICレコーダーの音声も、添付します。面白いと思いませんかぁ? 世間はこの件を、どう評価するでしょうねぇ?」
「──ま、待て、夕月。それはプライバシーの侵害だ」
「ズレてるなぁ、先生。これはもう戦争なんですよぉ。敵のプライバシーなんて知ったことじゃない。先生、あなたはね、リスク管理を怠ったんですよ。自分の安穏な日常を守りたかったら、もっと気を配るべきだった。私みたいな狂人が、クラスに紛れ込んでいないかどうか、とね」
「…………」
「──そうだ、ついでにマスコミにも連絡してみましょうか。そういう学校のスキャンダルは、マスコミにとっておいしいネタですからね。案外食いついてくるかもしれません……ふふふっ」
「……何が望みだ」
「望み? そんなのは、あなたたちの破滅以外にありえませんよ。くくくくくっ……あっはっはっは!」
さて、この話の顛末は、こうだ。
私は担任の教師に、その場で首を絞められて殺された。
面白がってリスク管理を怠っていたのは、私の方だったというわけだ。
教訓。
人を呪わば、穴二つ。
人を攻撃するときは、リスク管理をしっかりやろう。