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Innocent Love  作者: 夏瀬紀咲
一章
6/6

1日目

いつも通りの朝だった。

昨日の出会いが夢だったと本気で思うくらいに。

鳥が鳴き、その羽音で目を覚まし、窓辺に降り注ぐ朝日の温もりを僅かに感じるような朝。

寝起きでぼやける視界を晴らそうと目を擦ると、シーツの上に乗っていた羽がフワリと床に落ちた。

手に取ると、見た目より遥かに硬い感触。



(……?…この羽…)



「あッ!!」



一瞬で目が覚めた。

昨晩の出来事が夢ではないことに確信を持ったのだ。

急に頭が働きだすと、外がいつもより騒がしいことに気づいた。

寝過ごしたのかと思い太陽の位置を確かめると、いつもより僅かに高くなってはいるが、まだ朝のお祈りには間に合うくらいだ…と、信じたい。


部屋を見渡して天使様がいない事を確認してから、右手に羽を握りしめて慌てて誰もいない部屋から外へ飛び出した。



「あら、セオ。着替えもせずにどうしたの?」



僕が家を出てすぐ、声をかけてきたのは斜向かいの家に住んでいるおばさんだった。

手には独特の匂いを放つ黄色く長細い物が何十本も、広場の木に実っている甘酸っぱいスィークという果実と共に抱えられていた。


スィークはそのままでも食べられるが、砂糖と一緒に煮詰めてパンに付けて食べるともても旨い。

甘酸っぱいあの味を思い出すだけでよだれが出てくるくらい、あれは本当に美味しい。

そういえば、朝食と着替えもまだ済んでいない。

違和感に気づいて足元を見ると、靴を左右逆に履いていた。


おばさんの服の裾を幼い女の子が引っ張って指先を咥えると、おばさんはその子に手に抱えている黄色いもの手渡した。

女の子は嬉しそうにヘタを折って皮を剥き、中身を頬張る。

その嗅ぎなれない匂いに顔を顰めると、おばさんは同じものを一本僕にくれた。

渋いような、甘いような、木の若芽を切ったような、例えようのない匂いだ。

前に一度、これに似たようなキーリという緑色の長細く僅かに曲がっている野菜を絵のお礼に貰った事がある。

それはやけに水分の多い青臭い野菜だったから、形は似ていてもそれと同じ種類ということはまず無さそうだ。


暫くそれについて考えていると、左手に握っていた羽の存在をふと思い出した。

僕が考え事や集中をすると、大事な事もすぐ忘れてしまうのは昔からだ。



「おばさん、広場に」

「そうそう!広場に衛兵さん方が来ていてね、今日は商品がなくなるまで市場を開いておいてくれるらしいわ。とても安く、珍しい物が買えるわよっ!南国の果物なんですって!!」


興奮を隠せないのか、地団駄を踏みながらおばさんは鼻息を荒くする。

こんなおばさんを見るのは初めてだ。

手に抱えられなくなったから、一旦家に帰って買った物を置いてからまた広場に戻ると言って、おばさんは軽くスキップをしながら自分の家に入っていった。



(南国の…?なんでそんな物が。それに、この村で定期市の真似事なんて、少し不自然な気がする。)



村の森の向こうにある王都は、毎日お祭り騒ぎでとても活気があり、様々な店が軒を連ねていると聞いたことがある。

けれど、ここヴェール村はそんな事をする必要はない。

自分たちの食べ物は自分たちで作れているし、食べ物の支給なんて本当に困った時だけだ。

それに、衛兵は昨日来たばかり。

疑問点が多すぎることに不安を感じて足を進められずにいると、


「珍しい食べ物ばっかりだよ!」



家々の間から、両手いっぱいにおばさんが持っていたものに似た奇抜な色や奇妙な形の物を抱えた天使様が立っていた。



「てん、し…さま…?」



正確には、天使様に似た人が立っていた。

羽が、見えないのだ。

いや、普通は見えるほうがおかしいのだけれど、昨日は見えていて今日は見えないなんておかしい。

昨日の僕は頭がおかしくなっていたのだろうか。

戸惑いながら手に握られている羽を胸の前まで持ってきて確認する。

落ちた羽は確かにここにあるのに…天使様の羽は何処へ消えてしまったのだろう…?

まさか、と、僕の頭に最悪な状況が浮かんでしまった。



「天使様、は、羽はどうしたの?!」



まさか、衛兵に切り落とされてしまったのだろうか。

そう思って、血の気が引いた。



「あぁ、驚かせてしまってすまない。あれは目立ってしまうからね、背にしまってあるんだよ。出そうとすれば何時でも出せるよ?」



ほら、と、クルリと回って見せてから、悪戯っ子の笑みを浮かべる。

白単色の服がフワリと揺れて、細くて白い足が綺麗に見えた。



「よ、よかった…」

「目が覚めた時君はよく寝ていたから、少し村を見て回っていたんだよ。皆には、ちょっとした催眠術の一種をかけておいた。今は、天使ではなくセオの兄弟ということになっているよ。」



そんなこともできるなんて、凄すぎる。

半信半疑だけど、通り過ぎる村の人たちがいつも通りに挨拶してくるから本当なのだろう。

錬金術師について記されている文献を読んだことがあるけど、薔薇を青くするよりずっと現実離れしている。

そして、ずっと素敵な…いや、恐ろしい魔法だ。



「セオも一緒に広場へ行こう。」

「とても嬉しいけど、僕は…」


言いづらくて俯くと、天使様はにっこり笑って僕の手を握った。



「大丈夫!」



天使様が腰に巻いた紐につけられている袋の中身をチラリと僕に見せる。

中には、大量の金貨が入っていた。



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